ゲヘナ学園 中央区 第一校舎
「皆、無事に来れたな」
渋々の調子で来たアキヨ先輩は、かなり不機嫌です。
「フキ、私ときてウレイだ。……何の話かは大方予想が付く。間違いなく面倒事だ。エデン条約絡みか?カヨコはどうした」
「……空き教室に行くぞ。先ほど電話をかけてみたが、カヨコさんは私や風紀委員会の面々の番号を軒並み着拒してるようだ。後でウレイから連絡をかけてくれ。私のことは歩きながら話す」
「あ、はい。わかりました」
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「───先ほどの件だが、私は謎の生徒集団と戦闘していた」
「……もしかして、白いコートの制服ですか?」
「その様子だと、ウレイも会敵しているな」
白いコートを羽織った生徒。彼女らはシャーレを尾行していました。便利屋に取り押さえられた後、未知の装備で私たちから逃げおおせています。
「未知の校章、未知の装備。集団の中には極度に暴力性の高い者も居た」
「確証はないですが、アリウス、でしょうね」
アリウスが戦闘を仕掛けてきた、と断定するにはまだ早いですが、推定アリウスとして話を進めます。
「人員の規模は2個小隊程度と特記戦力4人だった……私を倒そうというなら少々不足するが、間違いなく生徒一人に差し向ける戦力ではないな。正直、アリウスには不明なことが多すぎる。エデン条約が絡んでいると見ているが、条約締結まで何の動きも見せていない。尾行が精々、といったところだ、なぜ襲ったのか、なぜ今のタイミングなのか。まったく見当がつかない」
「心当たりはないのか?」
「ない」
「風紀委員時代のいざこざを含めたらどうだ?」
「風紀委員会の活動は恨みを買うことも多いが……私はもう忘れられつつある。しかも外部勢力に喧嘩を売ることは基本的にない」
そうかな……アビドスで思いっ切り売ってたけどな……
アキヨ先輩の質問攻めは続きます。
「アリウスと風紀委員会が関係を持っていた可能性は?」
「そこを疑いだせばキリがないが……少なくとも、風紀委員会がアリウスと繋がっていれば私との戦闘は避けたいはずだ」
教室へと着きました。一息ついて、話し合いの続きです。
「風紀委員会でどうにかできないのか?ゲヘナ自治区内で戦ったんだろ?風紀委員会が把握しないはずがない。それにフキが手こずる相手だ。ヒナが出張るだろう」
アキヨ先輩は至極真っ当なことを主張します。「治安維持は風紀委員会に任せろ」と、そう言っているのです。しかし、フキ先輩の反応は良くありませんでした。
「それなら良いのだがな。風紀委員会上層部は来週の調印式に向けて調整と会議で多忙、実質的な実働戦力はイオリ率いる隊だけだ。それに……」
「それに?」
「いや、大して重要じゃない。非常時は風紀委員会に駆け込もう」
「そうか。しかし、どうすれば良いんだ?アリウスだとして、それ以上の情報が増えていない」
風紀委員会はその実『万魔殿』の下部組織です。空崎先輩が強すぎるため、ある程度の独立性を持っていますが……しかし、『万魔殿』の命令には基本的に従うのが通例、とはイロハ先輩の弁でした。風紀委員会は、おそらく彼女たちに使節を命じられているのでしょう。
風紀委員会が動けないとなれば、後の頼みはシャーレと便利屋になるでしょう。
「シャーレと便利屋が頼みの綱ですね」
「先生、か」
フキ先輩はその選択肢を待っていたかのようにつぶやきます。それに食いついたのはアキヨ先輩でした。
「何、先生と会えるのか?」
「実際、それしかない」
「そうか、私には先生に訊きたい話が山ほどあるんだ。不幸中の幸いだな」
「しかし、先生は多忙の身と聞いた。大丈夫なのか?」
そこは確信を持って言えます。
「大丈夫です。先生は生徒の頼みを最優先にします」
私でもそうします。先生なら猶更です。
「私からカヨコ先輩と先生には連絡しておきます。フキ先輩、アリウスについて何か懸念点は」
フキ先輩は手を顎に当てて考えます。
「……ああ。少々、言うべきかどうか悩んだのだがな」
「言わない方が良いなんてことはない。確証していない情報なら、だけど」
「これは所感だが」
