「行ってきまーす!」
私、黒川あかね!どこにでもいる普通の高校一年生です!趣味は特にないけど流行りものには興味があるかな。特技は一通りの家事が出来ること。そんないたって普通の女子高生だけどある秘密があるの。
登校をする為に家を出た私は隣の家に目を向ける。すると丁度同じタイミングで家を出る彼に目を惹かれる。
「よっ!あかね!」
「メルトくん!今日は早いねー」
彼の名前は鳴嶋メルト。私の同級生で優しくて頼もしい幼馴染。家が隣同士なのもあって子供の頃からよく一緒に遊んだりしていた男の子。それと、私のちょっとだけ気になる相手……かな……
「あーあ、新学期でまた学校か〜。休みの後の学校ってマジだりぃよな。サボってよくね?」
「もぉ〜そんなこと言っちゃダメだよー。幼馴染として見過ごせません!」
「へいへい、相変わらず真面目なこって……」
メルトくんはちょっと不真面目なとこはあるけど、本当は誰よりも優しい人なのを私は知っている。
この前なんて私が風邪をひいた時、真っ先に家まで来てくれて看病してくれたんだよ。あの時は嬉しかったな〜。メルトくん不器用すぎて結局私が色々教えることになっちゃったけどね。
「なに俺の顔みてぼーっとしてんだ?」
「な、なんでもないよ!」
いけない、いけない。私ったらもしかして
「ったく、お前は危なっかしいんだから、しっかり俺の後をついてこいよ……」
「う、うん……」
メルトくんのすぐ後ろを歩いて私は学校へと向かう。この時間がずっと永遠に続けばいいのに……
「ねぇ、今日ってお昼までだよね?じゃあさ、帰りにクレープ屋に寄らない?前から気になってたとこがあって……」
「おっ!いいな!甘く無いやつとかもあるんだろうな?」
「もちろんだよ!」
実は私にはある作戦がある。私が行きたいと言っているクレープ屋にはなんと恋人割があるのだ。カップルで訪れた方にはもれなくDXスペシャルクレープが半額なるらしい。これを使えば安くクレープを食べる事が出来るし、メルトくんに少しでも意識してもらえるかもしれない。ふふふ、我ながら完璧な作戦。
「じゃあ終わったら一緒に行こうね!忘れちゃダメだぞっ☆」
「おう!時間とかは──」
「待ちなさい!」
後ろから話を遮る声がした。振り返ってみるとそこに居たのは私の歳と同じくらいのとても可愛らしい女の子だった。
「メルト、あんた今日は私と一緒にスイーツブュッフェに行くんじゃなかったかしら?」
「あれ……そんな約束してたっけか?」
「してたわよ!私を忘れて他の子とデートだなんてあんたはいつからそんなご身分になったのかしら?」
むっ、この人は知ってるけど。メルトくんと関わりがあったなんて聞いてないよ。
「あ、あなた。確か転校生の有馬かなさんですよね?失礼ですけどメルトくんとはどういう関係なんですか?」
「何って、とても深い仲よ。あんたこそメルトのなんなの?」
「私は幼馴染です!」
「ふーん、そう。ただの幼馴染なら関係ないでしょ」
「……関係……あります!」
急に出て来てなんなんだこの人は。
「メルトくんなんなのこの人!」
「なにって友達だよ。あいつ、転校してきた時に色々困っててさ。それでなんつーか見過ごせなくてな、最近関わる事が多くなったんだ」
「ふーん……へー……」
「かなはなんでここにいんだ?確か家、俺の家から結構遠かったよな?」
「な、なにって!散歩しながら学校に行こうと思ってたらたまたま近くを通りがかっただけよ!べ、別にあんたと登校したくて待ってた訳じゃないんだからねっ!」
「ふーん、偶然ってあるもんだな」
そんな訳ないでしょ。絶対有馬さん結構な時間この辺で待ってたよ。断言できる。
「有馬さんには悪いですけど、スイーツビュッフェは一人で行ってきてください」
「そうはいかないわ、私には私の事情があんのよ。あんたこそクレープくらい一人で行ったらいいじゃない」
「おいおい、フォ前ら仲良くできねーのかよ」
もしかしてメルトくん気づいてないの?多分、有馬さんはメルトくんのこと……
「メルトくん!私とクレープ屋行きたいよね!」
「メルト!最初に約束したのは私なのよ!私とスイーツビュッフェに行くのよね?」
「い、一緒に行くじゃダメなのか?」
「ダメ!!」
有馬さんには悪いけど、私だってここは譲れない。ここを譲ってしまったら、私は一生ただの幼馴染になっちゃうから。
「さぁ選んで!私と有馬さん。どっちと今日は過ごすの?」
「当然わたしよね!もう予約も取ったちゃったんだし!」
「ま、マジか……俺は一体どうしたらいいんだ〜!!」
きっと有馬さんもメルトくんの事が好きなんだろう。だけど私は譲るつもりはない、私の想いは子供の時からずっと秘めていたんだ。いくら有馬さんが可愛くても彼への好意で負けるつもりはない。
(負けないぞ〜!)
