どうもこんにちは、有馬ウレイです。先生には便利屋68と一時的な業務的協力関係になることの連絡や、エデン条約についての情報交換をしました。
『他に何か困ったことはない?』
「そうですね、困っていること、というか、知りたいことがあって」
『アリウス』という学校のことを知っていますか?
そう訊くと、まず「どうしてアリウスのことを?」と返ってきました。事情を話すと、先生は得心が行ったようです。
『確かに、アリウスはトリニティを敵に回して弾圧された学校だよ。第一回公会議……トリニティがまだ沢山の分派で群雄割拠してた時代のね。分派の中でも過激派かつ強情で、最後までトリニティへの合流を拒絶してたみたい。最終的にアリウス抜きで結成されたトリニティに徹底的な弾圧と糾弾を受けてね……今ではもうほとんどの人が知らない名前になっちゃったんだって』
「そうですか……」
あまり情報は増えていませんが、元はトリニティのルーツに関わる学校だったことを知れたのは収穫でしょう。最初はトリニティに喧嘩を売って返り討ちにあった馬の骨だと思っていましたが、蓋を開いて見ればこれです。トリニティとアリウスの関係は、思ったより根深そうですね。
「あっそうだ、あれからヒフミたちはどうですか?」
『今?そうだね……二次試験を目前にしてひたすら努力してるよ。みんなこのまま合格できそう』
「ということは、長期出張もそろそろおしまいですか?」
『そうなれば良いけどね……』
そうですね、それぞれが、それぞれのやるべきことを。お互い頑張りましょうか、と結んでケータイを閉じ、路地を行きます。
目的地は、風紀委員会本部です。
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「あぁ、ウレイか」
正門に立つのは、いつも変わらずの銀髪褐色ど健康のイオリ先輩です。シャーレの活躍で風紀委員会でも心証が良くなっているみたいで、最初はなんだなんだと結構詰め寄られましたが、今ではかなり態度が軟化しています。
「イオリ先輩、お久しぶりです」
「委員長に用事か?いくらウレイでもアポは取ってくれよ」
「あー、実はそっちじゃないんです。吽堂リッカの様子を見に来ました」
「吽堂リッカ?ああ、あの大馬鹿のことか。タイミング良かったな」
「え?」
「昨日まで救急医学部で療養してたんだ。肉体的なダメージはそこまでじゃなかったんだけど、精神的な療養が必要だって聞かなくて」
「で、ずっと治療を受けてた、と。『万魔殿』へ出した調書の内容ってどうやって取ったんですか?」
「セナ部長が同席することを条件にやったよ。まあアイツ、錯乱してる感じじゃなかったから全然スムーズだったけどな。むしろ先生を出せフキを出せって事あるごとに言ってきて……先生が何かしたのか?まさか、生徒相手にまた……!!」
「違います。違いますから」
あの頭吹っ飛ばすべきだったか、と言わんばかりに銃を掲げるイオリ先輩を宥めて、とにかく面会ができることを確認しました。
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「こんばんは、ウレイちゃん。何日ぶり?」
当の吽堂リッカは、あっけらかんとしていて元気そうでした。
「一週間くらいですかね」
「一週間かあ、だいぶ経ったねぇ。先生は居ないみたいだね?」
「先生はトリニティで仕事してるので」
「そっかあ、じゃあもう一回トリニティに行こっかな。シャーレのウレイさんが連れてってくれたら、風紀委員も口出しできないよね?」
「私が見えてる地雷を踏むように見えますか?」
吽堂リッカは少し頬を膨らませ、「なんだよー、冗談の通じないやつ」と軽口のように言いますが、目は笑っていません。
「私は、あなたが出身地として話した『アリウス』について、もっと知りたいと思っています」
「それはシャーレの仕事として?それとも『万魔殿』の犬として?」
「いいえ、私、有馬ウレイとしてです」
シャーレの仕事に、「アリウスについて調べろ」というものはありません。もちろん、『万魔殿』から任された仕事にもありません。『万魔殿』として得るべき情報は、すでにイロハ先輩が調べています。
今、ここに居るのは他でもない有馬ウレイ。私だからこそ、ここに居るのです。「なぜ『万魔殿』が彼女を選んだか」を突き止めるために。
一見すれば、吽堂リッカは他の容疑者に比べるとエデン条約との関わりが薄いですが、エデン条約の敵と判断されるには十分な経歴があります。風紀委員会の委員長と副委員長を引っ張り出して逃げなかった、という事実。温泉開発部との全面衝突も恐れない蛮勇。この二つを見れば、エデン条約の破壊だってやりかねないと見るのは妥当でしょう。
ですが、彼女でなくともこの二つを満たせる人材は多くはありませんが存在します。空崎先輩を相手取るのは不可能ですが、美食研究会はそのひとつです。彼女らもエデン条約で美食が奪われるようなら、いえ、美食の道にエデン条約が横たわろうものなら、それを爆破するタイプです。何ならこっちの方が全然危ないですね。……ともかく、言って仕舞えば、彼女の把握できる分の情報をもとに判断すれば、楽園の敵は黒舘ハルナでも良かったのです。
よく考えれば、なぜ『万魔殿』は吽堂リッカをターゲットにしたのか、必然性が見えてきません。
「マコトは馬鹿だから、きっと何となくで決めたんでしょ」
これはそう言って仕舞えばおしまいになる問題です。ですが、他の人選全てに必然性がある以上、彼女にも選ばれた理由があると考えるべきだと判断しました。もし、把握できる範囲内で必然性がなければ、把握できなかった場所に選ばれた理由がある。
────もし、彼女の出身地……『アリウス』が、選ばれた理由なら?
