…その日、彼は見知らぬ空に居た。
いつものように払い下げの航空機を借りて、直前までよく見知った森の上を飛んでいたはずだった。ところが一瞬空が激しく光ったかと思ったら、地上には全く見覚えの無い海が広がっていた。
何があったのかと考えているうちに、今まで見たことのない戦闘機とおぼしき飛行体がこちらに近付いてきた。
「マズイな、警戒して迎撃機まで出てきてしまったみたいだぞ…」
《…不明機に次ぐ、そちらの名前と所属、飛行目的を述べよ》
「こちらは民間人です、キールと言います。遊覧飛行をしていたら迷い込んでしまいました」
《了解した。そちらの機体の残り航続距離と、あれば異状も伝えてくれ》
「航続距離は残り5500キロです、他は異状ありません」
《キール殿、そちらの識別信号を照会した。直接の帰還が困難と考えられるので、最寄りの基地に着陸させる。こちらに続き、管制の指示で着陸せよ》
「了解しました」
彼の名はガブリエル・キール。この当時はただの大学生で、強いて言えば「1人乗りの航空機で空中散歩をする」のが趣味であった。
彼がこの日乗っていたのは、もう950年近く前に初号機が作られたという
《キール殿、こちら管制塔。そちらの正面に滑走路が見えるか?》
「はい、確認できます」
《ゆっくりで構わない、安全に着陸してくれ。飛行には慣れているようだし、周囲に他の機体は無い》
「了解しました」
随伴機の後をついていくと、まもなく海の向こうで静かに浮かぶ島が現れ、ガブリエルの正面に整備された滑走路が現れた。
着陸自体はもう何度も経験したことなので問題ないが、やはりすぐ側で現役の戦闘機…いや、戦闘機と呼べるのかも分からない異形の飛行機に随伴されるのは気味が悪い。自分が何かをした訳でもないのに、妙に萎縮してしまう。
ひとまずは安全に
「キール君というのは君かい?」
「はい、ガブリエル・キールです」
「とりあえず無事に降りてきて良かったよ。色々聞きたいことがあるから、事務所まで来てもらえる?」
「えぇ、構いませんが…」
相手についていくと、ドック内の職員控室に案内された。そこに行くこと自体は不思議ではないが、ガブリエルはその道中の様子に驚いた。
何故か自分のよく知るオーシア語が溢れていて、しかし行き交うスタッフは見たことの無い奇抜な服装であった。そして彼らの名刺を見ると「UPW」という謎の3文字があった。
そして自分をソファに座らせ、その対面に座った軍人らしき人物の名刺にもUPWと書かれていた。
「えーと、どこから聞こうかな…あぁ、UPW軍のジョニー・ウォーカーだ。とりあえず君の名前は確認したよね、キール君?」
「はい、聞かれました」
「だよね。それで、どこから来たの?…いや、"どこの人か?"って聞くべきだったかな」
「コモナ大学の学生です。エメリア共和国のケセド島から来ました」
「エメリア…なるほど。今着陸したこの島がどの国かは知ってる?」
「いえ、分かりません」
「そうか。じゃあ…さっきあそこを飛んでいたけど、その前は覚えてる?」
「機体のGPS上ではタンゴ線という山岳地帯を飛んでいたはずなのですが、突然周りが光って、それが落ち着いたと思ったらあの海の上にいました」
「光った…まさか、そんなことが…」
ジョニーと名乗った男は手帳型の端末でメモを取っていたようだが、ガブリエルの話を聞くと徐々に顔を曇らせていった。
怒っている訳でもなく単に困惑している様子だったが、ガブリエルは嘘を言っている訳ではないし、ジョニーも何かを勘違いしているようにも見えなかった。
「…キール君、一応聞くけどトランスバール皇国って知ってる?」
「トランス…何ですって?」
「トランスバールだよ」
「いえ、知りません」
「そうか…」
「あの、何かありましたか?」
「…キール君、言いにくいんだけどさ…今、君は異世界にいるんだ」
「異世界?待ってください、別の惑星ならまだ有り得ますが異世界ですか?」
「そうだよな、驚くよな。こっちもビックリなんだけど、本当に君は世界を跨いでいるんだ」
「何故そう断言できるのか教えていただけますか?」
「まず君の出身地だというエメリア共和国だったか、あれはこっちの世界のどの惑星にも無いんだ。機体の識別信号も、EDEN製機種の標準信号じゃない」
エメリアがどの惑星にも存在しない世界!?
