何故この作品のあかねちゃんの精神が強くなって擦れてしまったのかが少しだけ分かる回となってます。
『僕に人生相談!?それ本気で言ってるんですか?』
「は、はい……」
流石の彼もかなり驚いているみたいだった。それも当然。一緒にゲームをしていたら急に話を聞いてくれなんて、突然すぎて訳が分からないだろう。
「えっと……最近悩み事がありまして。ほ、ほらっ!親しい人には話せなくても、赤の他人になら気軽に相談出来る。みたいなのあるじゃないですか。それで……ISIさんに聞いてもらいたいなって……」
『確かAIちゃんはアイドルでしたよね?もしかして芸能界関係の悩みとか?そうだとしたら僕よりアイツの方が力になってくれると思うけど……』
「聞いてくれるだけでも良いんです。お願いします!」
『…………』
私はヘッドセットのマイクを強く掴みながらISIさんにお願いする。やはりいきなり相談なんて無理があったのかもしれない。断られるかもしれない、と思っていても自然と口が開いた。
『まあ、何があったのか聞いたのは僕の方ですし……話は聞きますよ。それに、こう見えて僕、学校で結構な人の相談を受けた事があるので自信はあります。と言っても、
「ありがとうございます!」
何故か渇いた笑いを浮かべながら承諾してくれるISIさん。
恋愛相談を受けているって事は。もしかしたら彼は学校だと結構なモテ男なのかもしれない。自分では暗くてモテないと言っていたのも謙遜だったのかも……いや、今気にする事じゃないか。そんな事より自分の話。
私はISIさんに全てを話した。目立つ為にライブでアドリブを入れてメンバーに迷惑をかけ、ファンをガッカリさせてしまったこと。それが原因でネットで炎上していること。そして、その事で言い争いになり。アイちゃんと……友達と喧嘩をしてしまったこと。
初めは私の相談内容が彼が想像していた物と異なっていたのか、凄く驚いた感じだったけど。意外にも彼は真剣に私の話を聞いてくれた。その様子は普段の陰湿で口が悪い彼とは全く違うようで、私が話しを進めていくうちに彼は段々と口数が少なくなっていった。
『それは……難しい問題です……とても、とても難しい……』
「もう私、人前に立つのが怖いんです。だからアイドルだって辞めようかと思っていて……」
『辞める……か……確かにそれも一つの選択肢だとは思います。辛いなら辞めてしまえばいい、何も悪いことじゃない』
「そう、ですよね……」
元々なんの取り柄もなかった私がデビューまで行けた事自体が奇跡だったんだ。アイちゃんみたいに凄いアイドルになりたかったけど、向いてないことをいくら続けたってしょうがない。辞めるなら早い方が……
『炎上に絶対的な解決方法が無いのが辛い所です。執着してくる奴は何年経っても言うし、個人で勝手に謝罪でもしようものなら更に燃え広がったりと。手がつけられません』
『問題にもよりますけど。一番確実なのは気にしないでほとぼりが冷めるのを待つのが良いと言われてはいますね』
それはアイさんにも事務所の人にも言われた。色々言っているのはごく一部なのだから収まるまで待つのが一番良いと。勝手な行動はせずにいつも通り過ごせばいいと。
でも……それは強い人の言葉だ。
『だけど現実はそうもいきません。数多の批判は本人の耳に届き続け、それを無視出来ない人だっている』
『悪いと分かっているからこそ無視出来ない。ダメだと分かっていても気にし続け。いつしか批判意見がずっと頭から離れなくなって目が覚めたら全部が夢であったらいいのにと思いながら強引に眠る。そんな人だって居るのに……』
「そう、そうなんです!気にしちゃダメなのは分かってる。だけど、どうしても。目を瞑ると皆んなの声が……『お前のせいだ』『さっさと辞めろ』『誰も見てない』『死んで詫びろ』そんな声がずっと聞こえてきて……」
どうして彼は私の考えている事がわかるのだろうか。私はまだそこまで話していないというのに。
