アカネアイ   作:青空の夜天

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俺の価値

 

 

 鳴嶋メルトそれが俺の名前だ。世の中の人を恵まれてる奴とそうでない奴に分けるのなら俺は恵まれてる奴なんだと思う。

 

 やる事なす事。大抵が上手くいった。中学一年生の時にモテる事を知った俺は自分の顔がいいって気づいた。

 

 顔がいいから黙っていても人は寄ってくるし、女を好きになればあっちから告ってくる。テキトーな奴をイジれば笑いが取れて。テキトーに過ごしているのにモデルのスカウトが来た。

 

 芸能活動も順調そのもの。仕事は向こうの方から使いてぇって言って来るし、事務所では重宝してくれるし。おまけに演技もした事ねぇのにネットドラマとはいえ主演の仕事まで来る。

 

 ドラマの主演とかって大抵は努力して、レッスンとかで演技力磨いて必死に営業かけてやっと回ってくる仕事だと思ってたけど実際はこんなもんか。いや、普通はもっと苦労すんのかもしんねぇけど。

 

 俺は特別だ。それなりにやっててもなんか上手くいく。きっと今回もそうなんだろう。【今日は甘口で】このドラマが俺の初主演だ。原作は少女漫画らしいから俺はあんま知らねぇけど。初の演技なんだから(あら)があっても皆んな大目にみてくれんだろ、そんでそれなりに演技してりゃ次の仕事に繋がって有名になっていく。

 

 だから本気でやんなくてもいいだろう……素人がギリギリで努力したとしてもたかが知れてる。このドラマを期待してる奴には少しくらいは悪いと思うけど……俺はそれなりでやらせてもらう。だっていつもそれで上手くいくんだから。今日だってそれなりの熱量で演じればいい。そう思っていた──

 

 

 

 

 黒川あかねに出会うまでは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に居る女。黒川あかねの雰囲気が変わった。さっきまでの飄々とした態度は鳴りを潜めて。今は静かに演技をする為の準備に集中しているみたいだった。

 

「すぅ〜はぁ〜。すぅ〜はぁ〜」

 

 確かこいつの役は主人公の友達。そこまで特徴的なキャラじゃねぇし、セリフも少ないからすぐに終わんだろ。んで適当な事言って解散。俺だって暇じゃねぇし、もうあんな変な奴とはあまり関わりたくねぇから早めに終わらせよう。

 

 しばらくすると準備が出来たのか、そろそろ始まりそうな雰囲気を感じた。

 

 演技を見るっつってもどこをみりゃいいのかわからねぇ。そもそもリハの段階ではあいつに問題がある様には見えなかった。

 

 そんな事を頭の中で考えてた俺は顔に手を当てて喋るあいつの第一声に驚く事になる。

 

「おまえさぁ、そんな顔してて楽しいの?」

 

「…………えっ?」

 

 これはあいつがやる役のセリフじゃねぇ。俺の役、青野カナタのセリフだ……

 

「別に……ただ猫を追いかけてきたら。お前が居たから……」

 

 何考えてんだよこいつ、マジで訳わかんねぇ。手本になればとかおもってんのか?だとしたらとんだお門違いだ。

 

 込み上げてくる怒りのまま俺は奴に抗議する。

 

「ふざけんなよおまえ!嫌がらせか?俺への当てつけか!?何がしてぇんだよ!こんなことやったっておれは──」

 

「うるせぇ」

 

 何だ?誰だ?まさか今の言葉。こいつが言ったのか?

 

 

 

「いいからテメェは黙って見てろ大根役者ぁ!!」

 

「なっ……!?」

 

 突然の怒鳴り声に俺が感じた感情は怒りよりも驚きが上回った。

 

 こいつ一体どれが本当の性格なんだ?真面目な奴なのか?明るい奴なのか?荒々しい奴なのか?本当のこいつが全然見えねぇ。いや、待てよ。確か俺が演じる青野カナタは──

 

 

 口が悪い転校生の男……

 

 

「ああん?何だテメェ!」

 

 つまりこいつは役に完全になりきって演技してるってことなのか?セリフだけじゃなくて不意なアドリブにも対応できる程、キャラを自分のものにしてんのか?

