町内ライダー   作:田島

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その13

 確か、こんなシーンがアニメであったような気がする。

 夜、仕事が終わって帰ろうとする少年。ふと空を見上げると、青い光がゆっくりと舞い降りてくる。

 空から少女が降ってきたのだ。

 きしめんを思わせる前髪の少年が『みんなー、地球はいい所だぞー』と月に向かって叫んだり、サングラスの人が『月は出ているか』と副官のお姉さんに聞いたりするのは、またそれぞれ別のアニメだ。

 しかし、今葦原涼が置かれている状況は、そんな詩的なものではない。

 何で空から人が降ってくるのか?

 その謎は、永遠に解き明かされる事はないだろう。薄くなる意識の中、涼の胸には確信に近いそんな思いが浮かんだ。

 

* * *

 

 気がつくと、病院のベッドに寝かされていた。

「あっ、あああっ、目、覚めました? 大丈夫ですか? すいません、本当にすいません!」

 横には、慌てた様子の青年が座っていた。

 冴えない、というのが第一印象。恐らくは涼の苦手とするタイプと思われた。

「……ここはどこだ?」

「えっと、あのっ……、さっき、僕が落ちてって、圧し潰しちゃって……、そこの近くの病院です」

 はっきりしない喋り方をする。やや苛つきを覚えて、涼は青年を睨みつけた。

「……何で俺が圧し潰されたんだ? 空から降ってきたのはお前か?」

「ホント、ホントに、すいませんっ! あの、僕、すっごく運が悪くて……それで、あの、あそこの近くの公園で不良に絡まれて、殴られたらシーソーに乗っちゃって、それでそのシーソーにお相撲さんが乗ってて、……自分で言っててもおかしいから信じられないだろうって思うんですけど、お相撲さんが落ちる勢いでシーソーから飛ばされちゃって、あなたの上に飛んできたっていうわけ……で…………」

 運が悪いとか良いとか、そういう話なのだろうか、それは。そもそも真実味に欠ける。

 毒気を抜かれ、涼は溜息を一つ吐いた。

「……もういい。お前の喋り方を聞いてると殴りたくなるからもう喋るな」

「えっ、あの、あっ……すいません……」

「俺も運はいい方じゃない。犬にでも噛まれたと思うさ。帰る」

 立ち上がって、ベッドの下に置いてあった靴を履くと、慌てた様子で青年が駆け寄ってきた。

「まっ、まだ、動いちゃ駄目ですよ! 頭とか打ってたら駄目だから、検査しないと!」

「別にどこも痛くないし問題ない。余計なお世話だ」

 纏わり付く青年を振り払って、涼は足早に歩き出した。

 腕時計を見ると午前十一時半。二コマ目にはもう出られないが、午後の講義にはまだ十分間に合う。

 葦原涼は大学生だった。自分では辞めていたように認識していたが、彼は何故か大学生だった。

 父親が死んだ頃、大学を辞めようとした時に、叔父さんから、兄さんはお前が立派に大学を卒業してくれる事を望んでいたはずだ、と言われた。ようだった。

 その後一年間のゴタゴタは休学扱いとなっていて、涼は自分でも気付かないうちに復学していた。

 何もかもがおかしい。

 ギルスになってしまった自分を恐れて遠ざけた筈の監督は、そんな事などすっかり忘れた様子で水泳部に戻るよう言ってきた。

 アンノウンはいなくなった筈だったのにまた現れ始めているし、アンノウンではないようなものもしばしば姿を見せている。

 だからといって、死んだ人間が生き返っているという事ではないようだったし、津上翔一はレストランを経営しているし、涼はギルスのままだったから、何もかもなかった事になったわけでもないようだった。

 ギルスといえば、津上翔一が主宰している『アギトの会』という妙な会合に、無理矢理参加させられている。

 世話焼きな男だから、会合の日にはわざわざ迎えに来る。苦難を乗り越えた経験を、他のアギトが悩みを乗り越えるために役立ててほしい、と言われてしまえば、関係ないと突き放せもしなかった。その苦しさ辛さは涼自身が一番良く知っている。

 おかしいという違和感が日々強くなるものの、具体的には何も行動を起こせないまま日々が過ぎて行く。

 だが、そこにあるのは平穏だけではなかった。

 突然目の高さを飛んできたものに突き飛ばされ、涼はビルとビルの間の細い路地へと転がり込んだ。

 上を見る。アンノウンだ。烏に似た姿をしたアンノウンが、翼をはためかせ宙に浮き、涼を見下ろしていた。

「アギト……」

「俺はアギトじゃない」

 口の中が切れた。唇の端から垂れた血を拭うと、涼はアンノウンを睨みつけたまま、腰を落として構えた。

 その時。

「お前倒しちゃうけどいいよね、答えは聞かないけどっ!」

 陽気な声が響いて、上空のアンノウンの腰あたりで、幾度か炸裂音が鳴った。体制を崩しアンノウンが落ちてくる。

 上に向けていた首を前に戻すと、奇妙なものが立っていた。

 黒いボディスーツの上に、白と紫を基調としたプロテクターを付けている。

 V字型の目と思われる紫の部分の下には龍の髭のようなものが上向きに生えている。あれがガンダムだったら非難轟々だ。

 いや、ガンダムだって常に新しい挑戦を続けている。格闘大会をしたり翼が生えたり種が割れたり。いつまでも、『おーい、ここから出してくださいよー』とか、『よく、分かりません……母さんです……』なんてやってる訳じゃない。