「そんなことをずっと考えていたら……私って必要ないのかなって……」
『…………』
ぶつぶつと呟く私の言葉をISIさんは黙って聞き届ける。ああ、私は何をやってるんだろう……楽しいゲームの時間がこんな暗い空気になるなんて……最低だ。
何かを考えているであろう彼に、私はほんのちょっとの期待を込めて質問をしてみる。
「もしかしてISIさんは……私の気持ちが分かるんですか?」
『ちょっとだけですけどね……僕も昔、似たような経験がありましたから』
「似たような経験?」
『勿論、AIちゃんと比べるまでもなく小さい規模だったし。全く同じって訳じゃないですけど……』
そう語るISIさんの声は、何処か寂しさを含んでいる様に感じた。彼の事は良く分からないし、知ってると言える程の関係でもないけど、何故だか私はそう思った。
しばらく二人とも黙ってしまい、ゲームの待機画面のBGMだけが小さく鳴り続ける中。彼は意を決したかの様な言葉で、口を開く。
『少し、僕の昔話をしてもいいですか?』
彼は中学生の時からクラスで浮いてはいたが、普通の学生ではあった。取り立てて得意な事もなく、せいぜい誇れることと言えばちょっと脚が早かったくらい。そう言えるくらいには少々不真面目なごく普通の中学生。
友達は少なかったらしい。それに対して深く思い悩むことはなかったと言うけれど、当時からちょっとした劣等感はあったみたいだ。
そんな彼だったがある日事件を起こす。その内容としてはクラスメイトの恋人に手をあげてしまったというもの。
クラスメイトの女子生徒は、浮いていた彼にも笑顔で気さくに話しかけてくれる良い人であった。そしてそんな彼女の恋人は全国常連の演劇部に入っていた学校での人気者。誰がどう見たってお似合いのカップルであった。
そんな学園の人気者を彼は傷つけてしまった。
私はISIさんに何故手をあげたのかと理由を聞いた。当然だ、まだ短い付き合いではあるが、私には彼がそんなことをする人には見えなかったのだから。
それを聞いたISIさんは自重気味に笑いながらこう答えた。
『大した理由はありませんよ。男子中学生特有の些細なことで……僕の自業自得です……』
彼が話さないのなら私には何が理由であったのかは分からない。何か言えない、言いたくない理由があるのかもしれないし。ひょっとしたら言葉の通り、本当に些細ないざこざで手を出してしまったのかもしれない。
ともかく彼は学園の人気者を殴ってしまった。それもクラスメイトや彼の恋人である彼女の目の前で。そんな人物には学園からの罰が与えられるのは至極当たり前の事で、彼は一ヶ月の停学処分となる。
『あの頃の日々は今でもたまに夢にでます。毎日在宅確認の電話に怯えながら山ほどの課題をこなし、帰ってきた親に叱られる日々。週末には課題の提出の為学校に行き、教師からの説教。ほんとに……僕はみじめでした』
私は停学を受けた事がないので彼の辛さは分からない、分かってあげられない。だけど、彼が次に放った言葉は痛い程理解できた。
『だけど、なにより怖かったのは……僕を見る在校生の目です。「死ね」「クズ」「キモい」「来るな」そんな言葉を吐かれたのは一度や二度じゃありません』
『僕が悪い事をしたのだから受け入れるしかない。そうは分かっていても課題を提出しに行く度に行われる暴言や嫌がらせは心に来るものがあります。そして僕は人間が怖くなりました。人は叩いてもいい標的を目の前にしたらここまで残酷になれるのかと……』
何がキッカケだったのかは私は知らない。だけどISIさんはいつしか部屋に引き篭もる様になってしまった。薄暗く、光が届かない部屋で心に鍵をかけた。そして彼は停学の期間が開けてからも学校に通う事はなかった。
そんな彼にある日転機が訪れた。暗い部屋でうずくまっている彼を救いあげてくれた人物が居たと言う。彼が心と部屋にかけた鍵を問答無用で引き剥がしてくれた先輩。
彼はそんな先輩たちのお陰で、学校に復帰することが出来たのだった。
