トーキョーハイロウ/魔女 vs 国連TS兵団   作:あるなし

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13 対話/博士と少佐

【瞳光/複彩/紫】

命よ、汝を鮮やかに輝かせよ。二つの色を混ぜ発する者は繊細、多情、柔軟。

紫光が表し司るは赤光と青光の混在にして、寿ぎ・宣明・大局・大なる発破。

 

 

 

 

 

「そんなものより超純水をくれたまえよ、トオノくん」

「どちらも私のです。博士はあちらのウォーターサーバーをどうぞ」

「RO水に過ぎんじゃあないか、あれなどは」

 

 大隊オフィスのソファーにくつろいでいたのは、高瀬の予想通りにパカラダ博士だった。

 

「早漏野郎が動いているからには手短に済ますわよ……あんた、まずは博士の問診を受けなさい。博士もよろしいですね?」

 

 座り方のドシン。ファイルの投げ出し方のバシン。

 

 トオノ少佐はカリカリと音がしそうな苛立ちぶりである。それを前にして、パカラダ博士の獣耳はパタパタとよくも気楽に動くものだと高瀬は思った。

 

「フム? じゃあ、よろしくやろうか……ほとんど確認でしかないがねえ……タカセくん、君、エーテリックを知覚できているね?」

「えっ?」

 

 声を上げたのはトオノ少佐である。返事をしようとした出鼻をくじかれた形だ。

 

「見え方であったり、肌触りであったり、あるいは匂いであったり……そうだろう?」

「はい。E環境という、あの水中のような感覚のことですよね? それに、魔女の魔法……マントに触れた時の変化や流れだとか。あとは弟子の唇のものとか、ベクターによるものとか」

「はあ!?」

 

 病院での騒動以降、エーテリックは高瀬には馴染み深いものとなっている。それが感じられるかどうかで日常か非日常かを区分けているくらいだ。

 

「そうさ。まさしくその通りのそれだとも。素晴らしいねえ。君はエーテリックのみならず、それがエーテルやアストラルへ変換される様子をも観測しているわけだ……クフフ……数字で見るのと言葉で聞くのとではまた味わいが違うねえ」

 

 パカラダ博士はニヤついているし、トオノ少佐は唖然としている。

 

 高瀬は居心地の悪さに身じろぎした。

 

「君自身のアストラル技能はどうだい? 瞳光の系統からすると象徴的には風のイメージになる。空間へ作用し、たとえばベクターを移動させたり、攻撃点をずらしたりとあるが、この『大王エネルギッシュ』というのはどういうイメージなんだい?」

「ええと、こう、手で水をかくと波が生じるじゃないですか。剣大王をオールに見立てて……」

「オッホウ! 水のイメージ! つまりはエーテリックへ直接作用している! それはそれは!」

 

 前のめりになる獣耳女性。のけぞる上司女性。コーヒーの味がしない。

 

 その後も「脚にエーテリックを浸透させて強化」と言えばパチパチと手を叩かれ、「空気抵抗どころか髪もそよがない突進」と言えばドンドンと足踏みをされた。明らかに発言の非常識を面白がられており、閉口するばかりだ。

 

「いやはやユニークだ。運命論者へ一定の共感を覚えてしまうほどさ。こうなると出力調整が必要だよ。アバターもベクターも理論値の上限をマークしているからね。しかし、まさか、五倍仕様がリミッターになってしまうとは……グフフゥ……」

 

 涎を垂らしそうなパカラダ博士をその場に残し、高瀬はホワイトボード前のスペースへと引っ張っていかれた。磁石で地図が掲示されている。練馬区のようでいて何かが違う、情報量の少ない、不確かな略図だ。

 

「あんた、ストラテジー系のゲームはやる?」

「政治や開発の要素がないような、シンプルなやつなら幾つか」

「そう。丁度いいわね」

 

 言葉とは裏腹のしかめっ面である。返事のしようもない。

 

「戦況は最悪の一歩手前よ」

 

 吐き捨てるように言いながら、トオノ少佐が黒いカラーマグネットを貼り付けていく。

 

「先の大規模作戦は失敗した。主攻の千葉方面軍が葛西決戦で完膚なきまでに大敗。助攻の埼玉方面軍も伏撃にあって早すぎる潰走。その結果、特務の大隊まで補給不十分のまま投入される始末……一個中隊分も部下を死なせたわ……!」

 

 マグネットは二か所に集中的に張られた。練馬区東端と南部、それぞれ光ヶ丘森林に匹敵する緑地であるらしいが。

 

「敵群は余勢を駆って浸透。光ヶ丘基地まで一撃されたなんて土俵際もいいところよ。退けはしたけど、敵群はまだまだ戦力十分、二か所に分かれて留まっている……片方は東の、城北中央公園だった丘陵地帯。もう片方は南の、旧としまえんにして魔法魔術学校の再現施設……今となっては厄介極まる廃城郭」

 

 最後のマグネットを貼り付けた後、トオノ少佐は急に振り向き、高瀬をにらみつけてきた。こうも真っ直ぐに見据えられたのは初めてのことかもしれない。

 

「あんたならどっちを叩く。光ヶ丘基地から戦力を出すとしてよ。丘陵地帯? それとも廃城郭?」

 

 いい加減な回答を許さない態度だ。化粧で隠しきれていない目の隈、顔色の悪さ、目の充血……真剣に戦い続けている軍人が発言を待っている。

 

 高瀬は深く呼吸し、答えた。

 

「両方同時には叩けないのですか?」

「フウン……ひねくれた意見というわけでもなさそうだけど?」

「片方を攻めたらもう片方が援軍に来れる距離ですよね、丘陵と廃城郭は。どうせそうなるならあらかじめ別個に攻撃した方がわかりやすいと思いました。こちらのペースというか、こちらは連携して戦えるでしょうし」

