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「でさーもうマジやばって思ってたら案の定ズドンってやられた訳よ」
「あーそれはポヨポヨしてるからじゃない?やっぱり基本はTTTが一番大事なんだって。それさえ出来てればワンチャンあったよ!」
「なるほどな〜、さっすがバリプレ!ひとちゃだなー」
「もぉ〜違うよー、もとプレだって。あまり今は知らないんだからトクハで聞いてってば」
「そんな事ねぇって、早速帰ったら意識してみるわ」
「えへへ〜役にたったなら嬉しいかも!」
「おう、バッチリだぜサンキュー!うじゃま、今日もいっちょ……上げてきま〜?」
『っしょい!ウェーイ!!』
ハイテンションで繰り広げられているあかねとノブユキの不可思議な会話。
俺はその内容が一切分からず、どうにか頭の中を整理しようと今日有った事を思い返していた。
確か今日は今ガチの撮影があり、俺は同じくらいに到着したメムとあかねと少し会話をして現場に入ったんだったな。
途中であかねが髪型を変えたとかどうでもいい会話があった気がするがそれは……まあいいだろう。
そして撮影が始まった瞬間にあかねの雰囲気が大きく変わった。いつもの親しみやすいながらもどこか俺に警戒を抱かせる空気は消え。
テンションが高く
「なあ、アっくん……」
「どうした?」
俺が頭を悩ませていると、同じ今ガチの出演者である森本ケンゴが話しかけてきた。
「なんか盛り上がってるみたいだけど。あかねとノブがなに話してるか分かる?」
「さっぱり分からない。メム、お前はどうだ?」
「えぇっ!なんで私!?えっと……多分なんだけど。ゲームの話をしてるんじゃないかな?『高所を取るのが大事』『プレデターは言うことが違う』みたいな感じだと思う」
「すげぇな!?お前!」
適当に話を振ったメムの的確な翻訳能力に素直に驚きつつも、俺はあかねの姿が変わった理由について考察する。
確かあかねの本業は役者だったはず……だとすればいつもと違うあの姿はあかねがこの番組に一石を投じるために誰かを
そんな事を考えていると、近くに居た鷲見ゆきが小さく呟くのが聞こえた。
「なんか……仲良さそう…………」
「気になるか?なんなら──」
「い、いや良いよ!私はあの二人が何を話してるのか分からないから……」
提案をする前に拒絶を示すゆきに少し違和感を覚える。
まだ付き合いは短いがそれなりに今ガチメンバーの性格や番組に対する姿勢は掴んでいる。
その傾向から考えると、番組の中心となっているゆきの立場が危ぶまれる今の状況に動かない奴ではないと思ったのだが……
「あーくあくん!」
いつの間にか後ろに居たあかねに声をかけられ驚くが、悟られたくないので平静を装いつつ答える。
「……いつから居た?」
「さっき!ノブくんとの話が終わって皆んなを見たらアクアくんが難しい顔をしてたからさ。後ろから近づいておどかしちゃえーって♪」
相変わらずこいつの存在は心臓に悪い。
「それで?何か悩み事なのかなぁー?」
「お前には関係がない事だ」
「あーいじわる!教えてくれないんだー?それじゃあこうしちゃうぞー!おりゃおりゃおりゃー」
媚びるような声をあげながら、肩に擦り寄り両手で過度なスキンシップをとってくるあかねに言い知れぬ悪寒を覚える。
これは……ハッキリ言ってうざいな。
恋愛番組と言うフィルターを通したとしても全くドキドキしない、この光景は他の出演者にも見られているので尚更だ。
こっちを見てニヤついてるメムのムカつく顔の方が目に入ってくるくらいに無感情になる。
今日あまで初めて出会った時からそれなりに時間は経ったが、正直俺は……あかねの事が苦手だ。
別に嫌いと言うほどではない、むしろ人間的に好ましい人物なのは理解している。
月並みになってしまうが、その性格は明るい……とは言い難い部分もあるが根は真面目で優しく、仕事には一生懸命で、それなのに意外と緩い所もあったりするので親しみやすい。
