ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth   作:アマナットー
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第一章 「神」を目指した者たちと「神」と称された怪獣たち
 とある青年の一日の始まりのようです


 芹沢友幸(せりざわ ともゆき)の朝は早い。朝は決まって五時三十分ぐらいに起床し、同居人を起こさぬよう静かに準備してから日課のジョギングを行う。玄関から外に出ると、体中が冷気に包まれて少しばかり身震いする。いくら季節が春に突入したとはいえ、早朝はいまだに真冬の名残を残していた。

 

 自転車も車も走っていない静かな道路で軽快な足音を響かせて走れば、すぐに体がほてって暖かくなった。いつものコースを走っていると、太った野良猫がとある家の堀を我が物顔で歩いている。だが、偉そうでも背中を触るなりして驚かせば、それこそ面白いほどに飛び上がることを彼は知っていた。今はもうほとんど見られなくなった駄菓子屋を横切る際に、道を竹箒で掃除していた顔なじみのおばあちゃんとあいさつする。途中で喉が渇いたのか、友幸は自動販売機の前で立ち止まってスポーツドリンクを買って、そばに備え付けられていた青色のベンチに座った。道端に目を落とせば、誰かが落としたのか飴玉にアリが群がっている。三百五十ミリリットルのドリンクを一気に喉の奥に流し込めば、冷たい刺激が体の熱を心地よく奪った。一息ついて遠くの景色を見る。はるか遠くにそびえたつガストレアの侵入を阻む「壁」モノリスは、早朝特有の太陽の柔らかい光を受けて影を作っていた。

 東京エリアは、今日も平和だった。

 

 

――――――

 

 

 家に帰ってから手早くシャワーを浴びて汗を流したあと、朝食を作りにかかる。昨日のチキンスープがまだ残っていたため、トーストにしようと考えた。電気コンロでスープと油をひいたフライパンを温め、トースターに食パンを放り込んだあと、冷蔵庫からレタスを取り出して手早く刻んでいく。切り終わったら用意していたベーコンをフライパンに乗せ、生卵をその上に落とす。ふたをすれば、後は焼きあがるのを待つだけだ。

 ベーコンが焦げるいい匂いが食卓に漂い始めたころ、居間のドアが開く音がした。みると、二人の少女が手をつなぎながらパジャマ姿で入ってきた。歳はどちらも十代前半で、肩まで届くセミロングに、鏡に映したかのような左右反対のサイドテールは花を模した年代物の髪留めで結ばれていた。

 

「おはよう、ヒオ、マナ」

「おはようございます、お義兄様」

 

 ヒオとマナと呼ばれた少女――友幸の義妹――は口をそろえて彼にあいさつし、膝を少し曲げる独特のお辞儀をした。彼女たちは双子なので顔も雰囲気も見分けがつかないほどよく似ていたが、目尻のほくろがあるかないかで、どっちがヒオでどっちがマナなのか見分けがついた。

 

「もうすぐメシできるけど………リンはまだ起きないのか」

「はい、何度も起こそうとしましたが、無理でした」

 

 苦笑交じりに告げるヒオとマナを友幸は「ご苦労様」とねぎらうと、焼きあがったベーコンエッグをサラダと一緒に盛り付け、素早く食卓に並べていく。

 

「俺はあいつを起こしてくるから、先に食べてていいぞ」エプロンを外して二人に言うと、友幸はやや駆け足気味に二階へと上がった。ヒオとマナの二人が共有している部屋の隣で立ち止まり、〈あたしのへや〉と汚い文字で書かれた看板がかけられた、いまだ惰眠をむさぼる相棒の部屋の扉を勢いよくあけた。

 

「こら、リン!! さっさと起きろ!!!」

 

 その一声で、ベッドの中のかたまりがイモムシのようにもぞもぞと動き、布団から見た目が十歳前後の少女、居候のリンダ・レイが顔を出した。顔にかかったぼさぼさの赤みが強い茶髪をかきあげたリンダは、いまだ眠いのか焦点の合わない瞳で友幸を見た。

 

「……あ…ゆーこぉ…おはよー……そしてオヤスミ…」

「おいこら寝るな馬鹿!! メシが冷めちまうぞ!!」

 

 再び布団にもぐりこみそうになった彼女を見て、友幸はずかずかとベッドに近寄ると、その布団を思い切り引っぺがした。

 

「やぁ~!! ゆーこーのけだものぉ~!!!」

「おいそーゆー言い方は誤解を招きそうだからやめろ!!!」

「だっておとこはみんなケダモノだって室戸せんせーが………」

「子供に一体なんつーコト教えてんだあのババア!!」

 

 友幸はため息をついた。してやったりといった顔で不気味に笑うとある女性が思い浮かんでくる。

 