『僕の昔話はこれでおしまいです。すいません長々と、でも勘違いしないでくださいね。別に僕は不幸自慢がしたい訳でも同情が欲しい訳でもありません。もう終わったことですからね』
『ただ、そんな失敗をした僕だからこそ言える事があるんじゃないかって……』
先程までの暗い空気を一変させるかの様に、ISIさんは明るい声に変わる。
『僕は先輩たちのお陰で居場所が出来ました。それについては今も深く感謝しています』
『だけど最近は色んな人と話す様になってこうも思ったんです。誰かがどれだけ手を尽くしてくれたとしても。最後に自分を救えるのは自分自身なんじゃないかって』
彼が言っている意味は分からない。何が言いたいのかも。しかし、そんな私を差し置いて、彼はお構いなしに語り続ける。
『こういう時に最も怖いのは遠くの人ばかりに目がいって、近くの人の顔が分からなくなる事です。目を逸らして生きていくのはとても怖い』
『だからこそもう一度考えてみてください。AIちゃんの周りに居る人は本当に敵ばかりなんですか?』
「わか……らない。私はもう考えたくない。見たくないです」
『そう、ですか……』
「でも、もし……ISIさんが味方になってくれるなら。私、頑張れる……のかもしれません……」
『…………』
今まで私の気持ちなんて分かってくれる人は居なかった。だけど彼の過去を聞いて一つの可能性が芽生えた。もしかして彼ならば、ISIさんなら。私の事を分かってくれるかもしれないと。
「私が困った時はいつでも話を聞いてください!辛い時は慰めてください!そしたら、怖くても苦しくても。もっと頑張れると思うんです!同じ痛みが分かる……強いISIさんにしか頼めない。私と同じ人にしか……!」
辛いなら、耐えられないなら、怖いなら。彼に頼ればいい。彼を救ったという先輩に彼がなればいい。そうすれば私は何も考えずに進んで行ける。
だけど、そんな私の思いとは裏腹に。彼は私の言ったことを否定する。
『僕とAIちゃんが同じ……そうは思わないけど?』
「ど、どうしてですか!?」
せっかく味方が出来たと思ったのに。私のことを分かってくれる人が現れたと思ったのに……ISIさんにまで否定されたら私……私……
『その前にいくつかいいかな?』
「え……えっ……?」
『君は迷惑をかけた他のメンバーに対して何を思いました?』
「その……勝手なことをして申し訳ないと……」
私の好き勝手が原因なのだから当たり前だ。あの時舞台袖で言われた数々の罵倒も妥当だと思っている。
『好き勝手に言うネットの連中は?喧嘩をしたって言う友達には?』
「何を言われてもしょうがないと……辛くて……苦しい気持ちでいっぱいです……」
『なるほど……』
何故こんな事を聞いてくるのか分からない。私がどう思ってるかなんて彼は充分わかっていると思うから無駄な応答だ。
『AIちゃん僕はね……逃げる事が悪いとは思ってません。嫌な事、辛い事があったら逃げるって選択肢を頭に残すのはとても大事で大切です。だからAIちゃんがアイドルを辞めたいって言うなら僕は何も言えない、所詮は他人ですから』
「やっぱり……それしか……」
『だけど、目を逸らして生きるのがどれだけ悲しくて辛いのかも分かってるつもりです。だから聞くよ、本当にそれだけ?』
私が皆んなに思っている事。そんなのは何度聞かれたって変わらない。大きなステージに水を差して申し訳ない。楽しい場を暗くしてしまって謝りたい。メンバーや事務所の人やファンに心から謝罪がしたい。何を言われたって仕方がない。最後に謝ってアイドルを辞めるのが一番良い。他に思ってる事なんて…………ない。
『メンバーに散々言われて申し訳ないって気持ちだけですか?ファンかも分からない誰かに辞めろって言われて当然だって思いました?友達とはもう分かり合えないって感じてます?』
「くどいですよ……そうだって言ってるじゃないですか。後は私がアイドルを辞めて解決。もうそれで良いでしょ……」