言いづらそうに声交じりの息を吐いて、フキ先輩は言いました。
「奴ら、我々を殺しに来るぞ」
どきりとしました。アキヨ先輩はまさか、と言いたげな顔をしました。
「殺して何の得になる」
「わからん。だが、奴らにとって勝敗はどうでもいいように見えた。これまで私に立ち向かってきた連中は、勝つという意志に願望が付随する。あのリッカだってそうだった」
勝って、何をしたいのか。人はそれが明瞭だといいます。勝つだけを目標にしている敵も居ますが、それは勝って何かを証明したいという願望であることがほとんどです。フキ先輩は続けます。
「だが、奴らはその願望が欠落している。まるで完全自律型のドローンを相手にしているようだった。戦いに願望がない。ただ、冷徹な戦闘機械として、凶暴性の高い者も、それが生活の一部であるかのような……そんな挙動だった。そして、明確に感じ取れた。敵意以上の、『制圧する』だけでは終わらない、ともすれば、ヘイローまで壊しかねない凄みが」
「それが、殺意か」
アリウスの、殺意。吽堂リッカの話が脳裏に浮かびます。
「アリウスは、何も変わっていない……」
ならば、そこに勝機があるかもしれないということです。ならば、吽堂リッカの持つ情報は活きます。
「それは大事な情報です。なら吽堂リッカに話を聞きましょう」
「……確かに、あいつは元アリウスだ」
いつ知ったのやら、アキヨ先輩もそれに同意します。
「となれば、最初に風紀委員会か……リッカは面倒な奴だ。ウレイとアキヨで行くのが一番早い」
間違いないでしょう。吽堂リッカはフキ先輩に執着を見せています。何か予想外のトラブルが起きてはいけません。
「私は一応先生の連絡先を知っている。先生に来てくれるよう掛け合うよ」
「ありがとうございます、では、お願いします」
私とアキヨ先輩は風紀委員会の拘留場へ向かいました。
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「───まさかゲヘナ本校舎まで来るとは。余程潜伏が得意なのだな」
携帯を閉じ、蒼髪が揺れる。角は空気の流れを感じ取る。無数の戦場で獅子奮迅の活躍を成し、ヒノム火山の異変を相手に深手を負わせた生徒、戦木フキ。普通の生徒であれば角など特徴の一つに過ぎないが、幾多の戦場で研ぎ澄まされた彼女のそれは、敵の動きを読み取るセンサーであった。
ガラガラと音を立てて開かれる扉から、十数人が入ってくる。どれも統一された服装とガスマスクを装備しており、グレネードランチャーとアサルトライフル、そしてマシンガンという大仰な構成。それを率いる2人……ロケットランチャーを携える赤いヘイローの生徒と顔の大半をマスクで覆った紫髪の生徒は、特に物々しい雰囲気を放っていた。
「……まさかここまでカンが回るなんてね」
そのうち、赤いヘイローの生徒がシニカルに言葉を放つ。
「カンじゃないさ。ちゃんと理屈がある。教えてやろうか?」
「いいよ、別に。知ったところで虚しいだけだ」
あくまで興味がない、といったところだ。戦木フキは余裕を崩さない。たとえ、彼女らに包囲されても。
「この戦木フキも随分舐められたものだな。校舎、閉所、風紀委員会……否、ヒナの留守、そして多対一。先ほどの戦いでこれだけあれば勝てると踏んだのか?」
だとすればお笑いだな。と彼女は笑って見せた。
「良いことだ。忘れられるということは。存外早かったがな」
「そう。虚しい人生が好きなんだね。羨ましいよ」
「ああ、そういえば、名を聞き忘れていたな。答えろ。貴様らは、何だ?」
彼女の問いは、赤いヘイローの生徒が挙げた手で回答された。曰く───
「撃て」
暴力である。一斉射は床を貫き、地下へ。
「……増援を絶ったか。確かに地下は学園構造物の基礎と降雨排水システムしかない。存外賢い戦い方をする!晴れ続きでよかったと思うよ!」
着地した戦木フキを追撃するため、敵はロープ伝いで素早く降りる。障害物のない、降雨排水システムという名のついた大きなコンクリ固めの空洞。大きな支柱はまるで神殿のようにそびえたつが、銃撃戦において壊してはいけないものだと双方理解している。故に、ここはまさに決闘場であった。
