この日、私はいつもの様に自室のパソコンを使ってアイドル部門でオーディションをかけている事務所を探していた。アイドルを目指してはいるものの。中学生以来アイドル活動はまだしていない。ようやく時間に余裕ができて。実力も充分についたと思うので。最近は本腰を入れて探している。
「次受ける所はここかな?それともこっち?何処がいいんだろ……」
『この前は惜しかったね〜。最終審査まで残った時はいけるかも。って思ったんだけどな〜』
「アイさん……なにか受かる為のコツとかテクニックとかって知らないんですか?」
『知らないよ?だって私スカウトで入ったし』
それは知らなかった。優秀な人はいいなー。思い返してみると元々自分はアイドルになる気は微塵もなかったってむかし言ってた気がする……
『あかね昔と比べたら垢抜けたし、歌もダンスも上手。演技は完全に一流。選り好みしなきゃすぐにでもアイドル。なれると思うけどな〜。何か気に入らない事でもあるの?』
「別に選り好みとかそういうのじゃありません。ただ、中途半端で終わるのは嫌なだけ。もう私は高校生になりましたしちゃんと考えて決めたい。それだけなんです」
アイドルだけに限った話ではないが事務所選びというのは凄く大切だ。アイドルとしてどう売りたいのか?何人組のユニットにするのか?いつデビューさせるか?その方針を決めるのは基本的には所属事務所になる。
どんな才能を持っている人物であろうとも事務所のマネジメント一つで凡才に変える事だってできる。自分が選べる立場かと問われると違うと言うのはわかっている。だけどせめて、信頼出来る会社に入りたいというのが私の思いだ。
それにアイドル事務所にはあまりいい思い出がない。告げ口すら出来なかった自分を棚に上げるつもりはないけど。あの時、事務所の大人がリーダーに期待を集める様な売り方をしなかったら……リーダーの変化に気づく人が一人でもいたら結果は変わっていたのではないか?そう思ってしまう時もたまにある。
『やっぱ給料いいとこがいいよね。うちの事務所なんか給料安くてさ〜。世の中はお金なのに』
確かにそうかも知れないけど嫌なことを言うなこの人。給料とかも事務所によって違ってきたりするのはそうなんだけどさ……
「ん?そういえばアイさんが入ってた事務所ってなんて名前なんですか?」
『苺プロダクションってとこ。でもあんまりオススメはしないよ〜。結構小さい所だし。社長の若い子
「うっ……それは大変そう……」
私は今まで聞いていなかった事を聞いた。苺プロダクションか〜。聞いた事ないかも。アイさんが言うには社長が曲者みたいだけどアイドル部門があるならそこにしてみるのもいいかな?ちょっと調べてみよう。
キーボードを叩き検索ボックスに"苺プロダクション"と入力。すると苺プロのホームページが表示される。私はそれをクリックし、画面をスライドさせていく。
「社長ってこの人ですか?随分と若そうに見えますけど……」
ホームページに載っていた写真を見る。随分綺麗な人だ。
『みっ!ミヤコさん!?』
写真を表示するとアイさんの驚いた声が聞こえる。どうやら何か驚く要因があるみたい。
「思っていた人と違う?アイさんはこの人とどういう関係?」
『社長の奥さん。私が子持ちなのを知っててよく子供の面倒を見てくれてた人。それと私のマネージャーもしてくれててね、すごくお世話になったんだ〜。でもミヤコさんが社長……?じゃあ佐藤社長はなにして……?もしかしたら……』
名前は斉藤ミヤコさんか……アイさんの話だと佐藤社長って人と夫婦みたいだけどもう離婚したのかな?それともアイさんが斉藤社長なのを間違えてるだけ?うわぁ、ありそう。
