好きな人に好きだと告げる難しさ・・・。
今更だよな、なんて思いながら頭を擡げる。
ため息と一緒に、何もかも吐き出せたら楽なのだろうか?余計に悩みが増えていくだのけ気もする・・・。
チラリとその人に目をやる。
眼鏡をかけ、ネームだろうか、真剣な眼差しでそれを見つめる姿を、視界の端っこに映し、見ていることを気取られないように注意している。
こんなことしてなんになる・・・。
「宿題・・・」
ボソッと呟いたつもりだった言葉は、以外に大きかったらしく、隣の木佐さんに気付かれた。
「律っちゃんどうかしたの?」
「あ、いや・・・」慌ててなんでもない素振りをする。木佐さんって、旅行のときもそうだったけど、なんかタイミングが・・・。
「木佐さん、今何してるんですか?」
「水島先生も森本先生も順調でネームあがってきてるから、そのチェック。全ページじゃないけど。この調子なら今月は早めに入稿できると思うよ。他の先生達も順調。」
ピースサインと一緒に『嵐の前触れかも』なんて呟いて、ニッコリマーク・・・。
「嵐の前触れは嫌ですが、順調なのは嬉しいです。直前でやっぱりデッドとか言わないでくださいね」
ニッコリマークに怒りマークを足す勢いで、先輩に向かって釘を刺し、また頭を擡げる。進行係って、普通どのくらいの期間するものなのかな?俺、進行係になってどのくらいだ?結構嫌な役回りかもしれないと思うけど、それはそれで学ぶことも多いわけで・・・。でも、原稿・・・。
「あ〜〜〜・・・、くそっ」
「律っちゃん?やっぱり何かあった?俺の担当は本当に順調だよ。美濃も奇跡的に順調って言ってたけど、なにか問題あった?今なら相談くらい乗れるよ」
木佐さんの優しさに救われる思いもしながら、本音は絶対に言えないと思う。
「あの、進行係ってみんな持ち回りなんですよね?どのくらいの期間やったらバトンタッチとかって決まってたりするんですか?」
「あ〜、それね・・・。編集部によっても違うと思うよ。エメ編は高野さんの独断。律っちゃんの前にやってたのは美濃で、美濃は半年くらいだったかな?その前はトリで、1年ちょっとやってたよ。でも、吉川大先生や他の作家のメディア戦略だったりで仕事量的に無理ってことで美濃に変わったから、高野さんは期間より、全体の仕事量のバランスで決めてるんじゃないかな?やっぱりしんどい?」
顔を覗き込むように心配され、頭を撫でられた。
俺はもう、いい大人だ!という思いはしっかりと心に隠し、笑顔で対応。
「ありがとうございます。ま〜、ぶっちゃけしんどいのはしんどいですが、進行係って、雑誌を作る上でも、コミックスを作る上でも勉強になることは多くて、その分、やりがいも大変さも桁違いというか・・・」
も〜、最後は苦笑い。
その苦笑いに木佐さんは笑顔で対応。
「無理しちゃ駄目だよ。しんどいなら高野さんに相談してみたら?律っちゃん一人で雑誌作ってるわけじゃないからね。自分が頑張ればってなんて思い詰めたら駄目だよ。言いたいことは6割、聞きたいことは4割」
やっぱり優しいんだよな、なんて聞いていたら、???
