色々あった最終回の撮影であったが、なんとか無事にクランクアップを迎えることが出来た。
ストーカーとの対決シーンをあのまま使うのかは結構揉めたみたいだけど、監督の強い意見と、アクアさんが倒れてしまったのもあって代役が不在してること。何よりも今までとは一線を画す完成度が高いシーンを前にしてはお偉いさん方も納得するしかなかったみたい。
最終話が放送されるとネット上では瞬く間に評判が広がった。緊迫感のあるシーンに迫真の演技。そして、キャラクターの新たな一面が見えるかの様な最終話は。今まで見続けた人だけではなく、評判を機に新たに見始める人まで出てくるまでに。
胸を張って名作と言える程ではないが、見る価値もないドラマからこれはこれで一見の価値ありと言えるくらいにまで評価が覆ったらしい。
こうやって改めて観てくれる人達が居て、喜んでくれるのを感じると、やっぱり嬉しく思う。私がやってきたことは評価もされないし、褒められたものじゃなかったかもしれないけど、無意味じゃなかったのだと思わせてくれる。
さて、そろそろ行かなくては。撮影が終わっても演者の仕事が終わった訳じゃない。最後まで皆んな笑顔で終わってほしいと切に願う。
☆
【今日は甘口で】打ち上げパーティー貸切ホテル
(アイさん、私変じゃないですか?ドレスなんてあまり着なくて……)
『バッチリだよ!あかねはドレスも似合うね〜』
今私が居るのは今日あまの打ち上げパーティー。周りを見れば沢山の大人の人。こういう場は初めてじゃないけど、私は場違いじゃないのかといつも緊張してしまう。
「黒川、少しいいか?」
声をかけられた方を振り向くとそこにいたのはこのドラマの功労者である少年。
「どうしたのアクアさん?」
いきなりアクアさんと会ってちょっと動揺してるけど、それを悟られたくはないのでなるべく自然に返す。
「あの時の事はあんま覚えてないけど……倒れた俺を運んでくれたの黒川なんだろ?なんていうか……すまん、迷惑をかけた」
そっか、あの撮影の時から会ってなかったから気にしてたんだね。
「全然気にしなくていいよ!元々私達が巻き込んじゃったんだし」
「この作品に出たのは俺の意思だ、そっちこそ気にする事じゃない」
アクアさんはそう言うと口を閉ざしてしまう。他は騒がしいけど、私達の周りは静かになってしまった……
うぅ……この沈黙に私は耐えられそうにない……
「あ、そうだ!演技凄かったよ!ネットとかでも評判いいみたいで羨ましいな〜」
「聞いた話だと『ストーカー役の奴ちょーキモい』『演技がリアルすぎてコイツ経験者だろ』みたいに言われてるらしい……羨ましいか?」
「あはは……で、でも反応が無いよりはよくない?私なんか全然感想無かったし……」
「そうか……世知辛いな、芸能界は……」
なんだか同情されてる様で余計に空気が重くなってしまった。これは気まずい。
「えっと、あっ!かなちゃんに挨拶した?」
「有馬?まだ会ってないけど。俺はここにきて真っ先に黒川を探したからな」
「ダメだよアクアさん。アクアさんを連れてきたのはかなちゃんなんだから、しっかり話しとかないと」
「そういうもんか?まあ、じゃあちょっと探してくる」
そう言うとアクアさんはこの場から去って行く。気になる事は山ほどあるし、まだまだ話たい事も沢山あるけど。私とアクアさんが会ったのは今日でまだ二回目。深い事情を聞ける仲でもないし焦らずじっくりいこう。
(大丈夫ですか……?アイさん)
『心配しないでもう大丈夫!いきなりアクアが来たのにはビックリしちゃったけどね〜!てか、うちの子超かっこよくない?周りに居る他の子達が可哀想になっちゃうよ〜』
(はいはい、親バカなのも程々にしてください)
今の所アイさんの様子は特に問題ない。空元気って感じでもないし……初めてアクアさんに会ってからそこそこ経ってるから、自分の中で上手く折り合いをつけたのだろうか……
「やぁやぁ君、黒川あかねくんだよね?ちょっと話せる?」
アクアさんを見送った私に声をかけてきたのは一応面識がある人物だった。今日あまのプロデューサーである鏑木勝也さん。
「はい、大丈夫です」
「良かった、君とは一度話してみたいと思ってたんだよね」
どうしたんだろ?現場に入るときに挨拶をしたくらいで私は鏑木さんから興味を持たれる事はしてないはず。プロデューサーが直々に来てくれるのは嬉しいけど、この人は雰囲気が独特だからちょっと苦手かも……
「まずは撮影お疲れ様。いや〜最終回、中々評判いいよ」
「ありがとうございます。とは言っても私が何かした訳では……」
「ふーん……まあ確かに、話題になってるのはメルトに有馬くんにアクアくん。有馬くんとアクアくんは兎も角として、まさかメルトにまで注目が集まるとは思わなかったよ」
「そうですね、彼も嬉しいんじゃないでしょうか」
メルトくんは鏑木さんに目を掛けられてる。元々このドラマはメルトくんみたいな若手モデルの宣伝に作られた物。注目のされ方は鏑木さんの想定と違ったかもしれないけど、当初の目的は果たせているのだから文句はないはず。
さらりと受け答えをする私のことを鏑木さんはジトっとした目で見つめてくる。その目を見ていると何処か居心地が悪い気分になってしまう。
「ふぅ……分かった……回りくどいのは無しにして本題に入ろう。──君、メルトに何かしたでしょ?」
(ギクッ!ま、まずい……!)
