【今日は甘口で】最終話収録現場
私がいま居るロケ地は古い廃倉庫。ドラマのラストスパートであり最大の見せ場であるカナタとストーカーの対決が撮影される、なんとも雰囲気がでている場所だ。
「おはようございます。黒川先輩」
「おはようメルトくん」
声をかけてきたメルトくんに私は挨拶を返す。私の出番はもう終わったのでこれといって撮影でやる事は無いのだがとある理由によりまだ現場に残っている。
メルトくんの成果やかなちゃんの演技を見れてないのもある。外が雨で憂鬱なのもある。だけどまだ私が残っている最大の理由は……
「先輩、有馬見てないか?さっきから姿がみえねぇんだけど……」
「うーん、見てないなぁ。もしかしたら代役の子を案内してるのかも?」
「ああ、例の奴か。有馬から代役みつかったって連絡きた時はマジかよって驚いたなー。まさかこんなスケジュールで引き受けてくれる奴が居てくれっとわな」
それはそうだ、まさか本当にあの短い期間で代役を見つけてしまうとは、かなちゃんには頭が下がるし、驚くのも頷ける。だけど驚き具合で言ったら私の方が大きいだろう。かなちゃんから名前を聞いた時に思わずスマホを落としてしまったくらいだ。まさか連れて来る代役が彼になるとは世間というのはえらく狭い。いや、これも何かの運命だったりして……なんてのは考えすぎかな……
「星野アクアか……一体どんな演技するんだろうな……」
「どうだろうね……私も気になってる」
昔観た"それが始まり"と言うアクアさんとかなちゃんとアイさんが共演した映画。私はそれを観た時に衝撃を受けた。まだ五歳にもなっていないであろう子供なのにセリフがすらすらと出て来る異質さ、張り付いた表情。なによりもそれら全てが日常であるかの様に演じる姿がより一層、私の目には不気味に映った。しかもアイさんが言うには当時のアクアさんはデビュー所かあれが初めての演技だと言うのだから恐れ入る。
絶頂期のかなちゃんの横であんな演技が出来るのだから彼は間違いなく天才と言うしかないのだろう。
「おい、噂をすればあそこに居るの有馬たちじゃね?」
メルトくんはそう言葉にするとある一点を指差す。そこには見慣れた少女と実物は初めて見る少年が話をしながら立っていた。
「おっす!有馬。隣に居るのが代役を引き受けてくれたっていう役者か?」
メルトくんの問いかけにかなちゃんは静かに頷く。
「丁度良かったわ。監督やプロデューサーにコイツの紹介が終わった所だからあんた達にも合わせようと思ってたのよ。ほら、演者への挨拶も大事な仕事!しっかりなさい」
「分かってるよ……」
かなちゃんの発言に隣の少年は渋い顔をしながらも同意し、こちらに一歩近づいてくる。
「苺プロダクション所属の星野アクアです。本日限りになりますがよろしくお願いします」
「おっと、こいつはご丁寧に。青野カナタ役を務めさせて頂いてるソニックステージ所属の鳴嶋メルトです。って、あんま堅苦しいのはやめようぜ。有馬から聞いたけど俺とタメなんだろ?今日はよろしくな!」
「ああ、よろしく」
お互いの心地よい挨拶が私の耳に聞こえてくる。メルトくんも成長したな〜。私が挨拶した時なんて言い終える前に通り過ぎちゃったのに。
そして次は私の番。私はアクアさんの前に立つと少し緊張した面持ちで挨拶をする。
「黒川あかねです。役は……と言っても、もう私の撮影は終わったのであまり関係ないですね……代役の件、引き受けて頂き本当にありがとうございます」
「いえいえ、そんなに気にしなくていいですよ」
こちらも礼儀正しくしたからなのか、はたまた歳上だと思っているのか、意外にも丁寧な対応をしてきた星野アクアと言う人物を私はよく観察してみる。
なるほど、こうやって改めて見ると何処かアイさんに似ている。まだあったばかりだからなんとも言えないけど、表情や言動から察するに性格は冷めた方なのかな?アイさんは昔からあまり笑わない子供だと言っていた。その名残がまだ残っているのかもしれないね。
『アクア…………大きくなったんだね………』
最近少し様子がおかしいアイさんがぽつりと呟く。私にはアイさんが何を考えているのかはなんとなくしか分からないけど、母親として複雑な思いがあるのかな?