 

 確かめる為に俺は静かに黒川の演技を見る事にする。どうせ何を言っても意見を変える奴じゃねぇ。だったら俺なりにこいつが何を考えてるのかを考える。しばらく演技を見ていると素人なりにも見えてくる物があるのに気付く。

 

 最初に感じたのは一目みれば分かる簡単でもっともシンプルな答え。

 

 黒川あかねは"芝居"が上手い。

 

 マイクも無いのにハッキリと聞こえる声。要所要所で魅せる的確な仕草。そしてキャラが訴えかけてくる様に感じる感情的な演技。どれも一日やそこらじゃ習得出来ないのを分からせる程に洗練されていた。

 

 こいつ確か高校生だったよな。てことは俺と歳はあまり変わらないはず……そんな奴が本業とは言え担当じゃない役をしかも男の役というハンデがありながらこうも簡単に演じれるもんなのか?役者って奴は皆んなそうなのか?何でこんなすげぇ奴が端役なんてやってんだ?

 

 こうやって外から違う人が同じ役の演技をしている所を見るとどうしても自分と比べてしまう。その光景は余りにも惨めで残酷。

 

 もしかして俺って……めちゃくちゃ下手なのか……?

 

 まだ一話が公開されてないから視聴者からどんな反応が返ってくるのかは分からない。

 

 だけど、俺の演技のせいでこのドラマは駄作とか言われたりすんのかな……かなちゃんも天才とか言われてた割には大した事ない。と思ってたけどそれは俺達のレベルに合わせる為にワザと抑えてたりして……

 

 

 

 

 

 

 なんかそれは…………嫌だな……。

 

 

 

 

 俺は冷静になった頭で改めて黒川あかねという人物を見てみる。

 

 ビジュアルはかなりいい。どちらかと言うと美しいと言えるタイプで、この手は老若男女に受けがよさそうだ。演技力に関しては素人の俺から見ても一流なんじゃないかと思える。多分、俺と一緒で演劇の事なんて全然知らない奴から見ても他の奴との違いに気付くほどに。

 

 確かこいつ、ここに来たとき真っ先にスタッフの奴らに挨拶をしてたな……つうことは愛想はいい方か……

 

 性格に関しては何がこいつの本心なのかはわからない。だけど逆に言えば本心を掴ませないキャラとも言える。俺に頼んで来た時の不気味なくらい明るい性格が演技なのかは微妙なとこだが。見てて飽きないだろうなってのはわかる。

 

 まあ、それでも世間では一貫性がないとか色々言われたりすんのかもな……

 

 総じて黒川あかねは売れる要素がふんだんにある。大人共が好きな金になる役者なんだと俺は思う。だけどこれまで俺は黒川あかねという人物を聞いた事がなかった。つまり──

 

 

 それでも売れねぇのかよ…………

 

 

 芸能界という世界は実力を磨くだけでは成り上がれない。しかし実力を磨かなければしぶとくしがみつく事もできない。そんな厳しさが黒川の演技から伝わるようだった。

 

 黒川と比べて俺には何がある?顔のよさでは負けてねぇはず。他には……?あいつみたいな演技力?社交性?キャラクター?目を引く不気味さ?説得力?発想力?自信?…………

 

 

 

 

 

 

 何もねぇじゃねぇか……俺……

 

 今は運よく仕事にはありつけてる。だけどこの後は?このドラマが不評になって、鳴嶋メルトは演技で使えない。そう思われたらこれから演技の仕事なんか来なくなるかもしれねぇ。顔の良さだって数年後には他の奴と戦えるレベルを保っているのか……?いや、むしろ若さという武器を失えば誰もこれからの俺に期待してくれる人は居なくなるだろう。

 

 もしかしたらこのドラマだって俺達を売り出したいだけの都合がいいドラマなのかもしれない、俺に演技力なんて求めてない。タレントが売れれば上々、売れなければただ忘れ去られて使われなくなるだけ。俺はそんな立場に居るのかも。

 

 

 

 

 

 黒川のおかげでようやく分かった。ただ運が良いだけの実力もない駆け出しモデル……それが俺、鳴嶋メルト……

 

 

 

 考え事をしていたら結構な時間が経ったのか黒川の演劇は終わったようで。感想を求める為、俺に話しかけて来た。

 

「どう……だったかな……?一応一回台本は読んだけど。見れるレベルになってるかな……?」

 

 一回台本を読んだだけか……俺はセリフを覚えるのにも苦労してるってのに……

 

「なあ、おまえはいつから演劇やってるんだ?」

 

「子供の時から。役者歴で言うと十年くらいかな?」

 

 十年……そりゃ、テキトーにやってた俺と差が出て当然だ。

 

「そっか……演技、凄かった。それしか言えねぇからさ俺。悪いな……」

 

