ローブル聖王国とは、リ・エスティーゼ王国の南西に位置する半島にあり、首都ホバンスは亜人共の侵略に備えて高く厚い石の城壁が聳え立つ大都市だった。
今、首都ホバンスは、かつてスラーシュという亜人の長雨の中の侵攻により国土を蹂躙された悲劇の時以上の亜人連合軍の先遣部隊の侵略を受け、首都にある3重の壁を抜かされようとしていた。
既に最外周の城壁は亜人達の攻城兵器で大岩をぶつけられ半ば壊れていた。
首都に集めた総数2000人ほどの聖騎士団及び神殿勢力の神官団と兵士達と冒険者達が馬に乗り、城壁を責め立てる亜人の大軍勢の先遣部隊の横っ腹をついた。
城に隠された出口からの奇襲だった。
馬に乗った聖王女カルカ・ベサーレスが第四位階魔法の〈プリンシパリティ・ピース/安寧の権天使〉を呼び出し、聖騎士団団長レメディオスの妹である神官団団長のケラルト・カストディオが全体の指揮を執っていた。
〈安寧の権天使〉が低位の信仰系魔法を操り、悪意に対する加護や様々な上昇効果を周囲の兵士達に与え、その効果と奇襲により亜人共と対等以上に渡り敢えている。
聖王女カルカ・ベサーレスは、愛らしさと凛々しさを備えた花のような美しい顔は「ローブルの至宝」とも言われ、長い金色の髪は艶ややかで光沢を放ち、まるで天使の後輪のようにすら見えた。
聖王女カルカは、白の聖王服の上に軽装鎧を着込んで辺りを見廻している。
「まずいわね、今の所は押してるけど此の勢いは、すぐに途絶えてしまう。ケラルト、何か手立ては無い?」
ローブル聖王国の神官団団長であり、神殿の最高司祭ケラルト・カストディオは、白の神官服に軽装鎧を着込み、茶色の腰まで届く長髪を揺らし、整った顔立ちをした姉のレメディオスと良く似た顔を横に振った。
「姉様の馬鹿力なら蹴散らせるのに!「青白い氷刃」の2人も冒険者組合に居ないし……やはり国家総動員令で急造した兵士達では押し潰せません。此処は側面を反対側まで切り抜けて首都へ戻りましょう」
「わかったわ。皆、前方の敵を切り裂き前へ!殺さなくても手傷を追わせれば良いから、混乱した敵の集団を乗り越え首都へ戻るわよ!」
聖王女率いる奇襲部隊は、亜人連合軍の側面を切り裂き続けていたが、突然周囲の兵士達や亜人達も天使すら纏めて落雷が落ちたかのような轟音と共に稲妻が迸って吹き飛ばされ、聖王女達の乗る馬達は、雷に驚いて立ち往生し進軍は挫かれた。
吹き飛ばされた土煙の中から、亜人の中でも屈強な〈ゾーオスティア/獣身四足獣〉がゆっくりと現れた。
虎のような獣人の上半身と肉食獣の下半身を持ち艶やかな黒い体毛を生やし、その上に金属鎧を着用して、雷が纏わりついた巨大で鉄塊とも呼べる両手斧を肩に担いでいる。
「ふん、ようやく止まったか。可愛い部下ごと吹き飛ばしたかいもあったというものだ。聖王女、神官長、あなた方の体は御方も喜ばれる事だろう。どうだ投降するか?すればお前達の兵士達は見逃してやろう」
「投降しても見逃された兵士達を今度は首都ごと滅ぼすのでしょう?聞く価値もありません」
「そうかい、俺は亜人連合軍十傑の一人、〈魔爪〉の異名を受け継いだ武人ヴィジャー・ラージャンダラー。この御方より頂いた魔法の両手斧〈サンダーエッジウィング/雷刃翼〉の錆に成りな。手足の1、2本が欠けてても構わんだろうさ」
聖王女カルカと最高司祭ケラルトは、素早く詠唱して活路を開こうとする。
「《アイアンハンマー・オブ・ライチャスネス/正義の鉄槌》!《ツインマジック・ホーリー・レイ/魔法二重化・聖なる光線》!」
「《ペネトレートマジック・ブラインドネス/魔法抵抗突破化・盲目化》《フレイム・ストライク/火炎撃》!」
聖王女カルカが魔法で半透明の鉄槌を〈魔爪〉の頭上に創り出し叩きつけるが、〈魔爪〉は巨大な両手斧〈雷刃翼〉を盾代わりに防いで、続けて放たれた2条の光線も両手斧を傾けて防いだ。
最高司祭ケラルトが唱えた強化された《盲目化》に抵抗できず、盲目となってしまった〈魔爪〉は周囲の亜人達に報せるべく大声を上げつつ後退し、第5位階神官魔法《火炎撃》の効果範囲から毛皮を焦がしつつ抜け出た。
「くそっ、神官ってのは此れだから質が悪い。……ようやく目が見え始めたぜ」