「アリウス、だろう?残念ながら貴様らのことを我々は知らない!だが、同じように私のことを貴様も知らんだろう!エデン条約を目当てにした連中のことだ、警戒対象はヒナだけだったんだろうよ!」
銃弾、グレネード、煙幕、そしてミサイルの雨。その隙間を縫うように戦木フキは走る。どこへ?無論、敵の方へ。
「私の強みを理解していない、だから時間稼ぎにもならん!」
戦木フキの戦い方は普段ルーチンとなっている。まず接近、ショットガンは牽制だ。十分近付けば、弾丸を当てに行く。全弾が当たる距離になれば、次はショットガンで殴り、徒手空拳に持ち込む。至近距離では殴った方が早いとは、戦木フキの得た答えである。多対一では、これを攻撃を避けつつ繰り返すのだ。閉所であればショットガン「を」撃つ必要もない。ある程度簡略化され、ショットガン「で」打つ。まるでバットを振るかのように、銃床で殴る。
「……化け物め」
「ヒナほどの制圧力ではない!各員持ちこたえろ、あいつはヒナと組まない日はなかった!ヒナが居なければ対象も……!」
彼女にはヒナが必要だったという説は、厳密には否である。彼女に必要だったのは、司令塔としてのヒナだった。
砲兵隊、突撃隊は、彼女が出るときに限り出撃命令が下らなかった。意思疎通はヒナによる指揮だけで足りた。それは角があるからだ。声による振動、体が動いた時に起きるわずかな空気の流れ、力を入れた時の息。戦木フキはそれらを感知して行動する。
そう、戦木フキは厄介な敵である。集団戦では先陣を切り、無尽蔵の体力で暴れ続ける。接近戦では負け知らず。再生能力でも、頑丈さでもない。ただひたすらに「暴れ続けられる」というだけでも十分な強さになる。しかし、真に厄介なところはそこではない。奇襲が通じない上に、単独でいるときが最強なのだ。彼女が好きに暴れることができるのは、味方の起こす声や振動、空気の流れが入らず、自身以外の音が全て敵によるものである、という環境。おまけに地下、即ち屋内、無風である。この時、戦木フキは持てる力のすべてを出せる。
これから戦木フキは6時間はこの調子で暴れ続ける。弾が尽きても銃床が残っている。銃が折れても拳が残っている。結局、物量が通用しないとはこういうことなのだ。彼女の無尽蔵の体力と膂力。銃に依存しない戦力。
しかし、ここへ相性上対抗できる生徒が一人居た。その生徒は無言で、ハンドサインのみで意思疎通を行う。
「……姫、戦うの?」
肯定のハンドサイン。
「……わかった。援護する。でもアイツと一対一を仕掛けちゃダメ。ヒナと同じくらい手強い。気を付けて」
頷く「姫」と呼ばれた生徒は、ふわりと地下排水施設の底へ降りた。
「貴様が棟梁か」
「……」
姫のコートから、青く光るデバイスが浮遊する。黒い花形のデバイスだ。それが強く光るたび、敵は勢いを取り戻していく。どうやら、答えのようだ。
「……厄介だな」
地上から降り注ぐミサイル、四方八方から飛んでくる弾丸、そして姫の援護。嫌に連携の取れたそれは、戦木フキを釘付けにする。
戦木フキが彼女らの違和感に気付くまで、およそ残り15分。
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時は少しさかのぼり、風紀委員会本部 地下拘留場 面会室
「それで、イオリちゃんの目を盗んでこっそりここまで来ちゃったんだ」
いたずらっぽい笑みをたたえ、吽堂リッカは私たちと対面します。
「ちゃんと手続きは通ってるので、人聞きの悪いことは言わないでくれますか」
「吽堂リッカってこんな奴だったか?」
「あ、えーっと、ウレイの隣の人。誰だっけ?」
「上山アキヨ。同級生だが、まあモブだと思ってくれ。安心しろ、お前の身の上などには関心がない。アリウスという土地の風土文化その他もろもろに興味があるだけだ」
「あ、お話がしたいんだねアキヨちゃん?」
「話を聞け」
そんなのらりくらりとしている吽堂リッカ相手に話の主導権を握られては本題に入れません。
「あるゲヘナ生徒が、つい先ほどアリウスと思しき組織と交戦しました」
聞いた瞬間に、吽堂リッカは笑います。
「ありえないよ、それは」
「……何故そう言い切れるんですか?」
「だって、アリウスに正面切ってゲヘナと争える力なんてないもん」
