前話はこんなの違う、こんなのアイじゃない、アイは弱音なんか吐かない、アイはもっと完璧で奔放で後悔なんて一度もしない。誰よりも強いアイ以外は認めない。みたいな感想を覚悟してました。
「今日はあんた達に相談があるの……」
いつもの様に公民館でメルトくんにスパルタ教育を施していた私達だったが、かなちゃんの一言でレッスンは中断された。
「はぁ……はぁ……とりあえず座っていいか?休憩なしのぶっ続けはさすがにきちぃ……」
「いいよ、お疲れ様メルトくん。じゃあ、休憩がてらかなちゃんの相談を聞こっか」
メルトくんも限界みたいなので一度場を落ち着かせる為に水分補給をし、席を用意して座る。
「それで、相談って何?」
「実はね、最終話のストーカー役の子がゴネて降りちゃってリスケになったのよ……」
「えっ!?それって本当なの?」
「プロデューサーの鏑木さんから聞いた情報だから間違いないわ」
「マジかよ……もう撮影まで一週間もねぇんだぞ……」
このドラマはオリジナルのキャラを追加してカットを多用した独自のストーリーを展開しているが最終話は別だ。原作で名シーンとされるストーカーとカナタの対決。それがほぼ同じ展開で繰り広げられると聞いてちょっとワクワクしてたんだけど残念だなぁ。
「今スタッフさんが代わりの子を探してくれてるみたいだけど結構苦戦してるみたいね……」
「この時期にすぐにストーカー役をやってくれる人か……確かに難しいかも……」
ストーカーと言ういわゆるヒールである役を進んでやりたい子はあまり多くない。何より予算と時間の都合で現場は一日しか確保が出来てないからそこに合わせられる役者といったらかなり数は少なくなるだろう。
「それで言われたのよ、私達の方で使えそうな子が居たら紹介してくれって。ねぇ、これってチャンスじゃない?」
「どういうことだ?」
「あんた達ならあのシーンがどれだけ重要になるか分かるでしょ?あのシーンは私とメルトとストーカー役の子しか出ない。だったらそれなりの役者を捕まえて名シーンを再現できれば話題性も上がって、評判も少しはマシになると思わない?」
「…………なるほど、考えたねかなちゃん。確かにあのシーンは原作ファンでも好きな人が多いし、登場人物が少ないから演技を抑える必要もない。メルトくんとかなちゃんの見せ場もあるし、メルトくんの成果を見せるにはうってつけの場だね」
今日あまは現在三話まで公開されており依然として評判は
「でもかなちゃん、そうするとストーカー役の人は半端な役者じゃダメじゃない?あの緊張感が出せる役作りを数日で完成させて。尚且つ鏑木さんが採用する程の顔の良さがないといけないし。ハードルは高いと思うよ」
それに加えて急な仕事でも受けてくれる柔軟な人か……そんな人居るのかな?
かなちゃんも分かっているのか、私の話を聞いて大きなため息をつく。
「はぁ〜。そうなのよねーだからあんた達に相談してるんじゃない。メルト、あんた顔のいい知り合いとか居ないの?」
かなちゃんの質問にメルトくんは頬をかきながら気まずそうに答える。
「顔の良い奴なら居ないこともないけど演技が出来るってなるとな〜。それにいくら何でも日数がなさすぎるし、撮影が一日だけとか……うん、無理だな。一応何人かには声かけてみるけどよ……」
「期待はしないでくれよ」と言いながら浮かない顔を見せる。やっぱりこんな仕事、引き受けてくれる人を探すなんて難しいよね。
「無理はしなくていいわ、あんたは自分の演技を最優先に考えなさい」
「ああ……分かってる……」
「あかね、アンタはどう?誰か頼める知り合いとか居ないかしら?」
うーん、演技が出来て、顔が良くて、スケジュールを合わせてくれそうな人か……
「当てはあるけど……ちょっと忙しい人だから引き受けてくれるかは保証出来ないよ?」
「あるのね!!ダメ元でいいから相談してくれないかしら?いやーやっぱアンタ達に話して良かったわー!」
「保証は出来ないって言ったよね?まあ、今から連絡取ってみるけど……」
「頼む、黒川先輩」
「……ちょっと待っててね……」
私は会議室から出てスマホを操作する。そこである人物の電話番号を確認して電話かけてみる。
あの人が出てくれるかは分からないけどこの話しは電話の方が絶対いい。もしでなかったら折り返しで連絡してもらうようにメッセージを送ろう。
『あかね、代役の件誰に頼むの?』
「前にお世話になった人です。アイさんも知ってる人ですよ?」
