原作だと二人の絡みは無いに等しいので。
ほんわかレッスン回で描写を盛ってみます。
「へぇー、俺こういうとこ初めて来たわ」
いま私達が居るのは都内にある公民館。この場所はかなり便利だ。演技の練習をするのにはそれなりに広い場所と声をだしても問題ない部屋が必要になる。事務所に所属していたらレッスン室などが使えるのだが、あいにく私は所属しておらず。メルトくんの事務所に私が入って行く事も出来ない。
そこで、その二つの条件をクリアしつつ比較的安価で誰でも借りる事ができる。それがここ、公民館という訳である。
「ほら、メルトくんそっち持って。スペース作るよ」
「お、おう」
私とメルトくんは協力して会議室の真ん中に場所を作っていく。机とイスを退かすのは結構大変だけど意外とテキパキと作業していくメルトくん。流石は男の子だね。
「つーか、百五十円ってここ借りる為の金だったのかよ。別に教えてもらう立場なんだからそっちは払わなくてよかったのに……」
「いいよ、それくらい……お金の問題はちゃんとしとかなきゃだしね……」
「真面目な奴だな〜」
なにも私は真面目だから割り勘にした訳ではない。私が彼に教える事になったとは言えあくまで同じ共演者で関係性は対等。そこに上下関係を作りたくはなかった。
もし彼が全額払ったんだとしたら意識はしなくてもきっと関係性にしこりが残る。私がお金を受け取る事により彼から見たら私は先生という立場になってしまいそこには対等性がなくなるかもしれない。
もちろん考えすぎなのは分かってるし、一番の理由はさっきも言った。お金の事に関してはちゃんとしておきたいというざっくりとした理由なので、彼が言う私が真面目な奴という言葉は間違ってないのかもしれないけど……
ある程度作業をしていると真ん中に大きなスペースが出来る。そこまで広い訳じゃないけど、二人で動いたりする分には差し支えない。これで準備は完了。
「じゃあ、早速始めよっか」
「うし!よろしく頼む黒川。まずは何から始めんだ?」
メルトくんは拳と手のひらを合わせて答える。気合いは十分みたいだね。俄然こっちもやる気になってくる。
「始める前に……メルトくんは演技、役者にとって一番大切な物ってなんだと思う?」
私の質問にメルトくんは考え込む。一番と言ったら過言かも知れないけど絶対に必要な物ではあるからちゃんと考えてね。
「そうだな〜やっぱりキャラが何を思ってるかを考えられる頭の良さか?それとも我慢強さとか、人前に立ってもいつも通り振る舞える心の強さか?」
うわ、意外とちゃんとした答えが返ってきてちょっとビックリ。メルトくんも思う所があってちゃんと考えてたんだね。
「うんうん、確かにメルトくんの言っている事も大事だよ。でも、私が言いたいのはもっとシンプルな答え。それはね……」
「どんな時でも変わらずに演技が出来る体力だよ」
そう、それは役者にとって最も重要で基本的な話。
「例えばの話だけど。今、メルトくんは学生の役をやってるよね?でも次のお仕事の時には重い衣装を着て演技をする役が回ってくるかもしれない。大きい小道具を振り回す時があるかもしれない」
「その時に君はいつも通りの演技ができるのかな?そうじゃなくても役者っていうのは肉体的にも精神的にも結構タフなお仕事だからね。体力はあって困る物じゃないよ」
「なるほどなー」
いくら自分の中で納得がいった演技をしようともそれを良しと決めるのは自分ではなく現場の監督や大人達だ。なので納得がいかないリテイクを何度もくらう事なんて頻繁にあるし、その度に体力や精神が削られて演技に支障をきたすなんてのはよく見る光景。役者とは体力が大事な職業なのである。
『アイドルやってる時もよく言われたよ〜まずは体力をつけなさい!ってね!』
アイさんが言う様に体力や基礎筋力は全ての基本となり。尚且つ、継続していかなきゃ手に入らない物。だから早い段階から始めたい。
そこで私はポケットから一枚の紙を差し出す。
「とりあえず私が基本的なトレーニングメニューを考えてきたから。毎日じゃなくても週五日くらいを目安に実践すること。慣れてきたらそれを参考にして自分なりにアレンジしてみてね」
「サンキュー。なるほど、これを見るに体幹ってのが結構大事なんだな。早速明日からやってみるわ」