(良かったですね。アクアさん、元気そうですよ)
『うん、ひとまず安心かな。…………ゴメン、しばらく黙ってる……』
そう言うとアイさんは口を閉ざしてしまう。
アクアさんが代役に決まったと知った時、アイさんは確かに喜んでいた。『アクアもっとカッコよくなってたらどうしよ〜!』とか『アクアを連れてくるとはあの子もお目が高い!』なんて言っていたのだけど私がアイさんの存在を彼に話すべきか相談した時に彼女の雰囲気はガラッと変わり……
そして私はこうお願いされた。
『あかね……アクアと会っても今はまだ、星野アイの事は話さないでほしいな。アクアに余計な心配をかけたくないから……』
そう言ったアイさんの声色はいつかの帰り道に聞いたような、暗くて冷たい声だった。
すぐにアイさんの存在を明かさないというのは分かる。もし、今アイさんの話をしてしまったら信じるにしろ、信じないにしろ、アクアさんの精神に少なからず影響を与える事になるだろう。撮影前に精神的負担を与えたくないという思いは私も同意できる。
だけど、アイさんが隠したがる理由はそれだけじゃ無いような気がする。それはきっと、アクアさんじゃなくてアイさん自身に問題が……私は長年一緒に居ると言っても深い事情を知ってる訳じゃない。だから想像で語るしかできないけど、もしかしたらアイさんは子供達に会うのを怖がってるのかもしれない。私に弱音を吐かないアイさんが子供やお世話になったと言う社長さん達、そしてB小町メンバーの話しをする時はいつもと違う様子を見せていた。
私はアイさんに家族としっかり話をしてほしい。死に別れになってしまった皆んなと再会して出来なかった事をやって失った時間を取り戻してほしいと思っている。昔はあんなに会いたがってた息子が今、目の前にいるのだ。心の奥底での気持ちは変わってないはず。
「どうしました?俺の顔に何かついてるとか?」
「な、なんでもないよ!えっと……何か分からない事があったら遠慮なく聞いてね。それから私に対しても普通に喋ってくれないかな?歳もあんまり変わらないんだし」
「そうか、分かった」
アイさんの事を信じてもらうにはアイさん自身の協力が絶対に必要。私とアイさんが完全に入れ替わるには二人の集中力が大事になるからアイさんにその気が無いのでは難しい。アイさんがいつ話そうと思っているのかは分からないけど私はただ待つつもりはない。
「リハ始めまーす!」
「あら、結構時間食っちゃったわね。アクア、台本は頭に叩き込んでる?」
「問題ない」
「うっし、じゃあ行くか。期待してるぜアクア!」
「答えられるとは限らないがな……」
「皆んな頑張ってね!」
ただ、今は情報が足りない。私はまだまだ知らない事だらけだ。アイさんの過去も、アクアさんの気持ちも何にも知らない。だから、まずはアクアさんを知る事から始めよう。アクアさんが心からもう一度アイさんに会いたいと言ってくれればアイさんの気持ちだって変わるかもしれない。
それに同じ役者として個人的に興味もあるしね。
☆
リハーサルは雨漏りによって一時中断となったので私達は再び集まって話をしていた。
「なんだ、普通に演技出来てるじゃん。何が裏方志望よ」
「これで裏方志望ってマジかよ……」
「うんうん、しっかり出来てた」
「こんなの練習すれば誰にでもできる。他の奴の邪魔をしない程度に下手じゃないだけで、俺自身には何の魅力も無い……」
アクアさんが言っている事もちょっと分かる気がする。確かに演技に問題は無かった、むしろ少ない日数でいきなりリハからやったのだから素晴らしいとも言える出来だった。
だけど、あの映画で観た誰にも真似出来ないと思わせる圧倒的な才能は感じなかった。良くも悪くもクセが無い、事前に用意されていたかのような……言ってしまえば作り過ぎている演技に私は見えた。
「何か凄いのを期待してたのなら悪かったな」