『万魔殿』の、マコト先輩の思惑に近づく重要な手掛かりになるでしょう。
さあ、どうだ吽堂リッカ。どうなんだ。
「……そっか。この部屋、録音録画の類は?」
「生徒のプライベートにつき、録画はしても録音はしていないそうです」
「あはは、いいね。じゃあ、何者でもない有馬ウレイに教えちゃおう。アリウスについて、どこまで知ってる?」
「トリニティに合流することを拒否して、弾圧された学校の名前、とだけ」
「お、じゃあアリウスの現状については?」
「そこも含めて、どういう場所だったか知りたいのです」
「風紀委員会の調書には目を通してて、プラスで何か情報を得ているみたいだね?おおかたアキヨ辺りかな?それとも、トリニティに居る先生も?訊いて答えてくれるウレイじゃないか。いいや。本題に入ろう。本当のことを言うとね、私も知らない。アリウスがどんな場所かなんてね。5年前にゲヘナ自治区へ逃げてきて、それっきり絶縁状態だからさ」
「では、アリウスからゲヘナに逃げた理由は?」
「単純に嫌だったからだよ。戦争が嫌だった。意外?」
いやまあド意外ですが。
「暴れたのは、逃げることを諦めて、私を戦争の中に置く。ある程度楽になったから。まあ、全部ヒナとフキが吹き飛ばしてくれたけど」
「ずっと内戦状態だったんですか?」
「あら、こっちの身の上には興味無い感じ?」
「いえ……ただ、今はそれ以上に知りたいことがあるので」
「はいはい、ずっと内戦状態なのかって話ね。違うよ。内戦は今から10年くらい前に終わってる」
「内戦が終わってる?」
「これも意外?まあ私、調書には『ずっと争いが絶えなかった』って言ったからね。もちろん嘘じゃないよ?嘘じゃないけど、あれは内戦じゃなかったからね」
「では、学園間戦争を?」
「それも違う。厳密には、粛清と残党狩りと教育……その辺りかな」
「つまり……アリウスは平定されたんですか?平定されてもなお争いごとを?」
「争いに方針が生まれたんだ。大人が現れたからね」
大人。先程から衝撃的なワードばかり飛び出てきます。大人といえば、先生と同じ。カイザーコーポレーションの人たちと同じ。契約や規則を武器にする人たち。
「大人が現れて、内戦が終わった。そして、行われたことといえば、ヘイローを壊すための教育と拷問や監禁とそれらに耐える練習。もちろん練習相手は大人に歯向かう残党たち。自分であることを捨てられなかったアリウスの生徒たち」
「ちょ、待ってください……それって」
「酷くなってる?」
頷きます。
「私はそういった残党たちを捕まえる役割だったから、争いに明け暮れる毎日に変わりはなかったよ。変わったことといえば、粗末な衣食住が付いてきたことかな。でも音は頭にこびりついてるからさ、結局嫌になって逃げたかったわけ」
「いや、そこじゃなくて、あなたは変わらなかったかもしれないけど!」
カイザーですら思いついてもやりませんよそんなこと。イカれてる。その大人は何を目的にしたらそんなことができるんですか。
「でも実際そうだったよ。事情は知らないけど。そういう訓練がカリキュラムに組んであった生徒が大半だった」
「おかしいって思わなかったんですか!?」
「はいはい、どうどうウレイ。私より熱くなっちゃってどうすんのさ。路線がズレてる。今大事なのは、私がどう思うかじゃない。アリウスがどういう場所なのかってこと。これに集中できなきゃ、後で整理が大変になっちゃう」
「っ……」
どうして当事者なのにさも普通のことみたいに語るんですか!?宥める立場なんですか、あなたが!!
「なぜ人殺しの技術を学ばせたのかはトリニティにあると思う。戦い方が対トリニティ特化だし、ユスティナ聖徒会との戦いで得た戦訓を前提に教え込まれていたからね。実際、トリニティのことは私も嫌いだよ。トリニティは髪の先から爪先まで……いや、話を戻そうか」
軽々しく言う彼女の微笑みの中には、確かに憎しみと蔑みの表情がありました。
「アリウスは対トリニティを想定した戦争を企図していた。少なくとも、5年前はそうだった。言っておくけど、昔の話だよ?今は知らない。大人が来るまでずーっと内戦状態だったんだし、今やクーデターとか起きてたりするかもね?」
「……イカれてる」
「そうだね、イカれてると思う。でも私にはどうにもできないな。あんな場所、2度と戻りたくないし。で、そんな情報持ってどうすんの?」
「……何も」
そうとしか言えませんでした。誤魔化し方も忘れてしまうほどの衝撃。
殺人の方法を教えている学校?戦争って、そんな行為だっけ?戦争って領地の取り合いですよね?殺してもメリットがありません。労力も弾も無駄です。制圧して言いなりにさせた方が余程合理的です。
もしかして、労力を割いてでもヘイローを壊した方が得になる?戦争の定義が私たちと違う?わからない、わからない……ヘイローの破壊、それまでやって手に入れるものって、何……?