「確かに主導権は取れるし、敵の連携を断てるって意味でも有効だけど……ダメよ。戦力が足らない。それをやろうとすると光ヶ丘基地が手薄になりすぎる」

「片方については時間稼ぎのような攻撃に徹するとしても、ですか?」

「銃と砲と車両の戦争ならそれもいいわね。でもアバターとベクターと徒歩じゃ無理。けん制のつもりがガップリ四つなんてザラだもの。戦死者を増やすだけね」

 

 何らかの資質を計られ試されていると感じるものの、高瀬は不快感を覚えなかった。一歩前へ出て地図をより注視する。咎められることはない。きっとトオノ少佐も地図しか見ていない。

 

「そういうことならば、丘陵地帯です」

「理由」

「戦いやすいからです。丘陵と城郭という言葉のイメージでしかありませんが、攻めるなら障害物は少なければ少ないほど攻めやすいのではないかと。逆に守るなら障害物は多い方が守りやすいわけで……廃城郭とやらを先に攻めた場合、相対的に手こずりやすいのではないでしょうか」

「その通り。そして手こずれば手こずるほど後背を衝かれる危険度が高まるわ」

 

 でも、とトオノ少佐は黄色いカラーマグネットをつかみ、廃城郭の真ん中へ狙いを定めた。

 

「ここにVIPがいる。特別作戦軍のトップと言っても過言じゃない人物が、逃げ遅れて、少数の護衛と共に潜伏している」

 

 強く音を立ててそれは貼られた。睨みつけもしているのか。

 

「……廃城郭のみを攻める、ということですか」

「埼玉方面軍司令部の決定よ。私の大隊にも出撃命令が届いた。どこぞの、尻に火のついた連隊長が総司令部へ嘆願したせいでね」

 

 やっていられないとばかりにカフェオレを呷る。高瀬もブラックコーヒーでそれに倣った。

 

「私はまだ出られない。間に合わない。また、ヤクモたちに任せるしかない」

 

 カフェオレの缶が潰れ……ずに、いかにもか弱い手がプルプルと震える。爪がボロボロで、指に絆創膏が三つ四つと貼られていて、よく見ると痣や傷跡も多い。

 

「准士官のあんたには教えておくわ。私の大隊は特務を帯びている……最初の魔女である『A』の抹殺任務よ」

 

 目が据わり、声が微かに震えている。

 

「あいつは強い。魔女の中でも頭抜けている。当然よ。全てはあいつが始めたことなんだから……エーテリック大渦も、霧壁も、トーキョーハイロウも、何もかもがあいつの独善的世界観そのもの。だから殺す。私が殺す。何が何でも殺さないといけないのよ」

 

 チリチリと漏れ火のように覗く怒り、怨み、苦しみ、悲しみ……判然としない痛烈な激情……押し込められたそれの正体を、奇妙なことだが、高瀬は好ましく思った。

 

 人間だからだ。執着し、煩悶し、行動する姿はいかにも人間らしい。うらやましいくらいに。

 

「あんたの望み……戦う理由って、あの子どもよね?」

「……はい。理不尽を前にして、子どもを背に庇える大人でありたいと思います」

「なら私に協力しなさい。診断を受けた結果が届いたけど……あの子はエーテリックに適応しすぎている。あれじゃどうやっても霧壁を越えられない」

 

 ヨアが無事とは聞いていた。第二小隊により護送され、光ヶ丘基地で保護されたとも。

 

 しかしそれが以後の安全を保障しないことは否応なく理解させられていた。トーキョーハイロウは危険だ。国連軍の劣勢は想像以上であり、いつ全面敗走してもおかしくないほどに追い詰められている。

 

「Aを殺すのよ。それだけが、あの子を平和な世界へ連れていくというあんたの望みを叶える」

「もとより、あなたの部下です」

「違う。軍人の配属としてじゃなく、あんた個人として私に協力するの。剣大王ユグドクラウンの聞きしに勝る超性能……私のアストラル技能と連携すれば、きっとAの喉首に届く。あいつを殺してやれるんだから」

 

 高瀬は承諾を言葉にはしなかった。言質を与えられるほど目の前の女性を信頼していなかったし、諸々を考え尽くしてもいなかったからだ。

 

 それでも真っ直ぐに目を合わせ、敬礼した。指先にまで誠意こめ意気を表して。

 

「……生き残りなさい。こんな間抜けな作戦で死んでいいほど、あんたの命は安くないの」

 

 命の値打ち。

 

 トオノ少佐は決して高瀬という人物を惜しんだわけではあるまい。最新のアバターと最強のベクターを機能させる人員を、軍事的コストの観点から評価したにすぎまい。自らの目的のために有効な戦力として無益に失いたくないだけだろう。

 

 それでも胸を打つものがあって、高瀬はやはり返事ができなかった。平静さを装い敬礼を示し続ける。

 

「作戦開始は明後日の早朝。今夜はもう寝てしまいなさい。明日、ヤクモたちが戻ったら迎えに行かせるわ」

「……はい。明後日早朝の作戦に備え、就寝します。明日、ヤクモ大尉たちを……え……ログアウトした大尉たちを?」

 

 トーキョーハイロウでは誰もが美女か美少女かであった。こちらでは違う。それぞれにむさくるしい男だろう。そんな当たり前が奇妙にくすぐったく、絶妙に気まずくて、高瀬は思わずその場で足踏みしてしまった。全身に鳥肌も立ったかもしれない。

 

 悪戯な笑みで、トオノ少佐は言ったものである。

 

「TS兵あるあるよね。ま、オフ会みたいなものよ。名札でもつけとけば?」

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