『うへぇ……もしかしてあの男の人?私ちょっと苦手なんだよね〜』
私は少し驚いた。アイさんが人に下す評価は大抵が好きか興味がないかなので、ハッキリと苦手と口にするのはかなり珍しい。
「変わり者ではありますけど、良い人ですよ」
『そうなんだけど……なんか雰囲気が……ね……』
アイさんと会話しながら待っていると、何コールめかで私のスマホから声が聞こえる。
『……黒川か……久しぶりだな』
『お久しぶりです、今お時間よろしいでしょうか?……姫川さん』
一年ぶりに聞いた姫川さんの声は前と変わらずに平坦な声であった。
『構わない、丁度いま撮影の空き時間だし』
彼の名前は
私は普段演技をする時は誰にも負けない、自分が一番だ。という
『突然連絡してすいません。今日は姫川さんにお願いがありまして……』
『なに……?』
『姫川さんは【今日は甘口で】って言う作品をご存知ですか?』
『【今日あま】だろ知ってる。読んだことあるし』
『珍しいですね、普段映像作品しか観ない姫川さんが漫画なんて……』
『別に……前に店の女の子から勧められて読んでみただけ』
うわぁ、何とも姫川さんらしい理由だ。この人は未成年のくせに会員制の店でよく女の子と遊んでたからなー。かくいう私も何度か連れて行かれたんだけどね……おかげで芸能人の知り合いが結構増えたから良かったと言えば良かったけど。
『あの……ちょっと感想を聞いておきたいんですけど、どうでした?今日あま……』
まさか姫川さんが原作の今日あまを読んでいるとは思わなかったので要件そっちのけで、感想を聞いてしまう。
『すげー良かったよ、めっちゃ泣いた。俺もキラキラな恋したくなったわ』
『でしょーーーーっ!!』
んふふふ、ふっふっふ。流石は今日あま。やっぱり姫川さん程の人であっても心を動かされちゃうんだなー。ああ、語りたい。姫川さんと今日あまの話がしたくてたまらない。だけど我慢だ私、きっと話始めたら止まらなくなっちゃうし。
後でまた連絡しよ……
『し、失礼しました!それでお願いと言うのはですね。今、私はその今日あまのドラマに出演してまして……』
『ああ、あの評判悪いやつか俺も観たよ……なんか観てるだけで現場の風景が想像できる作品だった』
『……はい、おっしゃる通り現場でも色々ありまして。実はストーカー役の子が降りてしまって、代役を探してるんですけど……その代役を姫川さんにお願いしたく……』
うーん、自分で言っててなんだけどなんとも無理なお願いだ。大体、脇役とはいえ知名度がある姫川さんをこの作品に使うのはどうなんだろう?若手モデルのドラマという前提を崩してしまうのでは?あっ……なんかよくない気がしてきた。
『…………いいよ』
『ほ、本当ですか!?』
随分とあっさりOKする姫川さんに私は驚きを隠せない。
『まあ、黒川の頼みだし……それに俺、かわいい女の子の頼みはなるべく断らないようにしてるから』
『相変わらずですね……姫川さん……そういう所、ちょっと良くないと思います……』
『男ってのはかわいい女の子が好きなんだよ』
とはいえ姫川さんなら大丈夫だろう。彼は自由に演技の調整も出来るし実力の心配は一切ない。逆にメルトくんやかなちゃんが心配になるくらいだ。
『それでいつやんの?スケジュールの調整結構大変なんだけど』
『えっと……撮影は五日後です』
『おいおい、随分急だな』
『ごめんなさい、私も知ったのはついさっきで……』
『五日後ってなると…………うわマジか……』
しばらく考え込んでいた姫川さんだったが、突然気の重い声をあげると、私に質問をしてくる。何だか雲行きが怪しくなってきた。
『なぁ、他の撮影日はねぇの?その日は俺、ドラマの撮影があって一日身動き取れないから』
『あはは……あの……このドラマほんとに予算も時間も無くてですね……現場が一日しか確保出来てないんですよ……しかも再来週オンエアで本読みも飛ばして即リハ、即撮影、即編集、即納品って感じで融通が利きそうになくて……』
『スケジュール終わってんなぁ』
ほんとに私もそう思う。最終話に至っては私も経験した事がないくらいに切羽詰まった現場なんです。
『……………すまん、やっぱ無理だわ……こっちの撮影は俺が主演だから穴開ける訳にはいかないし。勝手に抜けたら金田一さんにドヤされる』
『主演ってもしかして今度やる月9の?』
『そっ、だから悪いけど他当たってくれ』
ダメだったかー忙しい身だから仕方ないよね。姫川さんが居たら心強いと思ったんだけど……
