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その日、
本来なら、魔力を持たない入間に花を咲かせる筈がないのだが、冗談半分で苗に指を当てて呪文を唱えた時、苗が一気に急成長を始めたのだ。
これは、先日手に入れた『悪食の指輪』にサリバンの膨大な魔力を込めた結果、入間は魔術が使えるようになっているのだ。しかし、まだ出力の調整を行っていないために制御が効かず、並外れの魔力によって苗が急成長し、やがては植物塔の屋根を突き破るレベルにまで成長していったのだ。
結果、『あったかい色のフワフワした花』というイメージに反映され、巨大な桜の花を咲かせたのだった。
「会長!一年の特待生が、ピンクの何かフワフワした物を…!!」
「ああ。あれは…魔界には存在しない花だ」
「はい?」
入間達の授業をチェックしていた生徒会役員の一人が、生徒会室で事務仕事をしていた生徒会長に慌てて報告しに行く。
会長と呼ばれた悪魔は、2mに近い高身長でナイスバディの持ち主であり、赤い巻き毛にはケモミミの様にも見える髪と同化した角を持ち、やや露出が多い制服を着ている。
その女悪魔は、自身の手にある手帳に目を向ける。そこには、『特待生イルマ→キバ?』『使い魔、悪魔召喚→人間?』と書かれていた。
「特待生イルマ…。やはり一度、話を聞かねばならんな…」
手帳を閉じた女悪魔──【アザゼル・アメリ】は、鋭い目を桜に向けながら、小さく呟いた。
生徒会とは、
その生徒会長を勤める
先程も、窓ガラスを割るという悪戯を成した生徒を粛清したアメリは、生徒会役員である【サガン・ジョニー・ウエスタン】と【キマリス・キッシュライト】の二人を連れて廊下を歩く。
「会長。
「そうか」
「それと例の『木』ですが、調べた所、不審な点は特になし。ですが珍しい色で美しいと評判になっていて、見物客で大賑わいでした」
「呑気な……」
キマリスの報告に、ジョニーが呆れた顔をする。
学内で起こった事件や奇妙な事の情報は殆ど、こうして生徒会長であるアメリのもとに集まってくる。
「そういえば、会長。あの木と、『キバ』がどうとか言ってましたけど…」
「…」
「まさか会長…キバなんて信じてるんじゃ…」
「オイッ、馬鹿を言うな!会長がそんなものを信じている訳がないだろう!」
「ハハハ、ですよねー。キバなんて、お伽噺ですもんね!」
生真面目に注意するジョニーに、冗談混じりで笑うキマリス。
そんな二人を残し、アメリは無言で歩いていく。
(いる……キバは、実在する!!)
そう、世間では人間と同様に
そもそもキバとは、ファンガイアと呼ばれる悪魔に擬態し、他者の
キバが消息を絶った後、あまりにも危険過ぎるため、キバは歴史の表舞台から抹消され、今ではキバに関しての文献は殆ど残っていないが、一部の
そして先日、生徒に擬態して
そして、アメリはキバの正体が
そうすれば、
しかし、キバが悪魔を使い魔として使役するなど聞いたことがなかいし、あの『木』も伝承には書かれていない。
そして、アメリが立てた仮説はこうだ。
キバは滅んだのではなく、何かの理由で人間の世界へと赴いた。キバの力は受け継がれるもの。つまり、入間が人間と
しばらく見回りを行うと、ジョニーとキマリスに後を任せてアメリは生徒会室に戻った。
アメリは入口の大扉にしっかり鍵を掛けると、本棚に向かった。
本棚の本を数冊抜き取ると、棚の奥の木板に五芒星の魔方陣が描かれており、アメリは魔方陣に手を翳して呪文を唱えた。
すると、本棚が音を立てて動き始め、まるで扉のように開いていった。奥には更に本棚があり、ギッシリと本が納められている。アメリはその内の一冊を手に取り、冷や汗を流して眺める。
そう、これこそがアメリが人間の存在を証明する物だ。
(我が家系に代々伝わりし秘蔵の品にして…人間界の自称を記した〝禁書〟)
アメリの先祖は、人間の世界を巡り、命を懸けて手に入れ、魔界へと持ち帰り家宝としたその本を見て、アメリはしばひそれを眺める。
禁書には人間界の言葉が用いられており、アメリにはその時を読むことが出来ない。だが、描かれた絵から、なんとなく内容を理解することは出来る。
アメリは禁書に取り込まれてしまわぬ様に目を閉じて深呼吸し…カッと目を見開いた。
「よし!!」
禁書を開くと、もう何度か見たその内容が、目に飛び込んできた。
「いっけなーい!遅刻遅刻!」
私、星野凛。16歳。
ただいま絶賛、遅刻中!
