暫くして高野さんが俺の手を解いて、俺に背を向けて横になってしまった。
俺はその背中を見つめるだけで何も言えずに居た。高野さんは、今どんな顔をしているんだろう。見たい・・・。でも、俺にはそんな資格はない・・・。
この人の笑顔がみたい。笑っていて欲しい。でも、俺はいつも反対の事ばかりしてしまう。なぜ俺は高野さんの望むことをしてあげられないんだろう。馬鹿にしたような態度を取るのは、高野さんの癖みたいなもので、本当に馬鹿にしている人間に馬鹿にした態度は取らない。この人はそういう人だ。なのに俺の小さなプライドは、そんな態度にいちいち目くじら立てて、何度この人を傷つければ気が済むんだろう。好きなくせに好きとも言わず、照れ隠しで逃げ回るばかり。
俺はどうするべきなんだろう。
答えの出ないことをぐるぐると考えていたら、とんでもないことを思いついてしまった。直ぐに頭の中から追い出すべく、頭を振って考えを振り払った。でも、何度振り払おうとしても、頭に浮かんでしまって、とうとう口に出してしまった。
「高野さん、寝てるなら良いんですが、起きてるなら聞き流して欲しいんですが」
「何が言いたいの?」
高野さんは起きていて、俺の方へゴロンと寝返りを打った。
「お、起きてたんですか・・・?寝てると思ったんで、、、、、、」
「で?何?」
無表情って訳ではないけど、怒ってるってほど分かりやすい表情でもなくて、俺は次の言葉を繋げないでいた。
「俺に何か言いたかったんじゃないの?」
この表情は読めた。悲しみや苦しみを我慢している表情・・・。この顔は何度か見たことがある。
俺は高野さんのこの表情が嫌いだ。こんな顔をしなくて済むようにしたいのに、俺はただ笑顔が見たいだけなのに・・・。
「提案というか、俺の勝手な考えなんですが、・・・」
「何?」
俺は高野さんの顔を見ないように、目が合わないように、話を続けた。
「あの、期間限定で付き合って見ませんか?」
高野さんは話を呑み込めないような顔をして俺を見ている。
「あ、俺の、一方的な考えなので、無視してもらってもいいです。寧ろ無視してください。自分でもバカバカしい考えだと思うので・・・」
「期間って何時から何時まで?付き合うって、その期間だけは恋人ってこと?」
目があってしまった。ちょっと嬉しそう? いや、悲しい?
「あ、いや何も考えていないんです。ただ頭に浮かんだだけなので・・・・」
「じゃあ、まだ俺の意見も採用可能?」
これは明らかに楽しそう。
「え?!いや、忘れてください。馬鹿げだ考えだと思いますし、自分でも何言ってるんだろう思ってるんで、、、、」
「なんで、俺は嬉しい。待つって言ったけど、1日でも早く恋人になりたい。でも、急かすこともしたくない。律の気持ちがかたまる迄待ちたい。だけど俺だって普通の男だ。我慢にも限界がある。期間限定でも、その考えに乗っかりたい。ダメ?」
「いや、ダメでは無いですが、こんな馬鹿げた考え・・・」
「そこは二人で話し合おう。互いに意見を出し合って、お互いが納得行くようにすれば良い。無理せず少しづつ詰めていって、納得できた所で、期間を決めたらどう?」
高野さんの意見は俺にとっては追い風だけど、乗ってしまったらどうなるんだろう・・・。
上手く出来たとしても、その後は? 上司と部下ですら居られなくなってしまうんだろうか?
