魔法少女がいく~TS魔法少女は運が悪いようです~ 作:ココア@レネ
ページを捲る音だけが部屋に響き、ほのかに紅茶の香りが広がる。
リンネは何時もの部屋で午後の一時を過ごしていた。
ふと、ロックヴェルトに依頼していた事を思い出す。
彼女なら、ランカーが出てこない限り、ヘマをする事はない依頼だ。
たかが新人の魔法少女など、雑魚でしかない。
そんな事をリンネが考えていると、部屋の空間か歪む。
リンネは何が起きるか分かっているので、来るであろう人物を待つ。
最初に足が現れ、血が床に飛び散る。
この時リンネは、ロックヴェルトが負けた事を察する事が出来た。
全身が現れると、大きな十字の傷があり、その傷はロックヴェルトが能力で歪めている。
傷の場所の空間を無理矢理閉ざし、失血を抑えているのだ。
「……ロックヴェルト……失敗したのか?」
「ええ…………先ずは回復をお願い」
リンネは前回と同じように変身し、ロックヴェルトを回復する。
結構傷が深い事もあり、リンネは結構の量の魔力を消費することとなる。
傷が治ったロックヴェルトはリンネの飲みかけの紅茶を全て飲み干し、空いているソファーに座る。
「ふう。それで、何があったんだ?」
「その前に質問なんだけど。魔法少女から全く違う能力の魔法少女に変身って出来るの?」
「……どういう事だ?」
ロックヴェルトは先程イニーと戦った時の事を話す。
イニーが起こした奇跡レベルの回復魔法や、致命傷を負っても、呻き声さえ上げない特異な精神性のこと。
そして、白いローブ姿から黒い服装に変わり、髪と目の色さえ変わった現象。
魔法の代わりに剣を振るい、他にも何かしらの能力を持っていること。
己の目で見たことを事細かに話した。
「覚醒とは違った現象だね、覚醒はあくまでも、個人の能力を強化するものだ」
「あれは別人と言っていいものだったわ。見た目も能力も。何より、確実に人を殺せる目だったわ」
「11歳でね……。あれだけの火力の魔法に回復魔法。そして、君を圧倒出来るレベルの剣技か……」
リンネは
魔法なんてファンタジーに、科学で証明できないや、普通ではありえないなんて考えは邪魔にしかならない。
魔法自体がありえないものなのだ。
例えば二重人格ならどうだろうかと考える。
それなら全く別の能力を持っていても可笑しくないが、だからって人を殺す精神性は説明がつかない。
ならば少女の身体に別の人物を宿らせる? いや、魂と身体の乖離で壊れるだろう。
「答えが出なさそうね」
ロックヴェルトは自分とリンネの為に紅茶を淹れ、体力を回復するためにお菓子を摘まんでいる。
前回といい今回といい、ロックヴェルトは血を流し過ぎているので、考える事を諦め、リンネに丸投げしている。
回らない頭で考えた所で、良い答えを出すのは難しい。
そもそもロックヴェルトは頭脳派でも戦闘派でもなく、補給や後方支援担当なのだ。
暇な時間はジャンヌを追いかけ、それ以外は振られた依頼をこなしている。
「そうだね。中々不思議な現象だが、ランカーに比べれば非常識じゃないだろう?」
「でもM・D・Wを破壊して、爆発に耐えてるんでしょう? ウチのメンバーでも破壊は出来ても、爆発に耐えられるのなんてほとんど居ないって言ってたじゃない。それだけで結構脅威だと思うわよ」
「だからと言って、今は空いてる人員も居ないからね。計画も進んでいるんだし、藪を突いて蛇を出す必要はないだろう」
「ふーん。まあ、報告はしたからもう良いわよね?」
「任務の事はこっちで処理しておくよ。まさか失敗で終わるとは……」
リンネはどうするかな、とぼやき、ロックヴェルトの淹れた紅茶を飲む。
ロックヴェルトはリンネの部屋に置いてあったお菓子を粗方食べ終え、いつの間にか消えていた。
イニーフリューリングという新たに出現した不安定要素。
タラゴンの排除に失敗し、依頼であるタケミカヅチの殺人も失敗。
何かがズレ始めている事にリンネは頭を悩まし、魔女に連絡を取るのだった。
とある魔物の使用許可を取るために……。
1
「ただいま戻ったのじゃ」
C級の魔物を単独で倒し、新人としては成功したタケミカヅチ。
その後ロックヴェルトに襲われるも、イニーのおかげで生きて帰って来る事が出来た。
多少傷を負っているものの、魔法少女ならこれ位は普通だろう。
「ミカちゃん大丈夫だった? 急に映像から姿が消えた時は焦ったわよ……」
ミカちゃんがテレポーターから出ると、魔法局東北支部の最強戦力である、ランキング14位である魔法少女セントハウルが、心配そうにミカちゃんに駆け寄る。
「色々とあったが、イニーのおかげで助かったのじゃ」
「あら? そのイニーちゃんはどうしたのかしら」
テレポーターからはミカちゃん1人出てくるだけで、イニーの姿はどこにもない。
それを不思議に思ったセントハウルは首を傾げる。
「イニーは魔力を……使いすぎたので、先に帰ると言っておったのじゃ」
ミカの脳裏に一瞬だけ、両足が無くなった血塗れのイニーの姿が浮かぶ。
あの時、ミカは自分の無力さと、軽率にイニーを頼った自分を後悔した。
横から急に突き飛ばされ、驚いた表情でイニーを見ると、フードが捲れてあの濁った眼が見えた。
そして、イニーは……。
痛いはずなのに、苦しいはずなのに僅かに呻くだけで、声を上げなかった。
もしもあの時、自分がロックヴェルトの魔法を受けようとせず、避けていれば……。
それからもミカちゃんは何も出来ずに、姿の変わったイニーを見ている事しか出来なかった。
濁っていた眼には明確な憎悪が宿り、見ているだけで身体が震える程だった。
あの魔法少女は何かがおかしい。
そう思うミカではあったが、イニーの優しさと凄さも知っている。
本当なら自分が戦わなければならない。抗わなければならなかった。
新人だから仕方ない? なら彼女はどうなのだ?