メルトくんの悲痛な叫びを聞きながら、私は心の中で静かに闘志を燃やすのであった。
☆
「はぁ〜〜〜〜…………」
レッスンが終わり公民館から出た私達三人は同じタイミングでそれはもう深過ぎるため息をついていた。
「俺たち一体……何してたんだろうな……」
「やめなさいメルト。私達は何もなかったのよ……それでいきましょう……」
「ほんとに何やってたんだろうね……ははは……」
かなちゃんを仲間に加え入れ、今日あまの作品を熱く語り合った私達はお互いの思いをぶつけ合い、争い。最終的に「今日あまいいよね……」「いい…」という結論に辿り着いたのだが。予想してなかった不測の事態が発生。
それがなんなのかと言うと。私達はあまりにも今日あまを長く語り合ったせいで己の中の恋したい欲が尋常じゃないほど大きくなってしまい、あっという間に会議室は恋愛空間に包まれてしまった。
こんな状態ではレッスンなんて手につかなくなってしまうと気づいた私達は、恋愛ものの演技をする事によって内なる恋したい欲を発散する事を考えた。これならば演技の練習の一環にもなるし、そもそも今日あまのドラマも一応は恋愛ドラマなのでいい経験になる。
そう思っていざやってみたのだがこれが見るに耐えない酷い出来になってしまった。全員の悪い部分が出てしまった演技に、めちゃくちゃな設定。今の気持ちを例えるならば、深夜テンションでウキウキで作った物を見た早朝の気分に近い。なんとも言い難い気恥ずかしさと後悔が織り混ざった感情に私は
「てかメルト、なんなのあの演技。『フォ前ら仲良くできねーのかよ』って、そのカッコつけやめなさいって前も言ったわよね」
「ごはぁ……!あ、有馬だって何が『べ、別にあんたと登校したくて待ってた訳じゃないんだからねっ!』だよ!いつの時代のツンデレ?」
「ぐはぁ……!それを言うならあかねだってめっちゃ媚びてたじゃない!」
「ああ、あの『忘れちゃダメだぞっ☆』ってやつか。俺はあの人で見慣れてるけど、これを黒川先輩が自分から言ったんだと思うと若干引いた……」
「ごふぅ……!や、やめてよ!どうしてこっちにも飛び火するの!?」
私だってあの時は変なテンションになっていたからね。今思い返してもなんであんな感じだったのかいまいち分からない。
今、私のスマホにはさっきやった演技のデータが入っているけどコレ、どうしよう。何かに使えるかもしれないから取っておこうかな?もっともこれを使ったら自らの身を激しく削る
「とにかく今日はもう疲れたわ。空も暗くなってきたしさっさと帰りましょ」
「分かる、俺も同じ気持ち。体より精神的に疲れた」
「じゃあここらで解散にしよっか」
時間もいい時間だし、正直言って私も疲れてしまった。早く家に帰って寝たいというのが本音だ。
しばらく三人でたわいもない話しをしながら歩いていたが。曲がり角まで来るとメルトくんは立ち止まり私達に声をかける。
「俺こっちの道だから、ここでお別れだ。黒川先輩、帰り気をつけてな。ついでに有馬も」
「うん、メルトくんも気をつけてね」
「オイ、ついでってなんだコラ。いちょう切りにすんぞヘボ大根!!」
「じゃあなー」
かなちゃんの言葉を無視しながらメルトくんは手を振り別れ道を歩いていく。最初の印象から仲良くやれるか心配だったけど、二人が意外と上手くやってるみたいでよかった。
「ほんと生意気ねあいつ。大体、なんであんたが先輩で私は呼び捨てなのよ。私は芸歴で言えば一番長いんだからむしろ大先輩と呼ばれても良いんじゃないかしら?」
「多分そういうところだと思うよ……」
かなちゃんとメルトくんの件は置いておいて。今日は長い一日だったけど凄い楽しかったなー。思う存分漫画トークが出来てちょっと変なテンションにもなっちゃったけど、こう言う悪ふざけみたいなのもたまにはいいのかも。
「あんた駅までなんでしょ?じゃあ、私とはここでお別れね」
「かなちゃん、今日はありがとうね。忙しいのに来てくれて」
