町内ライダー   作:田島

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その4

 公園のブランコの前に出来た子供達の人垣から、歓声が上がる。子供達の笑顔が、そこには溢れていた。

「よっ、ほっ、たっ……」

 青年は、無心に手を動かしている。三つのお手玉が宙に舞い、青年はそれを順に受け止めては送り出し、お手玉は地に落ちることなく再度宙に舞う。

 やがて、青年が右手で二つ、左手で一つのお手玉を掴み取って、サーカスの興行主が見栄を切るみたいに両腕を広げると、子供達の間から、拍手が沸き起こった。

「すごーい、雄介すごい!」

「どうやってやるの、それー」

 質問を受けて、雄介と呼ばれた青年は、目を細めて、にっこりと笑った。

「何回も特訓すれば、皆も出来るようになるよ」

「とっくん? ほんとにできるようになる?」

「もっちろん!」

 明るい声で、確信たっぷりに言い切って、雄介は子供達に向かい、握った拳の親指を立ててみせた。

「待て待て待て!」

 後ろから突然大きな声がしたので、雄介はややびっくりしながら振り返った。

「俺は、ジャグリングにおいても頂点に立つ男だ!」

 そこには、後ろに品のいい老紳士を従えた若い男が立っており、雄介を右の人差し指で指差していた。

「……どなた、ですか?」

「よくぞ聞いた。お前のような庶民が知ることが出来る事を光栄に思え」

「あ、いや、一応聞いただけなんで、言いたくないなら別にいいです」

 あまり興味がなさそうに言って、雄介がにへっと笑うが、青年は話を聞いていないのか、そのまま言葉を続けた。

「俺は神に代わって剣を振るう男、神代剣。名門ディスカビル家の誇り高き当主だ! 雄介とやら、貴様にジャグリングでの決闘を申し込む!」

「……色々ツッコみ所はある気がしますが、ジャグリングでどうやって対決するんですか?」

 会話が成立していない状況をひしひしと感じながらも、雄介は一応質問を投げ掛けた。

 剣は他者には立ち入れない、独自のペースを持った男らしい。半ば呆れている雄介の様子になど気付いた風もなく、にやりと笑った。

「よくぞ聞いてくれた。庶民にしてはなかなかやるではないか。より多くの物を、より長い時間、より美しく。どちらが優れているかを、いとけき幼子達にジャッジしてもらうのだ!」

 得意満面に顎を上げ、剣はふん、と息を吐いたが、聞いていた雄介は面白くなさそうな顔で、首を横に振った。

「悪いけど、お断わりします」

「何! 逃げる気か!」

「逃げるも何も、俺の技はみんなを笑顔にする為にあるんです。優劣を競う為じゃない。興味ないです」

 言って雄介は、もう興味を失ったように、剣から目線を外した。

「何だと! この俺と対決できるなど、庶民の貴様には一生ないような光栄な事だというのに、罰当たりも度が過ぎる!」

 剣は憤慨したのか、様々に雄介を罵っているが、相手にせずに子供達に向き直った。が。

「雄介、決闘してよー」

「そうだよ、けっとー、けっとー!」

「……は?」

 子供達は口々に、けっとーけっとーと囃し立てた。やや唖然として雄介は、子供達を見回した。

「……何で、決闘、してほしいの?」

「だってー、おもしろそう」

「そうだよー、あんなやつこてんぱんだよ、雄介!」

「いや、ジャグリングでこてんぱんは、無理じゃないかな……」

 困って曖昧な笑いを浮かべながら、雄介は弱りきって頭を掻いた。

 別に、そこまで意地になって勝負をしたくないというわけでもないが、積極的に受ける理由もない。要はどうでもいい。

 そんな勝負とか競争という考え方が、あまり好きでないのもある。

 勝敗を決めるルールがあるスポーツなら分かるが、ジャグリングでどちらが上も下もあるまい。

「お前達、庶民の子ながら天晴れな心意気だ! さあどうする雄介とやら、ここまで言われて、貴様はまだ俺との勝負から逃げるのか!」

「ああもう分かった。やります、やりますよ」

 やや投げ遣りに、雄介は返事をした。子供達が見たいというなら、意固地に断ることもない。

 このお坊ちゃんに、少し付き合ってやればいいだけなのだ。

「よし、それでいい」

「で? どうするんですか? さっさと終わらせましょう」

「そうはいかん、これは神聖な決闘なのだ。三日後の午後三時、再びこの場所で雌雄を決するとしよう」

「……は?」

 意外な返答に、雄介は戸惑って、ややひっくり返った声を上げた。

「決闘の期日まで、精々技を磨いておくがいい。貴様が如何に努力をしようとも、俺の天賦の才はそれを凌駕するがな……! では三日後、逃げ出さずに現れることを祈っているぞ!」

