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「はい!今日もお疲れ様!アルト!」
「はぁ……はぁ……」
今日、私達は公民館に集合していつもの様にメルトくんに指導をしていた。
最初こそはレッスンが終わったらすぐ倒れてしまっていたメルトくんだったが。成果がでているのか、今日は倒れる事はなく。息を切らしながらもしっかりと耐え抜いた。レッスンを始めてから一カ月も経ってないけど、彼の成長は著しく。日頃の鍛錬も欠かしていないのが見て取れる。
今指導してくれているのはアイさん。彼女はトップアイドルとして仕事をしてきた経験やドラマで主演を勤めてきた経験もあるので。自分を良く見せるという技術は抜群に上手い。なので彼女にはカメラを意識した演技法などを任せている。
「アルトって意外と物覚えいいよね〜。カメラの位置を意識しながら自然に演技できるし、何かやってたの?」
「俺、一応現役でモデルやってんだけど……」
「ふーん、そうなんだ!すごいね!」
「こ、こいつ……まぁ、黒川が教えてくれる内容はモデルの仕事にも応用出来たりするから文句はねぇけどよ……」
アイさんの興味なさそうな返答に。言っても無駄だと分かっているのか、不満を残しながらも指摘はしないメルトくん。
「あのさ、前から気になってたんだけど……」
「なんだよ……?」
「なんで、あかねは先輩なのに私の時は呼び捨てなのかな?」
やはりと言うべきか、気にしてたんだねアイさん。
「黒川先輩は尊敬できる人だ。お前は尊敬出来ない、感謝はしてるけどな。そんだけの理由」
「えー!なんで〜!私の方がアルトよりお姉さんなんだよ。私も尊敬してほしいな〜」
「だったら!人の名前くらい覚えやがれ!後、歳上って言っても一歳だけだろ!?黒川先輩だったら年齢でマウント取る事もしねぇぞ」
やっぱりこの二人は相性悪いのかな……?もう少しアイさんには大人として上手く立ち振る舞ってほしいんだけど……このままじゃ、完全に私の方がお姉さんだと思われちゃいますよ。
「まっ、いっか。私の仕事はアルトをぺーぺーから引き上げることなんだし」
「事実とはいえ言ってくれるじゃねぇか……黒川だって先輩の時と違って発声練習で噛んだりするくせに……」
「むっ……もー、アルトなまいき。そんなんじゃ女の子にモテないぞ☆」
「うっせ、ほっとけ」
軽い言い合いをする二人だけど、この空気感は私では出せない。時間がないとはいえ、あまり詰めすぎても仕方ないし。私相手だと変に萎縮してしまってメルトくんも言いたい事を言えないかもしれない。アイさんとの会話が彼にとっていい息抜きになってるんだと思う様にしよう。
「なぁ、今日のレッスンはもう終わりだろ?だったらちょっと時間余ってるし、先輩に変わってくんね?相談したい事があるんだけど……」
「アルトは私よりあかねの方がいいんだ?ちょっと傷ついちゃうな〜。このこの〜!」
「はぁ〜。面倒くさいぞお前、頼むからそういう絡みはやめてくれ」
「つれないなー。……で?相談したいってなに?」
「別にお前に言ってもいいけどよ、これ始めたの先輩の方なんだろ?だったら先輩に言うのが筋かなって……」
メルトくんの相談ってなんだろう?うーん、いくつか思い当たる節はあるけど。かなちゃんに関する相談だったらどうしよう?私じゃ力になれそうに無いからメルトくん自身に頑張ってもらうしかないんだけど……
「分かった。それなら今すぐ変わるよ。あかねからも話があるみたいだし、時間を残したのもその為だからね」
「おう、今日もありがとな黒川」
「全然オッケー!じゃ、また会おうね」
そう言うとアイさんは目を閉じて意識を集中させる。直後に感じる意識が体に引き戻される感覚。最初はこの憑依……?入れ替わり……?をやるとだいぶ体力を消耗したけど。人間とはなれるもので今はスムーズに変われる様になった。
「…………ふぅー………お待たせ、メルトくん。相談なら私が聞くよ」
「何回見てもすげぇな。二重人格か……改めて見ると黒川先輩と黒川は全然ちげぇし……なんつーか人間の神秘って言うの?それを感じる」
