無自覚中学生芹沢さん。   作:バナハロ

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プロローグ
邂逅を果たした純粋無垢達。


 中学では、三学期にマラソン大会と球技大会の、二つの体を動かすイベントが存在する。

 冬だからこそ体を動かそうだとか、外に出る機会を作るだとか、色々な狙いはあるだろうけど、周囲の人間はみんな口を揃えて「だるい」「面倒臭い」とか言うものなのだ。

 だが、少なくとも球技大会で、それが本音として言われることはないだろう。なんだかんだ、みんなで協力して何かをプレイするのは楽しいのだ。少なくとも普通の授業よりは。

 さて、今日はその球技大会の日。クラスのサッカー部によって、前半と後半で公平に分けられた男子チームは、いよいよ優勝決定戦にまで漕ぎ着けた。

 そのピッチに、濃い茶髪の少年も立っていた。

 

「ふぅ……」

 

 ポジションはミッドフィルダー。フォワードとバックを繋ぐ中間を担うポジション。厳密には、そのミッドフィルダーの中でもボランチだなんだと役割が分かれていたりするのだが、まぁ球技大会程度なら大まかにミッドフィルダーで問題ない。なんならポジションも必要ない。

 さて、そんな中間で、少年は適当に配置につく。ボールは敵チームからなので、こちらは最初どう足掻いても先手を打たれるが、サッカー部の面々が身構えているので自分はフォローすれば良い。

 しばらく待機している間に、審判の先生が笛を吹く。ゲーム開始。敵チームのサッカー部が小さく横のサッカー部にパスする。

 その間に、サイドから上がって来たチームメイトにさらにパスをして、パスで繋いでこちらの陣地にジリジリとにじり寄る。

 

「……慎重だな」

 

 どれだけガチで攻めてくるつもりなのか。多分、フォワードとトップ下をガチガチにサッカー部かサッカー経験者で固めている。

 確かに、そもそも点を取らないと勝てないのがサッカーだし、シュートをするにおいても枠の中にボールを収めるにはシュートのコントロールが不可欠だから、一人くらいは最低条件だろうが、全員とは思わなんだ。

 これは半端な守備力では保たない……そう判断し、少年は勝手にボランチ気味にプレイすることにした。

 自分もバックの方まで下がり、まずはパスが通らないように敵のマーク……それも、フィジカルでは敵わないので後ろから気付かれないよう、付かず離れずで。

 そして……そいつにパスが回って来たと分かれば……接近していく。

 

「! 澤木……!」

 

 自分に気付いて、パスを止めてドリブルをするしかなくなる。今のタイミングでパスをしていたらカットされていたろうから。

 だが……同じ事だ。自分の相手をしてもうまくいかせない。ドリブルする敵選手にしつこく付きまとうが、簡単には足を出さない。下手に足を出すことは隙を作ること。

 つまり、獲れると確信した時以外に足を出せなければ無駄だ。

 

「んなろ……!」

 

 とにかくしつこくマークし続ける。こうしていれば、敵の味方が援護に駆けつける。

 つまり、敵のフォーメーションが崩れる。そして攻撃する側より守る側の方が当然、人数は多い。

 

「よっ、と」

 

 煮えを切らした敵の選手がパスを出す。そっちに自分は足を出したが、間に合わずにパスは出される……が、出された選手の方にバックが二人寄った。

 

「やばっ……!」

 

 一人目は抜かれたものの、二人目は敵をカットした。素人なのだが、それ故にできるファールをも恐れぬ全力ローキックのようなカットで、ボールを前方に飛ばした。

 

「っ……うおっ!」

「よっしゃナイスカット!」

「オッケ、攻めろ!」

 

 サッカー部と一緒に掛け声を出しながら、自分も前に進む……が、まだ油断出来ない。浮いたボールはフリーで、まだ自分達のモノになったわけではない。

 勝手にボランチの役割ということにしているためあって、必要以上に前には出ないようにして……。

 と、フォワードと他のミッドにボールは追ってもらった。

 

「よっしゃ……!」

 

 味方がボールを抑えたが、敵のカバーも早い。素人同士、と言うこともあって、競り合いはすぐに片付いた。

 敵のバックの一撃が、ボールを再びこちらの陣地に戻す……それを、澤木と呼ばれた少年が取った。

 

「あーダメだってそれ!」

「澤木止めろ! そいつは止めろ!」

 