本来なら私があそこまでメルトくんに教えたりするのはあまり褒められた事じゃない。メルトくんはあくまでモデル。私は所属事務所の意向も知らないし、確認をとった訳でもない。事務所の問題はかなりシビアだからね。もしこの先、メルトくんと事務所の方針が食い違ってその原因が私にあるのだと知られると目も当てられない事態になってしまう。
「メルトの演技……あれは誰かに教わった物だと僕は思うんだよね。撮影を始めた時なんかは基礎も知らなかったんだし、誰かが裏で教えてたと思うのが自然じゃない?」
「それが私だと……?」
「僕はそう思ってるよ」
この人の言い方はどこか確信を持ってそうだけど……ここはちょっと惚けてみようかな。
「……それは間違いですよ。私にそんな事をする義理はありません。確かに撮影を通して多少仲良くはなりましたが、彼を教える理由なんて……」
「やれやれ困ったね。……じゃあちょっと僕の話を聞いてもらえるかな?」
鏑木さんは困った様な笑みを浮かべると、静かに語り始めた。
「まず一話の撮影時点で変化は無かった、いつも通りの鳴嶋メルトだ。それは二話のリハーサル時点でも変わらない。だけど本番の時に少し違和感があった。なんて言うかいつもみたいにヘラヘラしてなかったんだよ」
「僕はそれが気になってね、次のメルトの仕事について行ったんだ。そしたら彼、現場に着くなりスタッフに挨拶回りなんて始めてさ。いや驚いたねー。今の今までそんなの気にも止めてなかっただろうにいきなりスタッフとコミュニケーションなんてさ」
「そこで僕はこう考えた、二話のリハーサルから本番までに彼を変える何かが有ったんだとね。まず注目したのはスタッフ。しかしここに一話との違いは無かったし、何か大きな出来事も無かった。そして次に共演者。ここにも大きな違いは無かったけど、一人だけ居たんだよ。二話から参加している役者が……」
「それが君だ……黒川くん」
「…………」
『あわわわわ……!どうしよ〜』
鏑木さんの話は着実に私を追い詰めていく。アイさんは焦っているみたいだけど、私は鏑木さんの話を最後まで聞き届けたい。
「そこから僕は撮影の度に君の周りを観察した。そしたら案の定とも言うべきか君はメルトとよく話をしていた。いやそれだけじゃない、いつからか有馬くんも君の元を訪れる様になった。これは聞いた話だけど、最終話の撮影前なんてアクアくんを交えて円陣なんか組んでたみたいじゃない、若いっていいね〜」
「そ、その節はご迷惑をお掛けしました……」
「いや、構わないよ。それでね、僕はこう結論付けた。今回話題になった役者は皆んな……君の周りに集まっていると。これ当たってる?」
ここまで推察されてしまっては認めるしかないだろう。アイさんが名前を覚えてるくらいだから凄い人なのは分かってたけど、随分と抜け目なく周りが見えている。
「……そこまで言われてしまっては黙ってられませんよね……確かに、鳴嶋くんを教えていたのは私で間違いありません。有馬さんとは代役の件を頼む為に一緒に居ました。アクアさんもその関係で……」
「ふーん……なるほど……」
しばらく考える素振りを見せる鏑木さん。すると突然、私に対して鋭い視線を投げかける。その無表情からは彼の感情を察することは出来ないが、何かを試そうとしてる目に私は見えた。
「メルトはモデルだ、演技力なんか無いのを分かってて僕は採用した。それが最終話だと結構好き勝手やってくれたよね。あの最終話、監督も気に入っちゃってどうしても使うって聞かなくてさー。お陰でこっちは演出プラン練り直したり、お偉いさん説得したりで大変だったよ」
そこから一呼吸おき、鏑木さんは更に厳しい視線を私に向ける。
「君さ──なんでこんな事した訳?」
『なんなの鏑木さん!?確かに内緒でやったのは悪かったけどここまで言われるのはおかしくない!?もぉー!あかね変わって!こういう大人には私がガツンと言ってあげるから!!』
(ふふっ、大丈夫ですよアイさん)
興奮しているアイさんを抑えながら、私は考える。本気が出せないかなちゃんの本気が見たいとか、失望してしまった原作者の為とか色んな理由があって一言で説明するのは難しい。
ただ、どうしても言葉にするというのなら……
「そうですね……敢えて言うなら私、好きなんですよ」
「がむしゃらに努力する子」
『えーと……お前、そんな顔してて楽しいの?クソっ!これで合ってんのか!?分かんねえ。つーか、主演ってやる事多すぎんだろセリフ覚えるだけでもしんどいし、ああ、もう!もう一回だ!これじゃそれなりにもなんねぇぞ!』