「そんな事無いわ。あんたの演技、物語に寄り添ってるっていうか、今までずっと努力してきたんだなってのが伝わってきて私は好きよ」
「それにあんたよりよっぽどヤバい奴が隣に居るんだから自信持ちなさい!」
「お、おい!俺をダシに使うなよ!」
「あー、メルトはそこまで悪くなかったと思う……ぞ?」
「うぅ〜アクアのフォローがあったけぇ……黒川先輩たちに教わってきた成果が少しは出てるかな」
「フォローされてるのかな?アクアさんの語尾が疑問系だった気がするけど……」
リハーサルの内容はいたって普通だった。誰かが凄い演技をした訳でも無く、雨漏りで中断された以外のハプニングも無く静かな様子。まあ、その普通が出来るだけでもこの現場としては凄いことなんだけどね。
「なんつーかこうやって皆んなで演技するのも今日で最後なんだよな……」
ポツリと呟いたメルトくんの言葉に私達は一斉に顔をむける。
「何言ってんのよ、別にこれから会えなくなる訳じゃないのに」
「それでも、せっかくアクアとも知り合えたのにこれで終わりってなるとなんかな……」
「ちょっと寂しいよね……」
最初に見た時は凄まじい現場だと思ったけど。色々あった結果、まさかこんな現場になるなんてね。
「全く……あんた達よく聞きなさい」
今までの事に思う所があるのか、かなちゃんは静かに語り出した。
「私は今までなんの為に努力しているのか分からなかった。私も含めて皆んなが過去の天才子役と言う名声に囚われて、それを覆せなくて。もう役者なんて辞めちゃおうかと思ったこともある……」
「でもあんた達と会えて考えが変わった。第一印象はみんな最悪よ。コネで役取ってる奴に、見てて恥ずかしくなる演技をする奴に、会う度に口喧嘩する気に入らない奴」
「コネで役を取ったか……否定は出来ないな……」
「芸能界には色んな奴が居て、皆んなそれぞれの目標の為に頑張ってる。運や実力でその先は変わっていくけど、頑張ってれば何処かで見てくれてる人が居るんだって私は気づいた」
「前は『こんな現場なんて最悪!』って思ってたはずなのに。今なら、あかねが居て、メルトが居て、アクアが居るこの現場の事、胸を張って好きだって言える。そんなこの作品の評価を私は悪いままで終わらせたくない」
「だから最後にやってやりましょ!私達の演技力でまだ観てくれてる人達に『最後まで観て良かった!』って思わせられるようにね!きっと分かってくれる人は居るから!」
ほんとに最近のかなちゃんには驚かされる。他者を信用しなくなったかなちゃんがこんな事を言う様になるなんて……
この人はやっぱり眩しいなぁ……
「アクアも……過去に何があったのか私には分からないけど今日だけは安心しなさい、あんたに恥はかかせない。だって私が居るんだから!あんたがどんな演技をしようとも私が全力でフォローする」
「有馬……」
「おっ、今日の有馬は頼もしいな。いっちょ俺の方も頼む!」
「はぁ?メルトには言ってないんですけど?せいぜい私の引き立て役として頑張れば?」
「ああん!?言いやがったなテメェ!上等じゃねぇか!俺だって今日は違うってとこ見せてやるよ!」
「あっははは!あんたがどれだけ変わったのか楽しみにさせてもらうわ!」
「ふ、二人とも落ち着いて……ごめんねアクアさん、ちょっと騒がしくて……」
「別に、気にしてない」
かなちゃんのおかげで本番前だというのにこの場ではいつもの様な日常が繰り広げられていて緊張感は感じられない。逆に皆んながリラックス出来ている様に見える。アクアさんだけは何か考え込んでいるのか難しい顔をしているけど……しょうがないよね、まだ私達会ったばかりなんだし。いきなり馴染めってのが無理な話だ。
で、あるならば私も手を貸そう。本番中に私が出来る事はないんだから今のうちにやれる事はやっておかなくちゃ。えーと、本番前に団結感を出す為に気合いを入れるって言ったらやっぱりアレかな?