アイちゃんみたいなアイドルになりたかったけど。もうそれは叶えられないし、なれるほど私は強くもない。だったらいっそスッパリ諦めてしまう方が今回みたいな怖い思いをしなくてすむ。
『そっか……すみません変な事ばっかり言って。どうかしてましたね僕。AIちゃんのことはアイツから聞いた話くらいで大して知りもしません。AIちゃんは子供の時からアイドルを目指してたとかそのくらいで。その理由や想いは知らない。なので無責任にこうした方が良いとかああした方が為になるとかは言えないんです』
『芸能界についてだって、せいぜい本音を隠さなきゃいけなかったりで大変だなー。って思ったりするくらいで興味だってありません』
散々心を乱されたけど、彼に話した事で踏ん切りがついた。やっぱり私はアイドルに向いてないし、このまま続けたって皆んなに迷惑をかけるだけ。
心のどこかで僅かにざわつく感情を無視しながら決心を固める。もう私はISIさんの言葉があまり耳に入っていなかった。
『だから最後に。これはそんな僕からの純粋な疑問。答えたくないなら答えなくたって構いません』
また質問……いい加減うんざりして──
『誰とも知らない奴らから散々言われるだけ言われて夢を諦めるなんて。悔しくねぇの?』
「決まってる…………」
「悔しいに決まってるでしょ!何も自分だけが得しようとか、皆んなを出し抜いてやろうとかそんな事を考えてた訳じゃない!ただ昔みたいに皆んなで笑いあってアイドルとして大きくなりたかっただけなのに!それだけなのに!どうしてここまで言われなくちゃいけないの!?どうして『消えろ』だの『辞めろ』だの言われきゃいけないの!?私そこまで悪い事した?死んでお詫びしなきゃいけない?そんなはずないじゃん!おかしいよね!こんなの絶対ありえないよね!?これで辞めなきゃいけないなんてさ!今はすっかり仲が悪くなっちゃったけど昔は……デビューする前の出会った頃は違った。皆んなが皆んな初心者で振り付けを覚えるのも難しくて。だけど、それでもお互いに協力して教えあったりしてきた。楽しようとしたり、レッスンをサボろうとする人が居たり色んな事があった。そんなメンバーだったけど……楽しい事があったら笑うし、悲しい事があったら慰める。腹が立つ事があったら喧嘩にもなった。そうやって今まで一緒にやってきたんだよ!いつからこうなっちゃったの!?リーダーには何をやっても勝てるはずがない?何かやってから言ってよ!少しでも近づこうと思ってるの!?なにあのやる気のなさ!それでも皆んなアイドルなの!?それで満足なの!?リーダーもリーダーだ、口数が少なくて不器用なんだからもっと関わればいいじゃん!素直に言えば良いじゃん!寄り添えば良いじゃん!どうして格好をつけるの!?そんなんだからどんどん現場の空気が重くなっていくんだよ!ハッキリ言って居づらい!楽屋に居づらい!重すぎて吐き気がするんだよ!あーもう!ムカつく!ムカつく!今回の事でネットにあれこれ書いてる人も、一体何の権利や権限があってあんな事書いてるの!?目についたから?暇つぶし?盛りがってるから?興味本位?どんな理由かは知らないけどいい加減にして!何が正義の裁きだ!何が他のメンバーを守る為だ!思ってもない事を口にしないで!貴方たちは人を叩いて楽しいのかもしれないけど、叩かれる方はたまったもんじゃない!苦しいし、辛いんだよ!そんなの誰だって分かるでしょ!?モラルだとか倫理だとか大きな話しじゃない!もっと身近な話!道徳なんだよ!それすら分からないようならネットなんて辞めてしまえ!それにアイちゃんもアイちゃんだ!全部分かった様なこと言って全然分かってないじゃん!ていうか無神経!そりゃ、心配してくれるのは嬉しいよ?だけど私が批判意見を見てる時に『これは当たってるから気をつけなきゃねー』って横から言うのはほんとやめてほしい!なんとなくで眺めてるだけなのに直視させないでよ!そういうのが一番グサってくるの!自覚はあるんだから気を使うとかも覚えてよ!