[NEUE 惑星セルダール 空軍基地 尋問控室]
[現地時間 AM10:17 天候:快晴]
≪…呉林、か。こっちじゃあまり聞かないタイプの名前だな≫
≪そうなのか≫
≪で、ここまで来た経緯は覚えてる?≫
≪私の国では昔から諸侯同士の内戦が絶えず、最近もあらゆる人間が他の貴族関係者からの通報で罪人にされた。私もその一人だ≫
≪罪人扱い?罪状はどうなってるんだ?≫
≪王朝秘技と言って、皇帝とその側近のみが知る技術があるらしいのだが、私がそれを知ろうとした…と言われてな。だが全く身に覚えがない≫
≪そりゃ突然言われりゃ、ワケが分からないと返したくもなるよな≫
遭難3日目。
異世界漂流組の3人は今日も基地に連れられ、昨日話を聞けなかった呉林が事情聴取を受けることになった。
幸運なことにジョニーが王朝語と同じ言葉を話せることが判明した為、聴取は彼に一任された。
そして、その隣の部屋で座るガブリエルの目の前には、昨日までに話をした全員…フォルテ、ミント、ちとせ、ギルバートの4人が揃っていた。特に呉の飛翔散弾機と衝突したギルバートは、マジックミラー越しの呉とジョニーの話を食い入るように聴いていた。
≪で、その後は?≫
≪あれよあれよと罪人にされ、特攻兵器に乗ることを強要されたが、これを期に国外へ逃げることを考えてな。そして本星から離れた天上で、我々は未知の侵略者と戦った≫
≪天上…あぁ、宇宙のことか。相手は何だった?≫
≪魚の形をしていたな。随分と大きな図体のクジラだと思ったが…≫
≪クジラの形をした巨大物体…多分それは
≪私は他の罪人と共に特攻を仕掛けたが、まるで効いている感じがなくてな。そうこうするうちに、我々を乗せてきた船はそのクジラに粉砕されてしまった≫
≪つまり帰れなくなってしまったのか≫
≪クジラが船を壊した直後、黄色い鷹のような物体がそのクジラを囲んで戦い始めた。クジラは他の罪人を巻き込んで暴れ、鷹も他の罪人も砕け散った≫
≪鷹…シルバーホークのことだな。ダライアス軍は編隊を組んで
≪最後に残った鷹がクジラを破壊して、鷹はその場を去ろうとした。私は亡命の機会だと感じて、無我夢中でその鷹を追いかけたんだ≫
≪そいつ、途中で光の中に飛び込まなかったか?≫
≪飛び込んでいたな。私も寸でのところで、その光に入ることが出来た。そして気が付いたら私はあの空に居て、鷹は雲の中に落ちていくところだった≫
≪亜空間ワープを使ったのか。でもダライアス軍のワープ技術って、そもそも異世界に行けるものじゃ無かったはずだ…≫
≪私が体験したのはここまでだ≫
≪ふむ…ちょっと待って、書き留めるよ…≫
なるほど、呉林は亡命目的の難民であったか。
封建王朝国の内乱は、彼と同様に銀河連邦に亡命してくる王朝国民の多くから、ある程度伝わってきている。
銀河連邦と同盟関係にある
しかし、そんな難民達の話からもベルサーとおぼしき勢力の存在は出たことがない。呉の話を聞く限りでは、今でも封建王朝国は「相手が異世界から来た軍隊」であることすら知らないのだろう。
「…と言うことは、アジャーン大尉も
「ですがアジャーンさんの話では"NEUEに来た途端に
「特には止まらなかったな。それどころか
「では残った可能性は"ベルサーに異世界渡航技術があった"というシナリオですわね。心当たりはありますの?」
「無いな。まずあのジョニーって男が言った通り、シルバーホークがワープできるのは亜空間だけだし、ベルサーにそんな技術があるなら捕虜経由で惑星ダライアスにも伝わらないとおかしい」
「それじゃ、ベルサーもまた事故で
そしてベルサーにもダライアスにも異世界に渡る技術が無いのなら、ギルバート達は恐らくガブリエルのケースとはまた別の外的要因で、
