アカネアイ   作:青空の夜天

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面影

 

 

 

 

「あなた星野アクア!?」

 

 あまりの衝撃に私は思わず声が上擦ってしまう。

 

「えっと……誰だっけ?」

 

 覚えてないか……私とアクアは子供の頃一度共演したっきり。あれからもう十年以上は経っているのだ。覚えてないのも無理はない。

 

 少々がっかりしていると隣に居たアクアの妹が何か思い出したかの様に手を叩き私を指さす。

 

「あっ!?アレじゃない?お兄ちゃん」

 

「重曹を舐める天才子役……」

 

「10秒で泣ける天才子役!!」

 

 あいっかわらず失礼な奴ね。妹はちっとも昔と変わってないじゃない。

 

「あー、監督の映画に出てた……有馬かなだっけ?久しぶりだな」

 

 良かった、とりあえず完全に忘れられた訳じゃないみたいね。これなら話を進められる。

 

「ねぇ、ここに居るってことは二人共うちの芸能科に入るの?」

 

「いや、俺は一般科受けた」

 

「そんで私が芸能科!」

 

「そう……なんだ……」

 

 本人が望んでいる事だからとやかく言う権利が私にはないというのは分かってるけど、あの才能を()の当たりにしたら勿体無いと思ってしまう。

 

「アクアはまだ……役者やってるの?」

 

「……いや……もうやってない」

 

「じゃあ事務所とかは……?」

 

「事務所には一応所属してる……」

 

 事務所に入ってるなら依頼は出来る。だけどもう役者をやっていないという言葉を聞いた時、私は大きなショックを受けた。これでは代役を引き受けてはくれないかも……彼にもうやる気がないのでは……

 

「お兄ちゃん、この人質問多くない?」

 

「そう言うな……受かったらお前の先輩になるんだぞ」

 

「うへぇ……大変そう……」

 

 どうやら妹の方は私を良く思ってないらしい。それも仕方ないか、お互いの第一印象は散々だったしね。なに言ったかは細かく覚えて無いけどあの時の私はイケイケで周りなんて気にしてなかったからなんらかの発言が彼女の気に障ったんでしょう。

 

 それはともかくとして、他に手が無い以上は時間も無いので無茶だろうと無駄だろうとアクアに話しだけでも聞いてもらいたい。

 

 見た感じルックスは問題ないと思う、この顔立ちならば鏑木さんも採用してくれるはずだ。演技力に関しては未知数だが昔の私の目が節穴でないのなら何処ぞの素人モデルを使われるよりは遥かにマシ。再び出会えたこの奇跡とも呼べる偶然を無駄にしたくない。

 

「……アクア、会ったばかりで悪いんだけど今から時間作れないかしら?私の頼みを聞いてほしいんだけど……」

 

「頼み……?」

 

「急にどうしたんだろねロリ先輩、なんか昔と雰囲気違う?」

 

 あいつの妹の失礼な呼び名にも今は反応しない。一度ヒートアップしてしまうと話がそれてしまうから。

 

「頼みって……別に聞く義理ないだろ?大体、会ったばかりの俺になにを──」

 

 

 

 

 

「……お願い……」

 

 

 

 

 私が頼もうとしてるのは評判が悪いドラマで更に演じた人の評判が悪くなるであろうストーカー役。(ゆえ)に彼にメリットを提示する事が出来ない。だから私が出来るのはせいぜい誠意を込めてお願いをすることだけ……それでも聞いてくれないのなら諦めて何か他の手を考えるしかない。

 

 

 

「ルビー先帰ってろ……」

 

「ええっ!?どうしたの急に!?」

 

「なんでもねぇよ。有馬、ここじゃ話しにくいだろ場所はどうする?」

 

「これでも私は芸能人だからあまり人目にはつきたくないわ。そうね……カラオケとかどうかしら?」

 

「分かった、じゃあ今から行くぞ」

 

 何故気が変わったのかは分からないけど、とりあえず話は聞いてくれるみたいで一安心。

 

「ちょっと!?お兄ちゃん!不純異性交遊はダメだかんねー!晩御飯までには帰って来てよー!」

 

 彼女の言葉を背に受けながら私達は学園を出るために歩き出す。ここが正念場だ。このチャンスを逃したらいよいよ私に打つ手はなくなる。最後まで諦めるつもりはないけど、代役を連れてこれなかった時はあいつ等に「力不足でごめんね」って素直に謝れるかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はいま有馬かなと都内のカラオケ店に来ている。今日は監督のところに寄るつもりだったから有馬の相談とやらを聞く気はなかった。だから無視しても良かったのだが何故か急に気が変わった。何故自分の中で心変わりが起きたのかは正直今でも分かっていない。