思いだすのは二話の本番前にメルトくんが一人で練習してるのを見た時。演技の練習を頑張るなんて役者だったら珍しくもない。ごくありふれた、普通の光景。
そう、私の目には誰も居ない空き教室で頑張る彼の姿が、ただ起用されただけのモデルではなく、何処にでも居る普通の役者に見えただけなんだから。
私の言葉を聞いた鏑木さんは口元を抑えると急に大きな声で笑い出した。
「ふ、ふふっ!あっはっはっは!……いや失礼、いつ振りだろうか……こんな風に笑ったのは」
いきなり笑い出した鏑木さんに私はちょっと驚く。アイさんも『こんな鏑木さん、初めて見た……』と呟いている。
「意地の悪い言い方をしてすまなかったね。今回のドラマ、僕は厳しい収益になると思っていた。しかし、最終回の反響もあって……トントンか、ほんのちょっとプラスくらいにまで持ち直したよ」
「そんなお金を作ってくれた黒川くんに文句なんてあるはずがない」
『うわっ、やっぱりこの人変わってなーい!』
先程の厳しい表情は何処へやら、急に上機嫌になった鏑木さんを私は見る。やっぱり、この人も同じなんだ。メルトくんを目にかけてるってことは努力する子が嫌いではないのだろう。
「君、次の仕事は決まってるの?」
「いえ、お恥ずかしながらこのドラマの役もやっとの思いで掴んだものでして……」
「ふーん、そうなんだ。……じゃあ君、恋愛リアリティショーに興味はない?」
「恋愛……ですか?」
「そうそう、今丁度メンバーを探してるとこでね。上手く活用すれば知名度だって上がるかもしれない。どうかな?」
恋愛リアリティショーについては知っている。若い子達を同じ場所に集めて交流させ、そこから発展する恋愛模様を楽しむ番組。その注目度は結構高く、主に中高生に絶大な人気を誇っている。
うーん、悪く無い話ではあるんだけど……あまり前向きには考えられない。ああいう番組はそれなりにリスクがあるし、何より恋愛はアイドルにとってタブーなんだから。
「勿論いま決める必要なんてない、資料は後で渡すからそれを見て決めてほしいな。ああ、それと……」
悩んでいる私に鏑木さんはポケットから一枚の紙を取り出すと、私に差し出す。
「これ僕の名刺ね。何か困った事があったら連絡すると良い」
「頂戴します」
何にせよ、アイさんも認めるやり手のプロデューサーと知り合いになれたのは良い事だ。この繋がりは大切にしなくちゃ。
「それじゃあ僕はこれで……久々に愉快な時間だったよ。君とはなるべく、良い関係を築いていきたい」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いします」
去っていく鏑木さんをしばらく見ていると何かを疑問に思ったのか、アイさんが私に語りかけてきた。
『あかね、どうしてあんな事を言ったの?鏑木さんが喜びそうなのを分かってた?』
(別に、深い意味はありませんよ。ただ、メルトくんに接触した理由を簡潔に述べただけです)
そう、そこまで深い意味があって言ったとかそんな事はない。頑張っている子に手を貸してあげたくなるなんて、当たり前のことだと思うから。
(ずっと見てきたアイさんなら分かりますよね。演技もアイドルとしての能力も私に最初から備わっていた訳ではありません。色んな人から教わって、今の私があるんです)
『懐かしいね〜昔は一緒に稽古した頃もあったっけ……』
こうして話していると昔の事を思い出す。まだ私が小さくて、皆んなみたいに思う様に演技なんて出来なかった頃の思い出。
『中にも東寺の羅生門には、茨木童子がうで
『あかねダメダメだね。そんなんじゃ凄いアイドルになんてなれないよ?』
『じゃあ、アイちゃんがやってみてよ!そんなに言うからには出来るんでしょ!はい、ここの所ね!』
『ふふーんこんなの余裕だよ。一寸先のお小仏に蹴躓きゃるな細溝に泥鰌にょにょにょ……』
『アイちゃんの方が全然ダメじゃん!』
『むぅー!もう一回!今のは間違えたとかじゃなくて!あ、あれだよ!油断しちゃっただけ!』
才能があろうとなかろうと、誰しも始めは初心者なんだ。だからそれを恥じる必要なんてない。頑張ってれば絶対に報われるなんて言うつもりはないけど、何処かで見てくれてる人は必ず居る。
私はその……頑張りを見る人になってみたかっただけなのかもしれない。
最初は今日あま編がこんなに長くなるとは想定してませんでしたが、やりたい事を詰め込んだらいつのまにかこうなってました。
次回で今日あま編は終わりです。近日投稿予定。
因みにアクアに評判を話した相手は勿論ルビー。「お兄ちゃんストーカーの才能あるよ!」とブラックジョークを言われてちょっと落ち込んだとか。