高律①   作:折戸岬

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デート①

 暫くの沈黙の後、口を開いたのは俺だった。

 「すみません。無かった事にも、忘れてくれとも言いません。本音ですから」

 「それってどういう意味?告白?」

 「いいえ、ただの本音です。それ以上でもそれ以下でもありません。告白は、約束通りいたしますので、今暫くお待ち下さい。」

 「・・・分かった。」

 どちらも感情が在るのか無いのかわからないような、淡々とした会話で、情報にもならないそれらは、宙に浮いてどこかへ消えしまった。

 

 昨日はあの後、食事のお礼だけ伝えてそのまま高野さんの部屋を出てきてしまった。

 今日は約束の日。ただなんとなく気まずさは有って、高野さんへ連絡したくてもためらってしまって。。。

 ブゥ〜、ブゥ〜。

 手の中でスマホが振動した。画面を見たら高野さんからのメールだった。

 

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 今日、カフェに行くって言ってたけど、どうする?

 出かけるなら何時頃行く?

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 あれほど酷いことをしてしまったのに、俺との約束を守ろうとしてくれる。

 俺は、どうすれば良いんだろう。好きだと言いたい気持ちと、言ってしまった後の現実を考えてしまう。

 どうすれば、高野さんを傷つけずに済むのだろう。

 

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 高野さんの都合が良ければ、10時前には出掛けたいです。

 それから、昨日ひどい事言ってすみませんでした。でも、取り消しはできません。

 昨日も言った通り本音なので・・・。

 それでも嫌じゃなければ、一緒に出掛けたいです。

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 断られるだろうか?どやされるだろうか?呆れられるだろうか?

 

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 分かった。

 準備出来たらインターホン鳴らして。

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 追い打ちのように酷いこと言ったのに、それでも一緒に行ってくれるんだ。

 ちょっと嬉しさで顔が綻ぶ。

 時計を確認して、シャワーを浴びるためバスルームに向かった。

 

 シャワーを浴びながら、今日、高野さんとどんな話をしようか考えていた。

 考えても、お互い知っていることが少なすぎて何を話したら良いのか分からなかった。

 でも、心のなかに在るモヤモヤを、少しでも高野さんに話せたら良いな。解決したいわけでも、分かって欲しいわけでもない。ましてや、押し付けたいなんて思ってない。ただ、俺自身が心のなかにあるモヤモヤが言葉になったら、高野さんに伝えたい思いを言葉に変換できるような気がしてる。

 たとえそれが出来なくても、仕事モードじゃない話しが出来たらいいな。なんでもない話、他愛ない話がしてみたい。・・・普通の恋人同士が話すような、取り留めのない話・・・。

 

 9時30分前に、着替え終わって靴を履く。

 ここ最近は出来るだけ服をクローゼットにしまうようにしていたから、ベッドの上は久しぶりの散乱ぶりで、何を着ようか迷ってしまったが、ブルーの重ね着風シャツと先週買ったばかりのデニムにした。上着を着ようか迷ったが、ここ最近暑い日が続いていたから、かなり薄手のサマーカーディガンを手に持った。

 ちょっとはデートぽく見えるか気になったが、今更どうしょうもないだろうと諦めた。

 ガチャ。ー

 部屋の鍵を締め、高野さんの部屋の方を見る。

 少しだけ不安になる。

 「やっぱり、嫌だったりしないのかな? 行かないって言われたらどうしよう・・・」

 気持ちを無意味に凹ましながら、恐る恐るインターホンを鳴らす。

 ガチャ。

 直ぐに扉が空いた。思わず仰け反る。

 「あ、悪い。ぶつかった?大丈夫?」

 「あ、はい。大丈夫です」

 お互いに目があったままちょっとの沈黙。

 気まずくなって目を外らした。

 「行かないの?ここに立ち止まってたってしょうがないだろう」

 高野さんの言葉にフッと顔を上げた。また視線がぶつかる。

 「あ、はい。行きましょうか」

 照れくさくてまた目を外らしてしまった。

 俯いたまま、また沈黙。

 「お前さ、そんなデニム持ってたんだ」

 いきなり話題を振られて、驚いて顔を真正面に向ける。エレベーターの扉は閉まったまま。

 隣に立つ高野さんは俺よりも背が高い。だから必然的に見上げる格好になるんだけど、そのせいか、目が合うとちょっと照れくさい。

 「え?! あ、はい。先週たまたま買ったんです。夏だし、良いかなと思って。楽ですし」

 「良いよな、小野寺には白似合う。冬も白系の上着よく着てたよな。まさか白のデニムを選ぶとは思ってなかった。色かぶりするとは思わなかった」

 今日の高野さんは、オフホワイトのシャツと七分丈の白のチノパンと七分丈のブラックジャケットの袖を折り返した格好をしている。靴も初めて見る靴かも。

 「高野さんは、仕事モードな感じですよね。ま、似合うんで良いんですけど・・・」

 ちょっとムッとした表情で俺を見る。

 「それってさ、貶されてる? 褒めてる?」

 「褒めてます。何着ても格好良いですよ〜。」

 「あのさ、お前とのデートで、しかもお前から誘ってくれたことなんて初めてで。だから気合い入れて選んだのに、何?気に食わないの? 俺の誕生日以来だから楽しみだったんだよ」