原因を調べたくても、この時点では情報不足も甚だしい。いっそのこと、ジョニーの言う"時空管理局"が来てくれれば良さそうなものだが…。
「どうだ、キール君?何か考えたかい?」
「今の話を聞いた限り、
「何だ、そのニューコムって?」
「そうか、アジャーンさんにはまだ話してませんでしたね。
「その
「で、ベルサーも異世界ワープは出来ないんですよね?」
「今話した通りだ。同じ理由でシルバーホークも異世界には行けないはずだが、結果はこの通りさ」
「うーん…となると本当に原因がサッパリだ…」
結局、異世界に飛ばされた経緯が分かるような情報は得られないまま、聴取は進んでいった。
少しすると、呉は尋問室から出ていき、続いてジョニーも一緒に控室へ入ってきた。
「ウォーカー君、どうだった?」
「ひとまず彼には翻訳インカムの装着に協力してもらえました。後程用意をします」
「良かった、これで身柄の保護もしやすくなるな。着け終わったら彼は休ませて、君は
「了解です」
「…そう言えばシュトーレン中佐、僕達を呼んだ理由を聞いていませんでした」
「それについてはジョニー達も来てから説明するよ。あたしらもハンガーに行こうか」
「ノスフェラトの…?」
「そう、キール君が言うノスフェラトと、君が乗ってきた
[NEUE 惑星セルダール 空軍基地 第2ハンガー パイロット控室]
[現地時間 AM10:53 天候:快晴]
ガブリエル、ギルバート、ジョニーの3人は、自分のパイロットスーツに着替えた状態でハンガーに待機することとなった。
他に誰かが指示を出すのかと待っていたが、ハンガーに入ってきたのはちとせだけであった。
「あれっ、烏丸大尉?他の皆さんは?」
「シュトーレン中佐とブラマンシュ総帥は、これから会談だそうです。連絡のついたUGSFとダライアス軍の艦隊、そしてウォーカーさんの呼んだ時空管理局の部隊が来ています」
「時空管理局?何だそりゃ?」
「ジョニーさん、管理局を呼んだのは理由があるんですね?」
「名前の通り、並行世界を監視・管理する組織だ。今回、こうも不可解な異世界転移が立て続けに起きたことを鑑みて、調査に乗り出すことを提案したんだが、それには
「ジョニーさん、どうして時空管理局の関係者だって黙ってたんですか?」
「俺は本局とは関係の無い人間だ。単に"事件があれば報告する"だけの立場でしかないからね」
「ただのエージェントと言うか、アシスタントってのが近いんだろうな。それでUPW軍人として影響は無いのか?」
「時空管理局の仕事は云わば暇潰しに近いな。それに遅かれ早かれ、両者の政府レベルでの接触はあるだろうし…」
「…だとしてもウォーカーさん、そういうことは早く話してくださらないと、我々も十分に協力できません。今後はもっと私達を頼ってください」
「分かりました、大尉」
「では、両艦隊は異世界から渡ってきたということですか?」
「迎えにいらした艦隊には、UPWから正規の渡航ルートを用意しました。これで艦隊も元の世界に帰れるはずです」
「良かったな、派遣された艦隊まで帰れなくなることは無さそうだぞ」
「なら一安心だぜ」
ジョニーが時空管理局の関係者であることを咎めるかと思ったら、むしろUPWが調査に協力的であるとは。ガブリエルにとっては無事にコモナに帰る為の、大きな前進である。
ギルバートにとっても、セルダールに来る前のベルサー戦でダライアス軍に報告したいことはあるはずだ。封建王朝国に行ったことも、部隊がほぼ全滅したことも、ジェネシスと呼ばれたシルバーホークが動かないことも…。
「ところで烏丸大尉、UGSFとダライアスの艦隊と言うのは?」
「それなのですが、まずダライアス軍はヅーヌマ方面第1艦隊が来ました。アジャーン大尉の所属だそうですが…」