ああもう!分かったよ!分かってますよ!こんな私がアイドルなんて向いてないって!才能が無いっていうのは!だけどしょうがないでしょ!なりたいって思ったんだから!好きになっちゃったんだから!頑張っていれば報われるとか!努力は必ず実るとか!そんな甘い世界でもないし、華やかなだけじゃないのも分かってる!それでも、少なくたって私にもファンが居るし、応援してますの一言がすごく嬉しい。元気をもらいましたなんて言われた日には、私だって誰かの役に立てるんだって……辛い事が多い仕事だけど、この活動には意味があるんだって思えた!こうやって一つ一つ積み上げていく事が大切なんだって!だけど今回の事で全部壊れちゃった……原因は紛れもなく私のせい!今まで応援してくれた人からの信頼も失っちゃったかもしれない。もう私を応援してくれる人なんて居ないのかもしれない。それでも……そうだとしても私。やっぱり諦めたくないよ……超凄いアイドルになるって夢……やっとデビュー出来たのに……楽しいって思えたのに……こんな所で終わるなんて……嫌だよぉ……私、アイドルを辞めたくない……』
自分でも驚く程の言葉が私の口から溢れ出してくる。本当に私はどうにかなってしまったのかもしれない。
彼はそんな私に嬉しそうな優しい声で告げた。
『やっと言えましたね……』
「はぁ……はぁ……わ、私……」
『誰にでも気を使える所はAIちゃんの良いとこなんだと思うよ。でも、不満や本音を全部自分の中に溜め込んでいたらいつかは潰れてしまう。それはね。例外なく誰だってそうなんだと思う。何でも出来る天才お嬢様や学年一位のクソ真面目ちゃんだってきっと何処かで本音を吐き出してるものなんです』
「でも……こんなの良くないですよ……」
こんな事を言ってたら。それこそ皆んなに嫌われてしまう。
『勿論TPOはわきまえなきゃいけません。芸能人だったら尚更ですね。でもそれは、本音を隠し続けてずっと生きなきゃいけないって事にはならない。安心してください、どんな思いを抱えてたって大丈夫。世の中には意外と居るんですよ?打算なしで生きてる人って』
これが私の本音。こんな恥ずかしくて、人に言えない様なのが私の本音なの……?
『それを踏まえてもう一度聞きます。君の周りは敵しかいないの?今一番やりたい事はアイドルを辞めることなんですか?』
「……さっき最後って、言ったじゃないですか……」
本当に質問が多い人だ。一体何を考えているのだろうか、こんなに考えが読めない人が居るなんて。
私がしたい事……本当にやりたい事。ハッキリ分かるのはアイドルを辞める事なんかじゃない。あれこれ言われて潰れて負けるなんて真っ平御免だ。だとしたら何だろう。やりことは沢山ある、思いつくのは色々ある。復帰の為にしなきゃいけない、これからの身の振り方。だけど、まずは……最初にやりたいのは……
「私、友達に勢いのまま酷いことを言っちゃいました。だから……仲直りがしたい……ごめんねって言いたいです!」
『うん、良いと思いますよ』
まずはアイちゃんに謝ろう。私の事を本気で心配してくれたであろう彼女に。しっかり心からごめんなさいがしたい。じゃなきゃ私は前に進めない気がするから。
「でも……ISIさん。皆んなに申し訳ないとか、人前に立つのが怖いって気持ちも本心なんです。そんな私にアイドルを続けることが出来るのでしょうか?」
『怖いのは当然です。人間誰しも急に立ち直ったりは出来ない。だから、少しでも気が楽になる様に。僕が心を強く保つ為の"魔法の言葉"をAIちゃんに教えてあげますよ』
「魔法の言葉?」
『そうです。これからも理不尽な目に合わせられるかもしれない。心無い言葉を浴びせる人が居るかもしれない。だから、そんな奴らにはこう言ってやれば良い』
『うるせぇばーか。ってね』
それは私が予想していた物とは全く違っていて。魔法の言葉と言うにはあまりにも陳腐で俗っぽい言葉。だからそれを聞いた私は思わず……