結構キツめに調整したけど意図が伝わったみたいで良かった。
「体力が大事っていうのは分かってもらえたと思う。そこで今から始めるのはコレ!」
私は大きな声を出しながら持ってきていたPCを取り出して起動させる。そしてそこに映し出された画面を彼の方に向ける。
「……ぴえヨンちゃんねる……?」
困惑した顔で画面を見つめるメルトくん。まだ何をするのか分かってないみたい。あれ?まさか……
「もしかしてだけど、メルトくん。覆面筋トレ系ユーチューバーのぴえヨンをご存知ない!?」
「し、知らねえけど……」
なんてことだ。子供達にも大人気で前職プロダンサーで振付師もしてたと言われるこの人を知らないなんて……
「うおっほん!じゃあ説明するけど。この人は子供でも大人でも楽しめる筋トレやダンスを提供しているユーチューバー。それで今からやりたいのはね。せっかく二人いるんだから体力を付けるにしてもぴえヨンブートダンスで楽しくやってみよう!……って感じなんだけど……どうかな……?」
「ダンスで体力作りか……黒川も色々考えてくれてんだな……」
せっかく体を動かすのだから最初は楽しくやりたい。と言う私の考えなんだけど。
「よし!やってみようぜ」
「気合いは十分みたいだね……それじゃあ今回は三十分を目標にするよ……ミュージックスタート」
「飛べない鳥のポーズ!!」
「ぐぐぐぐぅ、きっつ」
「鳴けないセミのポーズ!!」
「はぁ……はぁ……」
「眠れない熊のポーズ!!」
「ち、ちくしょう……こんなもんで……」
流石に最初から三十分は辛いのかメルトくんはもう息も絶え絶えになっている。それでも気合いでついて来れているのは素直に凄いと思う。結構根性はある方なのかな?
「ほらほらメルトくんも、ピヨピヨ♪ピヨピヨ♪」
「な、なんでお前は……そんな……余裕あるんだよ……くっ、ピヨピヨ……」
一応、体力作りはアイドル時代から散々やってきたから自信はある。これくらいのダンスなら笑顔で歌いながら踊りきる事だって出来るんだから。
しばらく踊っていると部屋にアラームが響く。これはセットしておいた時間が経ったという事を示す音だ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
時間がきたことで気が抜けたのか、メルトくんはその場で仰向けに倒れ込む。随分疲れた様子だけど。結果を見れば彼はぴえヨンブートダンスを三十分耐え切る事が出来た。
ちょっと甘すぎたかな?これなら一時間にしても良かったかも?
「偉いぞ〜メルトくん。よく頑張ったね……えっと……よしよし、してあげようか?」
「そんなもんより……ちょ、ちょっと休憩にしてくれ……俺、しばらく動けそうにない……」
「分かった。体を休める為に今から十分間の休憩にします。息を整えたら水分補給も忘れずにしてね」
いきなり許容範囲を超えた体の動かし方をしたら動けなくなるのは誰だって同じ。体にはだいぶ効いただろうし、あまり詰め込みすぎるのもよくないので今から休憩の時間を取る事にした。
「だいぶ体も休まったよね?ほら立って、次のメニューにいくよ」
「ま、まだ体中がいてぇんだけど……」
恐る恐るという感じで手を挙げて抗議するメルトくんを無視しながら、私は次のメニューを発表する。
「次のメニューは声のレッスン。役者は発声や滑舌が重要になってくるのは言わなくても分かるよね?」
「そ、そうだな、俺も役者なりの声の出し方っつーの?それがいまだによく分かってねぇから教えてもらえると助かる」
「うーん、声の出し方とかも役によって変えたりするのはよくあるけど。メルトくんの場合はまず基本的な発声練習からかな」
「なんつーか役者のレッスンって結構地味だな……」
「そうそう、地味で皆んなが思ってるほど華やかさがないんだよねー。でもやってれば気づかない内に自分の力になってたりするから一緒に頑張ろっか?」
「見えない努力が力になる。なんてのはどれも一緒って感じか……」
メルトくんの言いたい事はわかる。時間がないのだからキツくても早くスキルアップできる術を教えて欲しいはずだ。しかし、私から言わせてもらえばそんなものはないと断言できる。小さな積み重ねが大きな力になる、それが役者だ。もちろん演技というのは努力だけではなく才能。初めから思う通りに演技が出来る人がいるのは知っているが、そんな人はごく一部。
