ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 描写するのは空白の時間のようです その二

 

 

 

 

 今朝の天気予報では曇りと説明されていたが、それは外れた。

 否、本当は的中している。窓から見える空模様は薄暗く、いつでも雨が降りそうな雰囲気だ。しかし、ここ防衛省の会議室はまるで竜巻のような嵐が現在進行で轟々と吹き荒れていた。

 

 呼び出された友幸はあの後木更といったん別れ、リンダを引き連れて防衛省へと赴いたのだが、この間とは別の会議室で待ちうけていたのは、まるで通夜のようなどんよりとした空気だった。会議室こそ違うが、席の位置は一緒であり、各民警会社の社長達が黙り込んでそこに座り、民警が後ろに控えている。年齢、性別、姿勢、顔だち。彼らはそれぞれすべてが異なっていたが、鬱々とした雰囲気だけが共通していた。

 だがそれも、木更と友幸が入ってきたときには一変。様々な感情が入り混じった視線が荒れ狂う無言の嵐へと変わり、そのすべてが友幸と木更に集中した。

 それに含まれているのは非難と殺気。何に対するものなのかはなんとなくわかる。どうやら友幸と蓮太郎がケースを取り逃がしたことはすでに彼らへ知れ渡っているようだった。

 やれやれと友幸は心の中で何度目かわからないため息をつく。不快感にそろそろ胃が痛みを訴え始めた。回れ右をして帰りたい。隣のリンダも、ミント風味のガムをくっちゃくっちゃと噛みながらお腹を抑え顔を青ざめさせている。この嵐に風はなく、実害は皆無だったが、どうやら精神と胃にダメージを与える新しいタイプの嵐だったようだ。

 と、ここで会議室のドアが開き、誰かが入ってきた。それにつられて全員の視線も友幸と木更から入室した人物へと移る。ひとまず敵意のこもった視線が消えたことにほっとして、友幸は指定された席へ腰を下ろし、閉じた目を軽く揉んだ。

 

「本日は、急な呼び出しに応じて集まってくれた諸君らに感謝すると同時に、悪い知らせを伝える」

 

 禿頭の男はやや疲れた表情で口火を切る。

 

「……ケースが蛭子影胤によって奪われてしまった。そのことについて聖天子様より話がある。心して聞くように」

 

 言い終わると同時に、パネルに聖天子の姿が映った。以前と違って、今度は誰も席を立たなかった。

 

『皆さん、ケースは蛭子影胤によって奪い取られ、事態は一刻を争うものとなりました。監視衛星を使った索敵により、蛭子影胤はモノリスの外『未踏査領域』に潜んでいることが判明しています。現在、彼に対するケース奪還作戦を政府主導で計画中ですが、これは皆さんにとって大きな危険をはらむものになるでしょう』

 

 ここで聖天子は間を取ったが、誰も何も言わず聖天子の言葉に耳を傾けていた。

 一息ついて、聖天子は続ける。蛭子影胤と小比奈に関する情報だった。

 影胤は元民警で、先日民警の前で名乗り上げた通り元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』の機械化兵士だったそうだ。彼が使う『斥力フィールド』は、ステージⅣの攻撃にも耐えうる防御を想定し、対戦車ライフルや工事用クレーンの鉄球をも弾き返すほどの堅牢なものらしい。友幸は内心舌を巻いた。それならばあの戦艦のような防御力にも納得がいく。ひょっとすると、あのカマキリの化け物の攻撃にも耐えられるかもしれない。

 イニシエーターにして娘の小比奈はモデル・マンティス。カマキリの因子を宿しているイニシエーターで、ある程度刃渡りのあるものを持たせれば、接近戦で右に出る者はいないらしい。

 

『この二人は以前民警として活躍していたとき、問題行動をとることが非常多かったためライセンス停止処分を受けました』

 

 理由は直に彼らを見た者たちなら即座に理解できることだろう。

 

『そして、その時の彼らの序列は……百三十四位でした』

 

 ざわっと会議室が一気に騒がしくなった。

 百三十四位。高位序列者もいいところだ。ここまでくるとモノリスの外に出ても数週間は無傷でいられる。場合によってはエリア移動もできるかもしれないほどの高い序列だ。

 

