ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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 最近知ったこと

 エヴァンゲリオン  鷺巣 詩郎
 ブラック・ブレット 鷺巣 詩郎
 シン・ゴジラ    鷺巣 詩郎



 …………いけるかも(何が?)


発見と移動

 移動を再開したのは、崖からバンジーなしの決死のジャンプをしてから三十分ほどたってからだった。

 意識自体は早々に回復したのだが、濡れた服が肌にまとわりつき、春先とはいえこのまま移動を続けると低体温症を引き起こしてしまう可能性もあったので、火を起こして乾かすのに時間を費やしたのだ。その際、着替えや覗きうんぬんで延珠と蓮太郎が一悶着起こしたが、割愛する。

 友幸は落下途中にパージしたケースをすでに拾い上げ、警戒しながら巨木の合間を縫うように歩いていた。

 ふと上を見上げた蓮太郎が感嘆の声を漏らす。

 

「未踏査領域に、こんなでかい木があったなんてなぁ。セコイアじゃなさそうだし、表面がイチョウに似ているから裸子植物か……?」

「でかいのはわかるが、いくらなんでもでかすぎではないか?」

 

 続けて上を見上げた延珠が疑問の声を上げた。

 鬱蒼と茂る植物群と樹林の間から見えた森の木々は異常といえるほど巨大だった。緩やかなカーブを描きながら天にそびえたつその樹高は圧巻のひとことであり、北欧神話の世界樹を想起させる。崖から落下した時にはすでに樹冠が見えていたことを考えれば、おそらくだが数百メートルは余裕で超えているだろう。十年前の日本にこんな木は当然なかったが、ここまで発育するには十年ではとても足りない。相当の年月がかかることは想像に難くないが、ガストレアウイルスによる発育の異常化なのだろうか。

 

「ふむ、ここまででかいと、さっきのようにでかいガストレアでも隠れてしまいそうだな。監視が難しいぞ」

「それどころか、ゴジラだって隠れられたりして?」

 

 背の高い木の枝にのぼり、遠くを監視する延珠に、同じく上っていたリンダが冗談めかして言う。それを聞いた蓮太郎が、「ゴジラか……」と小さくつぶやいた。

 言葉尻に何か考え込むような響きが含まれていたのに気づき、友幸は蓮太郎に話しかけた。

 

「蓮太郎君は、ゴジラに何か思うところでもあるの?」

「ん、いや別に……何で?」

「いや、生物好きな蓮太郎君だから、絶滅種だったゴジラが生きていたことに何か感じなかったのかなぁって」

 

 それを聞いて、そうだな、と少々どもりながらも何か考え込む。

 

「正直、ゴジラについては、あまりわからないな……無関心って言ってもいい」

「え? そりゃどういうこと?」

 

 意外な答えに、思わず聞き返した。

 

「だってさ、絶滅したはずの動物って言われても、今までの図鑑にゴジラってやつなんか載っていたか?」

「……いや」

「だろ? それでいきなり、これが絶滅動物ですって言われても、いまいち実感がわかないんだ。これがティラノサウルスとか、プテラノドンとか、トリケラトプスとか、そういったメジャーなタイプの古生物ならまだ反応は違ったかもしれないけど……ま、たとえそうだったとしても俺はあまり興味を示さないだろうな」

「そうなの?」

「あぁ、俺って古生物学はあまり好きじゃないんだ。生物学は、なんていえばいいかな、“そこにある”って実感と証明があるけど、古生物学はそうじゃないだろ? ほとんどが今の動物との生態を重ねて憶測しただけの妄想の塊。化石っていう実感はあっても、実際にそうだった証明ってほとんどないからな」

 

 蓮太郎は年を追うごとに変貌していく恐竜の説を頭に思い浮かべた。

 卵泥棒で有名なオヴィラプトルは、盗もうとしていたと思われていた卵が実は自分の卵だったことが判明している。

 トリケラトプスはトロサウルスと同種だったという突飛な学説もあった。

 あのティラノサウルスだって、今でこそ典型的なハンターのイメージが強い肉食恐竜だが、一昔前ではハイエナのように腐肉をあさるだけのスカベンジャーという説が出たり(誤解しないでほしいのは、ハイエナも立派なハンターである)、走行速度が高速から鈍重になったり、派手な色彩の羽毛が生えていたりと、唱えられた説は枚挙にいとまがない。