「腹式呼吸や表情筋のトレーニングもやりたいけど、まずは早口言葉からやってみよう。私が言う言葉に続いてみてね」
「任せとけ、こう見えて早口言葉とかは得意なんだ」
「ではお手並み拝見。赤巻紙、青巻紙、黄巻紙」
「よっしゃ、赤巻き、青巻紙、黄巻紙」
「東京特許許可局」
「東京特許許可局」
「かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ。合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ」
「かえるぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ。合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ」
なるほど、得意と言うだけはあって結構やるねメルトくん。これくらいなら難なくついてこれるみたい。となれば、もっと難易度を上げてもいいかも……
「意外とイケるみたいだからもっと難易度を上げてみるよ。ちゃんと覚えてね」
「うっし、今なら余裕でこなせる気がする。なんでもきやがれ」
「いくよー、
「……いや、無理じゃね…………」
「あれ?どうしたの?ほら早く続いて、続いて」
「ま、マジかよ……えーと、一寸先のお小仏に蹴躓きゃるな細溝に泥鰌にょろり。京の生鱈、奈良、生学鰹、ちょと四五貫目。お茶立ちょ、ちゃっとちゃちゃ。あれ……なんだっけ?」
ちょっと飛ばし過ぎたかな?これは発声練習にはかなり最適だからぜひ覚えてほしいんだよね。まあ、誰も最初から上手くできる人なんていないからメルトくんは気にしなくていいんだけど。
「黒川、さっきのもう一回やってくれないか?次はしっかり覚える」
「分かった。今度はゆっくり言ってみるね」
そこからは発声練習や表情筋のトレーニングに三十分程の時間を使った。最初はつまづく事が多かったメルトくんだけど、飲み込みが早いのかやる気があるのか……短い文くらいならなんとか噛まずに言える程に成長した。
うんうん、やっぱり基礎的なトレーニングが足りてないだけでやれば出来るんだね。
「こういうのも積み重ねが大事だからね。空いた時間の十分くらいでいいから毎日やるのをオススメするよ」
「了解。ふぅ……これが発声練習か……」
「さて、お次は実践編。実際に演技して感覚を掴んでみよう♪」
せっかく場所を借りたのだから実践の練習はしておきたい。まず見定めるべきはメルトくんの今の実力……
「メルトくんは自分の演技をちゃんと見た事はあるのかな?」
「いや、ちゃんとはない。せいぜいVTRで確認したくらいかな。まあそれでもお前との差はわかっちまったけど……」
「お、落ち込まないで、誰だって最初は素人なんだから……」
うーん、自分の実力を正しく認識するのはとっても重要なんだけど、どうにもメルトくんは役者として大切な自信を失ってしまったらしい。これは私のせいだから私がどうにかしなければならない問題だ。
「二話の撮影が終わったばっかりだから内容は覚えてるよね?今回はもう一度メルトくんに青野カナタを演じてもらって私が動画に撮る。それを見て一緒に改善点を見つけて直していこう」
「その後は私が主人公をやるから何度か一緒に合わせてみよっか。どう……がんばれそう……?」
「まあな、わりぃ、マジで助かるわ……」
「もう、謝ってばっかりじゃ上手くならないよ」
「あ、ああ。えっと、ありがとな。じゃあ早速やってみるわ。下手くそだからって笑うなよ?」
そう言うとメルトくんは二話の演技を始める。内容は戸惑う主人公に急接近する転校生。今までのレッスンで疲れているはずなのにセリフはすらすらと出てきている。これは台本をかなり読み込んでいるみたいだ。
しばらく見ていると問題点もいくつか見えてくる。多すぎて全部を言ったらパンクしちゃいそうだけどゆっくりと一つずつ着実に直していくしかない。
「よし、動画は撮れたから一緒に見てみよう。それを見ながら私が感じた問題点も指摘していくね」
「頼む」
スマホの画面を二人で覗き込む。写っているのはとてもじゃないけど上手とは言えないメルトくんの演技。