 

「それで……頼みってなに?聞くだけなら聞いてやるよ」

 

「そうね……まずは順を追って説明するわね」

 

 有馬の話しはこうだ。今出演しているドラマのストーカー役が降りてしまい代役を探している。本来ならばスタッフが代役を探すのが(つね)だが予算も時間も無い現場ではどんな人が来るのか分からない。作品の評判を何とかしたい有馬としてはそれでは困るので、ある程度演技が出来る代役を自分で探している。しかし本番までもう残り三日という厳し過ぎる条件がある為、代役が見つからなかった有馬は偶然会った俺に目を付けてこの状況になっていると。

 

「そのドラマ……なんて名前なんだ?」

 

「【今日は甘口で】って言う少女漫画が原作のドラマなんだけど……」

 

「もしかして【今日あま】?」

 

「し、知ってるの!?今日あま!」

 

「まあ、俺は演出かじってる裏方志望だからな。それで今日あま知らねー奴なんてモグリだろ。ド名作じゃねーか」

 

「うんうん!ふへへへへ……」

 

 何だか急にニヤケ面になって気持ち悪いが。俺は今日あまがドラマになってるなんて知らなかった。有馬が言うあまり評判は良くないという話しは本当なんだろう。話題すら目にしたことが無いんだから。

 

「事情は分かったがなぜ俺なんだ……?演技が出来る奴を探してるなら他を当たった方が……」

 

「あんたは覚えてないかもしれないけど……初めてあんたの演技を見た時、私は負けたと思ったわ。あの天才子役と言われた私が年下に負けたのよ……」

 

「だからあんたには演技の才能がある!自信を持ちなさい。あんたならこのドラマでも何かやってくれると私は思ってる」

 

 有馬かな、それは間違いだ。あの時お前が見た俺の演技はあくまで年齢と中身のギャップが引き起こした異質感だ。また同じことをやれと言われても今の俺じゃとても出来ない。

 

 俺には演技の才能が無い。アイみたいな人を惹きつける特別な何かが無い。そんなのは今までこの体で演技やってきた俺が嫌になるほど分かっている。

 

「生憎だが俺に演技の才能は無いよ……だから俺に時間使うのはやめた方がいい……」

 

「またそんな事言って〜」

 

「事実だ。お前が求めている物を俺は提供出来ない」

 

「…………そっか……」

 

 これだけ言えば有馬も諦めると思った。俺の目的の為に芸能界に関わるのは必須条件だが、何も役者じゃなくたっていい。

 

「帰る前にもう少しいいかしら?ねぇ、これを観てほしいの……」

 

 そう言って差し出してきたのは有馬のスマートフォン。画面にはあるドラマが映っておりそのタイトル名は【今日は甘口で】

 

「これが今あんたに出演してほしいって依頼してる作品。今日あまよ……」

 

「これは……」

 

 画面には第一話と書かれていた。有馬が再生ボタンを押すと映像と音声が俺の頭に流れ込んでくる。

 

「……ひどいな……」

 

「ふふっ、そう、酷いでしょ」

 

 脈絡も無く出てくるオリジナルキャラクターに原作を読んでいても理解しにくいカットを多用したストーリー。何よりも出演している演者のほぼ全てが基礎も出来てない棒読みの演技。ハッキリと誰かが駄作と言ってたら即座に同意してしまう程、目も当てられない作品が映っていた。

 

「特にコイツ、主演のくせにこの演技力でいいのか?よく相手してて我慢出来るな……」

 

「あははっ!あんたも気づいた?コイツめちゃくちゃ下手よね!笑うしか無いくらいに!」

 

 仮にも有馬が出演しているドラマを俺は(けな)しているのに何故だか有馬の顔は晴れやかな笑顔だった。その顔はヤケになって笑っているのではない。純粋に楽しくてしょうがないみたいな……そう、俺が挫折を味わった舞台で何度も見てきた演技を楽しんでいる役者の様な顔をしてた。

 

 分からない……こんなドラマを観てお前は何故そんな顔が出来るんだ?