 そんな事は今はどうでもよかった。目の前のその妙なものは、軽やかにステップを踏みながら、銃と思われるものをアンノウンに向けて、闇雲に弾丸を発射していた。

「へへーっ! 落ちろ、落ちろっ!」

 どうせなら、『落ちろ蚊トンボ!』くらい言ってくれればいいのだが。色も丁度紫なのだし。木星帰りならば尚いい。そういえば形も何となくメッサーラに見えてきた。そうなれば上のあれはブライト・ノアが乗るシャトルで、ガンダムMk.2が救助にくるのか。こいつティターンズか!

 思わず現実逃避をしていた。涼は気を取り直してアンノウンの動向を見守った。

 地面から放たれる銃弾を、アンノウンは躱しきれていない。徐々に高度を落としている。

 自身も変身すれば、触手を伸ばしてアンノウンを捕捉できそうではあったが、目の前の紫のこれが味方なのか敵なのか分からない以上、ギルスとなるのは話をややこしくするだけにも思われた。以前は津上翔一ともG3とも、色々とややこしくなっていたから、涼は少々慎重になっていた。

 紫の奴が放った銃弾は、案外正確にアンノウンを射抜いていた。じきにアンノウンが地面へと叩きつけられた。

「あーあ、お前つまんない。最後行くよ、いい? 答えは聞かないけどね」

『Full Charge』

 紫の奴は何かカードのようなパスケースのようなものを取り出して、ベルトのバックルに翳した。電子音声が鳴り響いた。

 真正面にはアンノウンが落ちてきているが、その後ろに涼もいる。このままここにいると、何かとてもまずいのではないだろうか? 予感がして涼は駆け出した。

 ビルとビルの間に慌てて駆け込むと、紫の奴の構えた銃から、何かはよく分からないがエネルギーの塊のようなものが発射された。

 何発も銃弾を食らっていたアンノウンはそれを避けられず、真正面から食らう。触れた、と思ったときには爆発が起こり、涼が身を潜めたビルが揺れて、爆風が吹き抜けていった。

 やがて静かになる。ビルの角からそっと伺うと、紫の奴がベルトを外した。

「……さっきの人、怪我とかなかったかなぁ」

 ベルトを外すと、姿が変わった。そこに居たのは、空から落ちてきた青年だった。

 ……なんで、あいつが? 性格が全然違ってたぞ?

 やや呆然と、涼は立ち去る青年の後ろ姿を眺めた。一体彼は何者なのだろうか?

 考えていても分からない。もしかしたら、最近の辻褄の合わなさと、何か関係があるかもしれない。

 距離を置いて、涼は青年の後をつけ始めた。

 

* * *

 

 大通りを進む。だが、すぐに涼は立ち止まった。

 信じ難い事だが、彼が運が悪いというのは嘘ではなく、しかも相当悪いらしい。

 彼は角から飛び出してきた男にぶつかって尻餅をついた。角からは、四、五人、柄の悪い若い男が出てくる。

「……っ、このっ! どこ見て歩いてやがんだオラぁ!」

 空から落ちてきた青年にぶつかった男も、人相は悪い。青年は弱々しい声で謝っているが、そんな謝罪が聞き届けられる筈もない。

 別に必要はなかったが、一応アンノウンから助けてもらった事にはなる。借りを返しておこうか。

 そう思った時、その場の空気が、突如一変した。

 青年が、殴りかかった男の手首を、がっしりと捕まえていた。

「何だお前……こ、このっ……離せ、離せよ!」

「…………おいお前ら、随分好き勝手してくれたじゃねえか。言っておくがな、俺は最初から最後までクライマックスだぜ。覚悟しな……!」

「⁉」

 殴りかかった右手を左手で掴んだまま、右で男の鳩尾に一撃、体が折れた所に蹴りを一発。

 あの青年にはどう考えてもあの動きは出来ない。相当喧嘩慣れしている者の動きだ。

 瞬く間に、青年は五、六人の男たちを叩きのめしていた。倒れこみ立ち上がれない男たちの間を縫って、悠々と横断歩道を渡る。

 距離をとるのに注意を払いつつ、涼はさらに彼の後をつけた。

 どうも分からない。気の弱そうな青年、やけにはしゃいだ紫、喧嘩慣れした姿。この三つは、どれも異質で、一人の人間の人格として認識出来ない。

 多重人格、という奴なのだろうか?