いや、ジョニーの話が本当であるなら、ここはそういう世界なのであろう。しかし急にそう言われても、さっぱりイメージがつかないというのが人情である。
「あの、さっきも出ましたがEDENとUPWって何ですか?」
「俺達の国はいくつもの異世界を跨いで国を作っているから、それぞれの世界に名前を付けているんだけど、その一つがEDENなのさ」
「はぁ…つまりここはEDENという世界の中にあるトランスバールって国なのですね」
「いや、ここはEDENが管理しているNEUEという異世界で、その中心たる惑星セルダールなんだ」
「NEUEの惑星セルダール…その惑星にある基地にいる訳ですね」
「そうだ、複雑で済まないね。それらを統括するのが
「なるほど、だからUPW…」
「で、話を戻すけど…あの機体はどう考えても宇宙に出られるような設計じゃないのに、大気圏も宇宙もすっ飛ばして異世界に来ているんだ」
「出自を疑う理由としては十分なのですね」
「そう。まぁ、君が何か悪いことをした訳じゃないから、気にすることは無いよ」
「それなら安心できますが…そんなことが現実にあるなんて…」
ここまでの話を聞くと、やはりジョニーの話が嘘であるとは思えない。異世界に来たというのは現実なのだろう。
しかし何の変哲もない
自分のいる世界を牛耳る大企業なら、そういう技術を秘匿していてもおかしくないが…。
「ちなみにキール君、そっちの世界の話を聞かせてくれる?出身世界を調べられるかもしれないよ」
「分かる範囲であれば…」
「自分の世界を何て呼んでる?」
「特に決まった名前は無かったと思います」
「そうか。あの航空機はどこの会社が造ったか分かる?」
「確か
「
「覚えてる範囲では
「おっ、それは有力情報だな…後はこれが決め手だと思うけど、UGSFって知ってる?」
「それなら知ってます、
「よし、分かった。君の出身はストレンジリアルだな」
「ストレンジリアル?」
「EDENとは別の世界に時空管理局ってのがあるんだけど、そこが君達のいる世界をストレンジリアルって呼んでるのさ」
「時空管理局…そんなものまで…」
自分は広い宇宙にポツンと居るだけの人間だと思っていたら、宇宙の外側では異世界が入り組んで体系的に存在していた…それだけでガブリエルの意識を掻き乱すには十分であった。
そして
こんな話を知ってしまっても、万一元の世界に帰れたところで一体どうやって周囲に説明したら良いのだろうか…。
《緊急警報です。所属不明の航空部隊が飛来中。攻撃に備えてスクランブル態勢を取ってください》
「何だ!?」
「こんな時に今度は誰だ?とにかく避難しよう!一応隠れられるところはあるんだ」
突然の警報に周囲が騒がしくなり、2人は慌てて外へ出る。ジョニーはガブリエルを連れ、先程のドックへと戻っていった。
そこには先程自分が駐機した
しかし、その隣にはガブリエルにとって見覚えのある機体があった。
「この通路の先にシェルターがあるんだ、そこに居れば安全だよ」
「ジョニーさんはどうするんですか?」
「この後は俺も空に上がるんだ、あれを使ってな」
「…ちょっと待ってください、どうしてこの世界に"あれ"があるんですか?」
「んっ?どういうことだ?」
「あの機体が何か知ってるんですか?」
「いや、こっちで主流の紋章機よりメチャクチャ反応が悪い戦闘機としか…」
「…ジョニーさん、頼みがあるんですが…」
「…何だよ、急に?」
《敵からの生体反応、ありません》
《また無人機ばかりだっていうのか?》
《地上から呼び出しても応答が無いままか》
《仕方ない、やるぞ!》
地上から離陸した紋章機ホーリーブラッドは、編隊を組んで無人機ダークエンジェルの編隊に挑む。
今までは量産型紋章機同士の対決というのはなかなか事例が無かったが、開発された時期が全く違うのがその理由であった。しかしいざ戦ってみると、どちらも強力であるが故に膠着状態になってしまう。
今回もご多分に漏れずホーリーブラッドとダークエンジェルのドッグファイトは非常に混乱を極めるものとなった。
《レーダーが新たな機影を多数確認…シルス高速戦闘機です!》
《何だって!?