「社長に就任したのは十年くらい前みたいだね。ちょうどアイさんの事件があった日と時期が近い」
『そうなんだ……やっぱり社長もミヤコさんも私のせいで……苦労して……』
「アイさん……」
『あの時は私が売れると皆んな喜んでくれた。それが私の嘘を守ってくれた二人への……でも……私が……』
どうやらアイさんなりに思う所があるらしい。そんな彼女に私はなんて言葉をかけていいのか分からなかった。「アイさんのせいじゃない」みたいな無責任な言葉を言う事は出来るけど。事情を詳しく知らない私が言ってもそんなの慰めにもならないだろう。だから私は少しでも話題を変えようと思い。所属者の欄を覗いてみる。
ふむふむ、残念ながらアイドル部門はもうやってないみたいだけど。ネットタレントは結構な粒ぞろい。特にこの、ひよこの被り物をしてる
ぴえヨンという名前で活動している小中学生に人気の筋トレ系ユーチューバーだ。彼の行うぴえヨンブートダンスなんかは大人も子供楽しめ、尚且つしっかり体に効く様に緻密な計算で出来ている。私も体力作りをする時にお世話になったりね。
画面をスライドしていく。小さい事務所なんて言ってたけど結構知っている人が多い。そのまま所属者の欄を眺めていると私の目にある役者の写真が飛び込んでくる。
「アクア!?」
気づくと私の体は画面を食い入る様に見ていて。ある名前を口にしていた。
あれ……?今の私が言ったの……?
『……間違いないアクアだ。良かったぁ……大きくなって……ちゃんと役者さんになれたんだね……』
今起きた出来事をとりあえず頭の隅に追いやり。意識が戻った私はパソコンの画面を改めて見る。
表示されてる役者の名前は星野アクア。かなり整った顔立ちで。特に目を引くのはアイさんを思わせる吸い込まれる様な瞳。芸名だからはっきりとは言えないけど、星野アクアという名前に苺プロ所属。それでこの顔立ちときたらまず間違いはないだろう……
「良かったですね。息子さん元気に育ってるみたいで」
『うん!うん!うん!すっごく嬉しい!』
いつにもまして嬉しそうだなアイさん……それもそうか、今まで気にしてたお子さんが役者として活動してるって知れたんだから。
活動実績を見てみると中学生の頃くらいから出演作品がない。苦労してるのかな?もしそうだとしたらちょっとシンパシーを感じる。
「どうしますアイさん?私の目から見てもこの人が愛久愛海さんである可能性は限りなく高いと思う。会いに行くなら私は別に──」
『……いや、今はいい…………』
……驚いた。アイさんだったら「会いたい!会いたい!明日早速いこー!善は急げだよ☆」って感じではしゃぐと思ったけど……
『昔の私だったらすぐに「会いたい」って言ってたと思う。だけど今の気持ちはちょっとわかんないや』
『元・社長やミヤコさんの事もあるし、私は姿を現せるわけでもない……それに……私って。ほ、ほら、もう死んだ人間じゃない?そんな私があの子達に関わるのは……』
「アイさんは……それでいいんですか?」
『言ったでしょ、わかんないって。だけど今すぐ会いたいとかはないかな。あかねの邪魔をしたくもないしね!』
親として複雑な思いがあるのかな?飄々としているようで色々考えてるんだね。アイさんって。
「分かりました。そういう事なら私は何も言いません」
『ごめんね、気を使わせちゃって。もう少し自分でもどうしたいのか考えてみる……』
「そっちこそ……あまり気に病まないでください」
それにしても星野アクアさんか……彼がちゃんと生きているという事は妹さんも生きてる可能性が高そう。アイさんって天涯孤独だったぽいし、一体誰が育ててるんだろう……?
