「ただし、条件がある」
「ほう?」
「まずひとつ。あらゆるシャーレ業務の遂行を妨げないこと。これは超法規的措置でも同じことができるけど、なるべくそういった措置は避けたいからね」
フン、とマコトは鼻で笑った。
「権力は使うものだぞ?」
「そうだね、でも乱用はいけない」
偉大なる王は神より授かった奇跡を一度しか使わなかったという逸話がある。マコトがその逸話を知るはずもなかったが、先生の性質はそのようなものであると認識した。そして、これは釘刺しでもあるのだろう。彼女は眉をひそめた。
「意図は?」
「業務が滞ればキヴォトスや連邦生徒会に迷惑がかかるからかな」
「殊勝なことだが、その分先生保護にかかわる労力も、襲撃リスクも増える。こちらの得られるメリットを提示しろ」
「メリット……ウレイを狙った不明勢力、及び『アリウス』と呼ばれる組織の調査に対する協力かな」
これには笑みを浮かべていたマコトも口元に笑みをたたえたまま真顔にならざるを得ない。
「不明勢力が『アリウス』だと言いたいように聞こえるが」
この時点でマコトから見た先生は「不明勢力」と「アリウス」が繋がっていない、という前提に立っている。先生はトリニティの一件で「アリウス」という第三勢力が暗躍していることを知っているが、ウレイたちが錠前サオリらアリウススクワッドを相手したという事実を知らない。すなわち、先生が「不明勢力」を「アリウス」と断定できるのであれば、トリニティでもアリウスにまつわる問題が起きていたということは容易に想像できるのである。
そうなってしまえば、マコトはこれを告発するだろう。エデン条約におけるパワーバランスが一気にゲヘナ優位へと傾く。政治的な空白による混乱の最中、トリニティがカウンターとしてゲヘナ襲撃の隠蔽を暴くことは考え難い。
先生は、知っている事実を隠しながら、どうにかゲヘナで「不明勢力」と「アリウス」を結び付けなければならない。が、先生には切れる手札が多い。まずはその一枚目。
「フキから聞いたんだ」
ハッタリである。交戦前にフキから「問題発生」という知らせを受け取っただけだ。
「その特徴と今回襲撃したであろうアリウスの特徴は一致している。フキは私の話した不明勢力とアリウスが同一の勢力と判断したんだ」
そんじょそこらの不明勢力ではなく、明確な作戦意図を持った軍事組織としてゲヘナを襲撃できる組織はそう多くない。そして何より、フキが問題として扱う事項は限られている。ウレイの信じるフキが「問題」と言うのであれば、そう信じても問題ないと先生は判断した。勿論、事実確認は先生自らが行うのだが、それを置いても、である。
「エデン条約で忙しいのに、それで隠し切れない大事件にでもなったら大変だよ?」
追撃の2枚目。先生は攻勢を仕掛けた。マコトに与する形で乗り切るのは些か抵抗のあった先生だが、相手は『万魔殿』議長。彼女の手前、やんわりとのらりくらり躱すだけでどうにかなる相手ではないのは目に見えていた。下手を打つわけにはいかなかったのだ。
「『万魔殿』の能力が調印式でパンクする程度のものだとでも?」
マコトは心底不服そうに口を開いた。先生のターンが終わらないことに腹を立てていた。
「いいや、そうは言わない。言わないけど……計画において、万が一というのは絶対に排除できない。いや、しちゃいけない。これは、上に立つ人の条件みたいなものだからね」
トドメの3枚目。マコトとしては無視できない言葉、「上に立つ人の条件」。決して秀才というわけではないマコトが唯一真剣に目指しているキヴォトスの覇権。即ち学園都市の頂点。それを得る条件を提示されては、マコトの持つ信条矜持が無視しないだろうと先生は睨んでいた。それまでへの字に結んでいたマコトの口は一転、笑みにゆがむ。
「キヒヒ、露骨な誘導だなァ、先生よ」
しかし、釣り針が大きい。先生は交渉のプロなどではない。まして政治など素人同然である。
「それでは『アリウス周辺には触れてほしくない』と言っているようなものだぞ?先生は先に生きる者とは言うが、ことゲヘナ学園においてその権威はシャーレ、超法規的な機関と連邦生徒会に依るものでしかない。先生……言っていることがわかるかな?」
先生という「個人」に限って言えば、マコトに通じる権威は皆無である。彼女の馬鹿みたいに高いプライドと自己肯定感は、先生の忠告を無価値にしてしまえるのだ。そして、先生は先ほど「シャーレに付与された超法規的措置の権限を乱用することはない」と言ったばかりである。