「確かにそこの所属だ。まさかウチの本隊が来るとまでは思わなかったが…」
「ヅーヌマ?」
「そういう名前の星があってな。特にベルサーとの戦いが激しい領域だ。個人的にも、親の出身地だった」
出身惑星が敵対種族との戦闘の最前線…ギルバートにとっては十分に戦う理由たりうるが、心労はとてつもないものだろう。自分達の死が、そのまま家族の出身地の失陥に直結する訳だ。
「UGSFについては…タスクフォース・ストライダーと名乗っていますが、ご存知ですか?」
「
「では艦隊司令がアレクセイ・マイヤーと言って分かりますか?」
「アレクセイ…えっ、まさかアレクセイ・マクシミリアン・マイヤー中将が!?」
「知ってるのか?お前、軍属じゃないんだろ?」
「
「
「マジかよ、俺達の戦闘も原因ってか?」
「多分アジャーンさん達は巻き込まれた側ですから、責められたりしないと思いますけど…UGSFはもうダライアスとベルサーを認識してるのか…」
「ベルサーがUGSFから遠くに現れたと言っても、戦艦1隻だけが転移したとは考えにくいんだよな。多分、それなりの規模の部隊が乗り込んでる。小型機の編隊が領星の近くでUGSFと交戦したっておかしくないだろ」
「"UGSFがベルサーと接触した"、か…それくらいですよね…」
アレクセイ・マクシミリアン・マイヤー…現在UGSFが展開中の
そのマイヤーを艦隊司令としてUPWに寄越したということは、事態がガブリエルの送還だけでは済まなくなっていることを意味している。彼の一存で、UGSFのみならずゼネラルもある程度は動かすことが出来てしまうのだから、それだけの権限を要する事態にあることは推測できる。
UGSFが特務艦隊を派遣したのは、本当にベルサーだけが理由なのか?まさか、ガブリエル達が認識していないだけで、銀河連邦内部では何か別の懸念を見つけているのだろうか?
「…今は多分、会談が始まったくらいですよね?」
「そうでしょうね。具体的な話がこちらに届くのは、もう数時間後でしょう」
「数時間で済めば良いんだがな…」
「どういう意味だ、ウォーカー?」
「俺もさっき連絡を受けたが、今回の件で派遣されたのが特務六課というセクションなんだ。そこは時空管理局でも屈指の、好戦的と噂のエース部隊だ」
「武闘派のセクションを寄越すってのはどういう了見なんだ?まるで最初から"相手は話の通じないヤツだからぶちのめす"と決めつけてるような感じだぞ」
「そこまでは分からないな。単純に他部署では人手が足りなかったのか、武闘派の部署でなければ対応できない何かがあったのか、あるいは俺が知らないだけで交渉上手なのか…」
「その特務六課の人、会いに来てくれるんでしょうか?」
「事情聴取はするんじゃないかな。UPWの話の裏を取ろうとするはずだ」
時空管理局が好戦的と噂の部署を派遣するのも、ギルバートの懸念通りだ。よほどの危険性を認識しない限り、もっと和平に向いた視察団を送りそうなものだ。
ジョニーが局の
「…これ以上は考えても仕方ないでしょう。会談の結果は、後程の連絡を待ちましょう」
「そうですね」
「まぁ、今はジタバタしても意味がないか」
「本題ですが、我々の実験に協力していただけないかと思っております。紋章機ホーリーブラッドを、異世界人が動かせるのか…」
「紋章機?」
「あの翼の無い白い航空機ですか?」
「紋章機というのは、UPW軍で運用を拡大している最新鋭の全領域戦闘機です。しかし、逆を言えばUPWの加盟世界の住民にしか使えない状態です」
「まさか、それを異世界人の俺達に操縦させてみようって言うのか?」
「はい、このような状況で言うべき無茶ではないのは承知なのですが、技術者達もデータが欲しいそうです」
「うーん…」
「飛行においては、ウォーカーさんにも同行してもらいます」