〈魔爪〉は低く姿勢を屈めて走りだし、巨大な両手斧を使い前方を薙ぎ払い稲妻が迸る。
たちまちの内に聖王女カルカや最高司祭ケラルトの馬の前脚が斬られて、雷を掠めた事で体が痺れて落馬するように馬から降りた。
馬から降りて地面に転がった時に白い服は泥だらけに成り、聖王女カルカと最高司祭ケラルトは痺れて詠唱も覚束ない有様で助けを呼ぶ為、周囲を見渡したが周囲の聖騎士達や神官団や冒険者達は、突撃が中断したせいで混乱から立ち直った亜人共が廻りを囲むように攻め寄せ、対応に精一杯でとても聖王女の救出には行けない有様だ。
「《しョッき・うェー、……こん二ャ詠唱が」
「くっ、殺ヒなさい」
「くくくっ、まともに喋れない有様だな。武人としては手練れの神官相手に完勝って所か?さて2人共捕らえて生贄になってもらおう。これなら御方もお喜びになって良い装備をくれるに違いない」
〈魔爪〉が亜人共の集団を掻き分け救出に来た聖騎士達を薙ぎ倒しながら、聖王女カルカと最高司祭ケラルトの元へと近づいて行く。
聖王女カルカと最高司祭ケラルトは絶望した。
このまま聖王国軍は包囲されて殲滅され、首脳陣と主力を欠いた首都は落ちるだろう。
聖王女カルカは、このまま良い人も見つけられず結婚もせずに、死ぬより恐ろしい目に合うことに恐ろしくて聖王女として出してはならない涙が出て来た。
(ああ、我が儘は言いません。糸の一切ついていない、私という人間を愛してくれるお婿さんが欲しかっただけなのに何故見つからないの。このままだと私と友人のケラルトは……)
〈魔爪〉の手が近づき、聖王女カルカと最高司祭ケラルトは捕らえられようとしていた。
その時、遥か空高くから、聖王女カルカと最高司祭ケラルトを守るように漆黒の影が〈魔爪〉の眼前に轟音と共に降り立った。
「おっと、こちらの可憐な御嬢さん達に手を出すのは辞めて貰おうか。ここから先は私が相手だ。〈武技・戦士職段位上昇Ⅴ〉、〈武技・階層〉、〈武技・七彩強化〉、〈武技・黒曜石剣の円陣〉」
「ケラルトー!カルカ様ー!援軍を呼んで来ましたー!」
漆黒の戦士が武技を唱え、背中の2本の大剣が宙を飛び、頭上に黒曜石の剣が3本浮いている。
腰の2本の双大剣を抜き〈魔爪〉に対して剣を向けていた。
空からゆっくりと降りてきて叫んでいるのは聖騎士レメディオスだ。
続々と聖騎士達と見慣れぬ冒険者達が空から魔法《フォーリング・コントロール/落下制御》で降りている。
漆黒の戦士は、フロストドラゴン空輸便から首都ホバンスでの野外での戦いを見て魔法《フォーリング・コントロール/落下制御》を掛けて貰って飛び降り、途中で魔法《落下制御》の制御を手放して落ちて来た御蔭で聖王女カルカと最高司祭ケラルトの救出に間に合い、2人は助けてくれた漆黒の戦士をまるで昔一緒になって読んだ物語の姫を救う英雄の様だと思ってしまった。
ちなみに物語の姫に感情移入したのは、カルカとケラルトで英雄の方に感情移入したのは、レメディオスでした。
「がっははは、いいぞ。お前のすべてを出し切って戦え!伝説に残るような戦いにするんだ!!……〈武技・決闘宣言〉!」
敵対行為を認めた3本の黒曜石の剣が〈魔爪〉の毛皮を切り裂き、宙を飛ぶ双大剣が鎧を傷つけ破損させていたが、双大剣は黒曜石の剣ごと〈魔爪〉操る巨大な両手斧の平部分で弾き出され、空中で黒曜石の剣は砕け散り、空を飛ぶ双大剣はバランスを崩して持ち直そうとしている。
〈武技・決闘宣言〉で注目を集めた〈魔爪〉にモモンは〈武技・早足〉を使って詰め寄り、戻って来た空を飛ぶ双大剣と手に持った双大剣を〈魔爪〉に斬りつける。
毛皮を傷つけられて血を流す〈魔爪〉が強大な鉄塊のような両手斧を盾に、黒い戦士の猛攻をしのぎ切ろうとするが黒い戦士に疲れは見えず、いつのまにか獣人の上半身は後ろに傾き、下半身の獣の4本脚は後ずさりしていた。
「くそっ、いつまで続けるつもりだ。〈武技・要塞〉、……〈武技・剛爪〉!」
〈武技・要塞〉を〈魔爪〉が使うが剣戟の嵐を防ぎきれず、〈武技・剛爪〉で左腕の強化した爪で黒い戦士の胴を薙ごうとした。
「〈武技・絶望視線Ⅰ〉!」
「ヒィィ!」
黒い戦士の視線を受け止めた〈魔爪〉の背中を恐怖が這い登り、体全体に風邪を引いたような震えが走り、〈武技・剛爪〉で強化した爪は宙で止まってしまう。