《クソッ、向かいたいのにコイツらが離れない!》
《誰か向かえませんか?このままでは基地に接近されます!》
そしてまるで紋章機同士の足が止まるのを見計らったかのように、シルス高速戦闘機が徒党を組んでその脇を通過していった。
巡航速度もかなり速く、どう見ても直接島に攻撃しようかという状態であった。
このままでは攻撃されるかと思われたが…
《
《えっ、す…スラッシュ?》
《不明機、1機撃墜!一体誰が?》
《こちらジョニー、敵戦闘機はあと何機だ?》
《あ…はい、残り6機です!今、全てそちらに行きました!》
《よし、やるぞ!》
「何だよ、マジで操縦できるのか!?」
「まさか同じ操縦システムを組み込んでいるとは思いませんでした」
「これ、俺達がメチャクチャ手こずってた機体なんだけどな。何て言ったっけ?」
「確か
基地で保管されていた
紋章機しか知らないジョニーにとっては非常に扱いにくかったようだが、コフィンシステムに馴染んだガブリエルがメインパイロットになると途端に活き活きとした機動を見せ始めた。
シルス高速戦闘機は編隊を乱した
「凄いな、これで本当に空軍所属じゃないのか…」
「というより相手の飛び方が適当過ぎだと思いませんか?本気で撃ってくるつもりがありませんでしたよ」
「まぁ、確かに砲火はユルかったな」
「素人の僕が対応できるという時点で、敵は本格的に攻撃する意図が無かったようにも思えますが…」
《こちら紋章機隊!ジョニー、来られるなら援護してくれ!》
「
「やれるか?」
「距離を取るので任意で撃ってください!」
「よし、任せろ!シャープシューターにやれるなら俺だって!」
「何ですって、シャープシューター?」
「あ…わりぃ、説明は後で良いか?」
「分かりました」
しかしホーリーブラッドと戦うダークエンジェルは先程のシルス高速戦闘機とは違い、かなりの機敏さを見せ付ける。
エアロコフィンに改造されたとはいえ、
何としてもダークエンジェルをヘッドオンしようとするガブリエルだが、とても相手の機動には追い付けない。こんな状態でもホーリーブラッドの邪魔になっていないのが奇跡だろう。
それでも…
「墜ちろっ!」
《良いぞジョニー、敵1機が炎上した!》
「
《ナイスキル!》
《凄いぞ、ジェットエンジン機で紋章機と互角にやりあってる!》
「残弾どうですか?」
「残り1機に対してレールガンは3発だ、後はレーザーでやろう」
「コピー!」
《よし、追い込みは任せろ!》
先程までの膠着を打ち崩す戦いぶりを見せた
性能面で完全に互角以上のホーリーブラッドは、今度は積極的に前に出て機銃攻撃を仕掛けた。双方とも動きは速いが、数で圧せるようになったUPW軍は難なくダークエンジェルを仕留めることができた。
そして後には静かになった空に、盛り上がるパイロット達と管制塔のクルー達の声が響いた。
《やりました!敵性勢力、殲滅しました!》
《やったぞ!俺達が勝ったんだ!》
《よっしゃあ!》
《ジョニー、大活躍だったな!》
「いやぁ、褒めるなら同乗者にしてくれよ」
《同乗者?それ、
《さぁ、基地に帰ろうぜ。後は基地司令部に任せよう》
「助かったよキール君、君のお陰だ」
「いえ、元はと言えば僕が無理を言ってしまったんです。怒られると思ってましたよ」
「あれだけ活躍したんだ、そんな手酷いことはしないと思うぞ」
地上に戻ってきた紋章機隊と
ところが
「ウォーカーさん、降りていらっしゃい!」
「上官ですか?」
「はぁ…上官どころか、軍の重役だよ。まさか戻って早々に小言を言われるとはね…」
「うーん…」
「ウォーカーさん!」
「行きましょう?」
「…そうだな…」
ひとまず
どう見ても歓迎されている様子ではないが…話を聞くと違った。