「構いませんが…彼らは…?」
考えることを止めた途端に、妙な仕事を依頼するのか。
遭難初日のドッグファイトで
本職の軍人たるギルバートはまだ話が分かる。乗った後に万一話がこじれても、UPW軍とダライアス軍で交渉をすれば済むだけのことだ。
しかし民間人、まして社会人にもなっていないガブリエルはそうも行かない。これで事故でも起きようものなら、その責任はUPWとUGSFだけでは完結しない。どこまで話が広がってしまうのか、ガブリエルにも予測がつかない。
「良いのですか?会談の最中に、遭難者を試験飛行に使うなんて…」
「それについては、我々としてももっと適切なタイミングを取りたかったのですが…」
「でも今は他に何もやりようがないしな…会談が済まないと身柄の引き渡しは出来ないってことなんだろう?」
「はい、それも重ねてお詫びを申し上げます」
「大尉、機体の空きはあるのですか?」
「ウォーカーさんは自分の機体で、アジャーン大尉とキールさんには機種転換用の訓練機を1機ずつ割り当てています」
「準備が早いなぁ…」
「
「有事って、もう敵襲を想定しているんですか?」
「キール君、君が遭難してから2日続けて所属不明機が飛んで来たんだぞ。UPW軍だって身構えるし、
「それは…褒められているんでしょうか…」
遭難者を試験飛行に起用するどころか、実戦配置までしようと言うのか。物議を醸しうることが明白なのに強行するとは、UPW軍の技術陣は異世界人に相当強い関心があるようだ。もしくは"我慢弱い"と言うべきか。
他にやることも無いので、身柄引き渡し完了までの条件付きで3人はホーリーブラッドに乗り込むことになった。
[NEUE 惑星セルダール 空軍基地 滑走路]
[現地時間 AM11:38 天候:快晴]
≪…こちら管制塔。ギルバート・アジャーン、そちらはダライアス軍では何と呼ばれている?≫
≪タワー、TACネームのことか?であればバウスと呼んでくれ≫
≪了解した。バウス、離陸を許可する。システムが君を正しく認識すれば、右足のペダルで加速できるはずだ≫
≪何だ、"できるはずだ"ってのは?動作しない可能性もあるとでも言いたげだな?≫
≪すまない、それを確認するための試験でもある。協力してくれ≫
≪仕方ないな…バウス、テイクオフ!≫
≪…おぉ、ちゃんと飛んだぞ!≫
≪とりあえず飛べただけだがな≫
ガブリエルの目の前で、ギルバートを乗せたホーリーブラッドが離陸していく。特にぎこちない様子もなく、世間一般に見られるような航空機の離陸をこなし、そのまま無難な旋回を続けていった。
しかし、今の話では"紋章機のシステムが異世界人を認識できず、動作しなくなる"可能性もあるのか。ひとまずダライアス人のギルバートは飛べたが、
≪ガブリエル・キール、TACネームかコールサインは決めているか?≫
「レンタル業者で暫定的にサンドラ13と呼ばれたことはあります」
≪単語と数字の組み合わせはコールサインだ。ではひとまず、君をサンドラと呼ぶことにしよう。離陸の操作は聞いたか?≫
「聞きました。やってみます」
≪ではサンドラ、離陸を許可する。成功を祈る≫
離陸とは言ったが、目の前にあるのは2本の操縦桿とペダル、頭上にはLEDとおぼしき輪。コフィンシステムではないので、何をどう使えば良いのか分からない。
ひとまず操縦桿を握り、右足のペダルを踏み込む。すると少しずつ加速をしていくが…この時点で、既にガブリエルには違和感があった。
(…この図体で、どうしてこんな非力な加速しかしないんだ?パワーウェイトレシオが
≪踏み抜け、サンドラ!滑走距離が足りなくなるぞ!≫
(もう目一杯踏んでるのに!)
≪そろそろスティックを両方手前に引くんだ、それで機首を上げろ!≫
(機首を…こうか?)