メルトの慕い方を見てもその面倒見の良さが
有馬もなんだかんだで憎からず思っているようだし。
それにメルトと三人で今日あまのコラボカフェに行った時も、認めたくはないが……楽しかったと結論づける事が出来るだろう。
しかし……
奴のそれはアイのように全ての人物を魅了する天性の瞳ではなく、俺の心の奥深くまで見透かし、暴き出すかの様な透き通った瞳。
そして表には出さないが、細かい事によく気づくといった
そういった何を考えているか分からない有り様が俺に警戒を抱かせ、あかねと関わろうとする事にまったをかけてくるのだ。
「あれれ?どうしたのアクアくん?いつものしかめっ面がもっと険しくなっちゃってるよ?ひょっとして、こういう私はあんまり好きじゃなかった?」
「別に……そんなんじゃない。ただ…………いや、しかめっ面は元からだ。お前がいつも見せるしけた
「ぐはぁ!け、結構ひどい事を…………」
気づくと、あかねはいつもの雰囲気に戻っていた。
どうやら演技をしている姿は自由に切り替えができるらしい。
「え、えーと。アクアくんにはあんまり刺さらなかったみたいだね」
原因はキャラと言うより、俺のあかねに対する苦手意識だと思うがな。
「まあ、でも受けは良くなると思うぞ」
今まであかねは俺と一緒で無難にこの番組を切り抜けるつもりだと思っていたが、少なからず貢献しようという気持ちはあるのか。
それはそれは
「そっか……うん……『分かったよ』じゃあ……これはどうかな?アクアくん」
そうやって呟くと、あかねは目を閉じ両手をピースサインの様な形にし、自身の額にまでもっていく。
いきなり独特なポーズをとるあかねに皆は注目し、視線を注ぐ。
そして数秒がたって目を開けたあかねを見た俺は驚愕する事になる。
「…………ふぅ〜」
口から息を吐き出しながら両手で伸びをする姿はまるで……
「
一度たりとも忘れた事がない。"星野アイ"そのものであった。
「やっほー!皆んなも初めまして!黒川あかねだよ!」
異質な雰囲気に包まれたあかねが異質な挨拶をする。
「初めましてって……あかねそれどうなってんの?」
「おもしろいな!またなんかやんのか?」
「さっきと似てるようで何か違う?」
「えぇ!?どういう事!?」
今のあかねの姿に
「えーと、これには事情があって……皆んなには後で説明するから。今は良く似た別人だと思ってあまり気にせず接してほしいかな☆」
「なんかよく分かんねぇけど、普段通りやればいいってことか?」
「そうそう。飲み込み早いねー、ノブヒロ!」
「ノブユキだ!!」
「あはは……冗談冗談……」
「いま、素で間違えただろ」
「まあまあ、些細なことは気にしないでいこー!!」
「……そうだなっ!じゃあよろしくぅ!!」
「みんなもよろしくねー!」
目の前で明るく繰り広げられるノブとあかねの会話を聞きながらも頭が上手く回らない。
「アクたん大丈夫……?顔色悪いけど……」
「あ、ああ……」
メムに声をかけられてようやく自覚する。俺は今、気分が悪いらしい。
自覚したら胃の中の物が込み上げてくる感覚が襲う。強烈な吐き気だ。
しかし今は撮影中であり、せめてもう少しだけ……カメラが一旦止まるまでは我慢しなければ。
「キミ……どうし────」
「っっ!?」
俺の顔を不安げに覗き込むあかねを見た瞬間。俺はこの場から目を背ける様に逃げ出した。
廊下にある懐かしさを感じさせる流し台。俺はそこで込み上げてくる吐き気をなんとか抑え、口をゆすいでいた。
「うっ……!はぁ……はぁ……くそっ!どうしたんだ俺は」
この感覚は一度経験した事があるな。あれは確か……今日あまの最終回を撮影した時だったか……。
あの時はストーカーの男をラーニングしすぎたせいだと思っていたが、どうやら原因は違うらしい。
あまりにも似すぎている。
「いや、違う」
自分の考えた事を即座に自分の口が否定する。
ただ似ているだけならば俺はこうはなってない。せいぜいあかねの役者としての才能に感銘を受けるくらいにとどまるだろう。
しかしさっきのあかねは違う。