「そのゲヘナ生徒は、敵意以上の何かを感じていました。例えばそう、殺意とか」
おそらく先入観なのでしょう。吽堂リッカはアリウスの住人ではありましたが、アリウスの生徒ではありませんでした。なので、アリウスの実情を知っていても、それは幼い時分の吽堂リッカから見た景色に過ぎません。
これまでの特徴から言えるアリウスの特徴は、「トリニティとルーツを同じくする基礎体系」に「強すぎる憎悪」、「洗練された動き」、「殺意」です。
特に殺意はアリウス特有のものでしょう。私たちは、基本的に敵を制圧・排除する際の手段として、「ヘイローの破壊」はまず浮かびません。精々気絶させて他の場所へポイするか、新しく構築する秩序の中に住まわせるかの二択です。そこまで行動する生徒なんて居ないのです。キヴォトスの中でも最大級の罪、殺人。それを平然と予期させる気迫は、トリニティの正義実現委員会ですら持たないものです。
それを十分知っているのか、吽堂リッカから侮りの笑顔が消えました。
「……それをちゃんと言語化できる生徒も珍しいね。誰?その生徒って」
「秘密です」
「あ、わかった。ウレイは嘘が下手だなあ」
「……本題に入ります。アリウスは今もなお変わっていない可能性が高く、今まさにアリウスはゲヘナの一部の生徒を狙っている。その中には私はもちろん、元アリウスであるあなただって含まれている可能性が高いです」
「へえ……それで?」
「アリウスの戦い方について、そしてヘイローを壊すために彼女らがとる方法について教えてください」
「あくまで対策、自衛のためってわけだ」
吽堂リッカは頷きます。
「対価は?」
「……先生やフキ先輩とまた会えますよ」
「マジ?」
おい、いいのかと突っ込むアキヨ先輩には「大丈夫です」と答えます。
「じゃあ、取引成立だ」
吽堂リッカは二つ返事で了承しました。
「手短に伝えるね。詳しくは知らないから、ヒント程度になるけど」
「ありがとうございます」
「まずひとつ───」
吽堂リッカが話し始めるその瞬間、面会室のドアがノックの音を響かせます。
「時間だ、出ろ」
おかしい。腕時計を見れば、まだ時間はそこまで経っていません。
「まだ既定の時間を過ぎていません。間違いだと思います」
「いや、間違いじゃない。時間だ。面会は終了する」
あ、違う。敵だ。そう直感しました。
「規定により、15秒待つ。応答の拒否あるいは要求を拒否した場合、武力による措置を取らせてもらう」
15秒じゃありません。ここでは30秒で、そんな規定は概ね無視されます。
「アキヨ先輩」
「わかっている」
「リッカはそのまま話してて」
「わかった。アリウスは統制こそ取れているけど、戦力としてはここの風紀委員会と変わらない。砲兵隊がない分弱いまである。ただゲリラ戦に特化していて奇襲や拉致を主体にした戦術を取る。屋内を戦場とするのは下策だ。そして殺す方法は単純。異常なまでの量の弾丸を、異常なまでの時間撃ち込み続ける。身動きを封じた状態でね」
15秒経過。
「突入する」
一、二三、四───掌底を腹にねじ込むような4連の銃撃で鋼鉄の扉は遂に吹き飛びました。飛んだ扉は囚人と面会者を仕切る防弾ガラスに直撃し、刺さります。
「続けてください!」
「最後!本当にアリウスが襲撃を仕掛けた時向けの情報。私がアリウスに居た時同い年で特に強かった人が居た。その人の名前は錠前サオリ。ゲリラ戦では誰にも負けたことがない。彼女とは一対一で戦っちゃダメだ。屋内なら、なおさら戦っちゃいけない」
敵の姿が露になりました。白いコートを羽織った、黒い髪の生徒。黒いアサルトライフルは、何処までも実戦に特化したものです。
「出会ったら逃げて。私相手にストレート負けする程度じゃ、まず勝てない」
「……その錠前サオリの特徴って、こんな感じか?」
威圧感、にじみ出るどす黒い感情……憎悪。殺意とはこういうものかと実感します。
「……うん、その通り。錠前サオリは、こういう女だ」
「久しぶりだな。吽堂リッカ。そして、有馬ウレイ、上山アキヨ。一挙に3人纏めて引っかかるとは望外だが……貴様らに用がある」
どうしましょう、この目付き、絶対逃がさないって言ってます。