≪離陸はできたが、ペダルを踏み切ってる割にはスロットル開度が弱いな≫
≪一応エンジェルと認識した程度か。予想はしていたが、
≪サンドラ、そのままゆっくり旋回してくれ。基地の周りだけでいい≫
「はい」
≪…どうだ?≫
≪操縦捍の入力に対して、反応がかなり鈍いようです≫
≪スロットルと言い、相性が悪いのかな…≫
加減速が鈍く、旋回も機敏ではない。試しに目一杯操縦捍を倒してみるが、ジョニーやギルバートと同じ軌道を辿ることができない。
何よりガブリエルにとって奇妙なのは、全身の感覚だ。エアロコフィンで感じていた空気の流れ…空間の持つ感触が、ホーリーブラッドからは何も伝わってこない。まるで敷かれたレールの上を、都度重みを噛み締めながら滑っているようだ。
≪こちらクラフティ。どうだ、サンドラ?飛べそうか?≫
「ジョニーさんですね。ひとまず飛べていますが、紋章機に操られてる感じがします」
≪普段は何をイメージしながら飛ぶんだ?≫
「エアロコフィンは基本的に、機体の周りの空間を全身で感じながら動かすんです。人体の感覚を航空機の形に拡張させたようなものでしょうか」
≪バウスはどうだ?≫
≪シルバーホークは操縦捍とペダルの操作がダイレクトに伝わるから、違和感は無いな。それでも鈍重な感じはするぞ≫
≪紋章機はそれに加えて、頭の中で常に理想的な飛び方をイメージするんだ。システムが巧く思念を拾えば、性能は劇的に引き出されるはずだ≫
≪イメージを機体に伝えるって、紋章機のパイロットはエスパーみたいなことを要求されるのか?≫
≪やることはその通りだが、エスパーじゃなくても良いように設計してあるそうだ。ダライアス人とストレンジリアル人にもきちんと対応するかは未知数だけどな≫
「…やってみます」
"理想的な飛び方"…それはつまり、頭で思い描く理想的な軌道を強くイメージしたまま、操縦捍を追従させるということか。
だがガブリエルはイメージだけでは飛べない。要求される飛び方に具体性を付加するのに必要な"感覚"が、ホーリーブラッドに遮断されてしまって伝わらない。その為、直感的に飛行ラインを描けないのだ。
加減速時に身体にかかるはずのGすら伝わらないのに、一体どうやって空間を感じれば良いのだろうか?
いや、むしろ何故ジョニーをはじめとした紋章機パイロットは、そういった情報無しで任意の軌道を作り出せるのか?「空気の流れが読めずにイメージ通りに飛べない」こともあるだろうに…。
≪こちらタワー。サンドラ、機体のシステムが君からの
「どういうことですか?」
≪その
「すみません、エアロコフィンでは伝わるはずの感覚が、紋章機では感じられないので…」
≪普段神経を機体の形に拡張させてる弊害か。
≪どういうことだ?≫
≪機体の外装を皮膚のようにして空間を感じているんだろうが、紋章機はそれができないんだ。ジョニーがノスフェラトを上手く飛ばせなかったのは、その逆が起きていたからか…≫
「ということは、紋章機は空間を無視するように飛ぶしかないのか…」
≪今は我慢だ、サンドラ。もう一度旋回してくれ≫
再度、ガブリエルはジョニーを追ってみる。
空間を感じられない不安はあるが、それでも何とかして理想的な飛行ラインを思い浮かべながら、操縦捍を倒し続ける。
すると今度は、先程までの鈍重さが嘘のようにホーリーブラッドが活き活きと飛び回るようになった。身体で感じる情報が足りないので多少ラインはブレるが、それでもいくらか良い飛行をしてくれている。
話を聞いていたギルバートも真似をしたようで、更に鋭い軌道を見せている。それを見る管制塔もジョニーも、感激しているようだった。
≪良いぞサンドラ、劇的に良くなったじゃないか。その感じだ≫
「はい、この感じで良いんですね」
≪やるなバウス!初めて乗る紋章機でいきなりコブラ機動をするなんて驚きだぜ≫
≪そうか、理想的な飛び方を常にシステムに読ませる…こういう意味なのか。シルバーホークとは違うが、これはこれで操りやすそうだ≫
≪良いぞ、2機とも動きが良くなった。
ギルバートは先行するジョニーを追い回し始める。
撃ち合う訳でもないのに、いきなり乗ったホーリーブラッドが恐ろしく機敏にロールし、素早くピッチする。よほどシルバーホークの操縦と似ているのだろうか?
