ウレイとアキヨの動きを見ると、やはり「危うい」というのが率直な感想だ。ウレイは腰が引けている。フキやアル達の実力を一身に集めているという認識が強すぎて、ドローンに対する攻撃の判断が遅くなっている。アキヨはウレイに気を遣いすぎだ。ウレイの処理能力に気を配り、的確な指示を出しつつ、自身で可能な限りの支援を行う……と言うと相当な無茶だが、これができなければ話にならないのがオペレーターという役職だ。行政官たるアコが任されるだけのことはあるし、アヤネは本当に器用な生徒であることを改めて思い知らされた。
『右側EMP仕掛けた!今のうちに右を抜けるぞ!』
『はい!』
『バカ、そっち左だ!』
『えっ!?』
……そしてアキヨはクロックポジションを使うという発想に至ってないし、ウレイもそれを指摘できるほどの余裕と経験がない。
これじゃあ連携に齟齬が出る。こうしたヘマが起きた瞬間が勝負の分目だ。現状で既に脱出作戦の形になっている程度には素養があるものの、これでは失敗が目に見えている作戦だ。「ミスしなければようやく希望がある」という状態では、もしその状況になった時必ず失敗する。……私思うんだけど、ポジションに関する基礎が壊滅なのになんでギリギリ対応できてるの?アキヨ、思ったより対応力が高い?
「フキ、クロックポジションについては教えた?」
「いいや、クロックポジションについては一朝一夕で身につくものでもない。半端に教えても混乱を招くだけだからな」
「確かにそうだけど、ウレイは言われればちゃんとクロックポジションに対応できる。それにアキヨが知らないとは思えないし、覚えさせるにも時間はそうかからないと思うな」
「先生にしては楽観的だな」
「そう?まあやってみようよ。部隊を生かすも殺すも統制能力ひとつだからね」
「……そうだな」
私と協議を終えたフキは、反省会の声をかける。彼女は「クロックポジションについて教える」と宣言し、予想通りアキヨは「知っているが」と顔を顰めていた。
◇◇◇
「クロックポジションについて教える」
「知っているが」
「前後左右でしか指示できない時点で知っているうちに入るわけないだろうが」
クロックポジション。オペレーター職の使う方向指示方式です。
「アナログ時計を想像しろ。進行方向を12時として、指したい方向を時計の指す時間で呼称する。進行方向に対し右は3時、後ろは6時、左は9時だ」
クロックポジションは1秒1秒で変動する私にとっての前後左右ではなく、「進行方向」での12方位です。「ミギナナメウシロ」と言うよりも、「ヨジホウコウ」と言う方が短いですし、より具体的な指示を出せます。そして方位のような絶対方向ではなく、進行方向基準であるため、直感的に把握できます。
クロックポジション。雰囲気として知ってはいましたが、フキ先輩の説明でようやく理解できました。同時に理解しないままここまでやって来たことに恐ろしさを感じます。
「これ以降、ハルカとムツキを君たちに同行させる。彼女が戦闘に加わることはないが、クロックポジションによる呼称を間違えたと彼女が認識した場合、即座に発砲する」
「おい、それって……」
クロックポジションが身に着くまで、フキ先輩が即座に駆け付ける仕様です。ブザーを鳴らすだけじゃダメだったんでしょうか。
「無論、その銃声は校舎中に響くだろうな。ハルカ、発砲する時は何も考えなくていい」
伊草さん、ひどく怪訝な表情!まるで「アル様でもないのに命令を……?」という顔!
「ア、アル様……?」
振りかえった伊草さんに、アル先輩は「ぶちかましなさい!」のアイコンタクト。伊草さんの顔から迷いが消える音がしました。すごく、不安です。
「人選、どうにかならなかったのか?」
「配置上の問題だ」
「先生はどうなんだよ」
「先生は戦場の分析をリッカと行う。実況、解説のポジションだからな」
「そんなサッカー大会みたいな」
とにかく、とフキ先輩は声を切り替えました。
「ウレイ、アキヨ。死にたくなければ覚えろ」
◇◇◇
「ウレイ、10時方向にドローン3機だ、えーと、あとウレイの進行方向的に……5時?」
銃声。
「痛っっっっっ!!?」
「今のは、4時です……」
「……クソっ!」
◇◇◇
「アキヨ先輩、警戒を。3時方向より敵……」
「ざんねーん!ウレイちゃんアウトーっ」
銃声
「っ!?」
「『進行方向に対して』だから、ウレイちゃんの向いている方向じゃないよ。今のは12時方向。じゃ、フキちゃんの相手頑張ってね〜」
◇◇◇
「みg」
「右って言わないでください……」
「17時方向!」
「4時方向。ウレイちゃんは落ち着かなきゃ?」
「ゲェーッそれはそれとしてフキとはエンカするのかよ!!」
「当たり前だ!」
……………………
………………
………
結論を言いましょう。アキヨ先輩は足腰立たなくなるまで徹底的にクロックポジションを叩き込まれました。私も先ほどから脳内に1から12までの数字がランダムに現れては矢印がよぎるんです。大の字になって肩で呼吸するしかできないくらいにはしごかれ果てました。
「お、お疲れ様。ウレイ、アキヨ」
「7時方向……」
「9時ィーーーっ!!」
どこからか冷ややかなため息が聞こえます。
「どうするのフキ。とうとう会話まで方向になったけど」
「大丈夫だ、ということはカヨコさんも知っているだろう。飯を食えば治る。風紀委員会もそうだった」
「生存バイアスって言葉を知らないアンタらしい言葉だね」
ゲヘナ風紀委員会の強さの秘訣が今ここに来て明らかになった気がします。
「フキ、今度は私にやらせて」
「何か妙案が?」
「暗殺なら私の方が向いてる。一応、アサルトライフルの心得も」
「ふむ……ゲリラ戦ではなくなるが」
アリウス最大の武器である包囲圧殺とゲリラ戦術の合わせ技の対策を行ってきた訳ですが、カヨコ先輩から急に方針転換の提案。一体何が?
「どの道、調印式当日にアイツらが仕掛けるんでしょ。ゲヘナとトリニティを嫌う彼女たちのことだし、式典を効率よく破壊することを念頭に置いているはず。なら、障害を排除するに最も有効な手段は暗殺、あるいは電撃戦による一瞬の制圧」
確かに、とカヨコ先輩は前置きをしつつ続けます。
「ゲリラ戦はあいつらの最も重要な強みだから、このまま慣らしていくことに異論はない。だけど───」
「ゲリラ戦を極めれば暗殺に近づく。暗殺を極めればゲリラ戦が可能になる。そういうことだな?」
こくり、と頷くカヨコ先輩。
「とは言うけど、一番はあの子たちの気分転換と成長の確認かな。意外な一撃というものをどれだけ減らせているのか。見てみようと思って」
────どういうことなのかは、すぐにわかることになります。