私だってなんでこんな風になってるかなんて分からない。だけど、私とアイさんの付き合いはかれこれ十年以上はあるからね。もうすっかり慣れてしまった。
「それで?相談って?」
「ああ、えっと、相談ってのは有馬についてなんだけど……」
やっぱり私の予想通り。かなちゃんについての相談だった。かなちゃんから聞いた話だとそこそこ上手くやれてるみたいだけど。
「かなちゃん?あの人との接し方で悩んでるの?だったら私から言えるのは下手にでるのは悪手だね。むしろもっとぶつかった方が──」
「いやいや、そうじゃなくて……俺が言いてぇのは。有馬もこの集まりに呼べないかなって……」
「かなちゃんを……?」
「ああ、あいつ。確かに口は悪いけど言ってる事はあってるし、空き時間に演技の指導もしてくれて俺はだいぶ世話になってるんだ。相手役としての意見もこの場にあったらいいかなって思ったんだけど……」
言いたい事は分かるし、メルトくんの成長に繋がるいい案だとも思う。けど、ちょっと問題があるんだよね。
「なるほどね。それはいい案だと思うよ。……なんだけど……ちょっと……えっと……なんていうか……」
「どうした?」
「私とかなちゃんは複雑な事情があるというか……多分私が誘っても来ないと思うんだよね……」
「えっ!?そうなのか?」
「うん、だからかなちゃんに来て欲しいならメルトくんが直接誘ってくれると助かるかな……」
捻くれているあの人の事だ。多分私が誘ったら。「あらあら〜演技指導で私を頼るなんてどういう風の吹き回しかしら〜?」みたいな感じで煽られた上に貸しにされるに違いない。必要とあらば耐えられるけど。なんだか素直に頼るのは嫌というか……言葉にしづらいけどモヤモヤする。
「元から俺が誘うつもりだったんだけど、折り合い悪いならやめとくか?【今日あま】についても詳しいみたいだったし。力になってくれると思ったんだけど……」
え?今メルトくんはなんて言った?かなちゃんが今日あまに詳しい?
「え!?かなちゃんって原作読んでるの?」
「ああ、確かそう言ってた」
うそ、なんで言ってくれなかったんだろう。これはもしかして長年夢にまで見たチャンスが巡ってきたんじゃ……
「黒川先輩が乗り気じゃないなら俺は別に──」
「そんなことない!全然ぜんぜん!引っ張ってでも連れてきちゃって!なんならかなちゃんが渋った時の秘策も授けるよ!」
「ど、どうした……いきなり……」
私は今まで演技の練習やアイドル活動で仲のいい友達なんて出来なかった。それに不満なんてなかったし。芸能活動を続ける以上は仕方ないって諦めてた。
だけど、普通の友達が羨ましいと思った時もある。他愛もない話をして好きな物の話題で盛り上がって、私もそんな友達が出来たらいいなって願望みたいなのがあったんだと思う。
そして今、叶う時がきたのかもしれない。小中学生と現在に至るまでアイさん以外と出来なかった私のやりたい事。
友達との漫画トーク!!
も〜かなちゃんも知ってるなら知ってるって最初から言ってくれればいいのに、薄情なんだから〜。ど、どうしようなんか急にウズウズしてきた。あんなに会いたくなかった有馬かなに今は無性に会いたくなっちゃった。
「そ、それでいつ!?いつにするの!?」
(なんか急にテンション上がって怖いな黒川先輩……)
「次の撮影の時にでも誘おうと思ってるけど……」
「ならそっちは任せるね。かなちゃんが居れば私には無い意見が出るかもしれないし、すっごくいいと思うよ!」
「お、おう。任せてくれ」
話も纏まり時間を見てみると残り時間が後、十分はあるのに気づく。これなら私の用事も話せそうだね。
私は持ってきてあった紙袋を掴むとそのままメルトくんに差し出す。
「はい、これ」
「ん……?なんだこれ?」
「これはね漫画だよ。タイトルは【今日は甘口で】」
「今日あま!?」
紙袋を受け取り中身を確認すると驚くメルトくん。
「メルトくんは漫画って読んだりする?」
「ああ、漫画なら結構読んでる……でも流石に少女漫画は知らないな」
「うん、男の子なら普通だね」