「ウォーカーさん、この方が異世界から迷われたキールさんですね?」
「そうです」
「何故、キールさんを戦闘機に乗せたのですか?」
「それは…」
「僕が希望しました」
「あなたが?」
「この機体…
「…だからあなたが引き受けたのですか?」
「僕がここに来るまでに乗っていた航空機
「…本来なら許されるものではありませんが、事情は理解しました。お二方とも、本件については不問とします」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「ウォーカーさんは明日は非番でしたね。ゆっくりお休みください」
「かしこまりました!キール君、また色々聞かせてくれ!」
怒られる訳ではないと分かった途端にジョニーの顔が明るくなる。そして指示された通りに…恐らく退勤するのだろうが…大急ぎで建物に戻っていった。
そして一方のガブリエルがそれを見届けると、女性士官は彼に上品な挨拶をした。その顔には先程の神妙さが無く、むしろ柔和な印象すらあった。
「ご挨拶が遅れました。私、惑星セルダール駐留軍の軍事顧問、
「軍事顧問!?」
「そうですよ。その私に対して先程の豪胆な発言には驚きました。まだ大学生だというのに…」
「それは大変な失敬をして申し訳ない次第です、えぇと…烏丸…さん…」
「呼びにくければ烏丸大尉で大丈夫ですよ」
「あ…か、かしこまりました、烏丸大尉」
「ここでは何ですから、話しやすいところに行きましょう。先程の件で聞きたいことがありますので…」
烏丸ちとせと名乗ったその女性士官は、今度はガブリエルを応接室に通した。もちろん民間人のガブリエルが、空軍基地の応接室に入ったことなどあるはずもない。
いざ応接室に入ってみると、今度は紫の軍服を着た赤い髪の女性…こちらはいくらか挑戦的な表情をしていた…が待ち構えていた。そしてちとせは、その女性と並び立つ。
「戦った直後でお疲れだろう。まぁ座ってくれ」
「あ、はい…」
「えーと…君がガブリエル・キール君だね」
「はい、そうです」
「セルダール駐留軍のフォルテ・シュトーレン中佐…と言っても、一応は謹慎中なんだけどね」
「謹慎中?」
「アタシ、これでも昔ワケあってセルダールのクーデターをやっちまってさ。その時の追放処分がもうすぐ終わるってんで呼び戻されたんだ」
「そうなんですか…」
「まぁ、ここにはそういう人もいるってことだよ。笑えなかったかい?」
「うーん…」
フォルテ・シュトーレン中佐。彼女もちとせと同じく、セルダールに駐留しているUPW軍の人間。しかも階級を聞く限りでは、フォルテはちとせより上だ。
声を聞く限りでは男と思えなくもないが、その姿を見て性別を疑うことは、少なくともガブリエルには出来ないと感じた。
そこからは、フォルテとちとせによる長い尋問が始まった。
「フォルテさん、そろそろ本題に…」
「あぁ、そうだった。さっきの戦闘、見てたよ。どういう経緯があったのか、どうやって動かしたのか教えてくれないかい?」
「あ…ではどこから話しましょうか…」
「そうだね…まず、ジョニーには何て言って乗せてもらったんだ?」
「"どうしてあの機体がこの世界のこの場所にあるのか?"と聞いたんです。あれは僕の世界で原型が生まれた機体なので…」
「ほぅ、あのジェット戦闘機が君の世界から来たって?」
「ジョニーさんは僕の出身世界をストレンジリアルと言いましたが、分かりますか?」
「私達は詳しくないのですが、そういう並行世界が実在することは聞いております」
「そうか…君はあれを見て"自分の世界にある戦闘機と同じ構造だ"と理解したのか。でも、そういうものってパッと見て分かるものなのかい?」