「よし!ここは一つ、結束を固める為に皆んなで円陣でも組んでみよっか!」
「いや、やらないけど……」
「黒川先輩マジで言ってんの?」
あれ?なんか反応が薄い。男の子はこういうの好きなんじゃないの?アイドル時代はよくライブ前とかメンバーでやってたから普通なんだと思ってたんだけど……
「み、みんな反応悪くない?……え?……ほんとにやらないの?今ならスタッフさんも少ないから声出しても大丈夫だと思うよ!」
「恥ずかしい気持ちの方が大きいっつーか……」
「俺はいい、やる意味を感じられない」
「そんなぁ〜!」
これでも勇気を出して言ったのに皆んな酷い。
「黒川には悪いが実際はこんなもんだろ。有馬だってやるタイプには……」
アクアさんに冷めた態度で告げられたのでちょっと落ち込みながら、私はかなちゃんの方を見やる、やるタイプに見えないと言われたとうのかなちゃんはというと……
「そ、そうよね〜!え、円陣とか!スポーツやってる学生がやる体育会系のノリじゃない!なにそれ私たち甲子園でも目指してるんですかー?って感じ!い、いや〜あんた達が乗り気じゃなくて良かったわー!危うく変なのに巻き込まれるとこだったじゃない!……うん……ほんとに……良かっ……た……」
強がりながらもしょんぼりしているかなちゃんがそこには居た。
「もしかしてかなちゃん……やりたかった……?」
「そっ!?そんな訳ないでしょ!あかねがあまりにも突拍子もない事言うもんだから驚いただけ!断じてちょっとやってみたいな〜とか思ってないんだからねっ!」
口では全力で否定しているかなちゃんだけど、分かりやす過ぎる態度で皆んな察してしまった。
そう言えばかなちゃん、ずっと一人でやってきたんだよね……もしかしたらこういう年相応みたいな事柄に憧れがあったりするのかな……?
「はぁ〜しゃーねーな。先輩の提案を断るのもな……掛け声は言い出しっぺがやってくれ」
「流石メルトくん!分かってるね〜」
同意を得られた事にホッとしながら、問題のアクアさんの方を私は見る。
「俺はやらないぞ?お前達で好きにやればいい」
そう言いつつこの場を去ろうとするアクアさんの腕を私はガッチリ掴む。
「まあまあ、そんなに遠慮しなくても」
「遠慮じゃねぇって、つか俺に構ってないで……」
「かなちゃーん!アクアさんもやりたいって!」
「話し聞けよ!」
落ち込んでいるかなちゃんに声を掛けるとさっきまでとは裏腹にパァーっと晴れやかな顔になっていく。
「しょ、しょうがないわね〜!あんた達がそこまで言うなら付き合ってあげてもいいけど……?」
「言ってねぇし……」
多少強引かもしれないが仕方ない。アクアさんは積極的に人と関わるタイプには見えないし、幼稚園の時も友達が出来なくて心配だったとアイさんが言っていたのでこっちから仕掛けないと何も始まらない。
「ほ、ほら、アクア。肩組むわよ……」
「だからやんねぇっての!なんで女どもの方がノリ気なんだよ……」
嫌がるアクアさんに早くも覚悟を完了して私と肩を組んでいるメルトくんが懐かしさを感じているかの様な声で引き止める。
「なんかアクアみたいな奴俺の学校にも居たなー。てか、お前だけ逃げるとかナシだから、マジで居てくれ……男一人は流石に居づれぇって……」
「は?意味わかんねぇ、逃げてる訳じゃねぇし。こういうのはチームとして作戦話したりする時に使うもんだろ?俺は別にそんなのいらねぇし、共有する物もないから。大体居づらさで言ったら既に出来てるグループに入っていく俺の方が居づらいだろ。別にこんなのやった事無いからやり方分からないとかじゃねぇから。今から撮影する上で必要性を感じ無いって言ってるの。言ってること分かる?」