高校生の男子で少女漫画を読んでいるという人は少ない。仮に興味があったとしても女子が少年漫画を読むのとは違って男子が少女漫画を読むのはなんか手を出しにくい。という事情も相まって読んでいる人が少ないのかもしれない。
「メルトくんは今。役作りにかなり苦戦してるよね?役作りは個人個人によってやり方が違ってくるし、一概には言えないんだけど。原作を読むことによって皆んなが求めてる人物像を掴めるんじゃ無いかなって思うんだ」
「確かに台本だけじゃイメージしづらかったけど。原作を読むとなんか変わったりすんのか?」
「もちろん!台本には書いてない登場人物のモノローグとかもあるし。キャラクターの個性を掴むのにはやっぱり原作が一番!人によっては固定概念を持たない為に敢えて原作を読まないで撮影に臨む人とかも居るけど。メルトくんはまだまだ初心者なんだから気にしなくていい。何かのキッカケにはなると思うよ」
「少女漫画……初めて触れるな」
「これも勉強だよ。貸してあげるからしっかり読むように」
私が今日あまを進める理由は今言った通り、演技の為というのは勿論ある。だけど本当に分かって欲しいのは……
【今日は甘口で】という作品はとても素晴らしい物である。それを私はメルトくんに教えたい。
今メルトくんの中でこの作品がどんなイメージを持っているのかは分からないが、概ねよくないものだろう。当然だ、私も配信されてからチェックしているけどとても観れた作品ではなかった。
ストーリーについては大人の事情もあるから私がどうこう言う事は出来ない。なので仕方ない部分もあるのは分かっている。分かってるけど……
メルトくんはこのドラマが初主演だ。最近では演技は楽しいものだって分かってくれてるんだと思う。私としては嬉しい限り。でも心配なのはせっかくの素晴らしい原作での初主演なのにメルトくんにとっての今日あまのイメージはこのままじゃ何処までいっても悪いまま。
それは勿体ない。今日あまの見所は今撮影してる様な数多のイケメンが主人公を取り合うストーリーじゃなくて。主人公とカナタの甘くも悲しい純愛。カナタの不幸には同情してしまうし。最終話の名シーンは涙なしには見られない、そんなストーリーなんだ。
私はメルトくんにこの作品を嫌いになって欲しくない。
『なんか綺麗な理由を考えてるのかもしれないけど。ほんとは私以外の話し相手が欲しいだけなんだよね!』
(静かしててください。口を縫い付けますよ)
『私、幽霊だからそんなのできないもーん!』
こ、この人はいつもいつも減らず口を……
「恋愛、か……」
「ん?」
本の表紙を見ながらどこか曇った表情を見せるメルトくん。何か悩み事かな?それなら先輩が聞いてあげるよ。
「どうしたの?」
「いや、最近誰が好きだのなんだのってのがよく分からなくなってな。彼女とかもいた事あったけど、俺はそいつの何が好きだったんだろうなって思う様になってきて……」
随分と中学生らしくない深い悩み事だな〜。早々答えなんて出そうにないよ。
「相手も俺の見た目が好きなだけだったのかな〜とか。いや、別にそれが悪い訳じゃないんだけど……なんかな……」
「あっ、すまん。いきなり変な話して。最も黒川先輩は俺よりモテるだろうし。こんな悩みとは無縁なんだろうけど…………」
きっと彼の中で何かしら人間関係の迷いがあるのだろう。顔がいいというのも良い事ばかりではないのかも。嫌な出来事だってあっただろう。それでもメルトくんなりに変わろうと、人との接し方を考えているのかもしれない。だったら、少し長く人生を歩んできた者として。迷える後輩に導きを与えるのも先輩の務めだ。ここは一つ、人生の先輩なりに彼へ素晴らしい助言を授けるとしよう──
「…………あ、あはははは。そ、それなっ!!」
私はやはり何も出来ないずるい女だった。
「やっぱり先輩はすげぇよ。こんな俺の悩みなんて先輩には笑い飛ばしちまうくらいにちっぽけに見えるんだろうな……」
「そ、そそそんな事ないよ!だ、誰だって悩みはあるんだし!れ、恋愛って、やっぱり難しいよね!ね!」
『あれ?あかねって彼氏いた事あったっけ?』
(やかましい!ブッ飛ばしますよ!)