 

「これがあんたに依頼しようとしてるドラマよ。どう?余計引き受けたくなくなった?」

 

「そうだな……少なくともプラスにはならなかった」

 

 楽しそうに語る有馬を見た時一瞬頭痛がした気がするけどきっと気のせいだろう。あまりに粗末なドラマの出来に頭が痛くなっただけだ。

 

「これを観たなら想像出来ると思うけど現場は酷いものよ。予算も時間も無いし、男共の演技は最悪だし。最終話にいたっては現場の確保がなんと一日!これじゃ良い作品なんて出来る訳ないわね」

 

「じゃあ何でお前は楽しそうなんだ……?」

 

 これが今、俺の足を引き留めている理由。有馬かなという異質な奴に少しだけ興味が出てきた。

 

「それはね……こんな現場にもバカって居るのよ……」

 

「馬鹿……?」

 

「そっ、例えば演技がめちゃくちゃ下手でどうしようも無いくせにそれでも自分には何か出来る事があると思って毎日努力してる奴。人が教えてやってるのに口答えはするし、ぞんざいに扱われたりもするけど。性根は真っ直ぐで一生懸命なバカ……」

 

「…………」

 

「十分上に行ける実力を持っていて頭もいいのに何処か抜けていて。自分の売り方が下手で裏でこっそり何かする事をいつも考えてる。真面目な奴かと思ったら擦れた所も見せてくれる。不思議な魅力を持ったバカとかね……」

 

(…………くっ…クソッ……)

 

 まただ。楽しそうに語るこいつや辛い表情をしてるこいつを見ていると頭が痛くなる。苦しくなる。なんなんだコレは。俺に一体何が起こってるんだ。

 

「さしずめ私もそんなバカ共に魅了されたバカの一人ってとこね。だから本気でこの作品の評価を覆せると今でも思ってる」

 

「あんたが役者や才能に対して何かコンプレックスを抱いてるのは分かったわ。だけど……それでも私はあなたにお願いしたい……勝手なのは分かってる……でも今の私にはコレしか出来ないから……」

 

 有馬はそう言うと、立ち上がり俺の前へと足を運ぶ。そのまま俺の顔を正面に見据えるといきなり腰を折り、静かに深々と頭を下げた。

 

「……有馬!?」

 

「これでも足りないなら地面に(ひたい)だって擦り付ける!だからどうか────」

 

 

 

 

 

 

「お願いします……私達と一緒に良い作品を作ってください……」

 

 

 

 

 

 

 彼女が必死に喉の奥から絞り出したであろう声は今にも消えてしまいそうで(はかな)いものだった。

 

 あのプライドが人一倍高い有馬かなが、恐らく誰かの為に頭を下げている。それがどういう意味を持つのか幼い彼女を見たことがある俺には充分に理解できた。

 

 いや、それがどうした。忘れるな俺は今なんの為に生きている?人助けをする為か?違うだろ。俺が生きている理由は目的は。アイを死に追いやった男…………俺の父親を見つけ出してアイが受けた苦しみを、痛みを、悲しみを、全部味あわせてやる為だろうが。有馬の依頼を受けることは俺の復讐とは何の関係もない。そもそも俺には有馬が期待してるような演技は出来ない。だから断れ。役者なんかやるな。こんな場所から立ち去ってしまえ……そうすれば俺は──

 

 

 

 

 

 

『えへへ……せんせぇ、だぁいすき……』

 

 

 

 

 

 

(………がぁ……はぁ……はぁ……こ、これは……?)

 

 何考えてるだ俺は……関係ないだろ、今、あの子は……

 

『もし……生まれ変わっても……きっと…………』

 

(やめろ!なんなんだ!何故あの子を今になって思い出す……)

 

 さっきから頭に響く頭痛の正体はこれか?何で今更あの子が俺の頭にフラッシュバックするのか分からない。なに余計なこと考えてるんだ断れ。復讐の為に生きるんだろ?"星野アクア"。アイを殺した奴が憎い。俺の手で絶対に思い知らせてやる。それだけを考えて俺は……

 

 

 

 

『せんせ……いじわるだね……』

 

 

 

 

 ……けれど……ここで誠心誠意頼み込んでいる少女を見捨てる俺を君は許してくれるのか……?ここで断る俺が君を推したとして君は心から喜んでくれるのか……?俺は……俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 さりなちゃん……()()一体どうしたら………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……分かった……引き受ける。だけどあんま期待はすんなよ」

 

「本当!?」

 

「ああ、そっちで話しはつけてくれるんだろ?」

 

「ええ、そこんとこは任せなさい」

 

 下げていた頭を上げると彼女は太陽の様な微笑みで俺に笑いかける。

 

「引き受けてくれてありがとう!アクア!」

 

 気付けば頭に鳴り響く頭痛は(おさま)っていた。別にこれから役者としてやっていくと決まった訳じゃない。たった一回、ドラマに出れば済むだけの話しだ。何もこの作品に出たところで復讐が出来なくなる訳ではないのだから。