 にんまりとほくそ笑んだ少年は、ドリブルで一気に突撃。敵の経験者はほぼ全員、前に出ているし、今攻めれば取れる。

 まずは寄ってきた敵選手を抜く。マルセーユとかいう技で、相手に背中を見せつけながら、足元でボールを転がして抜くテクニックを使いぶち抜いた。

 その後から、今度は慎重に攻めて来た相手。けど、素人はファールを知らないがままに突っ込んできた方が厄介だ。

 ボールを足元で浮かせ、高くリフティングしながらドリブル。素人は少し派手なことをすると翻弄されるから、簡単に足を出さなくなる。

 で、最後に大きく浮かせるように上げた後、足元に落とし、ボールを転がして前に出した。

 大きく開かれた足の間を抜かせ、その隙に横から抜いて先に行かせたボールを回収する。

 

「むおっ……⁉︎」

 

 だが、少しのんびりし過ぎた。すぐにカバーが来る。

 でもそれも読んでいた。すでに上がっている味方に向けて、ボールを軽く蹴り上げた。

 走り込めば間に合う地点への完璧なパス。それが味方の足に収まり、再び攻め始める。

 後は、程々に上がるけどカウンターに備えてゴール前まではいかないように弁える。

 さて、ボールをもらったサッカー部のチームメイトがさらに上がる。敵はほとんどの経験者を攻めに使ってしまっていることもあり、あとはザルだ。

 そのまま味方は攻めを完了し、ゴールをした。

 

「きゃああああ! 決まったああああ!」

「勝ってる、勝ってる!」

「ナイスシュート!」

 

 なんか甲高い声が耳に響き、顔を向けると女子達が応援に来ていた。もう女子のバスケは終わっているらしい。

 応援に来ている……ということだろうか? なんか……ちょっと後悔した。こんな事なら、自分がゴール下まで運べば良かったかもしれない。

 まぁでも、前半戦はまだ始まったばかり。良いとこはここから作れば良い。

 

 ×××

 

 負けた。残念なことに、接戦の末負けた。まぁ前半戦はリードして後半で逆転されたので、自分の所為ではないよね、と気楽に捉えた。

 元はと言えば、こんなのは所詮お祭り行事。負けたからって重苦しい空気が流れたりすることはない。精々、サッカー部の間だけだ。

 とりあえず帰るか、と思って帰りのホームルームを終えたので、鞄を持って教室を出ようとした時だ。

 

「あ、いた!」

「えっ」

 

 なんか元気な声が聞こえ、顔を上げるとそこにいたのは、なんか色素の薄い髪を短くした元気な少女。

 思わずビクッとしてしまったが……一体、なんなのか。もしかして、自分に話しかけているのだろうか? 

 

「ね、君!」

「は、はいっ」

「サッカーやろう!」

「えっ……い、いきなり何?」

 

 ていうか誰? と、思わず眉間に皺が寄せられる。いや、かなり可愛い子ではあるわけだけど。特に透き通るような瞳が、なんかとても引き寄せられる気がする。

 

「だから、サッカーやろうよ!」

「? やったら?」

「うん! じゃあやろう!」

 

 やったら? とは言ったのに、何故か腕を組まれてしまう。何してるんだろうこの子……というか、近い。あまり身長も差がないので、顔も至近距離だし……その、ちょっと恥ずかしい。

 

「って、ちょっ、待った待った! 転ぶ、転ぶって!」

 

 強引に引っ張られ、少し歩くバランスを崩してしまった。意外と力あるこの子。いや、まぁ自分がフィジカル弱いからかもしれないけど。

 ていうか、その前に根本的な勘違いがある気がする。

 

「ていうか、サッカーやるって何。俺と?」

「そうだよ?」

「いやなんでだよ。まず君誰さ」

「そんなの……私だって君が誰なのか知らないよ?」

「尚更なんで俺を誘ったの⁉︎」

 

 なんか感性がぶっ壊れている気がする。なんで誰だか知らない人といきなりサッカーを……と、思ったけども、まぁそこはサッカーなら別に気にしなくて良いかもしれない。だってサッカーなら誰とやっても楽しいし。

 でも、無理だ。

 

「悪いけど、小さい妹いるからムリ。帰ったら学童保育にお迎え行かないといけないし、お迎え行ったら家で面倒見てないといけないし」

「えー、大丈夫だよー。学童ってことは小学生くらいでしょ?」

「大丈夫じゃないでしょ。家には包丁とかもあるのに。自分が小学生の時はどうだったよ」

 

 大変だった。ボールで窓割ったりとか。目を離してはいけないのだ、そのくらいの歳の子は。

 