 有力な新説を、まるで見てきたかのように唱え、従来の説を切り捨てる専門家。発表当初の眉唾物な説でもあたかも真実であるかのように喧伝するマスメディア。

 絶滅した「本物」がいないから、好きなだけ言えてしまう。

 何が真実で、何が嘘なのか、日によって次々に代わるその分野のすべてが虚構にまみれているように見えて、蓮太郎は古生物に対する興味を早々になくしていたのだ。

 

「でも、ヴァラノポーダのことは覚えていたじゃない」

「ありゃあ、アカボシウスバシロチョウのついでだよ。それと、ヴァラノポーダ自体が既存の生物と大きく異なった姿かたちだから単純に覚えていただけだ」

 

 予想外の言葉に友幸は目を丸くした。

 生物ならなんでも好きだと思っていたが、やはりジャンルごとに好き嫌いがあるのだなと妙なギャップを感じる。友幸はなぜか、姿を知らないはずのゴジラがやたら牙の目立つ巨大な亀とにらみ合っている妙な情景を幻視してしまった。きのこたけのこ。

 そういや、と蓮太郎がふと何かを思い出すように言った。

 

「そのゴジラってさ、世界中のガストレアを殲滅しようとして動き回っているんだっけ?」

「うん? 確かにそういう説が流れていたね」

「じゃあ、ステージVもそうなのかな」

「……どういうこと?」

 

 友幸は足を止める。いま、とんでもないことを聞いてしまったような気がした。

 

「だってそうだろ、もしゴジラがガストレアと敵対しているってんなら、その大ボスたるステージVを狙わないわけないぜ?」

「それ……ヤバく、ない? それってつまり、今回の事件は、場合によっては東京エリアにステージVとゴジラを同時に呼び寄せることになるんじゃ……」

 

 ところどころ詰まらせて言った友幸の言葉に、蓮太郎は「どうなんだろうなぁ」とつぶやいて、また何か考え込むしぐさをした。

 

「でも、ゴジラがガストレアと敵対している明確な情報がないから、何とも言えない。それに……」

「それに?」

「俺はゴジラがステージVと戦って勝つところが想像できない。ステージVはガストレアの中でも規格外の存在だっていうのは周知の事実。象やライオンだってステージIのガストレアと戦っても負けていることが多いことを考えたら、いくら体高が互角でも、再生力や実力差で結局押し負けると思う。あの発表以来ゴジラに関する情報が入ってないことも考えると、多分もう、どっかで死んでいるんじゃないか?」

 

 友幸はどうかね、とつぶやくとその先は何も言わず、黙って空を見上げた。

 その後も、あたりの薄暗い茂みに目を凝らしたり、何か物音がしないか耳を澄ましたりしながら進む。風の音しか聞こえなかったが、その流れに乗って血の臭いが流れてきた気がした。

 がさがさと足元の茂みを振り払っていると、友幸は何か金色に光るものを見つけた。 そっとしゃがみ、手に取って確かめてみると、それは薬莢だった。色艶と光の反射具合から見て、使われてから間もない。どこかに持ち主がいる可能性が高かった。

 ふと見下ろすと、湿った土に、くっきりとした足跡が残っていた。大きさからみてかなり小柄な体格であることは間違いない。イニシエーターだ。銃器を扱うタイプか、それとも、薬莢は影胤が使用したもので足跡は小比奈のものか。友幸が思慮をめぐらせたちょうどその時、生ぬるい風が吹き荒れる森の音に混じって、何かが聞こえた。

 三人にもそれを伝えると、あたりがしんと静まり返る。じっと耳を澄ましていると、どこからか荒い息遣いのようなものがかすかに聞こえてきた。恐る恐る草をかき分けてそちらへ足を忍ばせると、十メートル先にある木の陰から聞こえてきた。

 一瞬影胤だろうかと思ったが、あの人間がこの地獄のような森で傷を負うようなミスをすることは到底考えられない。とはいえ警戒するに越したことはなく、ホルスターから銃を引き抜き、静かに腰を落として裏手から近づいた。蓮太郎も同じく裏手から近づき、リンダと延珠は念のため木の枝の上で待機する。

 相手もこちらの気配を読み取ったらしく、荒い息遣いが唐突に途絶え、銃弾を装填する音が聞こえてきた。

 その隙を逃さず、友幸と蓮太郎は同時に飛び出した。

 二人の銃と、相手のショットガンとアサルトライフルが交差するのは同時だった。

 

「……芹沢さん?」

 

 最初に銃を下ろしたのは、彼女だった。

 友幸は知り合いだったことに安堵すると、安全装置をかけてホルスターにしまう。

 