 

 

『──アクアは役者さん……?』

 

 

 そんなんじゃないさアイ……俺に役者としてやっていける程の実力は無い。アイも監督も有馬も俺を高く評価し過ぎだ。

 

 俺はこんな頼みなんて無駄で面倒くさいと思ってるはずだ。なのに……認めたくないが感じている。今の俺の心はいつもの重く暗い感情と違って少しだけ軽く晴れやかなものになっているのを。

 

 

『お前は、すごい演技ができるよりぴったりの演技ができる役者になれ』

 

『役者やりてーんだろ?顔に書いてある』

 

 

 

 

 監督……もう少しだけ頑張っても……いいのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「当日は覚悟しておきなさいよ。本読みはすっ飛ばして即リハ即撮影だからヨロ!」

 

「スケジュール終わってんなぁ」

 

 聞いていたから分かってた事だがドラマの撮影にしてはあまりにも雑過ぎる現場だ。うちの監督だってもうちょっと丁寧やる。

 

「台本とかの資料はあんたの採用が決まったらそっちの事務所に送る様に頼んでおくわ」

 

「ほんとに俺なんか採用されるのか?言っとくけど知名度とかはマジで無いぞ」

 

「ばっかね〜そんなのある奴の方が少ないわよ。心配しないで、これでも私、今日あまのプロデューサーである鏑木さんには可愛がられてるから」

 

「…………鏑木……?」

 

 

 

「もしかしてフルネームは……鏑木勝也?」

 

「そうだけど、どうしたの?」

 

 鏑木勝也、その名前は俺の心を再び暗く重いものへと引き戻した。

 

 鏑木勝也はアイが残した携帯電話のパスワードを毎日試して四年もの月日をかけてやっとの思いで手に入れた手がかりだ。まさかこんな場面で名前を聞くことになるとは。

 

 これが勿怪(もっけ)(さいわ)いというやつだろか。図らずもアイの死に関係しているかもしれない人物と接触できるなんて。だとしたら悩む必要は無い、この依頼は俺にとって重要な案件だ。

 

 

(感謝するよ……有馬かな……)

 

 

「まあいいわ。じゃあ三日後にまた会いましょ。場所は資料に記載されてると思うから遅れないようにね!」

 

「ああ……分かってる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 

 

 ストーカー役の代役は無事に決まった様で。俺は今、自室でミヤコさんから受け取った資料と台本を見ながら今日あまのドラマを視聴していた。

 

「……なるほど……」

 

 初めて観た時はダメな企画に演技がまるで出来ていない役者陣と、手の施しようがないと思ったが中々どうして癖がある作品に仕上がっていた。

 

 ダメな役者陣に合わせたテクニックやノウハウがそこかしこに使われていて意外と観れる作品になっていることに俺は気づく。

 

「つまり裏方はプロが揃ってるみたいだな……」

 

 そして問題の演者だが。主演の鳴嶋メルトとか言う役者は見所がありそうだ。現在今日あまは四話まで公開されていて、第一話の時はただの素人だと思った。しかし三話の辺りから何か意識改革が起こったのか、所作(しょさ)や滑舌など基本的な所が出来る様になっている。

 

 今日あま全体の撮影期間はそこまで長くないはず。その期間内に素人からここまで実力を上げてくるのが如何に難しいのかは子供の頃、天才達に惨めにも抗っていた俺にはよく分かる。

 

「黒川あかね……か……」

 

 気になるのはもう一人黒川あかねと言う演者。今日あまでは主人公の友達という端役ではあるが、その演技力は有馬かなと比較しても遜色が無いように見えた。最も有馬かなと同じで演技を抑えている可能性があるので純粋な比較は出来ないが。

 

「黒川あかねは俺とのシーンには出てこない……だったらコイツに関してはそこまで気にする必要は無いか……」

 

 少しだけ気になった人物であったが。ストーカーとカナタの対決シーンに出てこない以上、俺とあまり関わることも無いだろう。良く観察しておくべき共演者は鳴嶋メルトと有馬かなだけ……

 

 

『私達と一緒に良い作品を作ってください……』

 

 

(…………クソッ……)

 

 いや気にするな。俺の目的はあくまで鏑木勝也との接触だ。このドラマで俺は凄い演技なんかしなくてもいい。感情的にならず、ただ()すべきことを為せば良いのだから。

 

 

 

 ヒロインはバリバリの実力派。主演のモデルは成長の兆しあり。裏方は優秀。

 

 

 

 

 

「これならやりようはありそうだな……」

 

 

 

 

 





激重感情
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