「マジか俺……ヘタすぎんだろ……」
ぎこちない身振りや無茶苦茶な抑制の付け方など目を引く改善点はあるが真っ先に言うべきなのは。
「まず、メルトくんは格好をつけて演技するのをやめてみよっか」
「うぐぅ……」
「自分をよく見せたいのは分かるよ。モデルなら尚更だよね。でも、それによって演技にぎこちなさが出来ちゃって余計素人っぽくなってるんだと思う」
「そ、それ以上はマジやめてくれ……聞いてて恥ずかしくなってきた……」
「だからまずは自分を出さないまっさらな状態を作ってやってみよう。演技のやり方は人それぞれだから一概には言えないけど。最初は余計な事を考えないでやってみるのがメルトくんにはいいと思う」
「うぅ……まっさらな状態か……それってどんな感じだ?」
「そうだね……例えばキャラの心情とかを考えずにただ、セリフを発するだけの演技をしてみるとかどうかな?」
「それはいいのか?」
「もちろん本番では使えないと思う。でも、メルトくんがどんなやり方があってるのか測るのにはいいし。感情を出して演技するのって結構難しくてすぐに出来るものじゃないから最初は気にしなくていいよ」
多分メルトくんはモデルの仕事で自分を良くみせる癖がついちゃってるんだと思う。主演は確かにそういうのも大事だけど今の彼には悪い方向に傾いてしまっている。ならばそれを一回リセットしてみようという訳だ。
「今言った事を踏まえた上で。次は私と共演してみるのはどうかな?もちろん私はかなちゃんでも監督でもないからあまり──」
「あまり囚われずに参考程度にって言いたいんだろ?大丈夫だって、黒川の言いたい事もだいぶ分かってきたから」
むっ……セリフを取られちゃった。でも言いたい事は伝わってるみたいで一安心。あまり人の心情とかを読むのは得意じゃないんだと思ってたけど、これも少しづつ成長してるってことなのかな?
「今言った事は意識してね。もう一回やってみるよ」
「黒川は大丈夫なのか?主人公も結構特殊な役だと思うけど?」
「うん、私は大丈夫。役作りはしてないからかなちゃんには及ばないかもしれないけど、原作を読んで考察と分析はしてあるからある程度は出来るよ」
「それにしても、私の心配してる余裕があるなんて……メルトくん、次は期待してもいいのかな?」
「お、お前……やっぱりはっきり言う
時間というのはあっという間に過ぎていくもので気付けば終了の時間まで後二十分を切っていた。片付けを含めたらもう教えられる時間はあまりなく、今日の仕上げに入らなければならない段階だ。
「一段落ついた所で次が最後だから頑張ってね」
「……おう、はぁ……はぁ……全力でやると演技ってかなり疲れるんだな……」
メルトくんは
「突然だけどメルトくんはスピリチュアルな話って信じられるかな?」
「……スピリチュアル?」
「簡単に言うとね、超常現象的で説明がつきづらい出来事なんだけど……」
「ふーん。別に信じちゃいねぇけどまあ、そういうのもあんのかなってくらいには思ってる」
普通の感性だと思う。正直、私だけでも指導は出来るしここまでする必要はないけど。私はドラマの主演なんてやった事がないからね。主演経験があって得意分野が違うあの人からも学べる物は多いはず。
「そうだよね。今からする話はちょっと信じられないかもしれないけど聞いてくる?」
「……なんだ?」
「私、実は二重人格なんだ」
「へ……?」
そりゃ驚くよねいきなりこんなカミングアウトされたら。
「に、二重人格っつうと漫画とかでよくある全く別の性格がっていうアレか?」
「一応、二重人格は医学でもしっかり認められてる神経症なんだけど。認識としてはそっちで合ってるよ。ほら、メルトくんも一回会ったでしょ?私が演技を見てもらうように頼んだ時に……」
「ああ〜あれか……確かに今考えるとあの時の黒川は変だったな、演技には見えなかった。二重人格っつうなら確かに納得は出来るの……か……な……?」
あの時のメルトくんとアイさんはちょっと相性が悪そうだったから心配だけど……ここまで付いてきてくれたメルトくんなら大丈夫だよね?アイさんだって大人だし……
「でもそういうのってあんま突っ込んで聞かない方がいいよな……?何で、急にその話を?」
