トーキョーハイロウ/魔女 vs 国連TS兵団   作:あるなし

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07 休憩/妙安寺

【E災害】

エーテリック災害。表向きは東京都心部における複数同時天災と説明される。

隠蔽せよ。隠蔽せよ。隠蔽せよ。知りて知らざるへと戻れぬ秘蹟を秘匿せよ。

 

 

 

 

 

「ダイジョブです。もっとおっきな……ビルみたいなのもみたことあって」

「ウッソだあ。そんなんもう怪獣じゃんか」

「んんー! 都心部なら十分ありえるかもかーも?」

「何でもありかよ、都心って。東京おっかねー」

「なんでもアリ……そうなの?」

「だってズリーじゃん。アバターもさー、いっそ巨人にしちまえばよくね?」

「んー。エーテル爆撃の良い的になっちゃうかな! それだと!」

 

 小休止として立ち寄った仏寺である。木陰にてヨアがホトリ二等兵とガンホ伍長に相手されている様を眺めつつ、高瀬はペットボトルを握りしめている。

 

 聞き捨てならないことを、ヤクモ大尉から聞いたからだ。

 

『ヨアさんには霧壁の外の知見がない。言い換えるならばトーキョーハイロウのみを知る』

 

 高瀬にだけ聞こえる声……士官用アストラル通信とやらに慣熟するため、行軍の合間に一方的に話された内容である。

 

『記憶障害とも思われない。姓名認識の単純化はE障害として珍しくないが、ヨアという名から予想される二百万通りの姓名を検索しても該当者はいないそうだ。それどころか彼か彼女かもわからない。ガンホ伍長のアクティブヒアリングによるとヨアさんは性別の概念を理解していない。親や家族のエピソードも皆無だ。トーキョーハイロウを独りで放浪していたというが、およそ信じがたい話ではある』

 

 蓋を開け、水を飲んだ。食事不要のアバターが唯一必要とするものだ。

 

『そもそも、人間のままでいられること自体が異常なのだ』

 

 もう一口飲む。トーキョーハイロウにおいて清浄な水は貴重品だという。そしてそれはヨアへ支給されていない。本人が辞退した。いじらしい遠慮でも痩せ我慢でもなく―――飲食をしたことがないという理由によって。

 

『また一つ秘匿情報を開示しよう。トーキョーハイロウで人間は生存できない。モンスター類の脅威もあるが、エーテリックに適応できねば死ぬからだ』

 

 何気ないタイミングで、顔色一つ変えずに伝えられた。

 

『適応できた場合も人外へ変異することを避けられない……貴官は身を持って危うきを体験したと聞いているぞ……当然、新たに人間が誕生することなどありえない。九歳という情報が正しいのならば霧壁外で産まれた子が物心つくまえに霧壁内へ連れてこられたという経緯が予想されるわけだが……戸籍のことといい、エーテリック変異のことといい、どうにも無理のある話だ』

 

 笑い声が上がった。ヨアを中心にして三人で組体操を始めたらしい。

 

 ガンホ伍長がヨアを肩車し、腿に乗せる「サボテン」へ移行したところへホトリ二等兵が補助倒立を仕掛ける。スカートの存在意義を無視した両足をヨアがしっかりと受け止めて、その三者協力技は完成した。

 

 ヨアが笑う。明るく、健やかで、邪気を祓うような笑顔だ。

 

 高瀬は思うのだ。ヨアがどんな事情を抱えているにせよ、子どもには違いないだろうと。

 

 保護され、尊重され、支援されて当然ではないか。人の不幸を自業自得と嘲笑する時代であっても、幼き者には権利こそあれ責務などあろうはずがない。幼き者の不幸は周囲の大人の罪でしかあるまい。

 

 そんな子どもが……ヨアが、あの恐るべき魔女に狙われているかもしれない。

 

 病院の戦いの中で生じた疑惑だ。口にしたヨアにも確信はないようだったし、高瀬には確かめる手段すらわからない。大隊拠点で目覚めた後の事情聴取においても説明のしようがなかった。それでも国連組織ならば無辜の市民を助けてくれるだろうと期待したが、事態はそう簡単に済みそうもない。

 

「各員、装具を点検しろ。出発するぞ。シャオ上等兵、斥候を頼む」

 

 ヤクモ大尉が呼んでいる。シャオ上等兵が単身先行し、残りはヨアを囲うように護衛しつつ進むのだ。悪路どころではない道程だ。最短経路を行くことは物理的に不可能で、時に跳び、時に登り、バケモノの影あらば迂回も待機も後退もする。

 

「……ボク、わるいコだ……」

 

 廃屋の屋根から屋根へと飛び移る順番待ちに、ヨアがポソリと漏らした。ガンホ伍長によるとマリンセーラーというのが正しいらしい服の裾をいじって、小さく吐息も。

 