 俺のちょっと照れ隠しのセリフをマイナス方向に取ったようで、高野さんはちょっと怒りモード。

 「・・・気に食わないんじゃなくて、ちょっと格好良いなと思ったんです。俺ももうちょっと選べばよかったなって思ったんです」

 俺の言葉に納得したのか、機嫌が直ったのが分かった。

 どうでもいいよな言い合いをしていたら、エレベーターの扉が開いた。

 乗り込もうと中を見ると、ご近所の女性が乗っていた。

 「あらお二人さん、お出かけ?それともお仕事?」

 「おはようございます。今から出来たばかりのカフェに行こうって言っていたので、出掛けます」

 俺は笑顔で挨拶をし、仕事でなく休日のお出かけだと伝えた。

 「あらそぉ〜。気をつけて行ってらっしゃい」

 「はい、行ってきます」

 会釈をし、エレベーターに乗り込む。エレベーターの扉が閉まった途端、高野さんの嫌味モード全開のお説教が始まる。

 「お前さ、女なら誰にでも優しいよな。そんなに見境なく女に優しくして、どうしたいの?ハーレムでも作りたいの?」

 問答無用にカチンと来たので言い返す。

 「はぁ〜?!ご近所さんでしょうが、あ〜たもちょっとは愛想笑いくらいしたらどうですか?」 

 「いらね〜だろ!ええとか、まぁとかで十分だろう」

 眉間にシワを寄せて、見慣れた高野さんの顔がそこにあった。今日はこの顔は見たくなかった。だから嫌味を返すことにした。

 「あ、さてはご近所さんにまで嫉妬ですか? そういうの似合わないですよ!」

 嫌味全開な表情を作って高野さんを見た。

 泣きそう?悲しそう?哀れんでる?なんとも言えない表情で俺を見てる。時々見るこの表情を俺は読み切れないでいた。

 「あの、その顔、どんな意味ですか? いつも何が言いたいのか分かりづらいんですけど、、、」

 「そうだよ。似合おうが似合わなかろうが、嫉妬だよ。悪いか!! 好きなやつから初めてデートに誘われて、浮かれてたらそいつは誰に対しても愛想よくて、自分にだけは絶対に見せないような笑顔が有って。だから、嫉妬した」

 ニヤけちゃいけないんだろうけど、やばい、ニヤけそう。。。

 それを抑えて、ちゃんと説明、説明。

 「本当にただ、ご近所さんとはトラブルになりたくないだけです。ただそれだけ。基本俺が女性に対して角が立たないようにソフトに対応してるのは、親に言われているのも在るけど、母親や杏ちゃんを見てて、女の人とは絶対に言い争いだけはしたくないって思ったからです。というより、学んだんです」

 「学んだ?」「なにを?」

 「子供の頃、幼稚園に通う前は父もそれほど忙しくはない時があって、本の話を沢山してくれたんです。それこそ、その本一冊が出来上がるまでに、どれほどの人が関わって、どれほど大切に作られているのかを話している父はとても楽しそうで、」

 『あ、どうぞ! どうも!』エレベーターが1Fに止まり、扉が開いた。俺は開くボタンで高野さんを先に降ろした。

 「それで自然と本に囲まれた生活をしていたんですが、母は父ほどの読書家でもなくて、話題になってる本や好きな芸能人が書いた本なんかは読みますが、本を読むより誰かとお喋りするほうが好きで、母と言い合いになると勝った試しがなくて。中学上がってすぐの頃、母と杏ちゃんが家で楽しそうに話していたんですが、どうも俺のことがきっかけでちょっとした言い合いになってたんですけど、その口喧嘩見て、女の人と絶対に口喧嘩しちゃ駄目だなって悟ったんですよ」

 「ふ〜ん、どんな言い合いだったの?」

 「俺のことだったのはなんとなく覚えているんです。火の粉が飛んできたら大変って、慌てて自分の部屋に逃げたのは覚えているんで。でも、詳細まではわからないですが、間違いないのは、どれほど本を読んで言葉を知っていようと、あの言い合いには勝てません。高野さんでも無理だと思います。女性っていう生き物っていうか、何にしても、女の人と口喧嘩して男に勝ち目は無いです」