「あのね、私ともう一人の私は得意分野が違って教えられる事も違う。メルトくんは主演でしょ?さっきは否定したけどやっぱり自分を良く魅せる方法は知った方がいいと思うんだ。それもかなちゃんに負けないくらいにね」
「あの時の黒川ならそれが教えられるのか?正直ちょっと苦手なんだけど……」
「あはは……今の私とは雰囲気が変わるけど仲良くしてあげてね。違う視点から学べると思うから」
「別に不満はねぇけど……やるならさっさと始めようぜ、時間もあんま残ってないんだろ?」
「理解が早くて助かるよ。準備するからちょっと待っててね」
私はいつものポーズを取り目を閉じて集中する。人前でやりたくはないけどしょうがない……
『ようやく私の出番か〜。あかねが何でこの子に入れ込んでるのかはまだ分かってないけどやる事はキッチリやるよ』
私がメルトくんを教える理由か……流れでそうなってしまったのか、
「なぁ……黒川……」
だけど決めたからにはやり通す。他事務所の人に関わりすぎるのはあまり褒められたものじゃないと思うけど……
「そんなポーズしてて恥ずかしくないのか?」
「う、うるさいなぁ!!集中してるんだからちょっと黙ってて!」
「わ、わりぃ……」
恥ずかしいのは百も承知だ。だけどこれが練習の末に編み出した一番成功率が高い方法なんだから仕方ないじゃん。別にこれをしなくてもやろうと思えば目を閉じるだけでできるけど安定感が違う。
しばらくするといつもの力が抜ける様な感覚が来る。
よし、とりあえず交代は上手くいきそう。後はアイさんがメルトくんと仲良くやれるかなんだけど……
「ヤッホー!久しぶりって言うにはまだ早いかな?また会ったね!アルトくん☆」
「俺、お前の事やっぱり苦手かもしんねぇ……」
……仲良く……やれると……いいなぁ……
☆
なんとか無事にレッスン初日を終えた帰り道。外も少し暗くなってきて気温が下がったのか肌寒く感じる。今日は色々ありすぎて疲れてしまった。
そんな中二人で歩いて駅まで歩いていると急にメルトくんが立ち止まり私の方を振り向く。駅まではまだあるけどどうしたのかな?
しばらく静かな時間が流れたが、やがて決心したのかメルトくんは頭を下げながら静かに口を開く。
「くろかわ……せんぱい……今日は本当にありがとうございました!」
「ど、どうしたの!?急にそんな
「なんつーか俺。今までこんな風に他人と真剣に向き合った事なかったんです。今日のレッスン、すげえキツかったけど。それ以上に楽しかった思いもあったりして。演技についても全然興味なかったけど、今は面白い物なんじゃないかって思える」
そう言ってもらえると私も嬉しい。私なんかが誰かを教えるなんて
「だから俺、これからも全力でやります!黒川先輩やかなちゃん、原作者や関わっている大人達、見てくれる人の為にも」
「そっか……」
メルトくんが本気なのは今日を見ていた私なら分かる。最初にしては飛ばした内容だったけど彼はしっかりついて来れた紛れもない事実があるから。
「ふふっ、まだ始まったばっかりだよ、気を抜かないよーに!空いている日が有ったら連絡してね……予定が合えばまた付き合うから」
「はい!よろしくお願いします!」
「それから、これからもいつも通りに話していいよ。歳が違うって言っても一つしか違わないんだし。呼び方はメルトくんの好きに呼んでいいけど」
正直、先輩と呼ばれて悪い気はしない。私は今までそんな風に呼んでくれる人なんて居なかった。私にもそういう存在が出来たんだと思うとなんだか安心して嬉しくなる。だから、少しくらい増長してしまう気持ちも分かって欲しい。
「おう!改めてよろしくな黒川先輩!」
「こっちこそよろしくね。後輩くん♪」
これならば彼は大丈夫だろう。一話が公開されドラマが人の目につけば。演技が素人のメルトくんにも失敗の矛先が向くのは考えなくても分かる。だけど彼はそれに挫けず、前に進める人間だ。きっと批判さえもさらなる原動力にしてしまう。
だから、心配なのはもう一人の主演である高校生女優の事。変わったメルトくんにどんな反応を示すのかはまだ分からないけど。次に会う時は彼女の様子でも見ておこうかな……
勝手なイメージだけどメルトくんは昔の出来事のせいで年上の女性にちょっと苦手意識を持ってそう。今回はそれを払拭させたかった……