「あははっ!何ですか、それ?」
笑っていた。
「そういえば答え、聞いてなかったですね」
『え?なんの?』
「ほら、言ってたじゃないですか。私とISIさんは同じじゃないって。どうして貴方はそう思ったんですか?」
さっきは答えをはぐらかされた感じがしたけど。今なら聞けるのだろうか。
『あーあれ。まあ、言ってしまえば当たり前の事なんだけど。聞きたい?』
「はい!ぜひお願いします!」
私と彼の違いというのがとても気になる所だ。ご教授していただきたい。
『じゃあ、話すけど……キミ、最初から強いじゃん』
「えっ!?私がですか?」
こんなにも思い悩んでいた私が強いなどとは。彼は見る目が無いのだろうか?ちょっと心配になる。
『困った時に誰かに頼ることが出来る。悩みを打ち明けられる。助けてって言える。それってとても勇気がいる事で、強い人にしか出来ないんだと思う。……少なくとも、僕には出来なかった……』
「そ、そんな……」
『だから君は強くあろうとしなくても良いと思うよ。何かあっても誰かと手を取り合える強い人間なんだから。こんな、いつまでも失恋を引きずってる高校生と違ってね……』
今まで彼の言っている事は分からないのが多かった。だけど今回ばかりは良く分かる。人に頼るなんて恥だなんて言う人もいるのだけれど人間は一人では生きていけない。芸能界だってどれほど圧倒的な才能があったとしても、人との繋がり無しでは歩いていけない。人との繋がりが一番大事なんだっていう。彼はそんなごく普通の当たり前のことを言っている。
「ふふっ……やっぱり同じですよ……」
『え?何が?』
「なんでもなーいでーす」
同じじゃ無いとは思わない。いやいっそ、そんなのはどうだっていい。意見が
多分だけどね。
「そんな事より気になったんですけど。失恋って何ですか?私興味あります!」
『うへぇ〜目ざといな。どうでもいいでしょそんなの……』
「いやです!気になります!ISIさん誰かに恋したんですか?その話し詳しく聞かせてください。演技の参考にもしたいので!」
女の子は人の恋バナが大好きなのだ。それは私だって例外じゃなかったりする。
『何も特別な事はないですよ!ただ、優しくしてくれた歳上の先輩を好きになって。デートに誘ったり、文化祭一緒に回ったり色々頑張って卒業式の日に告白したけど見事に振られた!ただそれだけ!はい!この話おしまい!』
「良いですね〜。青春ですね〜。私もっともっと、聞きたいです!」
『勘弁してください。まだ心の傷は癒えてないんですから……あーあ!僕も素敵な彼女が欲しいなー!』
急にどうしたのだろうか。何かをかき消す様に彼女が欲しいだなんて。辛い気持ちを誤魔化している?いや、別の意味が隠れてるのかも…………え!?ひょっとして!ひょっとしてまさか!?
「あ、あの……私一応アイドルですし……お互いに顔も知らない訳じゃないですか。確かにISIさんは素敵な方だとは思いますけど……男性としては、ちょっと……ごめんなさい!」
『えっ?何で僕、振られたみたいになってんの?』
「あれ?早急に彼女が欲しいから次は私に……みたいな話じゃないんですか?」
『そんなこと一言も言ってないよね!?あれだよ、男子の彼女欲しいは女子の可愛いと同じ様なもんなんだって!やめろよ!失恋の傷口に塩を塗るのは!死にたくなってくるじゃん!』
「え!?死なないでくださいね?」
『いや死にませんけども!』
なーんだ。全部私の勘違いだったのか良かった良かった。でもそっかISIさんも結構悩んでるんだね。失恋の痛みとかは私には分からないけど、よく言われるのは時間が解決するとか?あとは新しい恋を見つけるとかかな?それで解決すれば良いけど私には紹介出来る友達なんて……
「あっ!?じゃあ新しい恋として"ころも"さんはどうですか?私のオススメ。ISIさんとも趣味が合いますし、同い年!お似合いだと思うけどな〜」