「あぁもう、いいから早く起きろ、そして洗面所にいけ。顔洗えばすっきりするから」

「やだぁ~、さむい~。今日は一日中寝るのだぁ~」

 

 なおも布団にしがみついて駄々をこねるリンダを見て、友幸はガシガシと髪をかく。一応居候なのだからもっとかしこまってほしい。あれか、コイツが世話になる際に言った「自分の家だと思ってゆっくりしていってね!」が原因でこうなったのか? やっぱもうちょっときつく言えばよかったか。

 よし、と友幸は腕を組み足を肩幅程度に広げる、いわゆる仁王立ちの体制となり、わざとらしくそっぽを向き、わざとらしく独り言をつぶやいた。

 

「あれれ~、そういえばさ、今日って『劇場版天誅ガールズ からくりの国の踊り子』の公開日だったよなぁ~」

 

 ピクリッ……と、あと少しで布団にもぐりこもうとしたリンダの動きが止まる。

 

「いやぁ~この間たまたまあった知り合いから初日完売の限定前売り券をもらっちゃったんだよねぇ」

 

 ギギギギギ……と、錆びたブリキ人形のようにゆっくりと首を友幸のほうに向けた。

 

「あれ? 限定前売券所持で初日公開に入場した方の特典には『天誅カードゲーム』天誅バイオレット専用の限定カードが配布されます? こりゃ珍しい。人気最下位の天誅バイオレットの特製カードだからこれ結構レアもんだろうなぁ~?」

 

 ガシャン、ガシャン……髪を振り乱し、電池切れ寸前のロボットのように一挙一動を小刻みに震わせ四つん這いのまま這い寄ってくる。正直怖い。

 

「でも肝心の天誅バイオレットファンの一人が初日公開の今日に一日中寝るってことはつまり、これはもういらないってことだよな? じゃあこの前売り券捨てちゃおっかなぁ~~」

 

 そう言い切ると同時にリンダは蛙のように跳躍し、友幸の足もとに背中を丸めた状態で着地。いわゆる『ジャンピング土下座』の形をとり、アカベコのように何度もペコペコと謝り続けた。

 

「わかった、起きる起きるって起きるから!! もう寝坊しない!! ちゃんと顔も洗う!! もう一日中寝るなんて駄々はこねないから!! だからお願いします!! その前売り券を捨てないでくださいぃぃぃ!!」

 

「うむ。素直でよろしい!」

 

 友幸は爽やかな、非常に爽やかな、だけどどこか人に不快感を大いに与える笑顔で、ウンウンとうなずいた。

 

 

――――――

 

 

「いただきます」

「……ひひひ、うぇひひひひ…」

 

 彼らの朝食は前売り券をもらって破顔し、恍惚の表情でだらしなく涎を垂れ流しているリンダの奇妙な笑い声と、エリア直営テレビ局のニュースキャスターの声をBGMに始まった。結局、ヒオとマナは二人が下りてくるまで席に座って待ってくれていた。曰く、『みんなで食べないとおいしくないから』らしい。その健気な義理の妹たちの姿に友幸が内心涙したのは秘密だ。

 ガツガツと大口でトーストに乗せたベーコンエッグにかぶりつくリンダとは対照的に、ヒオとマナは少しずつ丁寧によくかんで食べている。リンダは居候として暮らしてからいくらかたっているが、傍から見るとその馴れ馴れしさはそれより長く住んでいる義妹たちのほうがはるかに居候っぽく見えた。

 

 

 友幸はそれをほほえましく思いながら、いれたての紅茶を口に含んでその香りを堪能する。

 そして、今までのことを思いかえした。

 

 

 

 世界的に有名なマルチ科学者であった父、芹沢 猪四郎のもとに友幸は育った。

 科学者という事情ゆえか地下室の研究室にこもったり、別の地域へ出張することがあった父だが、休暇を取ったり仕事が終わったりすると存分に自分を可愛がってくれた。

 

 たぶん、この頃の自分は純粋で無邪気だったんだろうな、と友幸は思う。その時は幸せな時間が永遠に続くものだと疑ってすらいなかっただろう。

 

 

 

 

 

 ガストレア。

 

 突然現れ、世界を崩壊へと導いた存在。

 

 思えば、ニュースでこの単語を頻繁に聞くようになってから、これまでの世界は崩壊を始めていたのかもしれない。崩れることはないと信じていたはずの、幸せな世界が。

 

 当時の彼は、ガストレアに対してそれほど興味は持っていなかった。怪物によって蹂躙されていく各国都市の惨状をテレビ越しに見ても、家族を奪われた人たちが泣き叫ぶのを見ても、かわいそうだと思いつつもどこか他人事のように感じていた。何も奪われておらず、また友幸の住む地区が戦争の影響がほとんどなかったのも理由かもしれない。