自分よりも幼く、魔法少女歴の短い彼女はどうなのだ?
ミカちゃんはセントハウルと話している時に、徐々に手を強く握り始めていた。
「そうなのね。それじゃあ報告に行ってらっしゃい。無理しちゃ駄目よ?」
「分かったのじゃ……のうセントハウルさんよ」
「うん? 何かしら?」
ミカちゃんは今回の戦いで自分の弱さと浅はかさを痛感した。
習ったはずの魔法少女の死について、軽視していたことを後悔した。
ミカが助けを求められる魔法少女の中で、イニー以外を選んでいれば、どうなっていただろうか?
間違いなく、纏めて殺されていた事だろう。
「わらわな。強くなりたいのじゃ。誰かを……イニーを失わない様にもっと強くなりたいのじゃ」
ミカちゃんの目から涙が流れる。
新人から、1人の魔法少女として戦う為に力を求める。
奇しくも、ミカちゃんの想いはマリンと同じように、イニーによって定められた。
「ふふ。なら空いてる時に訓練をつけてあげるわ。もう逃げたりしちゃ駄目よ?」
「ぐぬ、分かっているのじゃ。わらわはもう逃げん!」
マリン、ミカ。どちらの魔法少女もイニーが居なければ死んでいたかもしれない魔法少女だ。
アクマが救った史郎は徐々にだが、確実に誰かの助けとなっている。
既に強化フォームに至り、未来のランカー候補となったマリン。
覚悟を決め、強さを求めるようになったミカ。
若く幼い魔法少女達はこれから先、世界に何をもたらすのだろうか?
アクマは今日も笑い、ハルナは笑われるのであった。
2
ロックヴェルトの戦闘から一週間程経ち、土曜日の今日。
イニーはまた自室でだらけていた。
M・D・Wの時よりはマシだったが、大量の失血により好調とは言えない日々を送っていたのだ。
好みの銘柄の珈琲を淹れ、アクマからもらった造血剤を飲み、暇つぶしに小説を読む。
造血剤以外はイニーがまだ史郎だった頃にやっていた休日の過ごし方である。
そんなイニーの近くではアクマがパソコンを操作し、何時も見ている掲示板ではなく、違うサイトを見ていた。
それは……。
「よし、ハルナの罰ゲームを決めたよ」
パソコンを操作していたアクマが、ふわふわとイニーの方に飛んで行き、満面の笑みを浮かべる。
「何ですか? 私のミスとはいえ、無理なものは無理ですからね」
「安心して良いよ。ハルナとイニーにはノーダメージだから」
イニーは訝しげに首を傾げ、アクマの真意を考える。
だが、幾ら考えた所で、アクマが考えていることを、イニーが当てることは出来ない。
「
「……はい?」
アクマは適当に説明をする。
今回はイニーではなく、第二形態でオーダー失敗したので、罰ゲームはその状態で受けるのが道理だろうと。
最近はずっとジャージばかりで可愛くないので、折角だから可愛い服を着てほしいと。
お金はあるのに全く使ってないので、この際散財しようなどど、説得を試みた。
一応元の身体に戻ろうと考えているハルナにとって、ファッションや少女的な行動は恥ずかしいものだ。
アクマとしては身体も無くなってしまったので、もうそろそろ腹を括って欲しいと思っている。
今更男に戻ったとしても、家や戸籍も無いのだから。
そんなアクマとイニーに変身しているハルナは30分程言い合い、イニーが折れた。
「仕方ないですね。午後からで良いですよね?」
「仕方ないね。明日は楓との約束もあるし、来週まで待つのは私が嫌だ」
ロックヴェルトの突然の乱入から始まった戦いが終わった後、アクマは楓に連絡を入れ、用があるので会いたいことを
夜には楓から返信があり、次の週の日曜なら大丈夫だと連絡を貰っていたのだ。
因みに楓は、この時にイニーから会いたいと連絡を貰え、ガッツポーズをしていた。
魔法少女としての仕事が多忙なせいで、楓は休日に誰かに会うなんてことが、ほとんど無いのだ。
何の用でイニーが自分に会いに来るのか分からないが、仕事が終われば、新しい仕事をしている今の楓には、誰かが会いに来るというだけで楽しみなのであった。
「午後まで寝るので、時間になったら起こして下さい」
「分かったよ」
イニーは珈琲を飲み干し、歯磨きをした後、布団に入る。
アクマには仕方のない奴だと言いながら、内心はショッピングが少しだけ楽しみだったりしている。
誰かとショッピングに行くのは、イニーにとっては久々だったからだ。
だが、アクマが考えていた計画を、イニーは暴くことが出来なかった。
ただのショッピングでアクマが満足するなど、有り得ないのだ。
そんな当たり前の事をイニーは忘れていた。
イニーはまた、アクマに踊らされるのであった。