「私は料理とか興味なかったよ?」

「いやだとしても……」

「家の中にカマキリとバッタ持って来て戦わせようとして、お母さんに怒られたことはあるけど……」

「全力でダメでしょ。何してんのお前」

 

 頭おかしい。まぁ小学生というのは時に残酷なものでもあるけど。何にしても、せめて来年度に小学校二年生になるから、それまでは自分が可能な限りついていないとダメだ。

 

「とにかくダメ」

「じゃあ明日は?」

「明日もダメ。平日じゃん普通に」

「明後日」

「平日って言葉の意味わかる?」

 

 少しは学んで欲しい。

 なのに、目の前の少女は少しずつ頬を膨らませて喚く。

 

「でも、私は君とサッカーしたい!」

「なんで俺なの」

「さっきの試合、上手だったから!」

「……」

 

 それは正直、嬉しい。我ながら、テクニックだけなら本職のサッカー部にも負けない自信は大いにある。だから、多少フィジカルで負けている相手にも、さっきまでの試合ではゴボウ抜き出来ていた。

 だから、本当に本当に本当に嬉しいし、なんならちょっとその気になってしまった。

 でもダメ。母親が出ていって、ちゃんと妹の世話をすると決めたから。

 

「とにかく、ダメなものはダメ!」

「サッカー!」

 

 こいつ、しつこい。どうしたものか……と、思いつつも、とりあえずもう逃げちゃうことにした。

 廊下の奥を指さし、大袈裟に声を上げた。

 

「あっ、パラワンオオヒラタクワガタ!」

「えっ⁉︎」

 

 よっしゃ、こいつバカだ。

 すぐに理解した少年は、そのまま走って逃げ出した。

 

「あ、ずるい!」

「人間はみんなずるい生き物さ!」

「待てー!」

 

 なんとか逃げ出すことに成功した。危ない危ない。あまり、誘惑しないでもらいたい。もう妹の親代わりなのだから、責任がある立場なのにそれに乗せられたら終わりだ。

 まぁ、我ながら名前も聞かずに誘いを蹴ったわけだし、明日になれば問題ないだろう。

 そんな風に思いながら、一先ず帰宅した。

 

 ×××

 

 翌日の放課後……。

 

「サッカーやろー!」

「また来た!」

 

 何なのこの子、と冷や汗を浮かべてしまう。諦めが悪いにも程がある。

 

「だから無理だってば! この後、すぐにお迎えなの!」

「じゃあ、お迎えの後で良いからサッカー!」

「無理だってば!」

 

 なんでここに来て面倒な奴が現れるのか。せめて来年度になってくれれば、まぁ無しではないけど。

 こうなったら……やるしかない。昨日と同じ作戦だ。

 

「あっ、マンディブラリスフタマタクワガタ!」

「その手は効かないよ!」

「ぐあっ……!」

 

 腕にしがみつかれてしまった。体格もそこまで差はないので、強引に引き剥がすのは無理だろう。テクニックはあるけどフィジカルは普通くらいなのだ、自分は。

 

「はい、捕まえた〜」

「はーなーれーろー!」

「嫌っす〜! サッカーするなら良いけど?」

「こんにゃろう……!」

 

 どうするかな……と、考えつつも、だ。昨日のアホさ加減的にこいつの素直さはなんとなくわかった。

 つまり……考える前に行動するタイプと見た。

 

「じゃあ問題!」

「え、何急に?」

「次のクワガタ、大きい順に答えよ! エレフスホソアカクワガタ、ブルマイスターツヤクワガタ、パラワンオオヒラタクワガタ!」

「え? えーっと……その中だとパラワンが大きくて、次がエレフス……いや、ブルマイスターかな……」

 

 と、顎に手を当てて考え始めたので、置いて帰った。これで流石に諦めてくれるだろう。

 

 ×××

 

「サッカー!」

「うるせーなお前は! サッカーに取り憑かれてんのか⁉︎」

「あとパラワンオオヒラタクワガタ、ブルマイスターツヤクワガタ、エレフスホソアカクワガタ!」

「正解!」

 

 昨日の答え合わせを済ませつつも、目の前の少女はしつこく食い下がって来る。

 

「サッカーやろうよー!」

「お前は何度言えば分かるわけ?」

「一日くらいダメなのー⁉︎」

「ダメなの。まだ小学校一年生だし、何かあってからじゃ遅いから」

 

