「迷子?」
「いやー、アビドスってやたら広くてさぁ。初めて来た人は必ず迷うんだよねえ」
「私、初めて来たんですけど」
「お、じゃあ君は筋がいいねえ。どう?アビドスに来ない?」
「お気持ちだけありがたく」
「言ってる場合!?すぐ探さないとじゃん!」
そうです、広い場所で遭難ってかなり危ないです。
「いやー、やめた方がいいんじゃないかな」
ピンクの髪の人はのんびりしています。その意見に追従するのは、黄色のカーディガンを羽織る恵まれた体格のアビドス生と、銀髪のクールな雰囲気を纏ったアビドス生です。
「この時間帯、この辺りはかなり冷え込みます。暖かくなってきたとはいえ、先生の場所もわからないのに無闇に探し回っては、体力が保ちません。最悪、私たちならともかく、ウレイちゃんが二重遭難に陥るかも……」
「ん。探すなら、日の出を待った方がいい。日中ならロードバイクで探せるし、アヤネのドローンもある。夜のアビドスを駆け回るのは楽しいけど……非効率」
おそらく2年生か3年生なのでしょう。二人とも冷静です。渋々鞘を収めた黒髪の子は、私と同級生なのかな。「理解はできないけれど、多数決で負けているから引き下がっている」という感じ、気持ちは理解できます。もしこの夜に何かあったら?という心配は、私の中にもありますから。
「そういうこと。ウレイちゃん、先生の顔写真とかある?」
「あ、はい。シャーレのHPにバッチリあるかと」
「じゃ、それで各自確認かな。今日のところは帰って、明日の朝8時から捜索開始ってことで」
方針が決まったところで、解散です。が、私にはひとつの憂慮がありました。ここはゲヘナ自治区の外も外。ですので、帰るにしても時間がかかります。現在19時半、帰り着くのはおそらく23時。寝るのは日を跨いで、朝8時に先生を捜索するから、まあそれきっかりに着くとして逆算でも4時半には……と考えると。始発でも間に合いません。というか睡眠時間3時間前後なら寝ない方がマシ、帰っても虚無です。まあできないことはないですけど、睡眠不足で前後不覚なままアビドス巡りは……やんなきゃだめですか?
どんより考えていると、桃髪の先輩がこちらに「あ、ウレイちゃんちょっと良い?」と話しかけてきました。
「はい、何でしょう……えっと」
「ああ、自己紹介まだだっけ。おじさんはホシノ。小鳥遊ホシノだよ。アビドス廃校対策委員会の委員長で3年生。いやー、今日はありがとね。ウレイちゃんが居なかったら今頃ネズミを追うみたいに床を這い回って不良を探す作業をやってたところだから」
「いえ、あれは成り行きですし……」
「おお、奥手だねえ、まあ、ちゃんと目を見てお礼が言えて良かったよ。おじさんだから、そういうのにはちょっと煩くてさ〜」
「年齢はおいくつなんですか」
「やだなあ、おじさんの年齢探ったって良いことないよ〜」
「……」
「まあ、本題はこの学校に泊まってく?って話でね」
「え?」
「おじさん、学校でよくお昼寝してるからさ、お布団あるんだよね〜。ウレイちゃんはゲヘナ自治区にお家があるでしょ?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、ここで寝泊まりした方が先生を効率よく探せるかも〜、なんておじさんは考えたわけ。どう?」
「ありがたいですけど、悪いですよ」
「いいのいいの、おじさんたちのために気絶するまで戦ってたんでしょ?そのお礼をさせてほしいな」
そこまで言うのなら、仕方ありません。頑として遠慮するのも失礼です。結局、ホシノ先輩の布団を借りることにしました。
「ところで、シャワーとかは……」
「あー……学校のシャワー室使って。ガスがあんまり使えないけど、うちも結構厳しくてさ、ごめんねえ……」
要するに、若干冷水ということです……まあ、我慢です。我慢。お互い様ですから。
「んじゃ、また明日ね。バイバーイ」
「はい、また明日……」
……なんと言うか、こういう日が続かないことを祈ります。
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おはようございます。有馬ウレイです。皆さんは夜の冷水シャワーを浴びたことがありますか?私は昨夜それを頂いたのですが、あんまり冷たいと痛いんですね。そりゃそう。冬の日だって顔が痛いし氷だって持ってると痛いです。髪から垂れる水分が体温で温められて、それすら温かいと思わせられる、貴重な体験でした。最初は暖かかったんですけどね。
「おはよーウレイちゃん。よく眠れた?」
「ええ、まあ」
布団がとても心地よかったのでよく眠ることはできましたが……できれば次は暖かいシャワーがいいです。
「皆さん、お揃いですね」