「千寿さんじゃないか……」

 

 蓮太郎も、彼女に見覚えがあった。

 

「お前、伊熊将監の……? てッ!?」

 

 緊張の糸が解けたのか、再び荒い息をついて倒れこむ少女を友幸は優しく受け止める。

 ひどいありさまだった。頬に肉まで裂けた切り傷が、再生でじゅくじゅくと蠢き、何かに噛まれたのか、小さくえぐれた右の二の腕からとめどなく血が流れている。どう見ても重傷だった。

 

「夏世じゃねえか!」

「なんだ、知り合いか?」

 

 ここで下の様子を察知して降りてきたリンダと延珠が駆け寄ってくる。

 友幸は三人に向き直った。

 

「治療したいけど、ここは不衛生だ。どこか休める場所を探そう。話はそれからってことで」

「そうしよう、延珠、リンダ。頼めるか?」

「グッドタイミング。さっき、この先になんかボロっちいけど休めそうな場所を見つけた。ついてこい」

 

 背中のケースをリンダに任せ(彼女は嫌がっていたが無視)、友幸は痛みに目を閉じた少女をおぶさって移動を再開する。

 彼女たちに案内されると、周りを覆っていた茂みが途切れ、開けた場所に出た。

 擬装用の草で覆われていて一瞬わからなかったが、中央にブロック状のコンクリートでできた簡素な造りの建物が見える。おそらく、大戦時に建築された自衛隊の簡易防御陣地だろう。長期間風雨にさらされたためか表面の劣化が激しいようだったが、中はそうでもなかった。雨風をしのぐ程度には使えそうだ。

 

「なあ、蓮太郎、友幸、この女は誰なのだ? 見たとこお主らの知り合いのようだが……」

 

 中をあさったら袋詰めで出てきた抗菌毛布に少女を寝かせると、延珠が背伸びして覗き込みながら聞いてくる。

 友幸がそれに答えた。

 

「この子は千寿夏世さん。伊熊将監っていうプロモーターの、イニシエーターさ」

 

 

 

 拾い集めてきた薪をリンダが焚火にくべる傍ら、友幸は持参してきた救急セットで夏世の腕を止血、消毒し、包帯を巻いていく。一通り治療が終わると、体内のガストレアウイルスの恩恵で傷の再生が始まった。

 

「痛くない?」

「大丈夫です。じきに治癒するでしょう」

 

 友幸の気遣いに、夏世は静かな声で答える。

 それを打ち消すように、見張りを兼ねて外に出していた蓮太郎と延珠の会話が聞こえてきた。延珠が何かまくし立てているようなところを聞くと、彼女が蓮太郎と夏世の仲で何か勘違いしたのだろうか。

 それを聞いていた夏世も一言「悪いことをしました」と淡々と言った。

 友幸は気になっていることを尋ねた。

 

「伊熊さんはどうしたの? なんか、別行動中らしいけど」

「……罠にかかりました。それではぐれたんです」

「罠?」

 

 夏世は頷き、足元に落ちていた小枝を火に投げ入れた。

 

「深い森に降りてしばらく行動していた時、奥のほうから点滅する薄青い光が見えました。それを他の民警だと思った私たちは、それに近づいてしまったのです」

「薄青い……でもそれって」

「はい、そんな色の出るライトを使う民警なんていないのは、少し考えただけでわかることなのに。そろって迂闊でした。……将監さんならまだしも」

 

 歯に衣着せぬ物言いで相棒を切り落とす夏世に、友幸は思わず失笑する。怪訝そうに見られたので視線を移し、彼女の傍らにある、半開きのガンケースに目をやった。

 

「すでに予想はついているのでしょうが、そのときすでに回避不能の地点まで接近していたので、私はとっさに榴弾を使用。あとはこの通りです。腕の傷も逃走中に噛まれました」

「体液は?」

「とっさに振り払ったので注入量はごくわずかです。浸食率もそれほど上昇していないでしょう」

 

 そりゃよかったと思いつつ、友幸は薪をかき混ぜる。瞬間的に勢いを増した焚火が多くの火の粉を舞いあがらせ、室内をオレンジ色に染めた。

 すると、蓮太郎がトーチカの中に入ってきて夏世に質問した。

 