アイさんの話だと子供の事を知ってたのは苺プロ元・社長と現・社長の斉藤夫妻だけ……今の所、可能性が一番高いのはミヤコさんって人かな。もし彼女だとしたら若くして他人の双子を引き取り。育てながら。アイさんが居なくなって落ち目になったかもしれない事務所を立て直したってこと……?ここに掲載されてる中でいくつのプロデュースを手掛けてたのかは知らないけどもしそうだとするなら。彼女は相当なやり手社長で信頼出来る人間なのかもしれない。なんだか苺プロダクションに興味が出てきたけど……
「アイドル部門はやっぱりないか……残念……」
そういえばアイさんの子供の話で気になったけど、双子のお父さんってどんな人なんだろ?アイさん。結構自分の事を喋ってはくれるけど、自分の親がどういう人だったのか?みたいな肝心な所はあまり話したがらないし。まあ、十六歳で妊娠って事は色々事情がありそうだけど……
仮にも長い時間アイさんを見てきた私の推測だとアイさんは"アダルトチルドレン"だった可能性が高い。そうだとしたらかなりセンシティブな問題だね迂闊には踏み込めない。親御さんやアイさんのお相手の人は気になるけど、あまり詮索してもしょうがない。
「ところでアイさん。さっきのことなんだけど……」
『えっ?なになに?どうしたの?』
「さっきアクアさんの写真を初めて見た時。なんて言うか、体が引っ張られて勝手に口が動いてました。もしかしてアイさんって私の体を乗っ取ったり出来るんですか?」
『へっ?乗っ取るなんてそんな怖いこと出来ないよ。さっきは嬉しくてつい感情が爆発しちゃっただけ』
まあ、そうだよね。私も何考えてるんだろって思う。でもアイさん私の体を動かせるんだとしたら……試してみる価値はあるかも……
「アイさん。一回、私の体に乗り移ってみませんか?」
『何言ってるの?そんな漫画みたいなこと出来る訳ないじゃん?あかね頭大丈夫?』
「貴方が!すでに!漫画みたいな存在でしょ!!」
私だって変な事言ってる自覚はある。だけど私の体を貸してあげられればアイさんだって自分の口で誰かに言葉を伝える事ができるかもしれない。いや、それもあるけど。さっきみたいにいつ私の体が勝手に動いてしまうのか分からない訳だから。さっきの出来事を解明。ってまではいかなくても自分でコントロールできる様になりたい。勝手に動かれたら怖いし。
「いいですか?もし、私の体をアイさんが動かせる事が出来たら食べ物を食べられないアイさんでもアイスが食べられるかも知れませんよ」
『た、たしかに……あかねってもしかして天才?』
食べ物で釣れるかは分からなかったけど上手くいって良かった。私がカップアイスを食べてる時に羨ましそうにしてたからもしかしたらって思ってたけど……
「早速やってみますよ。やり方は手探りになりますがとりあえず私の体を動かすイメージをもってみてください」
『イメージ、イメージ。抽象的だね』
「静かにしててください。私も今集中してるんですから」
私は意識を張り巡らせ、余計な考えを捨てて心を鎮めてみる。これでやり方あってるのかな?漫画とかだと大抵こんな感じでやってると思うんだけど……
『ダメ〜。ぜんぜんできないよ〜』
「困りましたね。収穫なしと……」
やはりそう簡単にうまくはいかないみたいで。コントロールする練習は困難な道になりそう。
「アイさん。今日からこの練習を毎日しますから。忘れないでくださいね」
『ええーーっ!?毎日はいやだな〜』
文句を言っているアイさんを無視して私はこれからの事を考える。
こういうのって何の資料を見たらいいんだろ?降霊術とか霊媒とかそっちの方面?オカルトはよく分からないけど参考にはなりそう。
そうだ!一応、演劇方面でも試してみようかな?私のたった一つの取り柄だし。その為にはまず、もっとアイさんを調べてみなくちゃね。とりあえずまだ観てなかったアイさんとアクアさんが出演したっていう映画でも観てみようかな。かなちゃんも出てるらしいし。また忙しくなりそうだな〜
この日から私の悩みは一つ増えた。
☆
「ねぇ、ちょっといいかな?」