食パンを口に頬張りながら、高校への道を全力疾走中なの!
「新学期早々遅刻なんて、もう、最悪!」
泣きながら走っていると、曲がり角にさしかかった所で──
ドーン!
「キャッ」「わっ」
向こうからやってきた誰かに、ぶつかっちゃった!
「いたたた」
「ごっ、ごめん!大丈夫?」
かがみこんで、私にてを差し出してくるのは……
サラサラ黒髪の、イケメン男子!
「怪我はない?」
(えっ……)
心配そうに覗き込んでくる、その顔に。
トクン……
私の心臓が高鳴った。
禁書に目を通したアメリは、顔を真っ赤にして堪えきれないというように口に手を当て、それでも口元に浮かんでくるニヤニヤ笑いを止められずにいた。
要するに……キュンキュンします。
と、いう事である。
禁書のタイトルは『初恋メモリー』。簡単な言えば少女漫画である。
アメリの先祖は人間界の書店でこの見つけてドハマリし、初恋メモリー全巻大人買いして魔界へ持ち帰った、という事なのだろうが、そんな事をアメリが知る由もない。
「ハッ!」
そこでアメリは我に返ったように、
(お、思わず魅入ってしまった…!禁書の名に恥じぬ、なんと恐ろしき力……!)
当然、初恋メモリー…というか少女漫画にそんな力はない。アメリがトキめいているだけである。
(どうやらこの女は、この男に惚れているようだが……。ぶつかっただけで惚れさせるとは!これが人間の、
アメリはまたページを開いて覗き込み、ハッとなって遠ざける。だがまた我慢できずに覗き込み、遠ざけ、片目でチラ見し……。
そんな状況が何時までも続き、アメリの事務仕事は一ミリも進まないまま時間が過ぎていった。
「よっ、と」
一方、
相も変わらずお人好しな性格である。
窓の外を見ると、既に太陽(のような天体)は沈みかけている。早く帰らねばサリバン達も心配するだろうと、掃除用具を抱えて小走りに廊下を駆け出した。
(うっかり眺めふけってしまった……。やはり恐ろしい書物だ)
一方、
考え事に夢中なアメリは前が見えておらず、曲がり角に差し掛かった所で、誰かにぶつかってしまった。
「わッ」「ッ」
掃除用具がバラバラと落ちて、アメリは尻餅をついてしまった。
「──ッ」
「すっ、すみません!」
そんなアメリにかがみこんで、手を差し出してくるのは……青みがかった髪をした、優しそうな目をした少年だった。
「大丈夫ですか?」
心配そうに自分を覗き込んでくる少年の顔を見て、アメリの心臓が高鳴った。
(これは、まるで、あの書物と同じ状況ではないか!!)
「あの…」
動揺するアメリに、少年は訳が分からずに困惑した表情となるが、アメリは直ぐに立ち上がって少年に捲し立てた。
「きっ、貴様!名を教えろ!」
「いっ、入間ですけど…」
困惑気味に答えた少年──入間の名前を聞き、アメリは目を見開いた。
(入間ッ。こいつが!!──合点がいった!!)
そして、そして……!