「なんですか?」
「あ、これ、俺の持論。言いたいこと10割言ったらろくな事にならない。波風立つだけ、でも、我慢しても上手く行かない。丁度いいのって、もう少し言いたいなって所で止めるのが人間関係には一番だと思うんだよね。で、聞きたいことも同様。根掘り葉掘り聞かれると警戒するでしょ?家族だって言いたくないことが在るくらいなんだから、関係性が薄くなればなるほど聞かれたくないことも多くなる。でも、聞かないばかりだといつまで経っても赤の他人。丁度いいのはもう少し知りたいな?聞きたいなって所で止めるのがベスト」
「はぁ〜・・・。」
「高野さんに、嫌だ・やりたくないなんて言わずに、仕事量もう少しなんとかならないか相談してみたらってこと?!嫌だ・やりたくないなんて言ったら、また良いようにあしらわれるだけだろうし、下手したら仕事増やされそうだし!」
訳知り顔の木佐さんを横目に、再び高野さんに目をやる。
・・・・・・。
思わず顔を背ける。なんてタイミングだ。
視線がぶつかるように合ってしまった。・・・最悪だ。後で何言われるか分かったもんじゃない。
「胃が痛い・・・。」
俺は、作家に返す原稿や書類関連を持って席を立った。兎に角この場に居たくない。逃げるようにエレベーターへ向かう。配送棚がデスクの近くじゃなくて本当に良かった。いつもなら面倒くさいんだけど、こんな時ばかりは有り難い。エレベーターを呼んでいると、後ろから誰かが近づく気配がした。
「おい、小野寺」
背中からビクンっと驚く。恐る恐る振り返ると・・・。
「・・・、お、お疲れさまです。あ、外で打ち合わせとかですか?」
なるべく木佐さんとの話の内容に触れられないように、高野さんと目を合わさないように、下を向きながら話をふる。
「木佐と何話してたんだ」
ギャ〜!!!という、心の声が漏れそうになる。今目が合うのはマズイ。でも・・・。
そ〜っと斜め上を見るように視線を上げてみる。
案の定、ギロッとこちらを睨んでいる視線とぶつかる。わかり易く不機嫌そうである。
視線を戻し、顔を下に向けたまま話す。
「・・・、特に急ぎの仕事とかをしているわけではないので、ま、普段聞けないようなこととか、進行係のこととかを、・・・ま、少しだけ・・・」
ため息が聞こえた。
その時、エレベーターのランプが付き、扉が開いた。
高野さんが先に乗り込む。乗れと促されるまま従った。
扉が閉まり、エレベーターが動き出すと高野さんが話の続きを始めた。
「不満、それとも能力的に無理って話?」
声が滅茶苦茶不機嫌だと知らせる。
声の不機嫌さと途切れた話に、俺は何を聞かれているのか一瞬迷い、話の続きを思い出す。
「え?ああ、いえ、そうではななくて・・・、期限なのか、なにかのタイミングなのか、今の俺には進行係は勉強になることばかりですが、進行係だけじゃなくて、もっと進みたいというか、どうすればステップアップしていけるのかなっと・・・。」
「それって、お前自身の気持ち?それともまた家からなにか言われてる?」
今度の声は、穏やかというか、優しい?
その声に、ふっと顔をあげる。自然と高野さんと目が合う。
怒っては居ないようだ。それより、心配?不安?どう取って良いのかわからないような表情をしている。
「あ、いえ、その後は母からも丸川を辞めるとか、家を継げと言った連絡はないです。相変わらず父とは連絡取れてなくて、、、あ、来月父の誕生日なので、その日は帰ってくるように言われていたので、帰ろうと思います」
「で?」
高野さんの質問が続く。
俺は一瞬考えて、息を吸って答える。
「木佐さんは、高野さんが全体量を見た上で、それぞれに仕事を振っているんだろう的な話だったんですが、どこまで頑張って、何を頑張ればゴールなのか、わからないまま仕事をしていても、不安になるというか、俺はこのままで良いんだろうかって考えなくもなくて・・・」
またため息が聞こえる。
高野さんの目は、すこぶる穏やかというか、優しい眼差しで、俺を見つめている。
「どの仕事にも言えることなのかもしれんが、特に0を1に変換する仕事をしている人間と関わる以上、この仕事にゴールはない。ま、雑誌やコミックスが店頭に並ぶことを一応の区切りにはできるだろうが、それがゴールじゃない。雑誌や作品、その作家のさらなる上を目指す作業が延々と続くだけだ。それでも、新しい作品、更に面白いものに出合える。この仕事に俺はゴールは必要だとは思っていない。ゴールが在ると思えば、そこで終わる。お前は終わりにしたいのか?」
はっとした。理想や戯言と言ってしまえばそれまでなのかもしれない。でも、俺も今日手にした作品より、更に面白い、もっと感動する作品に明日は出合いたいと思う。
もっと欲を言えば、自分が担当する作家が、作品が、今までに味わったことのないほどのドキドキやワクワク、感動を世の中に知らしめることが出来たらと思う。そんな作品を、この人と世の中に出していきたい。この人のもとでもっと学びたい。
俺の頬に高野さんの手が触れる。自分の顔が真っ赤なのを自覚する。嫌な感じじゃない、むしろ嬉しい。
”チン”という音とともに扉が開く。
スーっと頬から手が離れる。無性に悲しくなる。
フッと微笑んでエレベーターから高野さんが降りた。俺も続いて降りた。エレベーターまえで耳元で囁かれた。
「今晩は、お前の部屋で飲もうな」
「§※➰〽⁉♬∇∉∌〜、高野さん!!!」
「上司命令な!」
嬉しそうに立ち去る高野さんを複雑な思いで見つめた。