「うわぁ……なんなのこいつ、急に饒舌になって気持ち悪いわね……」
なんだかとってもシンパシーを感じる。アクアさん……入り辛い気持ち、私にはちゃんと分かってるよ……私がアイドルグループに入った時も、いつの間にか仲がいい人達は決まっていて凄くやりづらかったなぁ……初めてやった時にリーダーが引っ張ってくれなかったら一生出来なかったかもしれない。
うん、今度は私の番だよね。
嫌がっているアクアさんの肩に手を回して強引に肩を組み、かなちゃんが組みやすい様に姿勢を低くさせる。
「く、黒川!?」
「かなちゃん今がチャンスだよ!」
「わ、分かったわ!」
「お、おい!有馬まで!」
私がアクアさんの姿勢を低くした事によって肩を組む事に成功したかなちゃんは次にメルトくんとも肩を組み、私たちは一つの円を作りだす。
「アクア……諦めろ。俺もこの状況を早く終わらせてぇ……」
「……はぁ……チッ、やればいいんだろ……俺だってあまり時間を使いたくは無い」
遂に観念したアクアさんは物凄く渋い顔をしながらもちゃんと受け入れてくれたみたいだ。
「みんな初めてだと思うから簡単なやつでいくね。今から私が『ファイッ!』って言ったらみんなで『おおーー!!』だからね」
「やべぇ、ちょっとワクワクしてきた……」
「き、緊張するわね……」
「何でもいいから早くしてくれ……」
三者三様の反応を示しながらみんなが私の言葉にうなづく。周りのスタッフさんも今は一人か、二人しか見えないし、声を出しても「何かやってるなー」くらいにしか思われないから大丈夫なはず。
……あれ?考えてみたら男の子とこういう事やるの初めてかも……えーと、意識しだしたらドキドキするというか、なんだか恥ずかしくなってきたよぉ……しゅ、集中しないと。
少し乱れた心を整えて息を吸い、お腹に力を入れて声を張り上げる。
「今日あま組ぃーー!!ファイッ!!」
「おおーー!!」
なんだかんだ円陣は一発で決まり、私達四人の爽快な声が雨音が強い廃倉庫に
「ふーん、中々悪くないわね。なんだかいつも以上にやる気が出てきた気がするわ!」
「有馬も結構純粋なとこあんだな……俺はやっぱり恥ずい気持ちがデカいなー。あそこに居るカメラマンさんとか凄い驚いた顔してるし……」
「なんですって!?それはマズイでしょ!さっさと説明に行くわよ!」
「お、おい!待てって!」
言うや否や素早い動きでスタッフさんの元へと駆けていくかなちゃんとそれを追いかけるメルトくん。思ったより声が出てしまったのでスタッフさんに迷惑をかけたかもしれない……早くフォローに行かないと。
「…………」
「どうしたの?アクアさん?」
「…………いや、なんでもない……」
なんと言うか目線が遠くを見ていて立ち尽くしているのを不思議に思って声をかけたけど大丈夫かな?受け答えはしっかりしてるから問題なさそうだけど……って、今はそんな場合じゃないか、早くかなちゃん達を追いかけないと。
「ほら、アクアさん!遅れるとかなちゃんがうるさいから私達も行こっか?」
『ほら、センセ!社長がうるさいから私達も行こっか?』
『おいおい、あんまりはしゃぐとお腹の子によくないぞ』
『これくらいは大丈夫だよ☆』
「なっ!?ア……………ああ……」
惚けているアクアさんを呼びながら私もかなちゃん達の後を追いかけようとする。何故かとても驚いた表情をしていたけど、ホントに大丈夫なのかな?私の心配し過ぎなだけだったらいいけど……
「────フッ……全く…………変な奴らだよ、お前ら」
小さいながらも私の耳には自嘲したような声が確かに聞こえた。なんだかんだで距離を縮める事が出来たのかな?