「期間だけで、別れることになっても、お前は俺の大事な部下だよ。前に言っただろ、お前はとっくにエメラルド編集部の一員だって」
なんでこの人は俺のことをこんなにも解ってしまうんだろう。涙が溢れて来た。
またそっぽを向いてしまった。涙を誤魔化していると女性2人から声を掛けられた。
「あの〜、2人だけですか?私達も2人なんですが、ご一緒しませんか?」
「え?あ、いや、・・・・あの、俺ら今日は2人でデート中なので、今日はごめんなさい」
俺は慌ててしまったけど、高野さんとの時間を邪魔されたくなかったので、出来るだけ自然に、冗談に聞こえるように申し出を断った。
2人はびっくりしたようだったけど、直ぐに冗談だと理解して、笑っていた。
「え〜、そうなんだ。残念。せっかくこんなイケメン2人と知り合いになれるって思ったのに、デートならしょうがないか〜。またね」
2人は手を振りながら去っていった。俺はほっとして、背中越しの樹に凭れ掛かった。
不意に高野さんの方を振り返った。本当に、何気なしにフッと見ただけだった。
すごく優しい笑みを浮かべて俺を見てる高野さんが居た。
その顔に、俺は視線を外せずに見つめてしまった。
「デートって、これデートって認めるんだ」
「え?」
「あの子達に言ってた。デートだって。すごい嬉しい」
高野さんが笑ってくれるなら、俺は十分幸せなんだけど、こうも嬉しそうにしてもらえるなら、もっとって思わなくもなくて・・・。どんどん欲張りになって来る自分をはっきりと自覚できた。
「あの、馬鹿げた提案ではありますが、高野さんが喜んでくれるなら、それもありかなっと思うんですが、、、、」
「ホント?良いの?」
「ええ、高野さんが嫌じゃなければ、話し合いの必要性はあるでしょうが、お互いが納得出来る着地点が見つかれば、俺は・・・・、。。。。。。。。」
「え?何?聞こえない」
「・・・俺は高野さんと付き合いたいです! 聞こえましたか!!」
”( ´,_ゝ`)プッ”
「あ、鼻で笑った。いま、絶対に馬鹿にした」
「違う!馬鹿にしたわけじゃない、本当に違う。違うから。ただ、真剣にムキになってるのが可愛いなって思って、あ〜、やっぱり俺はこいつのこと本気で好きなんだなって思ったから、だから馬鹿にしたわけじゃない。信じて」
高野さんの目は嘘を言っている目では無いと思う。でも、俺はあの時の記憶がフラッシュバックして、ちょっと目の前が真っ暗になってしまって、、、。
「なら、別にいいんですが。。。。」
ちょっと納得のいかない俺は、不貞腐れた表情で答えてしまった。
「律、本当に馬鹿にしたわけじゃない。お願い、信じて」
高野さんは俺の腕を掴んで、必死に訴えてきた。解る。でも、解ると分かるは違う。心がちょっと納得してない。というより、過去のことで傷ついてる。いいかげん誤解だったって解ってるのに、俺って本当に子供じみてる。
「律・・・。話し合いは?無し? どうすればいい?どうしたら許してくれる?」
高野さんが俺の顔を覗き込んできた。あ、これも分かる。これは泣きそうな顔だ。
「別に良いって言ってるじゃないですか!」
「納得してないんでしょ? どうしたら信じてもらえる?」「律!」
「別に、高野さんのせいじゃないですよ。ただ、あの時の記憶が・・・。あの時もそんなふうに笑われたなって、ちょっと重なって、目の前が真っ暗になっただけです」
その言葉に今度は高野さんが酷く傷ついた顔をしていた。
「ごめん・・・」高野さんが俯いたまま俺に謝った。俺はなぜ高野さんがこんな顔をするのか分からなかった。
「あの、本当に良いです。俺が子供じみてるだけなんで」
「ごめん・・・」
高野さんはまだ俯いたまま、またボゾっとつぶやくように俺に謝った。
俺はどうしたら良いのか分からずに、またしても思いつきを口にした。
「なら、キスしてください。それでこの件は蒸し返しなしです」
俺は冗談ぽく言ったつもりだったけど、高野さんは俺の頬に優しく触れて、俺に唇を重ねてきた。
今までされたことの無いようなキスだった。唇が触れるだけのような、"ごめんなさい”って言ってるのが聞こえてきそうだった。
俺は、この人を幸せにしたい。それはただ、俺の我が侭なのかもしれない。でも、この人にありったけの”好き”を伝えたい。