「まあ、時間は潤沢だ……と言いたいところだが、あと4日だ。そこまで悠長に構えられるものではない。先生、話し合いの続きとしようか」
「……っ!」
マコトというもう一人のゲヘナの怪物が、反撃に転じた。
どうも、有馬ウレイです。演習一日目が終わりました。無理です。無茶です。冗談じゃない強さが背後から襲ってきます。クリアリングした教室に突然ポップするフキ先輩、マジでホラー映画の怪物です。音もなく忍び寄ってきますし、フキ先輩を意識しすぎると今度は狙撃に対処できません。何回か便利屋の皆さんにやられました。
ボコボコにされてフィードバックを貰い、再挑戦の繰り返し。最後まで説教でした。
「───ということで、最後にリッカから今日1日の総評だ。『飲み込みが早いし打てば響くから楽しい。ただその分アドバイスに対する思い込みも激しいから常にあるがままを把握してね。アキヨは読み合いで常識を守りすぎ。極めた人間は独自のスタイルで究極の効率化を達成してる。常識の上に構築されたスタイルを読むべきだよ。常に格下であることの自覚を持って出直してください。ウレイは指示からの反応が遅いし独自判断が多すぎる。サオリには勝てないってわからされたのもう忘れた?アキヨのことを信じてドローンになりきってください』とのことだ」
「があああああ!!ムカつくあのクソ女!」
「うるさいぞアキヨ。……今回は、風紀委員会の合宿訓練と同等の負荷をかけた。相当な疲労が溜まっていると思う。今日はゆっくり休んで、明日に備えてほしい」
以上、解散と宣言したフキ先輩は、ずいずいと旧校舎に入っていきました。まだ動くのか化物めと毒づくアキヨ先輩の気持ちがすごくわかります。
しかし、どうしましょうか。実際問題として、おそらくフキ先輩はクリアできると思っていません。高々4日で何をできるわけでもありません。おそらくどんな手を尽くそうと、私たちは同じ状況なら勝てないし、逃げられないでしょう。錠前サオリを相手できるのはフキ先輩や空崎先輩のような学園戦力であって、その強さも才能補正と年単位の鍛錬が由来です。……時間稼ぎ、本当に時間稼ぎの訓練なんです。少しでも敗北を先延ばしにするための。
それを実感して、私の胸中には無力感が渦巻きます。撤退もできず、ただ足搔くだけしかできない私たち。ただただどうにかなることを願いながら倒れるのでしょうか。
そんなことをぐるぐる考えながらアキヨ先輩と校舎へ帰る道中、「やっほ!」という久々の声が聞こえます。声の方へ目を向けると、制服の中ではっきりとする大人の姿。
「先生!」
「どうしたの?そんな傷だらけで」
「特訓ってやつです」
「特訓?」
先生は怪訝な顔をして、「とりあえず、保健室行こう!何はともあれ、手当しないと」と、私たちの手を引きました。
「いっ……」
「少し我慢してください」
出迎えたのは氷室先輩です。消毒は流石にしみます。
「ウレイさん。初夏の集団食中毒事件ぶりですね。そしてアキヨさんも一緒とは、ウレイさんの顔はいつの間にか広くなっているようです。次は死た……ではなく、もっと気絶や脱臼骨折といった内容で来て下さると後学のためにも有難いです」
「それって冗談ですか……?」
「冗談です。あまり無茶してはいけませんよ」
「それで特訓って何の話?」
治療されている傍ら、先生の疑問に私が説明しました。
「なるほど。では絆創膏をいくつか差し上げておきます」
「あ、ありがとうございます……」
話を聞いていた氷室先輩から多めに絆創膏をもらいます。肝心の先生からの反応ですが……
「私もその特訓、付き合っていい?」
「え?」
「は?」
先生、またも無茶をするようです。
「特にアキヨの方は力になれると思う。こう見えて指揮は上手いからね。知らないこと何でも教えちゃおう」
えっへんとどや顔をする先生に、アキヨ先輩は呆けてしまっています。何かプライドに関わることでも触れられたのでしょうか。
「た、棚から牡丹餅とはこのことか?先生の、生の戦術データを得られるなんて」
ずっとせがんでいましたねそういえば。
「んー、どっちかというとアドバイスする側だから、直接戦いはしないけど」
「ぜひ来てくれ!私には先生(の戦闘センス)が必要なんだ!先生しか(興味のある戦闘データは)いないんだ!フキの指導は大雑把だしリッカは性格悪いしさあ!」
そんなアキヨ先輩の圧で先生参戦は加速し、対アリウス訓練に先生も参加する運びとなりました。