「ほんと!?ありがとうメルトくん!」

 

 なんか黒川の奴楽しそうだな。羨ましいよ、黒川と比べて俺には何も無いんだから……仕事がある俺がこんな事言っても嫌味にしかならねーだろうけど。

 

「良いもん見させてもらった。じゃあな……」

 

「ねぇ……」

 

 教室から立ち去ろうとする俺を黒川の言葉が引き止める。

 

「メルトくんはそんな顔してて楽しい?」

 

「えっ?」

 

 言われてすぐ、窓ガラスに写る自分の顔を確認する。ガラスに写る俺の顔は何かに落胆している様な、諦めてる様な、締まりのない顔をしていた。

 

 ははっ……なんつー顔してんだよ俺……みっともねぇ、それでもモデルか……?こんなんが主演のドラマなんか面白くなる訳ないよな……

 

「主演がこんな顔してるんじゃおまえもやってて楽しくないだろ?」

 

「そうだね。共演者の皆んなもやりづらいと思う」

 

 真面目そうな顔して結構はっきり言うんだなこいつ。

 

「じゃあ、どうしたらいいんだ?俺は……」

 

「そんなの知らない。でも……思ってる事があるなら吐き出していいよ。聞いてあげる」

 

 俺の考え……そんなの物はもう自分でもよくわからなくなってきていた俺は。頭にあるもの全部をこいつにぶつけてみる事にした。

 

「俺さ、自分の事を特別だと思ってたんだ。でも、おまえの演技見て……オレは……俺が…………」

 

 

 

 

「俺がどうしようもない下手くそだってのはよく分かったよ!関わってる奴らが俺の演技力に期待してねぇのも!黒川やかなちゃんに無理させてんのも……だけど、どうしようもないだろ!素人の俺が何しろってんだよ!」

 

 黒川みたいな演技ができたらいいさ。こんなドラマでも少しはマシになるのかもしれない。だけどそれはできない。あいつの演技力は長年の努力の結果ですぐに手に入るものじゃない。

 

「一話が公開されたら駄作だのなんだの言われんだろ……?期待して観てくれる奴も、原作者も皆んなガッカリする……」

 

「そうだね、売り手の都合で変更を加えたストーリーに。基礎もできてない多数の演者。原作へのリスペクトが無いこの作品は面白くなりようがない」

 

 俺は読んだことないから分かんなかったけど、ストーリーも悪いのか……そりゃどうしようもねぇな。

 

「だけどね…………」

 

「恵まれてる要素もある。監督さんやスタッフさんはやる気があって優秀であなたの相手役はあの"有馬かな"。彼女だったらこのドラマの質を高められるかもしれない」

 

 かなちゃんか……あいつも黒川みたいな演技すんのかな……

 

「かなちゃんだって演技力が重視されてないこの現場に不満があるはず。でもその気持ちを押し殺して仕事をしている」

 

 やっぱりそうなのか、かなちゃんも我慢して大人のやり方に付き合ってたんだな。いや、付き合わせてるのは俺か……かっこわりぃ……

 

「その不満を引き出すにはメルトくんの力が絶対に必要!どんなに周りが手を尽くしても相手役のメルトくんがそんな顔をしてたらかなちゃんは動かない」

 

 その言葉を聞いて黒川から目を背けてた俺はもう一度あいつの顔を見る。その瞳は綺麗で、眩しく、真っ直ぐと俺の顔を見つめていた。

 

「メルトくんに出来ない事は私とかなちゃんがやる。だからメルトくんはメルトくんにしか出来ない事をやったらいいんじゃないかな?」

 

 俺にしか出来ない事……それは何だ?くそっ!見えてこねえけど、まだ終わったわけじゃないのか?

 

「色々言ったけど何をするのか決めるのはメルトくんだよ。どうなるかは分からない……視聴者がどう受け止めるのかなんて知らない。それも考慮して考えてみてね」

 

 ここは俺の人生の分岐点。素人の俺がどんなに頑張ってもこいつらに敵わないのはやらなくてもわかる。だからテキトーに楽な道に逃げたって良いはずだ。そうすればまた今まで通りなんか上手くいくかもしんねぇ。

 

 だけど、俺は知ってしまった。芸能界にはすげぇ奴らがいる。強い自分なんて最初からいない。ただ俺は運がいいだけ……

 

 そんな俺でも、テキトーにやってきた俺でも。本気になればこのドラマはもっとマシになるんじゃ……

 

「まだ、間に合うか……?」

 