太陽みたいな笑顔、無敵に思える言動、そして……。
「吸い寄せられる天性の瞳。か……」
似てるとかの次元の話ではない。
表情と言動、それを数分見聞きしただけで、俺はあかねが星野アイそのものに見えてしまった。
『この言葉は絶対に……嘘じゃない』
アイの最後に残した言葉を思い出しながら俺は思考する。
黒川あかね、まさかここまでの奴だったとはな。
あれがもし演技であるのなら俺にはもう……あいつの器量を見定める事が出来そうにない。
いや、確か……何か事情があるとか言ってたな。
だとしたらその事情とやらを聞いてから判断するのも悪くないか……まあいずれにせよ。
あの状態のあかねに近づくのは得策ではない。
「はぁ……一体何がしたいんだ。僕は……」
分かりきった事を呟く自分が心底嫌になる。
最近は星野愛久愛海としての気持ちだけじゃなく、雨宮吾郎としての考えにまで迷いが生じてしまってる。
「僕はただ────」
「アクたん」
呼ばれた方を振り向くといつの間にかメムが俺の後ろに立っていた。
「大丈夫?具合悪いなら私からスタッフさんに言ってあげるけど……」
「いや、いい。大丈夫だ」
面倒見が良い奴がここにもいたか。
メムは俺の変化に気づいていた、なので恐らく俺の体調を心配して追いかけてきたのだろう。
ふっ、全く余計な気遣いを。
「悪かったな、急に飛び出したりして」
「別に謝らなくてもいいよ〜!スタッフさんだって気にしてなさそうだったし!さっきのアクたんの様子は使われないか、アクたんが照れて出て行っちゃった。みたいな上手い感じに演出してくれるって」
「そうか」
それでも後で全員に謝っておくか。
「それでね、アクたん。なんかもう一人のあかねちゃんが私たちに話があるみたいなんだって」
「もう一人のあかね?どういうことだ?」
「まだよくわかんないけど二重人格?みたいな。その辺の事情を説明したいんだって」
「分かった。すぐ行く」
二重人格?そんな馬鹿な。
まあいい、まずはアイツの事情とやらを聞くことが先決だな。
☆
『いや〜今日も一日お疲れ様だね!あかね!』
「アイさんこそ、お疲れ様です」
収録を終え、馴染み深い我が家にて、アイさんと今日の苦労を労う。
一波乱、二波乱あった今日の収録だが、アクアくんが戻ってきた後は何事も問題なく撮影を終えられた。
「アイさんどうでしたか?久し振りの収録は」
『バッチリだよ!皆んな良い子ばっかりだし、これなら私のほうは大丈夫かなー』
「なら良いですけど……」
今回の収録は私としても手応えはバッチリ。
ノブくんとの繋がりも作れたし目立つ事は十分できたと思うので、次の放送が今から楽しみなくらいだ。
「それに物分かりが良い人ばっかりで助かりましたね」
『ねー。もっと突っ込まれた事を聞かれるかと思ったから色々準備してたのに、なんも使わなかったのちょっと残念かも』
私たちの関係を他の人に説明する訳にはいかないのでメルトくんの時と同じく、二重人格という事で出演者の皆んなには話したのだが、結構すんなり受け入れられたので拍子抜けしてしまった。
「こんな漫画みたいな都合の良い二重人格なんて普通、信じられないと思うんですけど……案外受け入れられるものなんですね」
『一応、センシティブな問題だからじゃない?二重人格って触れにくいものなんでしょ』
「まあ精神病ですからね……。それでもあのアクアくんまでもが素直に納得するとは思いませんでしたけど」
オカルトみたいなの信じてなさそうなのに。
『そ、それなんだけど……納得したってよりは。た、たぶん……」
何かを言い淀むアイさんに私は今回の収録で起きた一つの問題を思い出す。
「ああそっか、アイさんと話したくなかったんだ。今日のアクアくん、露骨にアイさんを避けてましたから」
『そんなハッキリ言わなくてもいいじゃん!!』
何故かは分からないがアクアくんは、アイさんが入っている時の私を徹底的に避ける。
もしかしてアイさんの面影を私に感じてしまって、トラウマを刺激してるのかな?