 

 ガストレアが現れ、人類が敗北してから数年、ある日、双子の少女……今のヒオとマナがうちにやってきて「今日から家族だ」と父に笑顔で言われた時には、唐突過ぎて呆然としたが、すぐに彼女たちと仲良くなり本当の家族だと思えるようになった。

 

 だがそれ以後、或る時を境に父は出張で家を留守にすることが多くなった。大黒柱が抜けた自宅は寒々しく、義妹と一緒に食べた食事はどれも砂を噛んでいるような気分だった。

 

 それでも、必ず家に帰ってきた父は、友幸たちに疲れが垣間見える笑顔で言った。近いうちに終わってまたみんなで仲良く一緒に暮らせると。まだ幼かった友幸たちは当然だと思い、それを信じてやまなかった。

 

 それからまもなくのことだった。

 

 

 今でも、『あの出来事』は忘れられない。

 

 

 

 思い出すのは、季節にしては珍しく降っていた大雨。

 友幸は、父が勤めていた研究センターに来ていた。その日も仕事に行っていた父が、今日は早く帰れそうだと電話してきたので、サプライズで迎えてあげようとしたのだ。

 

 果たして父はどんな顔をするだろうか、その顔を思い浮かべつつ廊下でその帰りを待っていたら、職場から出てきた父は案の定というべきか、驚き、そして苦笑して息子の頭をクシャクシャとなでた。

 

 

 

 そして、ヒオとマナが精いっぱいの愛情をこめた料理を作って待っている我が家に帰ろうとしたその時、センターが大きく揺れた。照明が火花を上げて一斉に消えてしまい、闇の中に取り残された。

 

 父は友幸を抱きしめ、大丈夫だと言った。だが、揺れは収まらなかった。

 経験したことのない揺れに、友幸はパニックに陥りかけた。何が起きたのだろう。地震だろうか。状況を確認しようにも、暗闇の中ではどうにもできない。廊下を照らすのは点滅する非常口の光だけだ。

 

 その時、乾いた音が廊下に響いた。

 それを発端に、何かが割れるような音が連鎖的に聞こえてくる。

 暗がりに目を凝らした。床にヒビが入っているのが見えた。それを目線でたどっていくと、その先の廊下は大きく陥没し、大穴があいていた。

 突然、穴の奥から甲高い叫び声が上がり、廊下の壁面でこだました。

 

 

 穴の奥に光るのは赤い色。

 

 

 そこには――

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「―――兄様、お義兄様?」

 

 義妹に声をかけられて友幸の意識は現実へと戻った。が、その拍子に誤ってティーカップを落としてしまった。

 そのまま砕け散るかと思ったティーカップはしかし、床に落ちる寸前に“浮いて”そのまま手元に戻ってきた。見ると、ヒオが両手を握り合わせて目を閉じている。

 

「……ありがとう。ヒオ」

 

 素直にお礼を言うと、ヒオはニコリと笑った。

 

「珍しいな、ゆーこーがボーっとするなんて」

 

 リンダの言葉に友幸はうんと曖昧に返す。

 

 全く、ヒオとマナはともかくとして自分は踏ん切りをつけたつもりだったが、やはりそう簡単にはいかないか。

 

 先ほどの恥態をごまかすようにテレビのチャンネルを切り替え、なにか面白そうなものがやっていないか確認するが、朝方ということもあってかニュース以外では幼児向けのアニメしかやっていなかった。

 だが先ほどのチャンネルに戻し再びティーカップに口をつけた瞬間、緊急放送のテロップが流れ始めたので、友幸はもちろんリンダもヒオとマナも何事かとその目をテレビに向けた。

 

 フラッシュが焚かれている場所は、東京エリア第一区にある聖居の記者会見場だった。政治が統治制に移行した当初に何度も見たのですぐにそこだとわかった。そもそも緊急放送が流れている時点で聖居からの公式記者会見だと予想していたのだが。

 壇上には純白の少女――東京エリア統治者の聖天子――がキリリとした面もちで座り、傍らには複数の護衛が控えている。

 

 友幸は眉をひそめた。こうして聖居から直々に、しかも聖天子を加えた記者会見は一年に一度あるかないかの頻度だ。それ以外で聖天子が公の場に姿を現すのは、聖居のバルコニーから姿を現して民衆に手を振るだけである。なにかただならぬ予感を覚え、食事の手を止めて友幸たちは画面に注目する。

 

『――――東京エリア在住の皆様方に、重大な発表があります』

 

 時たま聞いていた、聖天子の鈴が転がるような音色が耳に響く。

 

『――――先日、私を含めた各国エリア統治者は、ガストレアとは全く異なる未知なる超巨大生物の存在を確認しました。これよりその情報を開示いたします――――』

 

 

 

 








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