対策委員会の教室は、校舎内の職員控室を改造したタイプの部屋です。ホワイトボード、書類棚、資材置き場、生徒会室の諸機能を一箇所に集約した形の部屋です。私が支度を済ませて入った時には、黒髪の子、メガネの子、黄色のカーディガンの子、銀髪クールの子、そしてホシノ先輩の5人が既に居ました。
「先生は二人一組で探すよ。一人だと何かあった時どうしようもないからね。まずはおじさんとシロコちゃん」
「ん」
「ノノミちゃんとセリカちゃん」
「は〜い☆」
「わかったわ」
「そして、アヤネちゃんとウレイちゃん。アヤネちゃんは一年生だけど、しっかり者だし、アビドスのことなら結構知ってるから、迷子になりたくなければアヤネちゃんから離れないでね〜」
「よろしくお願いしますね、ウレイさん」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ここで、顔と名前が全員一致することになりました。しかし先生。マップがあってもなお迷子って……
「んじゃあ、いっちょやりますかぁ。解散!」
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お昼時、捜索の進捗を言いますと、本当に見つかりません。所々先生の足跡は見つけられますが、四六時中動き回っているらしく、なかなか足取りが掴めません。暴力組織……不良の集まりは点在しているので、それを制圧しつつの捜索になっている以上、かなり時間がかかります。
「この辺りに大人の人間が通らなかった?3秒以内に答えて」
「知らねえ……その胸倉掴むのやめろ……服の皺なんて滅多に取れねえんだぞ……」
「……外れです、アヤネさん。この区域は通ってません」
「わ、わかりました」
アヤネさんは非戦闘員です。拳銃は持っているのですが、基本的にドローンの俯瞰視点から支援するオペレーター職です。が、オペレーターの存在はかなり戦闘を楽にしてくれます。少なくとも、私一人でどうにかするよりは断然効率的です。見えていない領域も空からならわかります。その情報を基に戦えるのは、1対1が精いっぱいの個人を5人同時に相手することすら可能にできるポテンシャルを秘めているのです。
「捜索ってこんな感じでしたっけ……」
「え、違うんですか?」
制圧する理由はふたつあります。ひとつは治安維持。カタカタだかドカドカだか知らない不良集団に毎日襲撃されていたら、シャーレの補給があってもキリがないと思ったのです。今のうちにこれからはもっと一筋縄ではいかないと思わせれば、襲撃の間隔も戦力整備のため長くなり、弾薬量も節約できるのではないかという考えです。その期間は敵の本拠地を叩くなり凌ぐ準備をするなりすれば良いわけで。もうひとつは、人は痛いことが怖いし力には正直だからです。元から敵対関係なら正直に情報を吐くはずがないのです。あらかじめ力の上下関係をわからせればちゃんと情報を提供してくれます。指名手配犯の確保の時にまずこの行動をとったら先生からしこたまビビられちょっと叱られました(ゲヘナの生徒は組織間の仲が悪いと普通にやるので、そんな弱腰にならなくても、と困惑しました)ので、応急手当ができる救急箱一式は置いていきます。
「人探しで喧嘩になること自体珍しいと言いますか、そもそも敵に聞き込みをしないと言いますか……」
「確かに……?」
ここはゲヘナとアビドスの違いでしょう。アビドスはゲヘナと違って力こそ全て、というわけではない……力以上の明確なルールを持っているのでしょうか。
それはさておき。
「しかし、これで大方絞り込めました。これまでに動いた痕跡と『聞き込み』、そして先輩方の捜索進捗を鑑みると……中心部近郊で遭難してるっぽいですね」
学校は少し離れた場所にあるので、迷路のような中心部で迷ってしまったのでしょう。確かに入り組んではいました。大方、マップを逐一確認していたら電池切れになった、という流れでしょう。ここからは足とドローンとバイクで虱潰しです。気を引き締めて、先輩各位に連絡を入れようとした時です。
唸るような、大きな音が鳴りました。私のお腹から。
「……」
「あはは、お昼ですからね。私も実はお腹空いてますし……」
「さっさと見つけましょう。お昼ご飯は見つけた後でも食べられますし」
耳が、熱いです。
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結局のところ、14時ごろに先生は見つかりました。半べそで住宅街方面に彷徨っていたのを、シロコ先輩が見つけました。校舎に戻る道で、私たちは再会します。
「ウレイぃ……良かった……このまま行き倒れになってもう会えないかと……」
