高律①   作:折戸岬

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第2話

 3日前、宣言通り高野さんは俺の部屋に来て飲み倒したんだけど、『約束は守る』って言った通り、何もなかった訳ではないけど、想像したことは起こらなかったわけで・・・。

 それはそれで、ま〜・・・悶々としてしまう・・・、いや、何考えてる。

 でも俺も何を思ったのか、酒の力なのか、今週土曜日に高野さんを誘ってしまって、それはもう明日で、、、。

 ま、新しく出来たカフェに行ってみようと誘っただけだから、問題はないだろう。。。

 高野さんが心做しか一日機嫌が良いように感じるのは、気の所為ではないだろう。

 今日はそれほど急ぎ案件もないので、残業も大してせず帰れそうだ。武藤先生と皆藤先生に連絡入れて、藤白さんにも進捗を含めて無理してないか、困ったことないか聞いておかないと。やり方変えてから、連絡は格段に減ったんだけど、はじめはどのくらいでこちらから連絡していいか、加減がわからなくて藤白さんに無理させてた時期もあったけど、高野さんのフォローもあって、今はお互いに必要に応じてちゃんと連絡しあえてる。

 それも含めて明日、ちゃんとお礼を言っておこう。

 作家と担当編集者、双方と雑誌、それぞれの距離感、色々なことを学ばせてもらってる。

 「やっぱり凄い人なんだよな〜」

 「誰がすごいんだ?!仕事終わったならとっとと上がれ。校了近付けば嫌でも残業が増えるんだ。いいかげん配分覚えろ」

 振り向くと高野さんが居た。すごい形相で睨まれてしまった。・・・今日機嫌良かったはずじゃ・・・。

 「分かってますよ。武藤先生と皆藤先生に電話連絡入れて、藤白さんにメール送ったら失礼します」

 何も不機嫌になる必要のないことなのに、何故か高野さんに睨まれるとムッとしてしまう。

 「あっそ。・・・なぁ、今日、、、あ、いや良い。早く帰れよ」

 高野さんが、言いそびれた言葉に疑問を感じながら、俺はスルーしてしまって。

 武藤先生とも皆藤先生とも上手く連絡とりあえて、藤白さんへの連絡も終了。藤白さんは相変わらず返信が早くて、長編ネームでまた行き詰まってしまった箇所があったようで、週明け、改めてしっかり時間を取って打ち合わせすることにした。それまで、受け取らなければ行けない原稿はもう受け取っているので、週末はしっかりと気分転換と休養をと返事をしておいた。ちゃんと休んでくれると良いんだけど。

 そんなことを気にかけながら、片付けをして席を立つ。そこに羽鳥さんが帰ってきた。

 「あぁ、帰りか?お疲れ様」

 いつものトーンで声を掛けてくれる羽鳥さんは、なんだかちょっと疲れているように見えた。

 「あ、お疲れさまです。今日の仕事は終わりなのでこれで失礼します。羽鳥さんはまだ残られるんですか?」

 「ああ、制作とちょっと揉めててな。」

 「え?大丈夫なんですか」

 「な〜に、大した事にはならないだろう。高野さんも対応してくれている。今日明日でかたはつく。気にせず、上がれるなら早く帰ったほうが良い。しばらくすれば、帰りたくても帰れない日が続くんだ」

 弱い笑顔を向けられ、ちょっといつもと違う雰囲気を感じながらも、俺は『じゃ、お先に失礼します』と編集部を出た。

 

 「店が開いてる時間に帰れるって良いよな〜。スーパーに寄ろうかな?それとも何か食べて帰ろうかな?」

 そんな独り言を言っていると、向かいの道を灰谷さんと佐伯さんが楽しそうに並んで歩いているところを目撃した。

 「あの二人、よく一緒に居るよな〜。佐伯さんは少女漫画で、灰谷さんは少年漫画、ま、編集長だし、色々為になること聞けるんだろうな」

 灰谷さんといえば、その後どうなったんだろう。高野さんははっきりと言っていたけど、灰谷さんの中で区切りってついたんだろうか?

 そんな余計なことを考えてしまったばかりに、心の中がざわつく。

 「今夜も一緒にいられたら良かったのに。」

 そういえば、羽鳥さん高野さんもトラブル対応してるって言ってたっけ?今日明日でって言ってたな・・・。

 明日、無理そうかな? そうだとしたら今夜、余計に一緒に居たい。

 楽しかった気分が一気に落ち込む。

 何を血迷ったのか、高野さんへ電話を掛けてしまい・・・。

 「はい。・・・小野寺か? どうかしたのか? 羽鳥からさっき帰ったと聞いたが、今どこにいる?」

 直ぐに繋がった電話が、俺の気持ちを落ち着かせる。

 「今、帰宅途中です。高野さんは仕事中ですか?」

 「いや、今から会社出るとだ。何かあったのか? なにかあるなら隠さずすぐ言えよ」

 「いえ、そうじゃないんですが、羽鳥さんから高野さんもトラブル対応してるって聞いたので、明日無理そうかな?っと思って、無理なら他の人でも誘って行こうかと・・・」

 しばらく返事が返ってこない。

 「高野さん?」

 「お前さ、そんなに俺といるの嫌? 嫌ならはっきりと振ってって言ったよな。でも、お前は俺に好きって言ってくれようとしてたよな? どれがお前の本音。俺はお前の何を信じたら良いの? このまま期待しててもいいの?」