「お前が遭遇したそのガストレアって、どんな姿をしていた?」

「蓮太郎君、見張りは?」

「なんか、延珠が不機嫌になって一人でやるって言い出しちまって……もう反抗期になっちまったのかなぁ……」

「……理由は、明白なように思えますが」

「なんで気づかないんだろうね……?」

「無理だろ。あいつは延珠のことそう見ていないから」

「……お前ら、なんだよその目?」

 

 責めるような、見守るような生暖かい目で見られ、蓮太郎は大きくたじろぐ。このまま彼をいじるのも悪いと思い早々に切り上げ、今度はリンダが代わりに見張りをすることになった。

 

「それで、どんな姿をしていた?」

 

 ため息をついて座り込んだ蓮太郎があらためて夏世に尋ねる。彼女は思い出すのもおっくうそうに両ひざを抱えてうずくまった。

 

「気が付けばすぐに襲い掛かってきたのでよくわかりませんでしたが、虫が主体だったように思います。背中に気色の悪い色彩の花を咲かせ、腐肉のような強烈な悪臭を周囲に漂わせていました。尾部は発光していて、私と将監さんはその光に寄せられていたんです。それはこちらを見ると身体全体をぶるぶると大きく震わせました。まるで獲物を見つけたことを歓喜するように、ぐちゃぐちゃと粘着質な音の混じったような気色の悪い奇声を発したのです。初めてでした。あんなガストレアと遭遇したのは」

 

 どこがよくわかっていないんだよ、十分じゃないかと突っ込みそうになったが、かろうじて喉の奥に押し返す。

 蓮太郎はしばし考え込んだ。

 

「……きっとそれは、ホタルのガストレアだ」

「ホタル?」

「なるほど、それならあの発光現象も説明が付きますね」

 

 蓮太郎は頷き、説明を続けた。

 

「ホタルの中には肉食性のものもいて、他のホタルの発光パターンをまねて近寄ってきたやつを捕食するやつがいるんだ。悪臭の原因は、間違いなく背中に咲いていた花だな。多分、ラフレシアか何かだろう。花の中には甘い香りだけじゃなく、悪臭を放ってハエとかをおびき寄せて花粉を運んでもらう種がいるからな」

「動物と植物の融合タイプですか……聞いたことがありませんね」

「あぁ、このケースはかなり珍しい。今回は人間を誘い込む発光パターンや臭いを合成していたのかもな。ステージは大体ⅢからⅣってとこか。まあ、つまり――千寿の不注意だけが原因じゃないってことだな」

 

 思わぬフォローに目を丸くした夏世はしばらく何も言わなかったが、静かにうつむかせた顔をわずかに綻ばせる。

 友幸はゆっくりと息を吐いた。

 

「それにしても、蓮太郎君って見てもいないガストレアの種類をよく言い当てられるよね」

「ほとんど推測だからあっているかどうかはわからないけどな」

「そうですね。ですが、その膨大な知識量は今後の仕事に間違いなく有利です。今度私も勉強してみましょうか」

 

 夏世は少し眼を細めて、焚き火に目を落とす。

 

「芹沢さんもそうですが、里見さんも愉快でいいですね……貴方たちのようなプロモーターと一緒にいられたら、毎日が退屈しなくて済みそうです。私、少しうらやましくなっちゃいました。リンダさんと、延珠さんが」

 

 達観したように言われた言葉に、友幸は俺って愉快にみられていたのか? とわずかばかりのショックを受けた。

 蓮太郎がなにかを感じ取ったのか、夏世に質問する。

 

「……千寿は、やっぱり伊熊将監に不満があるのか?」

「イニシエーターはプロモーターの、戦闘のための、殺すための道具です。是非などありません」

 

 夏世は蓮太郎の質問に答えずに外を向くと、銃口を出すための溝からのぞく夜空を見て口を開いた。

 

「その言い方……まるで人を殺したかのようだね」

「……殺したのか!? 人を!?」

「えぇ、あります」

 

 やっぱり、と友幸は歯噛みする。信じられないような顔をして、蓮太郎が立ち上がった。

 

「……伊熊か」

 

 確信めいた友幸の言葉に、夏世は頷いた。

 

「おっしゃるとおり、あの人の命令です」

「お前、どうしてそんなことを……!」

 

 こぶしを握りしめ、激昂する。蓮太郎は自分の手柄のために小さな少女に人殺しをさせる将監をむしょうに殴りたくなった。

 しかし、夏世はそんな蓮太郎を不思議そうに見つめた。

 

「なぜ、怒るのでしょうか? 第一、その人殺しは、あなた方にも当てはまるのですよ?」

 