『分かりました。こちらこそ急に無理なお願いを言ってしまってすいません』
『…………』
やっぱり姫川さんを引っ張ってこようなんてのは無理があったか。かなちゃんに報告して別の手を探さないと。
『お時間とらせて申し訳ありませんでした。ではしつれ──』
『なぁ……』
電話を切ろうとする私を姫川さんは引き止める。
『いい機会だから聞いておきたいんだけど。お前、こっちに戻って来る気ねぇの?』
『…………』
戻るというのは恐らくララライの事だろう。姫川さんは私の演技力を高く買ってくれている。だからもしかしたらこの人は私を女優の道に進ませたいのかもしれない。
『こっちにくれば仕事はあるし、黒川ならララライのエースになれると……まあ、看板は俺が居るから無理だけど』
『姫川さん……昔わたしの夢をお話しましたよね?』
『確かに私は演じるのが好き、それは間違いありません。ですが私が目指しているのは歌もダンスも演技も何でも出来る超凄い"アイドル"なんです。今も昔もこれだけは変わらない』
子供の頃かなちゃんとアイさんを見た時から。私の夢は一度たりとも変化したことはない。
『そういう大人しいくせに変に頑固なとこ、かわってないな』
『ふふん!私の長所ですから!』
『……あっそ、まあいいや言ってみただけだし……じゃあアイドルとしてデビューとかライブが決まったら教えてくれ。応援に行くから』
『マジですか!?』
『ああ、暇だったら行くわ』
うわぁ……これ絶対来ないやつでしょ。暇だったら行くで来てくれる人見たことないし。第一売れっ子俳優の姫川さんが暇な時なんてあるのか。
『代役の件、無駄に期待させて悪かった。あんまり気負いすぎんなよ。それとたまには店にも顔出せ。店の子達が久しぶりにお前に会いたいって言ってるから』
『分かりました。そっちこそ女の子と遊ぶのは程々にしといた方がいいですよ。お酒が飲めるようになったら問題を起こさないか私、心配なんですから』
『ははっ、人聞き悪りぃ……』
最後にそう言い残して姫川さんとの電話は切れた。代役の件は残念だったけど、久しぶりに話せて楽しかったなぁ。いけない、いけない、感傷に浸ってる場合じゃなかった。早くかなちゃん達にこの事を伝えないと。
「ごめんかなちゃん、私の知り合いに頼んでみたけどダメだった」
「……それは残念ね。ちなみになんて名前の役者なのかしら?」
「姫川さんって人なんだけど……」
保証は出来ないとは言ってあったけど、当てがあると聞いた時のかなちゃんの目が輝いてたからちょっと申し訳ない気持ちになる。
「あ、あんた……姫川ってもしかして……姫川大輝のこと……?」
「うん、そうだけど……」
ポカンとしている私をかなちゃんはありえないと言いたげな顔で揺さぶりながら声を荒げる。
「ばっか!あんたほんとバカ!使えるわけないでしょ!そんな有名な役者!絶対予算なんか足りる訳ないし!それにあんな役者をあの場に出してみなさいよ!私はともかくメルトが張り合える訳ないでしょ!」
「だってぇ〜……他に頼める人がいなかったんだもん……」
「だもん……じゃないでしょ!はぁ〜あんたに頼んだ私も馬鹿だったわ……」
「姫川大輝……マジか……俺でも名前知ってる……」
姫川さんなら場に合わせてリアルタイムで調整出来るから大丈夫だと思うけどね。出演料に関しても融通を利かせてくれそうだし。いやそれでもスケジュールが合わなくて断られちゃったんだけど。
「はぁ〜困ったわね。これじゃ話が振り出しじゃない……」
「どうしよう……かなちゃん……このままじゃ大事なストーカー役が誰とも知れない人に……」
「やっぱり俺!片っ端から声かけてみるよ!」
後五日しか期間がないので焦りもするし向こうでいつ代役が決まるか分からない以上のんびりは出来ない。それに依頼して説明しなければならないからどんなに遅くても撮影日前日に、できれば明日か明後日には見つけたいのに……
「いや、メルトは自分の事だけ考えてなさい。あかねもメルトを見ないといけないでしょ?だから代役は私が何としても見つけてみせる」
「有馬……」
「当てはあるの?かなちゃん……」
「と、当然でしょ!これでも私は陽東高校の芸能科。芸能人なんて周りにいっぱい居るし、そん中から探し出して頼み込めばなんとかなるでしょ!」
これはかなちゃん流の強がりだ。そう簡単にいかないのなんて私でもわかる。でもなんとか出来そうなのはもうかなちゃんしか居ないし何より時間が無い。心苦しいけどここはかなちゃんに頼るしか。