 気のせいかもしれない、気のせいかもしれないけど、声がひどく苦しそうで・・・。

 それなのに、俺はまた本音を心に閉じ込めてしまう。

 「・・・ごめんなさい。」

 「それはどういう意味? 俺は振られたの?」

 「違う!それは違う。そうじゃなくて、、、、そういう意味じゃなくて、」 「羽鳥さんは今日明日には片が付くって言っていたので、もし明日も仕事なら、高野さんに無理させるだけなのかなって思って、それなら、約束はまた今度でもいいって思って、でも、それじゃ・・・」

 「それじゃぁ、何?」

 俺はまた答えを出し渋る。心に在る言葉が、声にならない。一番言いたい人に、一番言いたいことが、喉の奥で小骨が刺さるように支えて出てこない。

 「小野寺?!」

 僅かに怒りを含み、多くを心配や愛しさで包んだその声が、俺の本音を吐き出させる。

 「寂しいなって、だったら今夜くらい一緒に居たいなって思ったんです。明日も会えないなら、・・・一緒に居たい・・・」

 涙声になった俺に気づいただろうか? 高野さんは、

 「小野寺、今どのへんだ。」

 急な話題変更で焦った俺は、声を上ずらせながら、もう直近所のスーパーだと伝えた。

 「じゃあ、スーパーで待ってろ。後20分ほどで着くと思う。お前の好きなもの作ってやるよ!」

 嬉しそうなその人の声は、俺の気持ちも浮上させ、急に現実に戻って恥ずかしくなってきた。でも、嬉しいのも事実なので、俺はスーパーの入り口で高野さんを待つことにした。

 

 スーパーに出入りする人たちに見られながら俯いたまま高野さんを待つ。

 フッと周りを見渡したとき、高野さんの走る姿が目に入る。思わず笑みが溢れる。

 「お疲れさまです」

 スーパーの入口へ着き、俺を見つけた高野さんに挨拶しただけのつもりだったが、高野さんが何故か照れているような表情で、腕で鼻と口元を隠した。

 「どうかしましたか? あ、俺なにか付いてます?」

 顔に手をやり、なにか付いていないか確認する。

 「いや、・・・お前のそんな顔、初めて見たかも。いや、学生の時に有ったかな。小野寺からそんな顔向けられることって無いから、めちゃくちゃ嬉しい。」

 そういう高野さんの顔も、初めて見たかもしれないというほど、優しく笑顔で。

 「高野さんだって。・・・俺たち如何に普段睨み合ってるかってことなんですかね?」

 「ま、10年もすれ違えば。それより、何食べたい?作れるものなら何でも作るぞ」

 「本当ですか? じゃぁ、焼き鳥とか、煮込みハンバーグ、春巻き、あ、この前食べたグラタンとか」

 「あ〜、グラタンな、あれならそんなに時間かからないから良いかもな。じゃ、材料買って帰るか」

 「はい」

 俺と高野さんは並んで買い物をして、その間もちょっとした小競り合いはしながらも、気持ちはずっと楽しくて、嬉しくて、幸せで、そんな気持ちのまま会計を済ませてマンションへと向かった。 スーパーに居たときから、俺は無意識に高野さんの袖を掴んで居たようで、スーパーを出た後もなんとなく掴んだまま居ると、高野さんから手を握られて。

 「嫌?」

 「このままが良いです」

 その返事に少し驚いたような高野さんは『素直でよろしい。』と一言言って黙った。

 沈黙のまま高野さんの家に着き、俺は自分の部屋のように入って行く。人の部屋なので、遠慮がないわけではないが、何度も入ったことのある部屋なので、あからさまな遠慮は今更だ。靴を脱ぎ、『お邪魔します』と上がろうとすると、背後から高野さんに抱きしめられた。

 「律、待つって言ったけど、今夜だけ、駄目かな? キスだけでも・・・」

 ドキッとして、振り返ろうとするけど、高野さんの力に振り向くことも出来ない。どうしたら良いんだろう・・・。俺だって嫌な訳じゃないけど、変な呪縛のようなルールを決めてしまったのは俺で、その俺が、自分の都合で無かった事になんてできるわけもない。ましてや、それを高野さんに課してきたからには、いい加減な答えは出せない。

 「すみません。まだ、貴方へ伝えたい言葉が見つかりません。気持ちの重さと言葉の重さが一緒にならないんです。。。。すみません」

 俺を抱きしめていた力が少しづつ弱くなる。背中から高野さんの温もりが消える。

 高野さんが離れたとわかり、振り向く。

 少し寂しそうに、苦しそうに、それでも俺に笑いかけようとしてくれる。

 俺はどれだけこの人を傷つければ気が済むんだろう。

 今、『大好きです。』と『10年前から、ずっと貴方のことが好きなんです』と声に出せたら、俺はこの人を幸せにすることが出来るんだろうか?