ひょんなことから私の友達になってくれた人で、時々個人でレッスンとかも見てくれるアイドルとしての先輩、不知火ころも。私にゲームを教えてくれた彼女ならば、ISIさんの彼女としてピッタリだと思うし、問題なし。いや、私がちょっと居づらくなるのが問題かも……
『いやなんでそこで不知火が出てくるんだよ。つーか、アイツもアイドルで無理じゃん。全然オススメ出来ないじゃん。それに、僕は不知火をそういう目で見てないし。アイツもそれは同じだと思うけど?』
「え〜。いい案だと思ったんだけどな〜」
誠に残念である。
『ていうかもういいって。最近、不知火やAIちゃんと関わってたら段々分かってきたから。振られた時に先輩が言ってた言葉……だからもう愛だの恋だのとは一度距離を置きたいって言うか、懲りたって言うか……良いんですよ、僕はこのままで』
そう言葉にした彼の様子は、思い悩んでいる重さなどなく。憑き物が落ちた様な、晴れやかな声色であった。
「ふーん、よく分かりません。そういうものなんでしょうか?」
『そういうもんなんじゃない?きっと……』
ふと私は何の気もなしにスマホを確認した。特に理由があった訳じゃなくただ、なんとなく。そうして電源を入れて画面を確認してみると、ベストタイミングとも言うべきか。ころもさんからメッセージが丁度届いていた。
『あーちんだいじょーぶー?』
あの人らしいと言えばらしい短い文。一体何処で聞いたのか自分の方が忙しいだろうに緩い感じで他人の心配とは。軽いと言うか何と言うか。ISIさんが前に気を使わなくていい人物と言っていたのも納得できる。
だから私が返す文はこれが正解だろう。
『大丈夫でーす。今からISIさんとランクマやってころもさんを置いて行っちゃいまーす!』
私は送信ボタンを押すとそのままスマホの電源を切る。そしていつまでも光続けているゲームの待機画面に目線を移しながら、ISIさんに話しかけた。
「暗い話はもうおしまい。結構時間が経っちゃいましたけど、今からランクマでもやりませんか?」
『マジで!?キャリーしてくれんの!?』
「はい!キャラは何でも良いですよ。ISIさんがダイヤ帯抜けるまで寝かせませんから!」
『おっしゃー!!気合い入ってきたー!』
俄然やる気が出てきたとテンションが上がりまくっているISIさん。彼はどのキャラを使おうか迷っているみたいだ。
そこで私は最初から気になっている事を最後に聞いてみる事にした。
「ISIさん、始まる前に聞いておきたいんですけど。いいですか?」
『AIちゃんの腕は不知火と違って信用出来るからな〜。いっそ普段使わないキャラでも……ん?どうしたの?』
「どうしてISIさんは。私の相談にそこまで真剣に向き合ってくれたんですか?」
『え?なに?相談に乗った理由ってこと?』
「はい!後学の為にぜひ!」
彼は真剣に私と向き合ってくれた。私の為を思って相談を聞いてくれた。こんな言ってしまえば面倒くさくて重い相談なんて聞き流してしまう事だって出来ただろうに。彼の過去が関係してるのだろうか?今の生活?学校での出来事?分からないその理由を、最後に私は知りたい。
『そうですね……僕も先輩達みたいに誰かの助けとなれる人間に……ふっ……違うな、初めて出来た年下の友達の前で格好をつけたかっただけなのかもしれません……』
その答えを聞いた瞬間、私の中である気持ちが芽生える。だけどこれを言葉にしていいものなのか……いや、嫌われてしまうかもしれないけど彼には伝えるべきだと思った。だって本音を吐き出せと言ったのは彼なのだから……
「ISIさん………」
「どこかの漫画のセリフですか?正直言ってドン引きしました」
『えっ!?なんで!?自分で言うのもなんだけど、結構カッコよくなかった!?決まったと思ったんだけど!』
「ほら、やっぱりそう思ってたんですね。ドヤ顔が透けて見えます。ISIさんがロマンチストなのは知ってますけど、そういうの現実であんまり言わない方が良いですよ。引かれるので……」
『キミけっこう辛辣だなぁ!!』
☆