『そして、彼等の目的であるケース。その中身は七星の遺産と呼ばれており、東京エリアに大きな災いをもたらす封印指定物です。その効果は――』

 

 一拍おいて、聖天子は息を吸い込んでから告げる。

 

『――ステージⅤガストレア、ゾディアックを呼び出すことができると言うものです』

 

 その瞬間、会議室が文字通り凍りついた。

 

『彼らはエリアから離れて未踏査領域に潜り込み、そこでゾディアックの呼び出しを行うようです。すぐに呼び出せるものではありませんのでまだ時間はあります。ですからそれまでにこの作戦を開始します。用意が整い次第連絡しますので、それまでこのことは他言無用にし、作戦への準備を進めるようお願いします』

 

 そう言って、聖天子は通信を切った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 会議室の様子を映していたモニターが消えたのを確認して聖天子は席を立ち、早足で次の場所へ向かう。作戦司令室だ。

 

「……なぜ、彼らに伝えなかったのですか?」

 

 その途中、一人の男性が心配そうな声で彼女に話しかけた。聖天子の護衛だろうか、眼鏡をかけた神経質そうな若い男がきっとその男性を睨みつける。

 

「聖天子様が奴らに話すまでもないと御判断されたのだよ」

「私が尋ねているのは聖天子様だ。君は黙っていてくれたまえ」

「なんだと……貴様っ!!」

 

 軽くあしらわれた若い男は男性に食って掛かろうとしたが、「保脇」という天童菊之丞の一言で止められる。若い男――保脇がすごすごと引き下がったのを見て、聖天子は質問に答えた。

 

「パニックを防ぐためです。必要以上の情報を流せばさらなる混乱を引き起こすことになります」

 

 それを聞いて男性――山根英二は難しい顔をする。

 確かに、あの仮説はあいまいで不確定なものだ。必ずしも的中するという保証はない。だが、的中しないと断言できるものでもない。しかし、科学者と言うものはどこまでも“最悪の事態”を想定してしまうものだった。

 その後は一言も発さずに、彼らは目的地へと足を速めた。

 

 

 東京エリア第一区に存在する作戦本部、日本国家安全保障会議は人でごった返し、騒然とした空気に包まれていた。スクリーンや画像を目だたせるため照明は落とされていて、青白く光る床やある程度ゆとりを持って並べられた多数のモニターやワークステーションの光が内部を照らし、その前には分析官が張り付いて入力作業やリアルタイムで送られてくる情報を整理することに追われている。自衛隊や公務員など、様々な制服を着こなす人が目まぐるしく動き回る中、自衛隊の統合幕僚長や内閣官房長官など、東京エリアを統治する政府の要人全員が作戦司令室に集合していた。

 

「静粛に!!」

 

 菊之丞が声を張り上げると、全員が自らの任務に集中することをやめて彼らに注目した。ざわめきが収まったのを確認すると、菊之丞は後ろに下がる。入れ替わるようにして国家元首が前に進み出た。

 

「皆さん」

 

 聖天子は静かに語りだした。彼らは聖天子の話に聞き入って、一言一句漏らさまいと集中している。

 

「この東京エリアに、未曽有の危機が迫っています。これに対処することが極めて危険で、どれほど困難なことであるか、私も重々承知しています。この事態は一時期マスコミにリークされそうになりましたが、それも抑えられました。住民は何も知らずに過ごしていることでしょう」

 

 聖天子の絶世の美貌が、険しいものになる。だが、それも見とれるような美しさだった。

 

「人類がガストレアに敗れてはや十年。我々はこの十年でやっと築き上げた、かりそめの平和を傍受している彼らの日常を壊すわけにはいきません。皆さんが手を取り合い、この事態を収拾することを信じています。私も全力を尽くして、目的を達成する所存です」

 

 話を終えると、あちこちで拍手が上がり、やがて司令室全体を包み込んだ。

 拍手が収まると、彼らそれぞれの持ち場へ戻って作業を再開する。聖天子も、閣僚たちが座る長机の聖天子専用席へと腰かけた。

 

「現在の状況は?」

「それについて私がご説明しましょう」

 