 さも当然のように話す彼女の目が、いつの間にか虚ろなものになっていた。

 

「お二人はご存じですよね。この事件の発端となったモデルスパイダー、その犠牲となった、岡島純明という男性を。彼は街中で感染し、クモのガストレアとなり、そして倒されました。彼のように、人間からガストレアへと変貌した個体が、私たち人間によって殺される事態はよくあることです」

 

 夏世は目を細めながら宙に視線を走らせた。

 

「その時、人々の心に浮かぶのは『退治』『駆除』。ですが、元はといえばそのガストレアも『人間だった』という事実に変わりはありません。それを退治する私たちは、はたして人殺しとどう違うというのでしょう?」

 

 二人は、何も言えなかった。

 

「それでも、イニシエーターの仕事はガストレアを殺すこと。そして、プロモーターの命令は絶対です。それが、たとえ『人』を殺すことであっても、私は道具として従うだけです」

「だからって……お前は、なんとも思わないのかよッ!?」

「……一度、目の前でガストレアに変貌した人間を、撃ち殺したことがあります。その時私は、初めて怖いと思いました。私が殺しているのが、まぎれもない人間であることを実感して、震えが止まらなくなりました。それでも、私は殺すしかないのです。道具という存在でしか、私は認められてもらえなかったから……今でもまだ感じますが、じきに慣れるでしょう」

「慣れる……?」

 

 気が付けば、友幸はすぐ真横の壁を拳で殴りつけていた。コンクリートでできたブロックが放射状にひび割れ、土埃が舞い、中央から赤い一筋の液体が流れる。

 蓮太郎と夏世はそろって友幸を見た。

 

「二度と、そんなことを言うな」

「芹沢……」

 

 蓮太郎は困惑した声を上げる。ここまで怒りを露わにする友幸を見たのは、初めてだった。

 

「千寿夏世。確かに、俺たちはガストレア退治と称して、人を殺しているのかもしれん。その理屈は何も間違っていない。でも、だからこそ……俺たちはそうやって化け物扱いされて、殺された人たちの思いも背負って、苦しんでいかなきゃならないと、俺は思うんだ。生きている『人だった』ものでも、殺す苦しさを忘れちゃいかん。その苦しみを忘れ、何も感じなくなったそのときこそ、人は本当のバケモノになっちまうんだよ。少しでも苦しんでいるなら、大いに苦しめ。悩んでいるなら大いに悩め。それは、人間にしかできないことだ。道具には、そんなことできないだろ?」

「……私は――」

 

 首を振って夏世の言葉を遮るようにして言う。

 

「お前は道具じゃない。殺すことに罪悪感を覚えている、普通の人間だ。いくら取り繕うたって無駄だ。目を見ればわかる」

「……俺からもいいか?」

 

 大きく息を吐いて、今度は蓮太郎が話を切り出した。

 

「千寿、うちの延珠は、一度プロモーター崩れの犯罪者を殺しかけたことがある。延珠はそいつの手術中、ずっとふさぎ込んでいたし、助かったと聞いたときは一日中喜んで見舞いにまで行ったんだ。延珠は『殺しの道具』なんかじゃねえ。ちょっと力が強いだけの人間で、俺の家族だ。俺はそれでいいと思ってる」

「……それは、綺麗事です」

「綺麗事でいい。その綺麗事を現実にさせるために人は生きているんだ」

 

 そう言って友幸はこぶしを解く。指の付け根全体が、流れた血で真っ赤に染まっていた。

 

「……でも、これはあくまで俺個人の意見だ。押し付けるようなこと言って、ごめん」

「……だな、俺もなに偉そうなこと言ってんだろ……」

「顔を上げてください」

 

 うつむいた友幸と蓮太郎の顔を上げさせる。夏世は二人の顔を交互に見つめた。

 

「……不思議ですね、お二人は。芹沢さんはまるで、自分が人間でないことを自覚しているかのようです。見てくれは完全に人間なのに、どこか一歩異なった次元にいる。そんな感じがします。里見さんも、なにか複雑な過去を持っていらっしゃるようで。やさしいのに、とても怖い」

「千寿……」

 

 蓮太郎の言葉に、夏世で結構です。と断りを入れると、続けた。

 

「私は、お二人の言っていることを否定したくありません。確かに、あなた方のそれは個人的なものであり、反論はいくらでもできます。理屈を並べられます。それでも、決して間違ってはいません。瞳を見ればわかります。そんなすぐに自分の意見を撤回しないで、もっと信じてください。もっと自信を持ってください」