「煽りって訳じゃないか……別に良いわよこれくらい」
「かなちゃんだって主演なんだから役作り大変なんだよね?」
「まっ、そこそこね。まだメルト一人に任せられないし。あんたも出番がそこまで多い訳じゃないから、ドラマを見れる様にする為にも私が頑張んなきゃ」
かなちゃんが作品をどうにかする為に人一倍頑張っているのは分かっている。前に見せてもらった台本の書き込み具合からして見えない所で彼女も努力しているのだろう。だからこれ以上かなちゃんの時間を奪うのはよくないのかも……
「まさかあんた、有馬かなは本当に今日だけでこれからは集まりに来なくていいとか言い出すつもり?」
「え?何で分かったの?」
「顔に書いてあんのよ。余計な心配ならいらないわ。これからも集まりがあるなら呼びなさい、一緒にメルトを徹底的に締め上げるわよ!」
「かなちゃん……」
「とは言っても私も毎回来れる訳じゃないから。それは今のうちに言っとく……」
「うん、分かってる。予定が合う時だけで良いからね」
かなちゃんの協力が取り付けられたのはかなり助かる。かなちゃんが居れば本番と比べても
それにいつでも来れる訳じゃないというのもかえって都合がいい、だってアイさんのレッスンもあるからね。メルトくんは面識があったから流れで話したけど、かなちゃんにはどうしよう?別にかなちゃんになら話してもいいと思うけど内容が内容だから無闇に話すのはよくないか……アイさんにはかなちゃんが来れなかった時に指導してもらおう。
「じゃあ、私こっちだから。あんたもあんまり無理すんじゃないわよ」
「かなちゃんもね……」
「余計なお世話って言ったでしょ。ああ、それと──」
「今日は楽しかったわ」
そう言い残すと、かなちゃんは私とは違う道を歩いて帰っていく。まさか彼女が私にあんな言葉を言うとは、最近は珍しい事が多くて退屈しない。
かなちゃんと別れた後、駅まで続く道を無心で歩いているとしばらく静かだったアイさんが急に優しげな口調で話しかけてきた。
『なんかいいね……こういうの……』
「アイさん……それにしても今日は静かでしたね』
『うん、ちょっとね……昔の事考えてた……』
実は少し気になってたんだよね、いつもは騒がしいアイさんが今日はやけに静かだった。昔の事か……アイさんについてはまだまだ謎が多いから私はかなり興味がある。今日は少しくらい聞けたりするのかな。
「生きていた頃のアイさんの友達ってどんな人が居たんですか?」
『気になる?気になる?友達かー沢山いたよー!えっと、まず思いつくのは────』
いつも通り楽しそうに喋り始めたアイさんだったが、突然声のトーンを落として口を
『いや、居ないよ……私に友達なんて……なってくれそうな子は何人か居たけど……』
「…………もしかしてそれってB小町のメンバーのことですか?」
『……うん、私は皆んなのこと嫌いじゃなかったけど、多分向こうは私のこと大嫌いだったと思うから……』
B小町については私も知っている。B小町は苺プロの社長が中学生モデルを寄せ集めて出来た同年代で構築されたグループだ。初期のメンバーは四人、細かい事情は分からないが脱退と加入を繰り返しながら最終的なメンバーは七人となる。しかし人気グループになって、いくらメンバーを入れ替えようとも世間で注目されたのはアイさんだけでグループはアイさんの死後人気が落ち二年経って解散か……
『B小町は良くも悪くも私が中心だった。私のスケジュールでB小町の仕事は決まってたし、私に嫉妬して嫌がらせをする子はすぐにクビになった。だから贔屓されてる私を皆んな凄く恨んでたんだと思う。今なら私もあの子達の気持ちが分かるから……あかねにはもっと分かるんじゃない……?』
「ええ……よくわかります」
メンバーの一人だけが中心となって人気になったグループ。その末路は私も当事者として一番近い所で見てきた。