動きの止まった〈魔爪〉に黒き戦士が止めを刺す。
〈魔爪〉の持つ巨大な両手斧の隙間から黒き戦士は、〈武技・剛閃撃〉で目にも止まらぬ剛撃を双大剣で繰り出し、宙を飛ぶ双大剣は〈魔爪〉の鎧の隙間へと突きを放ち、《グレーター・マジックアキュリレイション/上位魔法蓄積》であらかじめ仕込んでいた魔法の炎を放った。
炎で全身を焼かれ、双大剣で斬り刻まれた〈魔爪〉が倒れると、持っていた巨大な両手斧に罅が入り粉々に砕けてしまった。
敵の大将が倒れたのを見て、亜人連合軍の先遣部隊は浮足立っている。
空から漸く地面に降り立った聖騎士レメディオスが、聖王女カルカと最高司祭ケラルトの元へ走って行き、聖騎士団と冒険者達と仮面を被ったゴーレムのようなアンデッド兵達も空から降り立つ。
「皆、亜人連合軍は纏め役を失い動揺している。クライムは聖王女カルカさんと最高司祭ケラルトさんの護衛をしつつ私達に付いてくるようにするのだ。〈蒼の薔薇〉と私のパーティーは此のまま亜人達を斬り抜け亜人連合軍に風穴を開けて、包囲されたローブル聖王国軍に活路を見せてやるぞ。ブレインとハムスケは私達の側面を守って欲しい。仮面兵達と聖騎士達は敵の亜人達を倒しつつ私達に付いて来てくれ」
「はい、分かりました。護衛は御任せ下さい」
「ふっ、腕が鳴るぜ。大軍勢相手でもモモンは余裕だな」
「当然だなガガーラン、モモン様は私達〈蒼の薔薇〉とはレベルの違う強さなのだ」
「頑張ってきりぬけましょ。〈浮遊する剣群〉で道を切り開くわ」
「おいおい、こんな数の敵に囲まれるとかマジかよ。武者震いするぜ」
「ブレイン殿、殿に恥ずかしい所は見せられぬでござる。2人で此の戦い切り抜けるでござるよ」
黒き戦士と冒険者達は聖騎士達と協力して亜人連合軍の先遣部隊を半壊させ、無事にローブル聖王国軍を首都ホバンスへと送り届ける事に成功した。
敗北した亜人連合軍の先遣部隊は、どうやら軍を再編する為に帰ろうとしているが士気を取り戻したローブル聖王国軍によって再び追撃をかけられていた。
ローブル聖王国軍の追撃も終わり、大きなアンデッドの仮面兵達も一人も欠ける事無く、帰還して今は城内の壁際に整列して次の命令を待って居る。
城内の謁見室にて黒き戦士は兜を外して、黒髪黒目の彫りの深い英雄然とした顔を聖王女カルカと最高司祭ケラルトに晒して挨拶する。
「改めて御挨拶を致します。初めまして、私はエ・ランテルの冒険者チーム〈漆黒〉のモモンです。そして……」
聖王女カルカと最高司祭ケラルトは漆黒の戦士モモンの素顔に見とれて頬を赤く染め、話を聞き逃していた。
聖騎士レメディオスが初めてモモンの顔を見て、副団長のイサンドロ・サンチェスとグスターボ・モンタニェスに良い顔だな英雄の顔だと言い合い、従者の少女ネイアも呆けたような顔が赤くなり、もじもじとしきりに指を絡み合わせてモモンの顔を見ている。
城のメイド達からの黄色い声が上がり、気もそぞろなメイド長に注意されている。
後で聖王女カルカと最高司祭ケラルトと聖騎士レメディオスは、立ち会った副団長達にモモンが何を言っていたかを聞いて廻るのだった。
・〈武技・早足〉
オリジナル武技
魔法《クィック・マーチ/早足》の武技化した物です。
移動速度を短時間20%上昇させる。
・〈武技・絶望視線Ⅰ~Ⅴ〉
オリジナル武技
〈絶望のオーラ〉を改良したスキルを元にした武技
視線が通れば効果を発揮する武技、逆に言えば視線が通らなければ発揮しない。
前方一直線に〈絶望のオーラ〉が届く距離が効果範囲、単体用です。
精神力を消費する事で相手のレベルが高くてもある程度効果が見込めます。
・両手斧〈サンダーエッジウィング/雷刃翼〉
オリジナルアイテム
軽量化と雷の魔法が付与された巨大な鉄塊のような両手斧、敵に激突する瞬間に元の重量に戻って叩き切る。
作中では、持ち主が死んだら罅が入り粉々に砕け散る魔法が限定付与されていた。
・《フレイム・ストライク/火炎撃》
オリジナル魔法、第5位階神官魔法。
神の火が降り注ぎ、円柱形の範囲内のモンスターに火炎および光輝ダメージを与える。
元ネタはD&Dにある第5位階神官魔法《フレイム・ストライク》です。