「どうした? 怖いなら一緒に跳ぼうか」

 

 高瀬は微笑みかけた。視界の隅でリボンがひらひらとそよいでいる。

 

「とびます。ワクワクしちゃうくらい、です」

「そうか。確かに少し楽しいかもな。パルクールみたいで」

「パルクール?」

「俺も詳しくはないが、こう、道なき道を飛んだり跳ねたりして移動するスポーツだよ」

「みち……きれいでひろい……スポーツ……スポーツってなんだろう」

 

 チクリと胸が痛んだ。ヨアは北西を……曇天が霧壁へとつながる様子の近い方角を望んでいる。

 

「あのハイイロのむこうって、もっともっと、ワクワクがいっぱいなんだ……」

 

 声色が透き通っていた。夢や希望にキラキラとすることなく、うらやましさや物欲しさに熱されることもなく、ただ素晴らしいものを賛美し憧れる眼差しだ。

 

 平和で豊かな世界とは、ヨアにとってそれほどに遠いのか。

 

 病院の玄関ホールのことが思い出された。ヨアはどんな思いで日常を背にし、逃げる大人たちのために頑張っていたのだろうか。いかなる事情が、一人の子どもにそんな無体を強いるのか。

 

「行けるさ。今は無理でも、いつか必ず」

「ホントに?」

「もちろん。俺が案内したっていい。大して詳しいわけじゃないんだが」

「スポーツって、たのしい?」

「ああ。ヨアは身のこなしがいいから、大抵のスポーツで活躍できると思う」

「きれいなところ、いっぱいある?」

「ああ。綺麗に片付いた街もそうだが、子どもは乗り物が好きだから、色々なものに乗って見物するのもいい」

「のりもの? それ、ワクワク?」

「ああ。道を走る車や電車、海や川を進む船、空を飛ぶ飛行機……個人用のものもいいな。自転車、スケボー、リップスティック……一輪車なんかも、乗れたら楽しそうだ」

「わあ! すっごくいっぱいだ! たのしそう!」

 

 真っ直ぐに喜ぶも、すぐにしぼんでしまって、ヨアは困ったように言うのだ。

 

「でも、あのヒトたちが……ゆるしてくれるかな?」

「……魔女、か」

 

 声が震えた。返す返すも凄まじい存在だった。

 

 冷静になって考えてみれば、あの戦いは対抗できたというほどのものではなく、単に見逃されただけである。立ち消えた光……恐らくはエーテル爆撃と呼ばれるそれが放たれていたならどうなっていただろう。

 

「魔女って、何なんだ?」

「人類の敵、というのが最も模範的な解答ですね!」

 

 ガンホ伍長が何故かエッヘンとばかりに答えた。

 

「魔法のようなエーテル技術でトーキョーハイロウに君臨する彼女たち……とんでもない彼女たちさえやっつければ霧壁は消えるし、トーキョーハイロウもなくなるっぽい! その蓋然性は高い高い!」

 

 ピンク髪のアイドルもどきがおどけて踊る。飛び移る順番が回ってきたヨアと高瀬をむしろとどめてまくし立てる。

 

「だって彼女たちが引き起こしたんですもん。E災害って呼んで誤魔化している『エーテリック大渦』をね」

 

 決めポースは目に入らなかった。聞き取った内容に震えた。

 

「……エーテリック、大渦……」

 

 舌の上で言葉を確かめる高瀬を、紫色の瞳が、欠片も笑わずに観察してきている。

 

「十年前のその日、千代田区丸の内の空に、推定容積二千五百万立方キロメートル以上のエーテリックが瞬間的爆発的に発生して……そりゃもう大変なことになっちゃいました。それがエーテリック大渦。トーキョーハイロウが生まれた日の本当なんです。内緒ですけど」

 

 高瀬はヤクモ大尉の顔を窺った。頷き、チラとガンホ伍長へと視線を向け、もう一度かすかに頷いてきた。

 

「えっとお、ヨアちゃん的には魔女ってどんな感じ? やっぱり怖い?」

「……わかんない、です。おはなししたこと、ないし」

「そっかー。でもこの前の『D』は怖かったんじゃないかなあ」

「……ヨア、いいコじゃないから……」

「なーにをおっしゃるやら! ヨアちゃんはいい子だよ! いい子だからウチたちで護っちゃう!」

 

 何気ない会話の中にも軍事がキナ臭く漂う。国連軍が魔女と戦争をしている。

 

 やはりこれは悪夢のごときものであり、ここは地獄の類似地であろうと高瀬は思う。正当で正常な道理が働いていない。誰一人逃れる術もなくエーテリックに沈んでいる。

 

 護ると決めた。迷いはない。

 

 しかし、はたして護りきれるのか。

 

 高瀬は剣大王ユグドクラウンの柄を握り、鍔を撫でた。その頼もしい重厚さを確かめるようにして。

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