 いや、サッカーはしたいけども。というか、クワガタの問題も答えてくれたし、趣味も合いそうではある。

 家の前でも良いならやりたい……とも思ったけど、うちはマンションだし、サッカーとかしてボールが変な方に転がると怒られるのだ。

 

「えー良いじゃん! クイズに答えられたんだから!」

「いや答えたらサッカーやるなんて言ってないし。クイズに答えてハワイに行こうじゃないんだから」

「何言ってんの?」

「何でもない」

「とにかく、サッカー!」

 

 どうしたものか、と少し悩みながらも……まぁ逃げるしかない、とすぐに結論を出す。

 

「第一問!」

「その手には乗らないから!」

「あっ、ヨーロッパミヤマ……」

「バカにしてる?」

「トイレ!」

「行かせないから!」

 

 ヒュッと風を切る音が聞こえたような気がするほどの速さで、自分の前に立ち塞がる。

 いや、しかし抜き技ならサッカーでクソほど鍛え上げた。つまり……立ち塞がろうと、くっつかれなければ抜ける。

 自分が得意とする抜き技の一つを披露することにした。その名も……シザース。アウトサイドで右に行くと見せかけ、左のアウトサイドで左へ抜ける……! 

 

「えいっ」

「あうっ」

 

 普通に最初のフェイントで正面から掴まれてしまった。というか、ボールもないのに足元のフェイントなんてしても意味がないのは当たり前のことだった。

 

「今日こそは逃がさないからね」

「……問題!」

「や、だから無理だよ」

 

 二度目の罠にかかるほどアホではないらしい。しかし……困った。こうなると、今後誤魔化すネタはさらに減っていくことになる。

 

「はい、もうさっさと連行〜」

「っ……!」

 

 腕にしがみつかれたまま、下駄箱へ運ばれる。どうする……と、作戦を立てる。力づくで引き剥がす? いや無理だ。体格にそんな差はない。自分は、背の順では前の方なのだ。

 小学生の頃に習っていたサッカークラブは、筋トレとか力入れていなかったし。まぁ、そもそも小学生の頃から身体鍛えるチームってのは弱いもんだ。

 ではどうするか……そうだ、先生だ。先生に助けを求めれば良い。ちょうど部活が始まる時間帯。ホームルームが終わって教室に戻る先生もいれば、顧問している部活先に向かう先生もいるだろう。

 普通に人当たり良くしている自分なので、先生からも決して嫌われていない……と思いたい。

 さて、そんなわけで、まずは先生を探……している間に下駄箱に来た。

 

「じゃ、靴履き替えて!」

「……」

 

 そうだった。この場でどうせ一回離れるんだった。なら、わざわざなんか作戦とか考えること無かった。

 そして、あの子はやはりアホな子だった。秒で靴を履き替えて逃げた。

 

 ×××

 

「あ〜……つっっっかれた」

 

 翌日、朝から少年は机の上で項垂れていた。死ぬほど疲れた。ここ三日間。

 

「おにいちゃん、つかれたの?」

「疲れたよ。禿げそうなほど」

「はげ……クリリン?」

「そークリリン。ベジータとナッパが襲来して自分と悟飯だけ無事に生き残っちゃって精神的にも肉体的にも疲弊しているクリリンなの」

「ごくうも生き残ったよ?」

「無事じゃないじゃんあれ」

 

 なんて話していると妹は立ち上がり、トタトタと歩きながら冷凍庫を開ける。そして、中からアイスを二つ持って来た。

 

「じゃあ、おにいちゃん。アイス食べて」

「サンキュ」

 

 甘いものを摂れば疲れはとれる。……とはいえ、この妹のお世話で疲れてるところはあるわけだが。学童のお迎えも帰り道からそこそこ遠回りだし。

 ま、来年度から妹にも家の鍵を持たせられるので、それまでの辛抱だ。

 それに、疲れた理由は妹以上にあのアホな女子だ。何なのか、あれは。毎日のように放課後、顔を出して絡んで来て……まぁ、去年はワールドカップもあったし分からなくもないけど、それでもそんなにサッカーにハマったのだろうか? 