 俺は高野さんの頬に手を伸ばしていた。その手を高野さんの手が包む。

 「律、好き」

 「・・・・・・」

 何を思ったのか、俺は高野さんの首をもう片方の手で引き寄せ、唇にキスをした。

 たった今数秒前に駄目だといった本人が、それを破った。

 引き寄せていた首元の手をもう一方の頬に移すと、気持ちはもう止まらなくなっていた。

 しばらく経って、高野さんが俺を優しく引き離す。俺を少し見つめると、今度は優しく抱きしめた。

 「・・・ありがとう、すっげー嬉しい。お前からキスされたのって初めてだよな。・・・ごめんな、約束破らせて。でも、嬉しい」 

 俺は、顔から火を噴き出そうなほど恥ずかしくなり、高野さんから力ずくで離れ、部屋を出ようとした。

 俺の腕を高野さんが掴み、

 「飯、すぐ出来るから上がって待ってて。・・・いまので十分だから、すごく嬉しいから、それ以上はちゃんと約束守るから、・・・居て」

 「・・・・・・・はい。」

 俺は促されるまま、部屋へ上がった。高野さんも買い物袋を持ち、キッチンへ入っていく。

 どんな顔してれば良いのかわからずに、いたたまれない気持ちでソファーに座っていると、机の端に置かれた本が目に入った。

 ソファーから立ち上がって本のタイトルを見る。

 「あ、この本!」

 驚きのあまり声が大きくなる。

 その声に、キッチンから高野さんが出てきた。

 「あ〜あ、この間古本屋の前を通ったら、たまたま見つけて、原書みたいだけど、興味あったから。高校の頃は翻訳しか読んだことなかったから、買ってみたんだ」

 「この本、イギリスの高校の図書館で見ました。この表紙と色合がちょっと違う気がするので、同じものでは無いでしょうけど、見つけたとき、貴方を思い出しました。貴方が好きな本の原書だって。辛くなるから読まないままでした。・・・読み終わったら、お借りできませんか?」

 今日、俺はずっとこの人に優しくほほえみを向けられている気がする。

 「ああ。もう一度は読んだから、暫くの間なら構わない。校了終わったら読み返そうと思ってたから、それまでの間なら大丈夫だ」

 「ありがとうございます。」

 俺の頭を優しく撫でると、またキッチンへ戻っていった。

 そのキッチンからは、美味しそうな匂いがしてきた。甘い密の香りにつられるミツバチのようにキッチンへ誘われてしまい。

 『お前、どんだけ食いしん坊なんだよ』と、高野さんに笑われてしまった。

 『良いでしょ!』とプイッと顔を背ける。

 そうこうしている内にオーブンからグツグツと美味しそうな音と匂いのグラタンが出てきた。

 高野さんは要領よく、スープも作ってくれていて、俺は皿出しや、スプーンや箸をテーブルに並べる手伝いをした。テーブルの上には美味しそうな料理が並び、お腹が”グ〜"っと鳴った。

 その音に、俺も高野さんも笑ってしまい

 「冷めない内に食べよう」

 「はい、いただきます。」

 二人で楽しい食事をした。ワインも少しだけ飲んで、一緒に居た学生時代の短い時の話をした。離れた後、読んだ本の話も少しだけした。

 この人とこんな時を一緒に過ごしたい。心からそう思った。

 でも、そんな俺の気持ちが、高野さんとの距離をどんどん離していた。

 その現実に気がついたとき、俺は、心が空っぽになっていくような気がした。

 虚しさとか寂しさじゃ説明がつかないほどの、巨大な悲しみを感じた。

 永遠に、この人を俺のものにしてしまいたい。

 「高野さん、今夜泊まってもいいですか?」

 高野さんは驚いていたが、俺にこう聞いてきた。

 「いいのか?」

 俺はその問いに、素直に答えた。

 「一緒にいたいんです」

再び驚いた表情の高野さんは、優しく俺を抱きしめた。

 「大丈夫。少し片付けないと行けない仕事があるから、俺はここで寝るから。お前はベッド使え」

 寂しさに満ちた笑顔で俺を見つめ、高野さんはそう言ってくれたけど、俺はその言葉を否定した。

 「一緒に眠りたいです」

 酷く驚いた高野さんは、俺の肩に顔を埋めながら、『無理、理性が持たない』それだけ呟いて、強く俺を抱きしめた。

 そんな高野さんの優しさを俺は踏みにじった。

 「良いですよ」

 勢いよく俺を引き離した高野さんの表情は、明らかな怒りに満ちていて、でも、どこか悲しそうに見えてしまって・・・。

 「お前がそれを言うなよ! そんな事言うなら、さっさと俺のこと認めろよ。好きだと言えよ!言ってくれ・・・」

 そう言い放った高野さんの表情は、悲しみと苦しみだけに思えた。

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