「NEUEのセルダールと言いましたか。この世界に来たのは多分ワープか何かだと思うのですが、それからこの基地に来るまでに乗っていた航空機が同じシステムで動くんです」
「同じシステム?確か、あれは
「確かにあのコックピットは、アタシらが知っているシステムじゃない。何て言うんだ?」
「コフィンシステムと言ってます。それを仕込んだ航空機もエアロコフィンと呼ばれています」
「エアロコフィン…空飛ぶ棺ですか。確かにそういう乗り方をするもののようでしたが、非常に縁起の悪い名前ですね…」
「ということは、あの装甲とセンサーに覆われたキャノピーがコフィンシステムの証拠かな?」
「そうなりますね。少なくとも僕が知っているコフィンシステムはみんなそうでした」
「OK、あの戦闘機がどういうものかは分かったよ。それなら多少なりとも操縦できる可能性は見えていたワケだな」
どうやらフォルテ達の話を聞く限りでは、UPW軍は
彼自身が「紋章機より扱いにくい」旨の不満をガブリエルに漏らしていたところを見るに、恐らくEDENやNEUEではコフィンシステムが衰退したかそもそも普及していないのだろう。この点からも、NEUEがストレンジリアルと"地続きの世界"ではないことは間違いない。
「先程あなたがウォーカーさんに頼んで操縦を引き受けたと言っていましたが、操縦できる確信はあったのですか?」
「確信…とは言えませんが、少なくともレールガンを撃てるような飛び方はできると考えました。あれは言ってみれば、人間の感覚を航空機のセンサーに拡張させるものですから」
「人間の感覚を拡張…ということは、どんな形の飛行機でもコフィンシステムがあれば誰にでも飛ばせることになりますね」
「そう考えてお願いしました」
「なるほど。もっとも、実際にはレールガンどころじゃない高機動でしたよ」
「あれは僕にとっても嬉しい誤算…と言えば良いんでしょうか…想像以上に意思に対して俊敏に動いてくれました」
「結果的にあの場は救われました。ありがとうございます」
「あれで役に立てたのなら良かったのですが…」
「見る限りでは、私が乗っていた紋章機を思わせる飛び方でした。レールガンをバンバン撃つのは意外でしたが…」
「レールガン…そう言えばジョニーさんはシャープシューターが何とか言ってましたね」
「それが私の紋章機です。ウォーカーさんも知っていたのですね」
なるほど、シャープシューター…それも紋章機であったか。先程から出てくる大柄で機敏な戦闘機を"紋章機"と呼んでいるのか、という認識がガブリエルに染み付いた。
UGSFが主力として運用する航空機や航宙機と比べると、空でもかなり特異なフォルムをしているのが見て取れた。あれを航空機と言っても、
「今度はキール君から聞きたいことはあるかい?」
「そうですね…世界を跨いだってことみたいですけど、僕は元の世界に戻れるんでしょうか?」
「そうだねぇ…すぐに帰してあげたいんだけど、君の世界とは正式な交流が無いんだ」
「交流が無い?」
「そう、だから今は政府レベルでどうするかを協議している最中じゃないかな。君がセルダールにワープした原因も分からないし、調査のために君の機体はしばらく動かせないし…」
「それじゃ、僕はしばらくここから出られないんですか?」
「悪いんだけど、滞在してもらうしかないね。ちゃんと泊まるところは提供するから、我慢してもらえるかい?」
「まぁ…それは仕方ありません…皆さんが悪いわけではありませんし…」
交流が無いのは仕方ないだろう。もし
…しかし、ここまで色々と話を聞いてみると、ガブリエルの中に疑問が湧いてきた。互いに知らないはずの情報を知っていたり調べられる立場にあるジョニーは、一体何者なのか?