「大袈裟ですね、いざとなったらリンさんに救助を頼みましたから」
アビドスの皆さんにお礼を言って、そのまま対策委員会の教室へ戻りました。道中のコンビニでランチを買って、皆で昼食と行きます。
「いやぁ、ウレイちゃんは大手柄だね。まさか不良にまで聞き込みをしちゃうとは」
「そんな危ないことして、いつか痛い目見ても知らないからね!」
「ウレイ、そういうことは控えてって言ったよね……?」
「応急治療キットは渡しましたし、気絶するまで撃ってもいません」
「そういう話じゃなくてね……」
「ウレイちゃん、良い性格してるねぇ~、おじさんの若いころを思い出しちゃうな~」
「先生、苦労してそうですね~☆」
「危ないことをすると周りはハラハラしてしまいますからね……」
なんか私が責められる流れになっています。どうして。いやまあわかるんですけど、なんで。少しいじられる流れであるのはわかるので、そこまで居心地は悪くないですが。
「……美味しいですね。このお弁当」
「みんなと食べるご飯は美味しいからね」
先生が妙なことを言い出しました。
「人数で味が変わるんですか?」
「いや、そんなに」
「わかりやすく言ってください」
「人数じゃなくて、『人と一緒に食べる』ことが大事かな」
曰く、おいしいことを共有するのが楽しく、楽しさは味につながるのだと。ピンとは来ません。
「なんか言い方がクサイです」
「先生、言われちゃってるね~」
「あはは、慣れないことは言うもんじゃないね」
談笑の後、完食。シャーレとしての業務は達成したので、一度そのまま帰ることにしました。もちろん、補給は継続して続けていく予定です。帰り道は先生と一緒でした。
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「そういえば、ウレイはどうしてアビドスに来たの?」
夕暮れの帰り道、私はそんなことを訊かれました。
「アビドスが気になって」
「5人で頑張ってるよね。いい子たちだよ」
「どうしてあれで回っているのか、すごく気になるところでしたが、聞き出せませんでした。誰かさんが迷子になるせいで」
「痛いところ突いてくるね……でも、回ってるわけじゃないと思う」
「え?」
私は少し驚きました。だって、回ってない学校なんてすぐに潰れるものだと思っていたから。
「砂に埋もれてるところがいくつかあったでしょ」
「はい」
「アビドス外郭は砂の中。明らかに維持されていない住宅街、中心部はがらんどう……きっと、砂漠が運んでくる砂が、アビドスを弱らせていったんだ」
「自然、災害……」
「昔は本当に大きかったんだと思う。でも、砂がアビドスをじわじわ追い詰めて、今は学校の維持すら危ういところまで来てる」
「じゃあ、どうしてまだ学校があるんですか」
「足掻いてるんじゃないかな。どうにか学校を潰さないために」
「……」
少し重たい沈黙がのしかかってきました。先生は、ゆっくりとその沈黙を退かすように、口を開きます。
「ウレイ、私たちはシャーレ。生徒の困りごとを解決するところだね」
「はい」
「私は、この学校を助けたいって思うんだけど、どう?」
「……どうせ何やっても潰れてしまうかもしれないのに?」
「もしかしたら、シャーレでどうにかできちゃうかも?」
「自然災害をシャーレがどうにかできるんですか?」
「できないと思う。でも、学校存続とか、そういうのは先生も考えるべきだとも思うよ。ウレイは仮入部の状態だし、お手伝いはしなくていいよ。もし手伝いたくないとか、忙しいとかだったら、全然ゲヘナでの生活を優先すべきだし。一番大事なのは、生徒の暮らしだから」
今までの私なら、きっと「やるなら私抜きで勝手にやって」と言っていたでしょう。でも、名状しがたい感情が「本当に良いの?」と言ってきます。軽い気持ちでアビドスに来たのが間違いだったかもしれません。
「……少し、考えさせてください」
これが望んだ高校生活かと問われれば、そうではありません。だからといって、それ以外が全部ゴミ同然かと言われれば、頷きがたいものがあります。これは言葉にしなければならない。そう思いました。でないと、どちらを選んだって後悔しそうだったから。
先生は「わかった」とほほ笑んで、それから変わらず歩いています。私の足取りは、少し重かったです。
有馬ウレイ
EX:遮蔽活用戦闘術
広範囲の爆撃スキル。爆撃地点から一定範囲内に「瓦礫」障害物を召喚。
NS:臨戦術
定期的に一定範囲を爆撃。
PS:尋問術
攻撃力up
SS:喧嘩術
命中値up
屋内 :B
市街地:A
屋外 :D
装備
シューズ
ヘアピン
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