生まれてこの方、恋愛なんてした事がない。小中高とまともな友達がいなかった私に彼氏なんて出来る訳がなかった。
(だ、大体。アイドルにとって彼氏なんて居ない方が良いですし!演技も両立しようとしている私に愛だの恋だのに
『拗れちゃったな〜。私はあかねの将来が心配だよ』
アイドルに男の影なんて居ない方がいい。それは何よりもアイさんが一番よくわかっているはずだ。なので、アイさんを見てきた私が同じ
だからごめんなさいメルトくん。いい加減なアドバイスしか出来ない私をどうか許して欲しい。
「今日あまを読めば。俺の変な恋愛感とかも解消されたりすんのかな……」
「そ、そうかもしれないね!で、でも、ほら。あくまで一例に過ぎないんだから。大切なのはメルトくんがどう思うかだと思うよ…………たぶん」
「……ありがとな先輩。とりあえず読んでみるわ。少女漫画だからって偏見はよくないもんな」
「そうだね!終わったら感想聞かせて!」
メルトくんに漫画を貸した後、私達は解散し。今は日が沈みかけている帰り道を一人で歩いていた。
「大丈夫かな〜?好きになってくれるといいんだけど……」
『今日あまは私も大好きな作品だからね〜。アルトもきっと気に入ってくれるよ』
「ちなみにアイさんは今日あまの何処が好きだったりするんですか?」
『私はやっぱり主人公かな〜。今まで好きな作品はいくつかあったけど漫画のキャラクターに感情移入っていうの?した事なくてこの子が初めてだったから。愛着わいちゃうよね〜』
今日あまの主人公に感情移入か。分からなくもないけど、やっぱりアイさんは少し変わってるのかもしれない。
『あかねは?何処が好き?」
「私はやっぱり最終話のシーンですね!今日あまを語る上ではこのシーンは絶対に外せません。あの時の主人公の気持ちを察するだけで。な、涙が……」
『わ、分かったから、続きは家に帰ってからゆっくり話そ?』
私はまだまだ話し足りないけど。ここで長い時間喋っていると独り言を言っているヤバい人だと思われてしまう。それは嫌なので私は大人しく帰り道を歩いていく。別にアイさんとは声を出さなくても話せるけど、今日あまの話だったら私は興奮を抑えられる自信はないからね。
メルトくん、気に入ってくれるといいんだけど……
☆
日が完全に沈みきり、辺りが暮れた頃。仕事が終わり、自宅で日課の発声練習を終えた鳴嶋メルトは椅子に座りながら目の前の本を手に取る。
その本の名前は【今日は甘口で】尊敬する先輩が貸し与えてくれた物であり、自身との結びつきも深い作品だ。
「うっし、早速読んでみるか」
ストーリーは演じているので大体知っている。親から虐待を受け毒殺されそうになり人間不信に陥った主人公が恋を知って変わっていく。それがこの漫画のあらすじ。
「うわ、ドラマだと結構マイルドだったけど。原作は描写がエグいな……こんなんされたら人なんか信じられなくなるわ」
鳴嶋メルトはドラマを成功させたいとは思っているものの。作品自体に何か特別な思いがあるわけではない。せいぜいよくある女の子が好きそうな恋愛もの。それが鳴嶋メルトの今日あまに対するイメージだった。
「つーか、こいつ口悪すぎだろ。俺より有馬が演じた方がいいんじゃねぇの?」
物語は主人公とカナタの出会いへ。最初は興味がない、関わりたくないと言っていながらも。回りの友達のおかげもあっていつのまにかカナタの不器用な優しさに惹かれていく。
ある日から主人公は悪質なストーカーに付け狙われる事になる。未だに人を信じきれていない主人公は一人になろうとするが。それをカナタは見過ごせない。そこにストーカーがやってきて場面はカナタとストーカーとの対決に。
「へぇ〜。結構カッコいいとこあるじゃん」
ナイフを持ったストーカーを前にしても、
「ま、マジか……なんつう展開だ……俺の役、こうなっちまうのか……」
ここからはドラマではカットされてしまうシーン。実は重い病気を患っていたカナタはそれを主人公に隠していた。だが徐々に隠せなくなっていきある日、高校生という若さで息を引き取る。カナタのお陰で人を信じることが出来る様になった主人公であったが、同じくカナタが原因で再び塞ぎ込んでしまう。
「つれぇよな……せっかく人を信じられる様になったってのに……」
未来になんの希望も見出せなくなった主人公であったが。自宅の机に見知らぬ物があるのに気付く。そこにはカナタのメッセージと彼が作り置きしていたカレーが置いてあった。
過去のトラウマが理由でまともに食べ物を食べれなかった主人公であったが、彼の残した物を粗末に扱えるはずもなく、恐る恐るカレーを口に運び一言。「あまくち……」と、いう台詞でこの物語は幕を閉じた。
「……うぅ……ずび……ぐず、ぢ、ぢぐしょう……こ、こんな……こんなの……」
気がつけば外から日差しが差し込み、早朝の明るさを感じる。随分と長く読んでいたみたいだ。しかし、メルトの心は寝不足なのが気にならないくらいに晴れやかさに満ちていた。
彼は椅子に座ったまま天井を呆然と眺める。今、彼が何を考えてこの作品に何を感じているのかはきっと彼にしか分からないのだろう。その想いは誰にも打ち明ける事は無く彼の中で永遠に────
「ああーっ!!俺もこんな恋してぇぇぇ!!」
「どっかにいい出会いねぇかなぁーーー!!」
留まることもなく。鳴嶋メルトは今日あまにハマった。
親から虐待を受けて食べ物にトラウマを抱えて人間不信に。それが恋や愛を知って変わっていく。
誰かに似ている様な……