 考え込みながら、しゃりしゃりとアイスを齧る。冬場だけど美味しい。

 

「……」

 

 ……でも、来年度に誘ってくれれば一緒に遊べるのに……と、思わないでもなくて。

 ちょっと惜しい気がしないでもない。何せ、中学で一緒に身体動かす遊びができる子は希少だから。

 まぁでも、流石に土日明けまであの熱を保っているとは思えないし、仕方ないか……なんて思いながら、サクッとアイスを完食した時だった。

 ピンポーン、とインターホンの音が耳に届く。

 

「? 誰だ?」

 

 応対しに行く。まぁ新聞か宗教かだろうが、どちらにせよ追い返せる。

 

「あーい……」

 

 眠そうに扉を開けると、そこにいたのは……銀髪少女だった。

 

「サッカー!」

「どこまで粘着質なんだよ! 両面テープかお前は⁉︎」

 

 まさかの休日に自宅まで来てこれである。まだ午前中なのによく来るものだ。

 

「てかなんで俺ん家知ってんの?」

「昨日、後つけてたっす!」

「やけにあっさり離れたと思ったら……!」

 

 行動力の化身なのだろうか? ……いや、それは自分も人のこと言えない。小4の時、親に内緒でJリーグの観戦チケットをお小遣いで購入し、勝手に夜遅くまで一人で観戦してドチャクソに怒られた程だから。

 

「とにかく、サッカーやろうよ!」

「いや、やろうよってな……だから」

「今日は土曜日だよ? 学童保育とかないよね?」

「……あ、そっか」

 

 休みの日で、家に父親もいる。なら……妹を父親に任せられる。

 

「お前……天才か?」

「やる?」

「やる! 待ってて!」

「うん!」

 

 よっしゃ、なんか楽しくなって来た。最初こそビックリしたけど、中々悪くない提案だ、それは。

 すぐに家に戻り、父親に事情を説明して家を出た。

 

 ×××

 

 さて、ボールを持って公園に来た。とりあえず足元に置き、インサイドで少女に転がす。

 

「ほれ」

「私あれやりたい。試合でやってた、リフティングしながら動く奴」

「まずは準備体操。あれやるにしても、基礎も出来ない奴が応用を出来るようになると思うな」

「リフティングくらいなら出来るよ?」

「嘘こけ。簡単に見えても難しいんだよあれ」

 

 結構いる。なんとなく出来そうだからって「出来るよ」って言っちゃう人。かくいう自分も、小学生の時は「セーフティバントなんて簡単でしょ」とか思ってて、友達と遊んでいる時に出来ると言って試してみたが、意外と難しくてアホほど揶揄われた。

 あれ以来、やる前から出来ると言うのはやめた。

 ……なんて思っている間に、目の前の少女は足元でボールを浮かすと、片足で器用にポンポンと上げ始める。胸前までボールを高く上げている初心者リフティングだが、中々器用にこなすものだ。

 

「え……お前やったことあんの?」

「いや? 君が遊んでくれなかった三日間、一人で練習しただけ」

「……」

 

 独学でやったのか、と普通に驚いた。いや、まぁやる奴はやるけど、サッカーを習っていた身としてはやはり驚く他ない。結構難しいのに。

 

「お前すごいな……もう教えることなくない?」

「君のリフティング見たいなー」

「え? 見たい? しゃあないなぁ」

 

 まぁそれはこちらとしても見せたかった。ボールをもらうと、まずは浮かせて左足だけでリフティング。

 

「……あんま高く上げないんだね」

「本当はリフティングってこんな感じ」

 

 足元で続けた後、今度は両足で交互に。最低でもこのくらいは必要だろう。

 

「おお〜! 両足……すごい」

「……すごい?」

「すごい!」

 

 ……こんなのですごいんだ……と、思ってしまうと、スイッチが入った。特に言われてもないけど、曲芸的なものを次々に見せたくなってしまう。

 続いて、左足だけでリフティングしながら、ボールの上を素早く左足で通らせてまたリフティング。

 

「おおっ……すご。ピエロみたい」

「いやぁ、このくらいサッカーやってる奴なら誰でも……ん? ピエロ?」

 

 どっちの意味で言われているのだろう、もしかして揶揄われてる? なんて思いつつも、ひとまずはポジティブに捉えて新たな技。

 今度は、両足で挙げたボールの上を跨ぎながらリフティングする。

 

「おお〜……! あんまカッコ良くはないけどすごい!」

「お前正直者だな……」

 

 まぁ、ガリ股で足を開いたりしているわけだしわからなくもないけど、歯に衣を着せることくらいして欲しいものだ。

 仕方ないので、更に別の技。高く上げて、おでこでリフティングを続けた。背が高くないので試合ではあまり使えなかったけど、ヘディングの練習はちゃんとして来た。

 

「あざらしみたい!」

「……」

 

