トーキョーハイロウ/魔女 vs 国連TS兵団   作:あるなし

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09 別想/畔有紀

【瞳光/単彩/緑】

命よ。汝を鮮やかに輝かせよ。ただ一つの色を発する者は純朴、一途、頑固。

緑光が表し司るは理性・公平・平等・知恵・悟り・哲理・中庸・力ある空間。

 

 

 

 

 右腕の添え木の具合を確かめつつ、畔有紀(ほとりゆうき)はとある人物のことを考えていた。

 

 タカセ。新兵中の新兵にして、准尉。

 

 銀髪碧眼の女子高生風アバター。特大サイズの両刃剣型ベクター。

 

 生身で魔女の闘争に巻き込まれ、戦地徴用されて特殊機動猟兵になったという。魔女のレギオー……おぞましいエーテル製軍勢から生き残り、モンスターを殺し、ゴーレムを倒し、今は魔女の弟子の討伐へ加わっている。

 

 何もかも未訓練な上に、正式なログインは今日が初めてだというのにも関わらずである。

 

「……ただもんじゃねえよな……」

「え?」

「あ、わりい。独り言」

 

 ヨアは大人しいものだった。窓からの明かりも差さない隅っこへしゃがみ込み、物音をたてないよう膝を抱えている。半地下の暗さにも湿気にも嫌な顔一つしない。

 

「……水、マジでいらないのか?」

「はい。ヘーキです」

「ちょっとも興味なし?」

「えっと……でも、ダイジなものだから」

「ほれ、飲んでみ?」

 

 渡したペットボトルを、ヨアはさも不思議そうに観察し、おずおずと傾けた。小さな喉がコクリと動いた。

 

「どうよ?」

「……あくびみたい?」

「ウハッ、何だそりゃ」

 

 お気に召さなかった様子のヨアから返してもらい、畔も一口飲む。全身に染み渡り潤っていくような感覚に震えた。自分が人体でない何かを動かしていると実感する瞬間だ。

 

 アバターの性能差なのかもしれない、と畔は考えてみた。タカセ准尉の異常性の考察だ。

 

 かのアバターは最新型であるという。現状唯一の完成品とも聞いているから、ワンオフの高性能機体と見てもそう間違った見方ではないと思われた。

 

 実に素晴らしい戦闘能力であった。

 

 タカセ准尉の戦いぶりは力強く素早い。特大の武器を振り回せる膂力と騎馬の懐へ跳び込める俊敏性とを両立している。パワーはヤクモ大尉やガンホ伍長並みであり、スピードは畔とシャオ上等兵並みであるということだ。とんでもない話だと畔は思う。

 

 それだけではない。アストラル技能も規格外だった。

 

 特殊機動猟兵はベクターを通じてエーテリックに作用し、様々な超常現象を起こす。その技術をアストラル技能という。大きく赤・青・緑の三種があり、二種を組み合わせた複合種である黄・紫・水と合わせて六種類が確認されている。それらは自由に選べるものではない。ログインする人物のパーソナリティにより定まり、アバターの瞳の色ではっきりと示される。

 

 かく考える畔のアバターは赤い瞳だ。熱量に作用し、主として身体能力を強化する系統である。トリガーを口にしなくとも要所要所で自らの身体を増強して戦う。畔は瞬発力を重視している。

 

 そんな己と同等以上に戦ったばかりか、トリガーを発動させた際の動きをすら真似してみせたのがタカセ准尉だ。

 

 その瞳は鮮やか緑色である。空間に作用し、物体の移動運動を強化する系統のはずだ。だから遠距離へ斬撃を飛ばしたり、飛ぶように移動したり……威力はともかく系統としては畔も納得できるところなのだが、どう考えても身体強化を施したとしか思えない動きがあったのだからおかしな話だ。

 

「……なんか特別な……いや、それにしたって……うーん……でも、そんくらいじゃねえと……ああああっ」

 

 頭をガリガリと掻いた。興味はあれども納得は遠く、考えれば考えるほどに頭が茹だっていくかのようだ。

 

 また驚かせてしまったらしいヨアへ「マジでわりい」と謝る。

 

「ヨアってよ、あいつ……タカセとは病院で初めて会ったんだよな? 親戚とかじゃなくてさ?」

「はい。たすけてもらいました」

「すっげえよなあ。相手、魔女だろ? 普通逃げるし、護りきれねえし、ぶっ殺されるぜ」

「すごく、すっごくガンバッてくれました。タカセさん」

「頑張ってどうにかできたのがすげーって話さ。いやマジで。何やってた人なんだろ。大尉殿みたく元々軍人って感じじゃねえし、シャオ兄貴みたく筋門ってことでもなさそうだし……うーん……」