顔色が少し悪かったし。
もしそうであるならば察しが良いのか、それほどまでに深い傷なのか、
アクアくんの様子が変わったのはアイさんに代わってから数分もたっていなかったというのに。
『ねえ、やっぱり私。アクアと会わない方がいいのかな?』
姿を見せたわけでも名乗ったわけでもないのにあんな影響を与えてしまったらそりゃ不安にもなる……か。
「別に問題ないと思いますけど?私の時はアクアくん。普通に話せてますし」
そう、私に代わった時は普段と変わらない、いつも通りのアクアくんであった。
皆んなとの会話もいつも通り、ただアイさんに代わった時だけアクアくんに極端なほど避けられてるというだけ。
お陰でアイさんはまだアクアくんと一言も喋れていない。
『でも、アクアが辛いなら私──』
「アクアくんが傷つくかもしれないなんて初めから分かってた事じゃないですか。それでもやりたいと言ったのはアイさんですよ?」
弱気なセリフを呟くアイさんに私は被せるように言い放つ。
『分かってるけど……』
うんうんと頭を悩ませてるアイさん。きっと他に良い方法がないか考えているのだろう。
しょうがないなぁ。
「じゃあ、辞めよっか」
『…………!?』
「アイさんが辞めたいと言うなら止めません。実際、目にしたら心が揺らぐのなんて当然ですし、アクアくん達の事はアイさんに任せるって私は言いましたからね」
前も言ったように逃げるというのも一つの手、まだ引き返す事は出来る段階だ。
『あかねって……結構ズルい言い方するよね』
「褒めてます?」
『けなしてる』
「うぐっ……」
アイさんの一言にちょっとグサっときてしまったけど、なんとか気持ちを立て直す。
「それで、どうしますか?」
私の問いにアイさんは少しだけ考えたあと、ハッキリと答える。
『続けるよ、私。もう昔の私じゃないから、諦めるなんて事はしない』
「そうですか」
『ごめんね心配かけて……よし!まずは今ガチで活躍する事を重点的に考えながらアクアにも話かけ続けてみる!』
「うん、良いと思うよ」
アイさんのやり方は確かにズルいかもしれない。
それでも彼女は彼女なりに人と向きおうとしている、前へ進もうと必死なんだ。
「大丈夫ですって!少しはご自身の息子さんを信じてあげたらどうですか?」
『そうだね!アクアは昔からとっても強くて賢い子だったから心配しなくても大丈夫!』
アイさんの声が明るくなって一安心するのと同時に、これからのアクアくんの事を考える。
アクアくんがアイさんの事をどう思っているのかは知らないけど、きっと目の前で親が刺されるなんてのは想像も出来ないくらい心に深い傷を残すのだろう。
私なんかじゃその痛みを推し量ることさえできやしない。
だけどねアクアくん、アイさんは少しづつ変わってきてるよ。
実は学力だって結構ついてるし、私が読んだ本の感想を二人で話し合ったりもする、この前一緒に読んだのは『ハムレット』演劇の王道、ウィリアム・シェイクスピアが残した悲劇。
ふふっ信じられる?昔のアイさんを知ってる人だったら驚くんじゃないかなー?
今のアイさんが何を感じて、何を思うのか気になるでしょ?
そうやって色々なところから学びとる事によって、アイさん自身がこれからやりたい事を探っていってるんだよ。
ごめんねアクアくん、君の痛みは君にしか分からない。
私がどうにかはしてあげられない。
どんなに大きいものか、苦しいものかなんてのは誰にだって分かるものじゃない。
だから、どんな手を使ってもいい、君自身で乗り越えて前に進んで。
もう一度、"星野アイ"に会いたいと願うのなら……ね。