 この子、褒め言葉のセンスが絶望的にない。でも、褒められるとやっぱり乗っちゃうので、さらに新しいテクニック。首の後ろに乗せてから、背中を転がして片足を上げ、足の上を通した後、踵で上げてヘディングし、また両足でリフティング。

 その後、また頭の上に上げて踵で蹴り上げて、次はインサイドとアウトサイドだけでリフティング……などなどと繰り返し、最後にまた足元に落とした。

 

「ほいっ」

「すごい! よく出来るね?」

「まぁ、サッカーやってりゃ誰だって出来るからこのくらい」

 

 嘘である。ただの謙遜。こう言う時は謙遜することが何より大事なのだ。

 割と練習しないと出来ない。逆にサッカーは下手だけど練習したからこういうの出来るって人もいるし。余程、リフティングに憧れている奴じゃないと無理だろうが。

 

「私もやりたい!」

「教えるくらいなら良いよ。どの技が良い?」

「全部!」

「全……」

 

 無理だろ、と一瞬思ったのだが、時間を掛ければできる。そして、時間を掛ければできると言うことは、今日以外も誰かとサッカーができると言うことだ。

 

「ま、何とかなるか。分かった。一つずつやろう」

「何処から?」

「まずは両足のリフティングから。お手本見せるね」

 

 話しながら、再び開かせる。あくまでも自分自身の感覚的なコツになってしまうが、とりあえず教えてみる。

 

「両足はブラブラさせない。可能な限り同じ角度からボールを上げることが長く続けるコツ。それから、あんまり高く上げない。インステップ……あ、足のこの辺な。そこに当てること」

「なるほどなるほど……」

 

 まぁ高く上げる分には構わないけど、多分慣れれば低い方がやりやすいはずだ。

 お手本はもういいかな、と思ったので、ループシュートのように上げて、少女の胸の上に落とす。

 意外と分かっているかのように、少女は胸トラップをして足元に落とした。

 

「上手いな」

「体育で習ってればこのくらい出来るよ?」

 

 いや、胸トラップで足元に落とすのは簡単にはいかない。この子、天才なのだろうか? 

 その才能っぷりは、その程度では収まらない。足元に落としたボールを掬うと、ポンポンポンっと簡単そうに両足でリフティングし始めた。

 

「あーなるほど。こんな感じか」

「いやお前何なの?」

「あうっ……でも難しいね。23回くらいしか出来ない」

 

 いや、最初でそれだけできれば十分だろう。自分なんて初めてやった時は10回くらいだったのに……いや、まぁあの時は小2の時だったし全然負けていないけど。

 

「上手上手。出来てるじゃん」

「君は何回くらい出来るの?」

「え? さぁ……1,000超えてからは数えてないけど。無駄だし」

「よーし、じゃあ私もそのくらい出来るようになろっと」

「え? いや、別の技やるんじゃ……や、まぁ良いか」

 

 うん、やるならボールコントロールを完璧に近くしたほうが良い。何事も、地を固めないで上っ面だけで芸をやっても無駄だ。

 

「よーっし、やるぞー」

「がんばれーい」

 

 まぁ、直した方が良いとこあったら言ってあげた方が良いだろう。

 そんなわけで、のんびりと二人でリフティングの特訓を始めた。

 

 ×××

 

 8時間後。

 

「昼には帰ってくるのか、それとも一旦帰って飯にすんのか、ちゃんと連絡しろって言ってんだろ⁉︎」

「なんであなたはいつもいつも心配させるの! 8時に出掛けてもう16時よ⁉︎」

「珍しく友達と出かけたと思ったらこれかよ! ワンパクも結構だが、心配はかけさせんなっつーの!」

「携帯持たせてるんだから、ちゃんとやるべきことはやりなさい! こっちはお昼ご飯も用意してたんだから!」

「「ご、ごめんなさい……」」

 

 二人揃って迎えにきた親に怒られていた。いや、つい白熱し過ぎた。少女は本当に筋が良く、今日一日だけでリフティングの回数は100を超えたし、ヘディングのリフティングも10回くらい出来るようになった。

 膝の下を通すのだって、あと少しだ。なので……思わず言ってしまった。

 

「「でも、あともう少しだけやらせて」」

「「反省してないでしょ⁉︎」」

 

 ダメだった。引きずられるように帰宅しながらも、お互いに思った。サッカー……と言うより、体動かすのが好きなとこといい、虫好きといい、集中するとお腹が空かなくなっていつまででも出来るところといい、共通点が多い。

 もしかしたら、あの子と気が合うのかも……そんな風に思いながら、また別の日に遊ぶことを考えていた。

 

 

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