「……ホトリさんは、なにをしてたヒトなんですか?」

「オレ? オレはただの高校生だったよ。中退したけど」

「コーコーセイ? チュータイ?」

「オレ、バスケのスポーツ推薦だったからさー。疲労骨折やらかしたからって一般に回されてもキチーっての。ヲカシとかタスキガケとかエスブイオーシーとか」

「スポーツ……ですか? それも?」

「勉強も、スポーツみたく楽しめたらよかったんだけどなあ」

 

 半地下から見上げる窓には荒廃した東京が今日も曇り空だ。霧壁に閉ざされて、トーキョーハイロウには朝も昼も夜もない。外周部は常に仄明るく、中心部へ近づくほどに暗くなっていく。千代田区なぞは常闇であるという。

 

「ヨアはさ」

 

 剣帯の金具が小さく鳴った。畔のベクターは片手で扱う細剣だ。斬る力は弱い。体当たり気味に突き刺すことでようやく戦えている。

 

「人間じゃねえよな?」

 

 どこかで風が吹き、小石が転がり砂が舞った。細かな物音の中にモンスターの気配を探す。聴覚の強化は畔の得意とするところではなく、アストラル技能を意識したところで肌の上をなぞっていく気流に敏感になるくらいのものだ。

 

 幼い鼻腔が深く、長く、静かに呼吸を一つしたようだ。

 

「……やっぱり、ボク、みなさんとちがうんですね」

「あ、オレたちも今は人間じゃねえぞ?」

「えっ」

「だってアバターだし。人型の乗りもんだよ、こんなんは。ションベンもしねえんだしよー」

「あの、えっと、でも」

「第一小隊の人らに会えたらわかりやすいんだけどな。生身だし」

「ハイイロのむこうにいるのが、ニンゲン?」

「そりゃな。エーテリックって猛毒だ。まともな奴は……待った。静かに」

 

 首筋にチリリと嫌な予感がうずいたから、畔はヨアとの会話を打ち切った。ソロソロと窓に寄って覗く。

 

 ボロボロの街路をフラフラと歩く作業服の男がいる。

 

 男は鬼の形相である。血の色一色に染まった目からボトボトと血の涙を流し、こらえきれないとばかりに唸る。つまづいた岩へツルハシを叩きつけて砕きもした。

 

「オーガだ……!」

 

 エーテリック環境下において八割方の男性は絶命する。だが残る二割程度は奇妙な適性を示し、変異して、狂える怪人へと成り果てるのだ。全てを怨み、何をも恐れない、暴力の化身のようなそれらはオーガと呼ばれている。

 

 畔は細剣を抜き、抱えた。オーガは強い。片腕では勝てるかどうかわからない。

 

 幸いにして畔たちは半地下にいる。入り口は物陰の鉄階段があるきりで、その位置はオーガのいる場所からは死角である。このままやりすごせるかもしれない。

 

 しかし、どうにもオーガの動きが奇妙だった。

 

 通り過ぎたかと思いきや、戻り来て、行き過ぎていってまた戻る。付近から立ち去らない。迷う行き先があろうはずもなし、この場に何かオーガを惹きつけるものがあるのかもしれない。

 

 潜伏したままにいるか、それとも退避したものか。畔はチラとヨアを確かめた。

 

 神妙な顔をしているが緊張はなく、幼い体躯ながらも虚弱な様子はない。どこにでもいそうな、品の良い、普通の子どもにしか見えない。それがこのトーキョーハイロウにおいては異常なことなのだが。

 

 護ってやらなければ、と畔は思うのだ。タカセ准尉ほど思い詰めてはいないものの、疑問はない。

 

 護ってやるのが当然だ。幼き日の自分もまた誰かに護られていたのだから。

 

 目を閉じて己の肉体を意識した。アバターではない、生まれ持った身体の方をだ。ほどなく、アバターと肉体をつなぐ銀色の糸を捉えた。それがつまりはアバターを遠隔操縦するための導線であり、アストラル通信のためのケーブルである。

 

『報告。オーガが接近。退避する。以上』

 

 兵卒である畔には司令部への報告しかできない。その情報から何かを判断するのは上の仕事で、必要であれば指示や連絡が来るという仕組みだ。

 

「移動すっぞ」

 

 細剣を脇に挟んでドアノブを回した。ゆっくりとドアを開けた。

 

 目の前に壁。いや、大男。ズタボロの自衛隊服。黒光りするシャベル。剥き出しの牙と歯茎。両の頬を伝う血液。白目も黒目もなく真っ赤に染まった両の瞳。

 

 畔はトリガーを叫んだ。

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