トーキョーハイロウ/魔女 vs 国連TS兵団   作:あるなし

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第二幕開始


15 対話/不思議の子

【瞳光/複彩/水】

命よ、汝を鮮やかに輝かせよ。二つの色を混ぜ発する者は繊細、多情、柔軟。

水光が表し司るは緑光と青光の混在にして、施し・奉祀・超然・荒ぶる氷雪。

 

 

 

 

 

 観覧席へは入らずに、高瀬はそれを覗き見ていた。

 

 百人を優に越える特殊機動猟兵たちが整然と並んでいる。元が屋内競技場だった場所であるためもあって、さながら体育大会の開会式のようでもあるが……華やかかつ物々しい。

 

 誰もが重武装の美女か美少女で、思い思いのベクターを携え、六色いずれかの瞳を台上の貴婦人へ向けている。

 

 美声でもって作戦の意義を訓示し、戦意を鼓舞しているのはシュナイダー大佐だ。ダークブロンドのウェービーヘアを腰まで垂らし、瞳光の水色も麗しい。その背後、国連旗と並んで誇らしげに掲げられているのは連隊旗だろうか。

 

「かかる作戦をもってして我らは魔女へ思い知らせるのだ! いかにエーテリックを悪用しようとも所詮は浅知恵! 都市を壊し秩序を乱すだけの虚妄! 人類の叡智と国際社会の連帯が、必ず、その罪に相応しい罰を与えるのだと! 良き人々の健やかなる日々のために、必ず、その魔生を討ち滅ぼすのだと!」

 

 騎士の馬上槍のようなベクターを振りつつの弁舌は、さながら舞台演劇のクライマックスのようだ。歓声こそ上がらないものの高まる熱気があって、エーテリックを通じて頬にまで伝わってくる。

 

 戦争の一景だ。男性の命は積極的に戦火へと投じられるのだ。姿は女性なのだが。

 

 高瀬は会場へ背を向けた。吐息し、銀の髪を左右へ振って、炭酸水の瓶をあおった。シャラシャラと弾ける涼感が全身へ広がっていく。

 

「たたかいにいく……ですよね。タカセさんも、みなさんも」

「ああ。兵隊だからな」

 

 そばにヨアがいる。ログアウトした日に見上げた青空のような瞳をエーテリック環境下にもキラキラとさせて、ためらいがちながらも高瀬へ寄り添っているのだ。

 

 二人きりではない。やや離れて、階段の下からピンク髪とリボンがチラチラと揺れる。

 

「かえって、きますよね?」

「そのつもりだ。全て順調にいったのなら二日後には戻れる」

「……ボクも、その……」

「君の保護については少佐殿が約束してくれた。霧壁内に国連軍のある限りよくしてくれるだろう」

 

 ここもかつてE災害、すなわちエーテリック大渦に呑み込まれた建物だ。オブジェでしかなくなった自販機の商品ラインナップは一昔前のものである。汚れたプラスチックの表面に、うつむく子どもが映っている。

 

「遠慮はいらない。以前に話した義務と権利のこともあるが……俺の意地もあるんだ。意気地と言ったほうがいいのかもしれないが」

 

 しゃがみ、視線を合わせた。

 

「俺のためなんだ。俺は、君を放っておける自分でいたくない。大人が正しく大人でいるためには……男が男らしくあるためには……自分のことをカッコいいと思っていないとダメなんだよ。一度でも戦ったなら、もう、腑抜けには戻れない……そこまで恥知らずじゃないからな、俺のごときも」

 

 エゴだろうことはわかっていた。押しつけがましく、自己陶酔の臭うものであるとの自覚もある。

 

 それでも伝えておきたかった。なぜなら濃厚に死の予感がある。トオノ少佐の物言いには切羽詰まった危機感があって、言外に伝えられた命令があったようにすら思うのだ。

 

 必ず生きて帰れ―――たとえ他の誰かを犠牲にしたとしても。

 

 高値をつけられた命を、手前勝手に投げ打つことなく、絶対に帰還せよ。

 

 明言されなかったがゆえに気づかなかったことにした高瀬である。従うつもりはない。あるいは死ぬこともあるということだ。

 

「ゲームじゃないからねえ。ゲームだとしてもデスゲームだよデスゲーム」

 

 ルルウ曹長は陽気に言ったものだ。三度目のログインの用意をする合間に、お菓子をつまみつつである。

 

「カイコって要は幽体離脱マシーンだし。アバターへ魂的なやつを投入してるわけ。ログイン中も肉体と銀の紐みたいのでつながってるから、それ伝って連絡したりログアウトしたりもできるけど……ログアウト前にアバターを破壊されちゃうとダメ。デッドエンドだよん。空っぽの身体、一晩ももたないし」

 

 そう、死ぬのだ。TS兵も戦死する。

 