 聖天子の質問に、スーツを着こなした偉丈夫が前へ進み出た。百九十を超える長身で、聖天子を除き、この場にいる閣僚と比べても十歳ほど若いだろう。この豪傑は非常事態でも眉一つ動かすことはなく、日本人離れした鋭い目つきが光る顔立ちはまるでローマの彫像を思わせた。

 片桐光男。内閣官房副長官にして内閣府内閣官房安全保障室直属の組織、危機管理情報局CCIの局長。

 若くしてこの地位にまで上り詰めた、いわばエリートと言われる類の人物だ。

 

「エリア住民には避難訓練と通しています。沿岸地域はまもなく終了するかと思われますが、都市部はいまだ遅々として進んでいません」

「ホレ見ろ、だからワシは言ったんじゃ。エリア全域の住民を避難させるなんて不可能じゃて」

「磯村君!」

 

 片桐の報告に自治大臣の磯村が狸のような肥満体を揺らし、扇子で机をたたきながら愚痴をこぼす。すぐさま隣に座る財務大臣の神崎が磯村を戒めた。

 

「沿岸地域だけでも避難できたのであれば十分でしょう。自衛隊のほうは?」

 

 続いての質問に、統合幕僚長の一柳が立ち上がった。

 

「海上自衛隊は浦賀水道に各種センサーを配備したほか、機雷によってこれを封鎖。何か異常があったら潜水艦や哨戒機が報告を上げて、東京湾に配備した護衛艦『あいづ』を旗艦とした艦隊がこれに対処します。陸上自衛隊は地下通路を駆使して住民の目につかぬように配置することができました。現在戦車隊が沿岸地域にて展開しつつあり、後方にMLRSや二〇三ミリ自走榴弾砲といった長距離射撃車両を配置。そして航空自衛隊は航空機全機の整備が完了し、いつでも飛び立てるとのことです。もし万が一のことが起きた場合、陸、海、空、すべての自衛隊を総動員し、これに対処します」

 

 自衛隊の展開の手際良さに全員がうなる。だが、それに待ったをかける閣僚がいた。

「統合幕僚長」と国土庁長官の大河内がいぶかしげに尋ねる。

 

「仮にステージⅤが出現したとしても、現在の自衛隊の兵力で、あの怪物に勝てるのかね?」

 

 それはこの場の士気を低下させかねない発言だったが、彼の言うことも事実だった。

 現在の東京エリアを覆うモノリスはガストレアの嫌うバラニウムで構成され、ほとんどのガストレアの侵入を防ぐことができるが、ステージⅤにはそれが効かない。加えて分子レベルの再生能力を有しているため、少しの傷ではすぐに再生してしまうのだ。

 案の定、否定的な意見が一柳の口から出た。

 

「かなり難しいでしょうね。それこそ、核兵器でも使わない限り」

「それは駄目です」

 

 突然、山根が口走る。しまったと彼が思うのもつかの間、山根に全員の注目が集まった。

 

「山根博士、駄目とは一体どういうことでしょうか?」

 

 何を言えばいいか山根が口ごもる中、科学技術庁長官の五十嵐彬が顔の前で手を組んで尋ねた。歳はおよそ五十代後半に入ったところで、山根より十歳ほど若い。短く刈り込んだ白髪にえらの這った顔立ちと、ブルドッグのようにたるんだ皮膚の間からのぞく鋭い目つきが印象的な強面の男性だ。

 

「もちろん、我々は核兵器は断じて使いませんし、使うことも決して許しません。いまのはただの例えであることは貴方もお判りのはずでしょう。なぜ貴方は、冗談とはいえそこまで核兵器を恐れるのですか? 仮に使ったとして、一体何が起こるのです?」

 

 エラの這ったブルドッグのような強面をさらにしかめられる。五十嵐が発する、低く重圧な銅鑼声と歴戦の強者のみが持つことを許される威圧感に自然と萎縮してしまう。山根は困ったようにポケットからハンカチを取り出し、額に当てた。

 聖天子と隣にいる菊之丞を見やる。二人は数瞬目線だけで会話すると、頷き返す。

 黙考の後、山根は居住まいを正すと口を開いた。

 

「核兵器の使用後に発生した放射線が……『彼』を呼び寄せるのです」

「『彼』ですか、それは一体?」

「それは――」

 