 お喋りしながらマンションを出て、駅へ向かう。

 会社とは逆の方向のホームに立ってるとちょっと変な感じがする。

 「お前のお袋さんさ、そんなにお喋りなの?女なんてみんなお喋りだろ?特にすごいの?」

 「う〜ん、特にすごい感じはしませんが、あの喧嘩はすごかったです。杏ちゃんとだからだったのかも」

 高野さんは不思議そうに俺の顔を見た。

 「なんで? 彼女、確かにお喋り好きそうでは有ったけど、誰かと言い争うような娘じゃないだろう」

 「だから、なんで言い合いになったのかまでは分からないんです。俺、逃げたんで・・・」

 そのセリフに高野さんが、憎ったらしそうな笑顔で「あ〜あ、お前逃げるの得意だもんな、後飛び蹴り」

 「ダッ・・・。ちが・・・」言いかけたけどやめた。これは高野さんに分がある。

 「え?何?!違うって言いたいの?」

 「いいえ、すみませんでした」殊勝に謝る。

 ──間もなく2番線に○✕駅行の列車が到着いたします。黄色い線の内側へ下がってお待ち下さい──

 話し込んでいるとホームに電車が入ってきた。休日のせいか空いていた。椅子に座って発車を待つ。

 ──ドアが閉まります。ドアから離れてご乗車ください──

 プシューというドアが閉まる音がしたら電車は走り出した。  

 自分に分が無い話になったので、黙ったまま座っている。でも、聞きたいことも沢山あるから、こんな時こそ話をしたいんだけど・・・。

 思い切って口を開いてみる。

 「あ、あの〜・・・」

 「何?」

 「・・・飛び蹴りって言いますが、俺にそんな特技はなくて、本当に高野さんに飛び蹴りしたんでしょうか?」「どんな風に?」

 「はぁ?、嘘だと思ってんの? まじで痛かったし。ガッツリ当たったていうより、顎先少しかすめてって程度だったけど、暫く何が起こったか理解できなかったし、顎はヒリヒリするしで、まじで最悪だったんだけど!」「あ、謝ってもらってなかったよな〜・・・」

 ややニタっとした表情で、考えていることが俺にでも解りそうで・・・。

 「すみませんでした。何かお詫びします。あ、今日の夕飯高野さんが食べたいもの奢ります。それでチャラにしてください。蒸し返しはなしです」

 「え?!それ、そっちにかなり有利な話じゃない? 普通はさ〜聞かないか、どんなお詫びなら許してもらえるか、とか」

 また悪巧みを考えているような顔をしている。ムカつく!この人の人をおちょくったな、バカにしたようなこの顔だけは好きになれない。

 「例えば、例えばですよ、どんなお詫びなら、、、」

 「へぇ〜、それは俺の意見を聞いてくれるってこと?」

 「違います。違いますが、参考程度には、どんなことかなぁ〜と思って、ちょっと聞いておこうかなと思っただけです」

 「あっそ、なら別に俺が何思おうが勝手だろ。そっちはそっちで謝って終わりなんだから」

 「いや、でもですね、こちらは一応加害者で、高野さんが被害者なわけだから、誠意としては・・・・」

 「誠意って言うなら、俺の意見で良いんだよな」

 俺はこの人にさえ口喧嘩で勝てない。じゃぁ、誰になら勝てるんだ!!!!ムカつく!!!!

 「あ、次降ります。この駅から川沿いに歩いたすぐのところにあるんです」

 「へぇ、こんなところなんで来たの? 作家もこの辺に住んでる人なんて居なかっただろう? お前の実家確か目白だったよな?」

 「あ〜ぁ、、、ちょっとした用事でたまたま来たんです。その時に」

 「ふ〜ん」

 ホームに着いて、ドアが開く。俺と高野さんは電車を降りて改札に向かう。

 改札から階段を降りて、ロータリーに沿って歩き出す。街路樹は青々と茂り、歩道に影を作っていた。

 駅から少し離れると河川敷が見えてくる。その河川敷に店はある。

 「あ、あそこです。あの木の建物です」

 河川敷にある店って感じの、落ち着いた雰囲気で、テラス席も在る。

 「店は混んでそうなので、テイクアウトで近くの広場に行きませんか?一面芝生で、木陰とかで座ってると気持ちよさそうなんですよ」

 「良いじゃん。そうしよう」

 俺たちはそれぞれ好きなものを注文して店を出た。

 天気のいい日で良かった。

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