「ま、私が知ってるのはこれまでだね。今のアリウスを知りたいなら、直接アリウスに行くしかない。重ねて言うけど、これは昔の話だよ。ウレイ。今がそうとは限らない。もし今私が話した情報で怒ったり、疑問に思ったり、反感を覚えたりすることがあっても。それは賞味期限切れの感情。あんまり気にしない方が良い」
ゲヘナには秘密だよ?もし知られたら、絶対ロクな事にはならない。そういたずらっぽく笑うと、じゃあ私帰るわ!と面会室を後にします。飄々として明るく聡い気質が、彼女の素の姿なんでしょうか。
……とりあえず、今日のところは帰りましょう。アリウスは相当な厄ネタだった。マコト先輩がこれを知っていたなら選ぶのも納得です。殺人術を教えていた学校の生徒、抑えたくもなるでしょう。では、どうやって知ったのか。ゲヘナだけでは絶対に掴めない情報を……どうやって?
先生に報告して、カヨコ先輩にもアドバイスを貰いましょうか。まずはシャーレに行かないと。
終電には間に合う。足を最寄駅へと向けた時でした。携帯電話が震えます。画面に表示されるのはカヨコ先輩の名前。
『ウレイ、大丈夫!?』
「えっ?どうしました?」
いきなり切羽詰まったような声で、少し焦ります。
『よかった、無事なら良い。今温泉開発部が市街を爆破して周ってる。多分近くで爆破が起きてるはずだけど……』
「爆破?」
周囲を見渡しても、そんな素振りは……と返事しようとした瞬間、爆発の閃光と煙、そして数秒遅れて文字通りの爆音が私の視界と鼓膜を駆け抜けていきます。
「───今爆発しましたね」
『奴ら、しらみつぶしに温泉を掘り当てるつもりだ。ゲヘナは主要市街地全部が戦場になる。風紀委員会は?』
「慌てて動いてます」
『これに乗じて脱獄する人もいるかもしれない……安全に気をつけて合流しよう』
「では、これから私はそちらへ向かいます。アビドスですか?」
『いや、ゲヘナ自治区内でいい。こちらの位置情報を送るから───』
カヨコ先輩と話し終える前に、背後から爆発!理由はただ一つ、脱獄者による爆破です。
「あら!ご機嫌ようウレイさん」
最悪の場合を想定して身構えていましたが、最悪の次に悪い状況になってしまいました。美食研究会……ここに来て脱獄とは……。
「……ハルナ先輩」
「ウレイさんはここで何をしておりましたの?」
「仕事です……あの、悪いことは言わないので戻ってはいかがですか」
「ふふふ、ご冗談を。フウカさんへ車を貸していただきましょう。ゴールドマグロを食べずに忘れるなどできませんわ!」
まだ諦めてなかったか。
「おい!居たぞ、美食研究会だ!」
「有馬ウレイも居るぞ!保護しろ!」
「風紀委員会もああ言っているので、私はこれで……」
「いいえ、ウレイさん。あなたはこれから合流の予定がある、そうですよね?」
「へ?」
き、聞かれてる!!
「合流までの経路は安全ではありません。数の力で互する温泉開発部が街中で爆破をすることですし、風紀委員会は外出禁止令も出すでしょう。そんな中で徒歩で向かえば温泉開発部、風紀委員会からも狙われます」
ハルナ先輩に襲いかかる風紀委員会を、黄色い車体が撥ね飛ばします。イズミ先輩とジュンコさんが身を乗り出して、「早く乗って!」と催促。ハルナ先輩は一跳びで乗り込み、こちらに満面の笑みで手を差し伸べてきました。
「……つまり、乗れ、と?」
「はい!」
ああ、このキラキラした顔を裏切れない!!多分ここで止めようとしても敵わない!
「……あの、ゴールドマグロを確保したらちゃんと牢屋に戻ってくださいね!」
ごめんなさい、風紀委員会の皆さん。後で謝りに行きます。
「もちろん、あなたまでゴールドマグロ奪還に加わらせるわけではありませんから、そこは心配していただかなくても大丈夫ですわ」
「だとしても道中に心配しかないんですが」
「ここはゲヘナ学園ですわ。多少のリスクこそ、最高のスパイス。安全な旅路を心がけます!あとは天に任せましょう!」
アクセル全開、フウカ先輩は簀巻きで半泣きになりながら、私と蛮行を見届けるしかありませんでした。