 幸運、というべきか。後は何事も起こらずに、青年は喫茶店へと入っていった。

 『Milk Dipper』と看板には書かれている。確か真魚が、そんな名前の喫茶店が、コーヒーが美味しいと評判だから行ってみたい、という話をしていたような気がする。

 窓に寄りそっと覗くと、青年はエプロンを付け客にコーヒーを運んでいた。どうやらここの従業員のようだった。

 店の中で働いているのであれば、もう涼が見ていても分かることはないだろう。もしかしたら、氷川にでも相談した方がいいのかもしれない。

 そう思って大学へ行こうとすると、聞き慣れた声が涼を呼んだ。

「あーっ、葦原さんっ! こんな所で何してるんですか!」

 噂をすれば、だ。後ろには、津上翔一と風谷真魚がいた。津上の手には、重そうな買い物袋が提げられていた。

「特に何って事もない。お前らは買い物か?」

「そうです、今一休みしようかなって相談してたとこで。ねえ真魚ちゃん」

「もし良かったら、葦原さんも一緒にどうですか?」

 二人には屈託がない。真魚がにこやかに提案する。

 いや俺は、と言いかけるが、津上がそれを聞くはずがない。いいですから、と強引に引っ張られて、店の中へと連れ込まれる。

「いらっしゃいま……」

 店内に入った三人を目にして、いらっしゃいませと言いかけて青年は動きを止め、固まった。

 自分を見ているのだろうか、と涼は思ったが、どうも違う。青年は、真魚を見ていた。

「…………ナオミ、さん?」

「えっ……」

 涼にも津上にも、勿論真魚本人にも心当たりのない名前を口にして、青年は固まったままだった。見兼ねたのか、カウンターの奥の女性が声をかける。

「良ちゃんどうしたの? あっ、すいません、そちらのテーブルにどうぞ」

 判然としないがらも、三人は奥のテーブルへと腰掛ける。真魚は誰かに間違われたのだろうか。

「意外と真魚ちゃんに一目惚れとか? よくあるじゃない、ナンパの手口みたいなので、適当な名前言ってみて名前を聞き出すって」

「意外って何よ、意外って」

 真魚は頬を膨らませるが、津上は意に介した風もない。いつも通りの光景だった。

 そこへ、件の青年がお冷をトレイに載せやって来た。

「いらっしゃいませ。お嬢さん、先程は大変失礼致しました。僕は野上良太郎。お嬢さんが、あまりに僕の知り合いに似ていたもので、驚いてしまったのです。もし宜しければ、お名前を伺ってもいいですか?」

 涼と話していた時の辿々しい口調はどこへやら。野上良太郎と名乗った青年は、いやにすらすらと真魚への謝罪の言葉を口にした。

 口調だけではない。僅かに目を細め、優しげな眼差しで微笑んで、まるで恋でもしているみたいに真魚を見つめている。

 また新しい性格が出てきた。正直ついて行けない。

「えっと……あの……」

「真魚ちゃん、知らない人に簡単に名前を教えちゃ駄目だよ!」

「まなさん、と仰るんですね、可愛らしい名前だなぁ」

 口ごもっていた真魚に注意した津上は、見事に真魚の名前を呼んでいた。

 真魚にじとりと睨まれるが、やっちゃった、という表情の津上はあまり反省はしていなさそうだった。

「そう……僕が見とれてしまったのは、何も知り合いに似ていたからというだけではないんです。お嬢さんがあまりにも可憐だったから……。よければ、僕に釣られてみませんか?」

 よくもまあ、こんな歯の浮くような台詞を素面で口にできるものだ。

 ある意味感心しないでもないが、真魚はぽかんとしているし、津上も状況をよく理解していない。

「……おい、注文はとらないのか」

 涼が冷たい声で告げると、青年は一度肩をびくっと痙攣させて、今注文の事に気付いたように慌て始めた。

「あっ……はは、は、はい! ああ、あの、すいません! 変な事言っちゃって! ああ、あの、ご注文……って、さっきの⁉」

 慌てたり青くなったり、真魚を向いては頭を下げ涼を向いては驚いて、青年の動きは実に忙しない。

 一体どれが本当の野上良太郎なのか。大丈夫なのか、何か病気ではないのだろうか。

 注文をとると、良太郎はカウンターへと忙しなく下がっていく。

 コーヒーが美味しいという評判は満更出鱈目でもないのかもしれない、店内は客で賑わっていた。ただ不思議なのは、客の大半が若い男だという事だが。

「俺の出番がないのは、泣けるでぇっ!」

 カウンターの向こうで良太郎が突然叫んだ。今度は関西弁か。

 ほどなく出てきたコーヒーは美味しかったが、この店で寛ぐのは色々とハードルが高いかもしれない。

 氷川に相談するのも憚られ、そして今日一日の講義を全てサボってしまった結果に気付き、涼は青くなり溜息をついて家路を辿ったのだった。

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