(ぶつかって、私を惚れさせようとしている……!!間違いない!コイツは…)
「あの、大丈夫ですか?」
心配そうに話しかけてくる入間の頬をアメリは勢いよく両手で挟み、確信する。
(こいつは絶対に……
(落ち着け、落ち着くのだ私。今は成すべき事をしなければ!)
アメリは唖然とする入間の頬を押さえ付けたまま、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
入間の正体が人間であろうとキバであろうと、知られれば大騒ぎになるのは免れない。
(まずは魔関署の父に連絡して、コイツを拘束する!生徒会長として……学園の秩序を乱す芽は摘み取り燃やす!)
入間にぐぐっと顔を寄せ、鋭い目付きで睨み付けるアメリに、等の入間は訳が分からずに困惑したままだ。
(この人ってこの前の…?それより、なんなんだろうこの状況……)
目の前の女悪魔に見覚えはある。以前ホースファンガイアを倒した直後に、自分に話しかけてきたあの
だが、この状況に関してはなにも理解できない。ただただ困惑するばかりだ。
「(お、怒ってるのかな…)すっ、すみませ…」
降参するように手を上げようとするが、アメリがすかさず入間の両手首をひっつかんだ。
(先手を取られる所だった!やはり危険…!!一切の動きも見逃せん!!)
(やっはり怒ってるんだっ!!あっ、頭を下げなきゃ!!)
お互いに勘違いをしながら焦り、入間は咄嗟に頭を下げ……アメリも頭を下げた。
((──どうしよう))
互いに互いの両手を掴みあったまま互いに頭を下げるという、柔軟体操のようにも見える姿勢で、腕を引き合うという訳の分からない状態が続く。
(何をするか分からんから咄嗟に同じ行動を取ったが…うおお、ここからどう動くのだ!?まさか、手を繋いで惚れさせる気か!?)
(なんでこの人も頭下げてるんだろう……)
互いに訳が分からずに腕を引っ張り合っていたその時、アメリの制服から、何かが滑り落ちた。
アメリの家系の家宝、
咄嗟にアメリが拾い上げるよりも早く入間はそれを拾い上げ、ページを開いた。
「(しっ、しまった!)そっ、それは……」
「…懐かしいーーー!『初恋メモリー』だーーー!!!」
アメリの言い訳より早く、入間が弾んだ声を上げた。
「!?!!?」
「僕、毎週読んでたんですよー!」
嬉しそうに話し始める入間に、今度はアメリが唖然となった。
そう、入間は禁書…初恋メモリーの大ファンだったのだ。青春の思い出など皆無だった入間にとって、予測不可能な青春を描いたこの漫画はキバットと話す以外では唯一の楽しみであり、なんなら
(よっ、よく分からん…が、禁書に
アメリに入間の話の内容は理解できないが、疑いは確信となった。
「貴様ッ、やはり──」
「特に、桜の木の下で告白するシーンがよくて!凛ちゃんと翔くんの距離がグッと近づくというか……」
アメリの言葉はそこで止まった。
「……貴様、その本が読めるのか?」
「そりゃあ、勿論!でも、どうしてこんなところにあるんですー?だって、ここ魔界──」
ここ魔界だ。
入間は自分の失言に気づき、固まった。人間の世界にある
「あのっ、これはっ……え?」
咄嗟に言い訳しようとした入間だが、アメリの、キラッキラとした表情を見て、再び唖然としてしまう。
「読、め、る、の、だ、な!?」
「は、はいっ」
「では、これは何と読む?」
アメリは入間に詰め寄ると、
「て、『転校生の青空翔でふ』」
「ぇは、これは?」
「『ドキドキ』」
「これ」
「『キュンキュン』」
アメリは入間の胸元を掴むと、射抜くような瞳で告げる。
「一緒に来て貰おう」
(ひっ、ひえぇええ……)
THE・お人好しの入間でも断れない誘いだ。
入間はそのままアメリに引きずられ、『談話室』とプレートの下げられた部屋に引きずり込まれていく。
(マズいマズい。
咄嗟にキバットを呼んで逃げる手段を考えるが、パニクっているため声が思うように出せない。
入間はこれから待ち受ける己の未来に、顔を青くして震え上がった。
……しかし、現実は入間の想像と真逆だった。
「ん?」
更にはクッキーとビスケットが置かれ、良い香りのするティーセットが並ぶ皿には初恋メモリーが広げておかれており、入間はキョトンとする。
ソファーに腰を下ろし、足を組んで入間を見つめるアメリに、入間はおずおずと話かける。
「あの……これ」
「……………くれ」
「えっ?」
「ろっ、朗読してくれ」
予想だにしない答えに、再び入間は唖然とする。
「朗読って、
「そ、そうだ!」
アメリは、若干赤い顔で頷いた。
(こ、これは確認だ!コイツが人間だという確認!断じて本の内容が気になるからではない…!!)