 高瀬にとってそれは恐怖の真実ではなく、むしろ納得のいくルールであるが、戻れなかった時のことを思えば気がかりは一つきりとなる。

 

 不思議の子、ヨア。

 

 静かに高瀬を見つめ返している彼あるいは彼女との出会いが、高瀬をトーキョーハイロウへと導いた。

 

 九歳だという。小学三年生の年齢だ。幼さの中から伸び行く若々しさがあって、エーテリックの水底にあっても祝福されたかのように健やかだ。ホトリ二等兵はそこに畏怖すべきものを感じたというが。

 

 高瀬は、ただ、美しい過去を想わされるのみである。

 

 やはり似ているのだ。目鼻立ちや輪郭には、憧れた朝霞光子の面影がはっきりと認められる。眉の形は母に似る。少し癖のある黒髪と、そこから覗く耳の形も見慣れたもので、母とそっくりである。

 

 人生を彩る愛すべきもの……真、美、善……高瀬にとってそれは二人の女性でもって表されるものだ。

 

 今は亡き彼女たちをどちらとも連想させるヨアなのだから、命を懸けることは喜びでしかない。

 

「ヨア……君は、どこから来たんだろうな?」

 

 それは質問ではなく、空色の瞳の奥に何かを思い馳せたつぶやきでしかなかったが。

 

「ボクのことも、きいて、くれるの?」

 

 九歳の真剣が、おどおどとしつつも真っ直ぐに、高瀬へ応えてきた。

 

「くらい、せまいところ……しゃがんでた。ずっと、ずーっと、しゃがんでたよ」

 

 こんな風に、とヨアは膝を抱えた。

 

「オトがね、きこえるの。たくさんのオト。たのしそうなオト。あしオト。とんだり、はねたり……まねしたかったけどできなかったよ。せまくて、たてないもん。だから、ユビでまねしたよ。かたいかべを、トントンって、ユビでまねしてたの」

 

 小さな白い指が、まるで人形の足ででもあるかのように踊る。軽快なステップを踏む。それへ憧れの眼差しを向けるのだ、ヨアは。

 

「あるとき、ユビのオトがふたつになった。かべのむこうから、だれかがユビでトントンした。トンってしたら、トンってくる。トトトンってしたらトトトン。あっちからトントトン。ボクもトントトン。たのしかった。だってダレかがいるんだ。ボクとあそんでくれたんだ。すっごく、すっごくうれしかったなあ」

 

 無邪気な、輝くような笑顔。掛け替えのない瞬間に朝霞や母が見せてくれたものと同じようでいて、どこかしら異なる響き方をしてくる、それ。

 

「トントンしてくれるダレかが、だしてくれたの。くらい、せまいところから」

「……誰が、どこから出してくれたんだ?」

「わかんない。まっしろなへやで、フクとクツがあって……ダレかいませんかってあるいてたら、おちたんだ。アナがあいて、シューンって。おそらを、ビューンっておちたよ」

「空を……」

「そのときセカイを……ハイイロのトーキョーを、はじめてみたんだ。ボクは」

 

 ヨアがたどたどしくも語る来し方は、危なっかしく寂しい、放浪の日々であった。

 

 落ちた先の集落……エルフたちに初めは保護されるも、ヨアの処遇を巡って争いになり、殺されそうになったため集落から逃げ出すことになったという。

 

「いいコはね、わきまえるんだって。ありがとうってキモチで、くらい、せまいところにいないとダメなんだって。うれしいたのしいは、ボクのワガママで……ボクはわるいコだって、いっぱいおこられたよ」

「……だから、ずっと一人でいたのか?」

「うん……もどりかた、わかんないし……クツ、あるんだし」

 

 高瀬は込み上げる怒気を噛み殺した。エルフ集落への、そして己への憤慨である。

 

 監禁されていたかのような過去……その後も捨て子で迷い子ではないか、ヨアのこれまでは。申し訳なさそうな様子がまた哀れを誘う。

 

「あの病院にいたのは、どうして?」

「ハイイロのそばをあるいてたら、フワってうすくなって、むこうがみえたの。だから、ボク、みにいっちゃって……そしたら、あんな、あんなことになっちゃって……」

 

 耐えきれず、高瀬はヨアを抱きしめた。見た目以上に華奢な身体だ。

 

「大丈夫。もう大丈夫だから」

 

 具体的な何を言えるでもなく、手のひら一つに収まってしまう背を撫でた。やわらかい黒髪も梳いた。

 

「俺が、何とかする。君が明るい世界で幸せになれるように、俺が、きっと何とかするから」

 

 高瀬はトーキョーハイロウを知らない。二日三日ほどの不可思議を体験したに過ぎない。

 

 それでも約束した。

 

 生きる意味を失って久しい彼にとって、それは、命を費やすに足る約束であった。

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