 その時だった。バタバタと大きな足音が廊下より響いてきたと思うと、いきなりシチュエーションルームの扉が開け放たれて一人の男がなだれ込んできた。

 

「何事です!」

 

 全速力で走ってきたのか、壮年の男性は顔を真っ赤にしながら大きく息を切らしており、護衛官の手助けを借りてやっと立ち上がった。

 

「江守大臣じゃないか、遅れていると思ったらそんなに慌てて、一体何が起きた?」

 

 防衛大臣の轡田が、入ってきた外務大臣の江守に声をかけた。差し出された水を一気に飲み干して息をある程度整えると、早口で報告した。

 

「アメリカのロサンゼルスエリアとロリシカのニューカークエリアより緊急の連絡が入りました」

「……続けてください」

「ロサンゼルスエリアが所有する原子力潜水艦が、グアム島沖で突如消息を絶ちました。近くを航行していたロリシカ国の艦艇が救助に向かったところ、船体と原子炉の残骸こそあれ、現場付近に放射線の痕跡は皆無だったそうです!!」

 

 閣僚たちに疑問と動揺が広がる。原子力潜水艦の原子炉の損傷ともなれば、まき散らされる放射線量はすさまじいものになるはずだ。それが皆無とはどういうことなのだろうか?

 

「そして、海上を移動する生物のような巨大な影とその背びれを確認!!」

 

――まさか。

 聖天子をはじめとして、閣僚たちの目が徐々に見開かれる。あの菊之丞でさえ動揺を隠し切れないらしい。

 周囲の視線はごく自然に、一人の学者へ向けられる。

 

――なんということだ。

 

 偏頭痛を覚えて、山根は頭をかきむしる。出来れば外れてほしい、最悪の事態が起こりつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監視衛星でその行動を追跡予想したところ、この日本へ、まっすぐ進んでいることが判明したそうです!!」

 

 

 

 

「………………………………ゴジラだ」

 

 

 

 

 山根は小さくつぶやいた。

 不思議なことに、その言葉はこの場にいた全員の耳に入り、大きく反響した。









 五十嵐彬
 東京エリア科学技術庁長官。泣く子も(悪い意味で)黙る強面で、威圧感などは天童菊之丞とタメを張れるほどの猛人。
 イメージする役者は俳優の中尾彬さん。どんな人だっけ? と思う人は平成およびミレニアムのゴジラシリーズを見ればだいたいわかります。

 片桐光男
 東京エリア内閣官房副長官にして内閣府内閣官房安全保障室直属の組織、危機管理情報局CCIの局長。三十八歳という若さで上り詰めたエリート。甥っ子が民警にいるらしいが、本人は否定している。
 モデルは1999年の映画「ゴジラ2000 ミレニアム」に登場した同名の人物。演じる人のイメージも阿部寛。

 閣僚たち
 五十嵐と一柳、轡田など一部を除いて全員が1984年の「ゴジラ」に登場した閣僚から登場。1984年版「ゴジラ」最大の魅力はこの政治家たちだと思う。

 CCI(危機管理情報局)
 内閣府内閣官房安全保障室直属の組織。1998年に創立。
 迅速で、独自の決裁権の行使が有り、日本国の内外で発生するさまざまな危機(戦争や大規模災害、テロからエネルギー問題まで)に対応する。本部は東京都霞が関1丁目の官庁街にある。(ウィキペディアより引用)
『ゴジラ2000 ミレニアム』に登場した同名の組織がモデル。

 ロリシカ
 1961年の映画「モスラ」に登場する架空国家の名称。この国が(というかネルソンが)何もしなけりゃ劇中のような出来事は起きなかった。

 いつの間にか展開してる自衛隊
 ゴジラシリーズのお約束その一。第三次関東大戦を見て思ったのは、ブラブレの自衛隊はとにかく無能すぎる!! と言う事実。この作品では何とか活躍させたい。

 原子力潜水艦
 ゴジラシリーズのお約束その二。世界最新鋭の原子力潜水艦など、ゴジラにはカモがネギしょってやってきたのにすぎないのだ。人類にとって最大の死亡フラグであり、ゴジラにとっては脂肪フラグ。







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