(そういえば…悪魔には日本語が読めないのか)
入間はサリバンに施された魔術で、読んだり書いたり聞き取ったりする力が自動的に翻訳されている事を思い出す。
しかし、この本を読んだら人間の混血だとバレてしまうのではと顔色を悪くするが、アメリから急かされた事で、入間はおずおずと朗読を始めた。
「いっ、『「いっけなーい!遅刻遅刻!」私、星野凛。16歳。』」
「フンフン」
アメリは食いるように身をのりだし、入間は未だに困惑しながらも初恋メモリーを読み進めていった。
「『「つまり、これは……デートッ!?」』」
「待て、デートとは何だ?」
「えと。中の良い男女が一緒に出かける事かと……」
「『「アンタなんか、大嫌いだったのよ!」』」
「なんだとッ!?凛と翔の恋路を応援していたのではなかったのかッ!この女、悪魔かッ!?」
「そういう訳では……」
アメリの楽しそうな顔に、入間も徐々に楽しくなってきた。
読んだら正体がバレてしまうかもしれないということも、忘れてしまう程に。
「──完」
1巻を読み終えると、入間はようやく顔を上げる。日は完全に沈み、外は真っ暗だ。
ス魔ホを確認すると、心配したサリバンからの着信履歴がズラリと並んでいる。
早く帰られなくちゃと返信しようすると、アメリが入間のス魔ホを取り上げて何やら操作すると、入間に差し出した。
「私の番号を登録しておいた」
「え?」
「今後も、禁書の解読に協力してもらうり呼び出したら直ぐに来い」
「え?」
「誰にも喋らず一人で来い。いいな!」
「はっ、はい!」
「では!」
一方的に約束を取り付けられた入間は、まだ名前を知らないと思い出し、おずおずと尋ねた。
「あのっ。僕、入間です。お名前を……」
「……アメリだ」
「よろしく…」
それだけ言うと、アメリはそのまま部屋を出ていった。
入間も帰路に着き、怒涛の展開にただただ疲れたような、まだ困惑しているような表情をする。
(…でも、ちょっと楽しかったな)
『お~い、入間~』
「!キバット」
そんな風に考えていると、キバットがバサバサとはばたきながら入間に向かって飛んできた。
『ったく、遅いにも程があんだろ。サリバンのじーさんが滝みてーな涙流してたぞ。何があったんだ?』
「えーと…ちょっと『初恋メモリー』の朗読を……」
『…は?』
そんな風に会話しながら、入間とキバットはサリバン低へと帰っていく。
この時の入間は、
魔術授業は、改編できなかったので省いております。
初恋メモリーですが、原作の入間くんの発言から週刊連載である事が判明し、アニメでは巻数は300巻を越えている事が判明していますが、1年に4冊発売する計算でも75年以上は連載している事になります。アニメを見た時にはこれ卒業までに読み終えられるのか?と思いましたが、『放課後の入間くん』では一年の内に126巻まで読んでいる事が分かりました。だとすれば、入間くんが三年、アメリさんが四年の頃には読破できる…のかな?