「分かった、代役探しは任せるね。かなちゃん!」
「俺は有馬を信じてもっと稽古するよ。最終話でいい演技をすることが黒川先輩と有馬への一番の恩返しだと思うから……」
「ええ、こっちは任されたわ。私もこの作品をどうにかしたいって気持ちはアンタ達と同じ。大船に乗ったつもりでいなさい!とっておきの奴を連れてくるんだからっ!」
☆
「悪い、その日は予定があって……」
「今日あまか……原作は好きなんだけどな……」
「日数が無さすぎる。この短い期間での役作りは俺には無理だ」
「そうですか……話を聞いてくれてありがとうございました……」
大口を叩いたはいいものの、私はまだ代わりの役者を見つけられないでいた。学校で目ぼしい人に何人か声をかけたがどれも返事はよろしくない。
まあ、気持ちは分かる。今日あまのドラマは評判が悪く出演したとしても自分にとって良いキャリアになる訳じゃないし、何よりも期間が短すぎて誰も彼もスケジュールが合わない。
それでも諦める訳にはいかない。この作品に関わっている人達の為にも、少ないながらも視聴を続けている人達の為にも、何より今も頑張って稽古してるであろうアイツ等の為にも。
思えばこんな気持ちは初めてかもしれない。私は前に好き勝手にやり過ぎて、誰かに気を使うなんて知らなくて、自分を良く見せる事しか出来なくて。気づいたら全員が、お父さんと……ママですら私の元から離れていった。
私は誰かに見て欲しかった「あなたは凄いね」って。褒めて欲しかった「頑張ったね」って。必要とされたかった「君は使える」って。過去の出来事から積もり積もった感情が今までの私を支えていた。
だけど今の私は違う。自分が称賛されたいからやるんじゃない。皆んなの為にもアイツ等の為にも心からこの作品をどうにかしたいと思ってる。アイツ等の為なら代役を引き受けてくれるまで私の頭なんか何度だって下げる。何人にだって声をかける。それが友達として、仲間として、私にしか出来ないことだと思うから……
「どうだった?」
「多分平気……そっちは?」
今後のことを考えながら廊下を歩いていると聞き慣れない声が私の耳に入ってくる。
見慣れない制服だ。他校の人だろうか……そう言えば今日は陽東高校の面接がある日だったっけ。通りで普段学校で見ない人をよく見かけると思った。
「問題ない、万一はじかれるとしたら名前のせいだろうな」
(兄妹なのかな……?)
後ろ姿だけだが容姿が整っているように見える。最もここは芸能科がある学校。容姿が整ってる人なんて珍しくもない。彼等もきっとなんらかの才能を持った芸能の卵なんだろう。なぜだか目を惹かれたが私には他人の事を考えている余裕なんてない。早く代役を探さなくちゃいけないのに。
「あはは!確かにお兄ちゃん本名"星野アクアマリン"だもんねー!」
その名前を聞いた瞬間、私の頭にかつてない程の衝撃が走る。アクアマリン……思い出すのは幼少期の出来事。子役としての絶頂期を迎えてのぼせ上がっていた私に上には上が居ると教えられたあの日。
そんな訳ないと何度も思い直す。あの天才はあれから姿を現さなかった。それがこんな所で……このタイミングで……?いくら考えても都合が良すぎる。けれどもし、今目の前にいる人物が私の想像している彼だったのなら、この作品を、今の状況をきっと…………
「普段皆んなめんどくさがって
「………アクア……!!」
【姫川大輝】
劇団ララライの看板役者であり。帝国演劇賞、最優秀男優賞など日本アカデミーの受賞経験もある数々の賞を授与されている超売れっ子俳優。
原作と違いあかねをララライに誘った張本人。現場で一緒になったあかねの演技力に興味を持ち代表である金田一に掛け合った結果、条件つきであかねは所属する事になった。あかねがララライに所属していた頃はよくあかねの面倒を見ており、あかねにとって役者の先輩と言ってもいい人。
普段は表情の変化が見えないメガネをかけた男性だが、その性格は実は女好き。未成年であるにも関わらず芸能人の女性が働いている会員制のBARによく入り浸っており、当時中学生であったあかねも何度か連れていかれた。
演技力は相当高く、アドリブ、感情演技、受けの演技など何でも出来る"全能型"。その実力はあかねをもってしても敵わないかもしれないと思わせる程。
超凄いアイドルになりたいというあかねの夢を知っている数少ない人物であり、女優の道に進まないのを少し勿体ないと思いつつも純粋にあかねの夢を応援している。