私という存在がどこまで彼に影響を与えられるのかは分からないが、少しでもアクアさんの助けになれたのならば幸いだ。
『……アクアが……わらっ……た……?』
☆
スタッフさん達にお騒がせしたことを皆んなで謝った後、用事があるとかでアクアさんは何処かへ行ってしまった。ちょっと気になったけど流石に着いていく事は出来ないので私はただ、見送る事にした。
かなちゃんの方も、もう一度台本を読み直してイメージしたいとかで何処かに行ってしまった。だけど、彼女の心配はしなくていいだろう。初めてこの現場で会った時と違って、その表情はやる気に満ち溢れた強い顔をしていたのだから。
もうすぐ中断されていた段取りに
「ちょっといいかな?本番前にもう一人の私から伝言があるよ」
「ん?そう言えば今日は見てないな。何か事情でもあんのか?」
「あはは……まあね……それに私とあの子のことはちょっと現実離れしてるから、誰彼構わず言えることじゃないしね……」
「それもそうか……んで、黒川の方は何て言ってたんだ?」
彼に伝わりやすい様に出来るだけアイさんっぽく言ってみよう。大丈夫、アイさんは仮にも私の側に十年以上居たんだ、私にはそれがちゃんと出来るはず。
私は前日に教えてもらった本番前に代わりに言っておいてほしいとアイさんから言われた言葉を一言一句
「うん、もう一人の私はこう言ってたよ…………『思いっきりやっちゃえ!
それを聞いたメルトくんは私の顔を見つめると一瞬、驚いた表情を浮かべる。しかしそれは数秒にも満たない出来事であり、直ぐに切り替えて決意が宿った顔で返事を返す。
「はいっ!!」
「まもなく本番の撮影始めますので準備の方お願いしまーす!」
スタッフさんの声が聞こえてきて時間が無いのだと再認識させられる。どうやら本番前に喋っていられるのもここまでの様だ。とは言っても、もう私に出来る事は無いので後は見守るしかない。
「じゃあ俺、行ってきます」
メルトくんの言葉に私は小さく手を振って見送る。気づいたらかなちゃんとアクアさんも戻って来ており、お互いの配置を確認していた。
現場は本番前の独特な緊張感が辺りを包む。
「カメラの準備、オーケーです」
「照明オーケー!」
「マイクオーケーです!」
私は彼に秘策を授けたとかそう言ったことは無い。今まで学んだ物をどう使うかは彼自身が考え、決断していくことなる。そうでなきゃ意味が無い。その先にある物が正しいのか正しくないのかは私が決めるのではなく、監督と……視聴者が答えを出してくれるだろう。
立ち位置の確認が終わったのか、今まで騒がしかった現場は静まり返り、雨音だけが鳴り響く現場にカチンコを持ったスタッフの声が耳に入ってくる。
「それではシーン6、カット51」
果たして本当に見られるのだろうか?メルトくんの成果が、かなちゃんの本気が、アクアさんの実力が。何が起こるのかなんて分からない。ただ言えるのは、今から行われる撮影がこのドラマの評価を決定づけるものになるというだけ。
「よーい、スタッ!」
それぞれの想いが交差する物語が今、幕を開ける。
もう少しで今日あま編が終わりそうなので。終わるまでは早く上げられるように順次作成中。