 

 夏世は穏やかに笑って、それ以上何も言わなかった。

 不思議な感慨が、友幸と蓮太郎の中で渦巻く。慈しむような、包容力のある気迫に飲まれ、二人も何か言うことができなくなった。

 その時、夏世の傍らに置かれていた携帯無線機から、ノイズと多少のハウリングに混じって野太い男の声が聞こえてきた。

 さっと顔色を変えた夏世がすぐさま手に取り、つまみを左右に回して周波数を合わせるとやがて聞き覚えのある威圧的な声が鮮明に流れてきた。

 

『き……ろよ。おい! 生きてんだったら返事しろ!』

 

 夏世は二人に目配せすると、人差し指を立てて唇にあてる。友幸と蓮太郎も黙ってうなずいた。

 

「音信不通だったので心配しておりました。ご無事で何よりです」

『当たり前だろ。んなことより、いいニュースがある』

「ニュース、ですか?」

『ああそうだ。仮面野郎を見つけたぜ!』

 

 三人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 突如鳴り響いた音に“彼”は弾かれるように顔を上げた。

 聞いたことのない音だった。遠くでなったのか、何か大きな力が思いきり解放されたような空気の震えが極めて微弱な振動となって彼の体をたたく。それは爆音と呼ばれるものだったが、言葉の概念がない彼には知る由もない。

 静かな森が、にわかにざわつき始めた。

 眠りを妨げられ怒るもの。音を出した獲物にありつけられそうなことに喜ぶもの。目覚めはしたが、すぐに興味を失って再び寝込むもの。

 風に乗って運ばれてくる、気色の悪い赤目どもの蛮声が、否応なく鼓膜をゆすぶる。

 その中で、ひときわ大きく鳴り響く声に、かっと彼は怒りを覚えた。そのとき、彼の苛立ちはすでに最高潮に達していた。

 あいつらだ。目覚めてから、幾度となく出会っては殺しあい、そのたびに逃げて行った臆病者どもの声だ。

 出会うたびにおぞましい姿に変貌し、己が最強と誇示せんばかりにわめきたてながら、戦術も戦略の減ったくれもなく突撃するだけのいまわしい雑魚ども。

 彼にとって、あいつとその配下が、いつも自分に害を及ぼすことはすでに知っている。

 これは自分を狙っているものではなかったが、そんなことは彼には関係なかった。こみあげてくる衝動は闘志を奮い立たせ、あいつらを殲滅せんと燃え上がる。

それは、だれもが持つ本能だ。敵対するものを容赦なく葬る、生き残るための本能の一つ。それは『怒り』だった。

 ちらりと下を見やる。不味さを我慢して食べたが、結局食べ残してしまった不味い獲物を狩ってしまった己の愚行といい、先ほど空を飛んでいた虫の群れといい、あいつらのわけのわからない行動といい、どうも奇妙なことばかりが起きる。

 そして――

 彼は上を向いて思い切り空気を吸い込んだ。

 むせ返るような血臭に入り混じる潮の臭い。その流れに混じる存在。

 なにかが、この場所に近づきつつある。彼の忘れかけていた、『何か』が。

 彼は鼻を鳴らす。このにおいをかいでから、どうしようもなく落ち着かなくなる。不安を掻き立てる目に見えぬしこりが腹の奥でむずがゆく蠢いている。

 それを振り払うように、彼は天を仰いで雄叫びをあげ、一歩踏み出した。

 




問題
 以下の空欄を埋めなさい。

蓮太郎「ゴジラがステージVに勝てるわけないっしょwww」
あなた「(      )」

1, よろしい、ならば戦争だ
2, 屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……
3, おのれ ゆ゛る゛さ゛ん゛!!!!
4, 人間が傲慢なのは、自然は人間の支配下にあり、その逆ではないと考えている点だ。



 Q あの巨木なんなん? 原作にあった?

 A ありません。復活した怪獣たちが身を隠せるように作り上げた架空の木です。


 Q 蓮太郎って古生物嫌いだったっけ?

 A いいえ、完全オリジナル設定です。生物学が好きなのはそのままですが、古生物に関しては原作にそのような描写はありませんでしたから不明です。でも、あの人のどこか曲がったことが嫌いな、ちょっとひねくれた性格だと、推測するしかない古生物に関しては「嘘だらけじゃねえかッ!!」って怒鳴りそうな気がしなくもないんですよね。


 Q 友幸が幻視したのは何?

 A 東宝派と大映派です。







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