「言ったでしょ、知らないし分からない。努力しても結果が出ないのなんて珍しくないよ。私も沢山見てきた」

 

 分かってる。今から努力したって俺の演技力は簡単には上がらない。これから観る視聴者だって演者が頑張ってるとかなんてどうでもいいし興味もない。ただ演技力が高いか?作品が面白いか?格好いいとか可愛いとかそれだけだ。

 

 でも……ここで本気にならなかったら俺はきっと後悔する。初めての演技、初めての主演のこの仕事に悔いを残したくない。

 

「まずは今までの態度を謝る。悪かった……自分は特別だと思ってて、調子に乗ってたんだ」

 

「別に気にしてないよ。昔のかなちゃんなんかもっと性格終わってたんだから!私の帽子弾き飛ばして一番嫌いって」

 

「ははっ!なんだよそれ」

 

 今の愛想がいいかなちゃんからは想像出来ないな。有馬かなにもそんな時期があったのか。少し気持ちが楽になった。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……今更どの口がって思うかもしんねぇけど……頼む黒川!……俺に演技を教えてくれ!!」

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

 

 即答だった。もしかしたら黒川は初めからそのつもりだったのかも知れない。生ぬるい現場で腑抜けた演技してる俺に喝を入れる為にあんな真似したのかもな……

 

 もう遅いかも知れないけどまだ終わった訳じゃねぇ。撮影が終わる前に知れてよかった。今日の撮影を除いても後四話ある。

 

 

 やってやろうじゃねぇか。この世界で俺はどんなにみっともなくても情けなくても最後まで足掻いてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしよぉ〜なんか流れでオッケーしちゃったけど私そんなつもりじゃなかったのに。

 

 メルトくんの役を私の演技で見せて。それでなんかこう、怒るにしろ、参考にするにしろ、やる気になってもらって。それを見たかなちゃんもなんやかんや、やる気になる。結果みんなハッピー!みたいな感じの作戦だったんだけどな〜

 

 それと、台本を見ただけと言ったのはちょっとズルかったかもしれない。演技の練習とかはしてないから嘘はついてないが、私は原作を見ている隠れ原作ファン。なのでキャラの心情をある程度は理解出来ていた。ドラマとはストーリーが結構違ったのでキャラのイメージがブレると思って言わなかったけど。

 

『見事なカウンセリングだったね〜』

 

 も、元はと言えばアイさんもいけないんだから。私はただ演技を見てくれるだけで良かったのに。険悪な雰囲気でバトンタッチするからそのフォローも兼ねて色々言っちゃっただけで。

 

 私、人に教えた事なんてないしほんとにどうしよう……?いっそあの人に相談してみようかな……無愛想だけどあの人ならいい感じに……いや、ドラマの出演決まったって見たし、絶対忙しいだろうな……やめておこう。

 

「と、とりあえず連絡先交換しよっか?」

 

「おう、そうだな」

 

 私のスマホとLINEに鳴嶋メルトの枠が追加される。これで連絡に関しては問題ないだろう。だけど心配するのはそこじゃなくて指導内容だ。

 

「メルトくんはいつ時間取れそう……?」

 

「えーっと……この現場の次に雑誌の撮影があるけど、その後はフリーだから午後二時くらいからは時間作れると思う」

 

 なるほど……ならその間に考えておかなくちゃね。早急に用意するべきなのはやっぱり場所だけど……うーん、メルトくんも自由に使える場所があるかは微妙だし、私は無い。やっぱり困った時はあそこしかないよね。どうせこの撮影が終わったら暇だし事前に準備しておこう。

 

「じゃあ、お仕事終わったら連絡して。後で集合場所は送るから現地集合で」

 

「分かった。よろしくな黒川」

 

「うん、こっちこそよろしく」

 

 爽やかな挨拶を私達は交わす。もう彼の顔は落ち込んだ顔ではなく。やる気と気合いに満ちた、いい顔をしていた。

 

 そうだ忘れない内に言っておかなきゃ。もう休憩時間も少ないだろうし。

 

 私は手のひらが上になる様にしてメルトくんの前に差し出す。すると彼はその手を不思議そうに見つめる。

 

「なんだ?握手でもすんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「指導料、百五十円になります♪」

 

 

 

 

「金とんのかよぉ!!」

 

 

 

 メルトくんの大きなツッコミが空き教室に響き渡った。

 

 

 

 

 

 






メルトくんもいいキャラしてるんだよって事を伝えたかった……
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