『あかねー!大丈夫?今回は時間かかってるみたいだけど』
今ガチの役作りの為に作業をしている私に向かってアイさんが声をかけてきた。
「すいません。ちょっと昔のことを思い出してぼーっとしてました」
『もうしっかりしてよ。本番まであまり時間ないんだからね!』
「はいはい。分かってますって」
アイさんの言う通り今は干渉に浸ってる場合ではない。次の収録までに完成させなくては活躍出来ないかもしれないのだから。
だけど、どうしてもこのメモ用紙を見ていると。あの時のことを思い出してしまう。
『それでどう?活躍出来そう?』
「まあ、心配しなくても何とかなるでしょう。大丈夫です」
『心配はしてないけどねー』
「だったら静かにしててください。気が散るんで」
『えっ……なんか今日のあかね冷たい……』
アイさんが静かになったので。再びあの頃の楽しかった情景を思い出しながら私は考える。
『ISIさん!野良の人もう戦いに行ってますって!早くカバーしないと!』
『ちょっと待って!早すぎだろ!お前ら!』
彼が最後に言っていた私と向き合ってくれた理由。救ってくれた先輩達の様に誰かの助けとなれる人間になりたい。年下の友達の前で格好をつけたかった。きっと、どちらも嘘ではない。彼が頭を捻って答えた本心であったのだろう。
『よし!ワンパ黙らせました!でも、もう1チームハイドしてるんで安置が狭くなる前に仕留めますよ!』
『ええっ!?まだ漁り終わってない……』
だけどそれは本質ではない。あの時の私には分からなかったけど、今の私ならば容易に理解出来る。それは理由と言っていいのか迷ってしまう根本的な話。
『さあ最後の3チームです!野良の人もノリノリみたいなんで待つ必要なんかありません!蹴散らしますよ!ウルトの準備!早く!』
それはあまりいい言葉で使われなかったりするし、言われたら嬉しい言葉でもないのかもしれない。だけど彼を表す言葉としては凄く的確でピッタリな言葉だ。
『うっす!オラオラてめぇら!チート、グリッチがなんぼのもんじゃい!!AIパイセンのお通りだぁー!』
だから絶対と言っていいほど、どうしようもなく彼はそれなんだ。
そう、私の友人は────
お人好し。
【ISI】
高校二年の時にクラスメイトの友達に引っ張られる形で中学二年生だったあかねと知り合い、あかねがアイドルを辞めた時期くらいまでよく遊んでいた。あかねのゲーム友達その2。
最初の頃は演劇もやっているというあかねに対して自身の過去の体験から無自覚に苦手意識を持ち、距離をとる様に丁寧な対応をしていたが。交流していくうち徐々に克服し、演劇へのイメージも変わっていった。
観察眼が鋭く、人を見る目には意外と長けているが。そのせいで余計な地雷を踏んで痛い目に合う事もしばしば。
性格は根暗で、何かと口が悪い。しかし根っこは理不尽や不条理が許せない等、正義感が強く面倒見が良いところもある。趣味は勿論ゲームで、その腕前はかなりの物。
ネットのコミュニュケーションツールを通して交流していた為、あかねとの面識はない。なので見た目所か、本名すらお互いに知らなかったりする。
当時通っていた学校がかなりの名門だった為。ゲームだけじゃなく、実は勉学の方もあかねに頼まれてもう一人の人物と共に教えていた。自分が勉強を教えるなんて向いてないと思ってはいるが、自らも教わって成績を伸ばした人間なので教えるのは意外と上手い。最も、両方とも結構早い段階であかねに抜かれ、かなりショックを受けて自信を無くした苦い思い出がある。
あかねがアイドルを辞めた辺りから学校の生徒会副会長となり忙しく、他の二人も様々な事情で忙しくなってしまった為、おのずと三人でゲームをする機会が無くなってしまった。それ以来何となくで連絡を取っていなく、現在のあかねとは疎遠状態。
アイと同様にあかねの人格形成に影響を与えた一人であり、あかねに"今日あま"を勧めた人物でもある。なので彼との出会いが結構なターニングポイントだったり。