「後は何か…」
「ジョニーさんが"時空管理局がどうのこうの"って言ってましたが、ご存知ですか?」
「時空管理局?聞いたことがないな」
「私もありません。本当にウォーカーさんがそう言ったのですか?」
「はい、世界を特定するときに"時空管理局がそう呼んでいる"と…」
「それは変ですね。皇国どころかUPWでも知らないことを、何故ウォーカーさんが知っているのでしょう?」
「キール君の話が正しいなら、ジョニーは時空管理局と接点があるんだろうね。じゃないと世界を調べるなんて出来ないだろう」
「ですが彼の経歴にそれらしいものは無かったはずです。生まれも育ちもセルダールだったはずでは?」
「そうなんですか?」
「うーん、訳が分からなくなってきたな…」
結局、ガブリエルの疑問を解決するような情報はフォルテ達からは得られなかった。むしろUPW軍の上層部もジョニーの素性を完全には知らないようで、単に彼の不自然な部分が浮き上がるだけだった。
ほんの数十分の話でしかないはずなのに、ガブリエルは自覚ができるほど疲弊していた。恐らくその顔は、自分で気付かなくても疲れているに違いない。
そしてやはりと言うべきか、そういった変化は2人にバレる。
「…もうお疲れなのではありませんか?」
「えっ?そう見えますか?」
「確かに顔が死んでるな。そろそろ休んだ方が良いだろう」
「あ…分かりました…」
「ほら、もう反応が上の空になりかけてるぞ」
「うーん…」
「まだ帰れそうにありませんし、続きは明日にしましょうか。お部屋まで案内しましょうか?」
「おい、良いのかちとせ?」
「同じ方向に用事がありますので、せっかくですから…」
「分かりました、お願いします。失礼します」
ちとせに連れられ、ガブリエルは応接室を出ようとする。
しかしドアノブに手をかける瞬間…
「キール君、落ち着いたらまた色々聞かせておくれよ。頼みたいこともあるんだ」
「はい、分かりました」
「さぁ、参りましょう…」
フォルテは再び、あの不敵な笑みを投げ掛けた。
最初はいささかの恐怖を感じたガブリエルだったが、今度はその笑みが非常に頼もしく映った。
ガブリエルに与えられた寝床は、基地から少し離れた都市にあるビジネスホテルの一室であった。
事前に手続きを全て済ませていたのか、送迎車を降りてからちとせに連れられて部屋に着くまで、チェックインらしいこともせずにスムーズに歩いていった。
これほど非常に手際よく準備をされていたということは、今までにも同様にトランスバール皇国の領地に流れ着いた異世界人が居たのだろうか。そしてその経験から、手順がある程度でも決まったのだろうか。
「では、また明日お迎えします。きちんと休んでくださいね」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「いえいえ、良いのです。それでは…」
ちとせが去った後のホテルの部屋は、学生一人が滞在するには非常に広く感じた。
漂着したときにパイロットスーツであったことから、「退屈しのぎに外へ出られるように」とUPW軍の軍服まで貸し与えられてしまった。
そして部屋のテーブルを見ると、リーフレットに書かれたロゴに目が留まった。
「…ブラマンシュ…こっちにはブラマンシュ商会とあるな…セルダール現地の商社かな?」
ストレンジリアルでは、
その2社の影響が全く感じられないところを見ても、異世界に来たという現実をガブリエルに突き付ける。
見知らぬ土地に一人だけ、現地で生きる方法も見当がつかず、帰れる見込みも分からない…絶望するには十分すぎる環境だ。
仕方なくガブリエルは、眠る支度だけは済ませることにしたのであった…。