『私はあかねが羨ましいよ。素直で優しくて責任感強くて私とは大違い。人に好かれるのはきっとあかねみたいな人なんだろうね。あかねみたいに振る舞えたら私の人生、もっと違う結果になってたのかな……』
「確かに私とアイさんは違います。アイさんは明るくて優しくて自分に自信があって何より私なんかより強い心を持っています!アイさんにはアイさんの良い所があるんです!」
そうだ、人と人を比べるなんて意味がない。誰にだって良い所はあるし、誰にだって気に入らない所もある。
「アイさんの人生を細かく知っている訳じゃありませんけどアイさんを大切に思っている人だって沢山────」
『…………ほんとにそう思う?』
その時のアイさんの声は今までに聞いた事がないくらいに暗く冷たく
☆
私はB小町の皆んなと昔みたいに仲良くやっていきたかった。だけど本当の思いを素直に言葉にする事が私には出来なかったから私は昔皆んなで作った共同のブログにひっそりと書き連ねて心の内を発信した。だけど結局「皆んなと仲直りしたい。バカでごめんね」って言えずに私は死んでしまった。多分このままアレは誰にも読まれることも気付かれることもなく静かに消えていくんだろう。
私なんかが居なければ皆んなはもっと仲良くアイドル活動が出来てグループがギクシャクする事もなかったのかもしれない。私はB小町の皆んなに凄く辛い思いをさせてしまったんだろう。それはあかねが同じ立場になった時に痛い程よく分かった。
そういえばあの子なんて言ったっけ?私の事を刺してしまった子。そうだ、確かリョースケくんだ。彼に殺された怒りがない訳じゃない。だけど彼があの後自殺したって記事を見た時は胸が締め付けられる気持ちになった。彼は大学生だったからあの時の私と同い年くらいだったんだろうね。そんな若い命を私という存在が終わらせてしまった。もしかしたら彼を愛してくれた人は沢山居たのかもしれない、彼の両親は何を思ったんだろう。息子がストーカーで殺人をしてしまったのだから沢山の非難を浴びたのかな……あんな事をしでかした息子に愛想をつかしたのか、何を感じていたのかなんて分からないけど、それでも彼に帰ってきて欲しい。戻って来て欲しいと普通の親だったのならば願ったのかもしれない。きっと、私なんかのファンにならなければ、私なんかに関わらなければ。彼もちゃんとした人生が歩めたんだろう。
私はお母さんの事が嫌いだった。いつも殴られたりして暴力を振るわれてたからお母さんと居る時は早く一日が終わりますようにってずっと願いながら日々を過ごしていた。お母さんが窃盗で捕まって施設に入れられた時はやっと解放されるって思ったけど本当は逆だったのかもしれない。恐らくお母さんは捕まる事で私という呪縛から解放されたんだね、その証拠に釈放されてもお母さんが私を迎えに来る事はなかったんだから。
多分お母さんも私を疎ましく思ってたんだと思う。私なんかが家に居なければ、私なんか産まなければ。お母さんの人生はもっといいものになってたんだろうな〜
私は関わる人皆んなを不幸にする。社長とミヤコさんには私の好き勝手で苦労をかけた。アクアとルビーには私の事を世間で母親と呼べない様な不自由な暮らしをさせてしまったし、目の前で死んでしまうという心に一生傷が残る様な真似もしてしまった。あかねだって私に関わらなければアイドルを目指すなんて思わなかったかもしれないし、あんな辛い思いをしなくて済んだのかもしれない。
あかねは言ったよね。私は明るくて優しくて自信があって強い心を持ってるって。だけどね、そんなことはないんだよ。いつだって私は皆んなから好かれる綺麗な自分を見せて嘘を吐く。そこに本当の私がどれだけあるかなんてのはもう私にだって分からない。何が嘘で何が真実なのかその答えは永遠に出ないのかもしれない。だけど少しだけ分かってることもあるよ。
ねぇ、あかねは知らないかもしれないけどさ。本当の私って────
割と弱いんだよ…………