「あん?」
鳴嶋メルトは声をかけられた方を振り向く。そこに居たのは高校生くらいの女子。その人物に、彼は見覚えがあった。
「……あ〜。おまえ……えっと、確か黒川だっけ?何の用?俺、今忙しいんだけど」
心底めんどくさそうにメルトは答える。それもそのはず。今は休憩時間ではあるが本番の撮影はまだ終わっていないのであまり気を抜ける状態ではない。
「ごめんね〜すぐ終わるから。用事っていうのはね〜。私の演技!よかったら君に見てもらいたいんだけど……ダメかな……?」
「…………」
メルトは黒川あかねが何を言っているのか分からなかった。演技を見てもらいたい。言っている事はわかる。しかし何故自分なのかが分からない。
"有馬かな"に言うのなら分かる。同性で尚且つ彼女は天才子役と言われてた存在。きっと的確なアドバイスをしてくれるのだろう。しかしメルトは今回のドラマが初の演技になる素人で。黒川あかねとは一目会っただけの知り合いとも言えない間柄である。
「そういうのかなちゃんに頼んだら?俺に頼んだってなんも言えねぇぞ」
「でも、私は君に見てもらいたい」
ますます意味が分からない。いや、そもそもメルトには一つ気になる点があった。
(こいつってこんな顔だったっけ……)
黒川あかねと鳴嶋メルトは知り合いではない。しかし最初に見た第一印象というのは頭に残るもので、それが今のあかねとの矛盾に疑問を持たせる。
(別に喋った事がある訳じゃねぇけど。初めて見た時と印象ちげぇな。最初はマジメそうな奴。って思ってたけど今の黒川は……)
見た目が大きく変わっている訳ではない。着ている服も制服で一緒だ。しかし纏っている雰囲気がどこか違う印象を与える。
自分の魅せ方を知っているかの様な芸能界なれした大袈裟な身振り。自信を感じさせる明るい声色。口の端が大きく吊り上がっている張り付いた笑顔。そして星空を思わせる吸い寄せられる瞳。
(まあ、どうでもいっか……こいつの演技みてもアドバイスとかできねぇしテキトーに断るか)
「さっきも言ったけど、俺は忙しいんだよ!分かったらあっちに行け」
「そんな事言わずに。ねっ!お願い
「…………は?」
手を合わせながら
「おまえさ、そっちが頼んでるんだから名前くらいちゃんと覚えろよ!つーか名前間違えるとか普通に──」
「だったら……」
いつの間にかあかねの顔が近くにまで迫っている事に気づくメルト。
「挨拶くらいはきちんとしよっか☆」
黒川あかねの容姿は整っている。普通の男子だったら狼狽したりするのかもしれないが。メルトが感じたのはそんな感情ではなかった。
(何だよ……こいつ……)
あかねの目を注視しているととてつもない不快感に襲われる。先程は吸い寄せられる星空の様であった瞳が。今はまるで吸い込まれるブラックホールを思わせるかの如く黒く染まっている。
「どうしたの?挨拶は芸能界だけじゃなくて社会人としての基本でしょ?」
(気持ちわりぃ……)
だが、言っている事は至極まともなのは理解できる。これ以上この状況を維持したくないメルトは仕方なく彼女の言うことに従う。
「ちっ、ソニックステージ所属の青野カナタ役、鳴嶋メルト。……これでいいんだろ」
「うん!よくできました〜」
そう言うと彼女の瞳はまた元に戻る。
「それでさっきのお願いなんだけど。どうかな?アルト君?」
「おまえ、覚える気ねぇのな……」
正直言うとこれ以上は黒川あかねに関わりたくなかったメルトであったが。どうも彼女に引き下がるという選択肢はないらしい。だったらこちらが折れるしかない。そう思ったメルトは渋々だが条件をつけて彼女のお願いを聞き入れる。
「分かったよ、お前の演技。みりゃいいんだろ?その代わりアドバイスとかは出来ねぇから。あと、終わったら俺にはもう関わるな」
「オッケー!それじゃあちょっと待っててね〜」
そう言うとあかねは目を閉じて動かなくなる。時間にして十数秒の時が立つとそこには先程とは違う雰囲気を纏っている少女が現れた。
「お待たせメルトくん。じゃあ、始めるね」
あまり話が進まなかった……