 言いたい事を言って雄介の返事を待たず、神代剣は踵を返し、愉快そうに笑いながら去っていった。

 何だろう、あの七十年代の漫画みたいなぱっきりした性格の人……。

 やや困惑が混じった溜息を吐いて、雄介は疲れ切ったように項垂れた。

「ふふ……お前、厄介な奴に目を付けられたな」

 声を掛けられ、雄介は頭を上げた。二十を過ぎた程だろうか。鼠色の作務衣に身を包み、左手にステンレスのボウルを抱えた青年が、愉快そうに雄介を見ていた。

「……あの人と、お知り合いですか? あなたは?」

「俺は、天の道を往き総てをを司る男、天道総司」

「……」

 男の名乗りを聞いて、雄介は、また面倒くさそう、と思いそれをダイレクトに顔に出して、実に嫌そうな顔をしたが、天道と名乗った男は気にも留めていない様子だった。

「奴とは因縁がある。俺がお前に、本場パリ仕込みのジャグリングテクニックを伝授してやる。それを使い技をより洗練させ、何としても奴に勝つんだ」

「……あの、あなたが決闘すればいいんじゃ……」

「それは奴のプライドが許すまい。奴が決闘を申し込んだのは俺ではない、あくまでお前なのだ」

 正論っぽく聞こえるが今一つ釈然としない。

 だがそんな雄介を尻目に、子供達までもが盛り上がりを見せていた。

「とっくん、とっくんだ!」

「ねえ、てんどー、雄介は山にこもって熊とたたかうの?」

「ちがうよ、九十九里浜を一日で、はしっこからはしっこまで、ぜんぶ走るんだよきっと! 鉄ゲタだよね!」

「パリってどこなの?」

 何だかどんどん死亡フラグを立てられている気もするが、子供達がこれだけ期待しているのに、それに応えないわけにもいかない。

 何となく泣きたいような気持ちになりながら、雄介は微妙な気持ちを吹き飛ばす為に、笑顔を作った。

 

* * *

 

 そして三日後。

 約束の場所で神代剣を待つ雄介と天道、そして審査員となる子供達の前に、一人の青年が現れた。

「……っ! 天道、何でお前がいるんだよ!」

「加賀美、神代はどうした」

 加賀美と呼ばれた青年は苦い顔をしたが、やや言い淀んでから口を開いた。

「今来る。……いいか、笑うな、絶対笑うなよ!」

「俺は大方想像がつくからいいが、子供らに笑うなというのは酷ではないか」

「……言うな!」

 泣きそうになりながら、加賀美と呼ばれた青年は、天道のツッコミを振り払うように叫び、かぶりを振った。

「……あの、一体どういう……」

「あの神代剣という男は、まず何でも形から入る。つまり今日の奴の扮装は……」

「待たせたな庶民達!」

 天道が雄介の疑問に答える途中で、神代剣の声が響いた。

 子供達はその姿を見ると、笑うやら盛り上がるやら、とにかく大喜びだった。

 ……原形がない。

 一番似ているのは食い倒れ人形だ。

 顔を白塗りにし、左目の周囲に青で星が描かれている。鼻の頭には赤く大きな球形の付け鼻。赤く、金で星が散らされているだぼっとしたツナギ。先が尖って反り返った靴。

 神代剣らしきピエロがそこにいた。多分神代剣なんだと思う。恐らく。

「おのれ天道総司、貴様、そいつに味方しているのか!」

「どの様な分野においても、お前よりも俺が優れているということを、今からこの、俺が奥義を授けた五代雄介が証明してくれる」

 天道と神代らしきピエロが、激しく視線をぶつけ合う。横の雄介からは、溜息しか漏れなかった。

「だから天道さん、自分でやればいいのに……」

「……全く同感だ。同情します……」

 加賀美と呼ばれた青年も、横で大きく溜息を吐いていた。

 どちらかといえば、この二人と顔見知りらしい、加賀美の方が気の毒度は高いのかもしれない。

「よし、五代、特訓の成果を思う存分見せてやれ! クラウンの扮装を真似たところで、真のクラウンにはなれん事を教えてやる」

「……分かりました。さっさとやっちゃいましょう」

 天道の言葉は適当に流し、五代は屈んで、用意しておいたクラブを次々に指と指の間に挟み、立ち上がった。

 新体操で使う物よりは小振りのクラブ、その数七本。

 この数を扱えるようになる迄には、血の滲むような特訓があった。

 勝負など正直どうでもいい雄介にとって、不必要に厳しい天道の特訓は苦行としか言えなかったが、雄介は耐えた。ただひたすら、子供達にこの新しい技を見せる為に。

 出来ないのが悔しい、というのもあったかもしれない。雄介は、自分が出来ない事に対してはとことん負けず嫌いだった。

 ゆっくりと一本ずつ放り上げ、やがて七本のクラブ全てが順序よく放物線を描き、宙に舞った。

 雄介の両手は静かに的確に、落ちてきたクラブを受け止めまた放り上げる。

 子供達の歓声が上がった。一方、神代剣もまた、クラブを七本両手に構えていた。

「天道……貴様、その男をよくぞそこまで……! だが最後は、技の華麗さが全てを決める!」

「御託はいい、やってみせろ」

「抜かすなっ!」

 剣も負けじとクラブを次々と放り上げた。

 ごすっ、がすっと次々に音が上がる。

 驚きの余り、雄介の手は止まり、クラブは重力に従って、次々地面に転がった。

「つーるーぎー……お前なぁ……俺に恨みがあるのか? いやあるんだろう? ある筈だな?」

 ある意味神業だった。

 剣の放ったクラブは、どこをどうしてか、七本全て加賀美の頭を直撃していた。

「ご……誤解だ! 信じてくれ、我が友カ・ガーミン! 心の友に恨みなど!」

「狙わないでどうやって全部当てるんだよ! 器用すぎんだろ!」

 逃げ惑う剣を加賀美が追い掛け回すが、これには子供達も大受けだった。走り回る二人を見て、大笑いしている。

「なんかあっちの方が受けてるから、今日は神代さんの勝ち、じゃないですかね?」

 雄介が言うと、天道は呆れ返った視線を剣と加賀美に投げ、長く息を吐いた。

「技はこちらが上と分かったからそれでいい。勝ちなど呉れてやれ」

 しばらく追い掛けっこは終わりそうにもなかった。

 皆喜んでるからそれでいっか……。

 何でこんな所でこんな事をさせられたのか、やはり納得いかないながらも、雄介は笑い転げる子供達を見て、自分も嬉しそうに笑った。

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