何となく操縦が分かるようになってきた時…
≪タワーから全機、早期警戒レーダーが不明機の
「何だって?」
≪嘘だろ、もう3日連続だぞ!?≫
≪不明機出現、これは…魚?≫
≪魚?まさか、ベルサーか!?≫
[NEUE 惑星セルダール 洋上]
[現地時間 AM12:03 天候:快晴]
≪こちらダライアス連合軍ヅーヌマ方面第1艦隊所属ハルシオン隊、敵をベルサー軍部隊と確認した。ここは我々に任せ、UPW軍は一時待避されたし≫
≪了解した。クラフティ、バウス、サンドラは基地上空へ後退せよ≫
≪ラジャー。バウス、サンドラ、ついて来てくれ≫
≪バウス、コピー≫
「サンドラ、
≪敵艦を識別、これは…アイアンフォスルか!≫
「アイアンフォスルって何です?」
≪シーラカンス型の戦闘母艦だ。強力だがベルサーにとってはまだ単なる先遣隊だよ≫
ジョニーはガブリエルとギルバートを連れて、基地から上がってきたホーリーブラッドの部隊と合流した。そしてそのすぐ上を、ダライアス軍の母艦から発艦した黄色のシルバーホークの隊列が通過していく。
ギルバートが乗ってきた
「…
≪聞こえるかバウス、ここはハルシオン隊に任せとけ!≫
≪頼む、だが無事に帰ってくれよ!≫
≪分かってるって!ハルシオン隊、
≪ハルシオン2、
≪ハルシオン3、
ガブリエルの視界には、ほとんど正面を埋め尽くさんばかりの巨大で機械じみたシーラカンスが浮かんでいる。その周囲から、小さな魚を模した小型機が大量に現れている。対するシルバーホークは40機程だろうか。
戦力差が絶望的であるように思えたが、シルバーホークはそれぞれが極太のレーザーを照射し、小型機の集団を薙ぎ倒していった。
≪凄いなバウス、シルバーホークにはあんな強力なレーザー砲があるのか?≫
≪バーストビームだ。今のダライアス軍には欠かせない武器だよ≫
≪量産型紋章機には、こんなのは無いな。ホーリーブラッドにも欲しいぞ≫
「凄い…どんどん敵が減ってる…んっ?」
しかしふとガブリエルがアイアンフォスルの周囲を見ると、快晴だったはずの空も深い青に輝く海も、自分達が飛んでいるはずのUPW基地さえも、突然謎の雲に覆われ始めていた。
≪おいクラフティ、空が緑色になってないか?≫
≪空だけじゃない、まるでこの戦域一帯が雲に包まれたみたいだ。何だこれは?≫
≪
≪何だよバウス、それじゃどうして最初に母艦を墜とさないんだ?≫
≪無理なんだ、俺達がやってるのは斬首戦じゃない。だから最初にアイアンフォスルを墜としても、その後に護衛機に落とされるのは目に見えてる≫
「セオリー通りに随伴機から倒さないと、実質的に母艦への攻撃を仕掛けられないのですね…」
シルバーホークの部隊は、先程までの快進撃が嘘だったかのようにアイアンフォスルに苦戦を強いられていた。どう見てもバーストビームが効いているように思えないほど、アイアンフォスルが打たれ強く感じられた。それだけでなく、新たに発艦したベルサーの小型機は先程より更に素早くなっているようである。
そうか、封建王朝国に現れたベルサー軍は、こうやって呉林の船もギルバートの部隊も全滅させたのか。確かにこうして見ると、非常に強い脅威を感じる。
このままでは派遣されたダライアス軍はおろか、セルダールのUPW軍もUGSFの派遣部隊もベルサー軍に殲滅されてしまうのではないか…。
≪被弾した!ハルシオン31、
≪ハルシオン15、コントロール不能!
≪脱出しろ、死んだら何にもならないぞ!≫
≪どうするんだバウス、このままじゃあの部隊は…≫
≪無理だ、紋章機にアイアンフォスルに致命撃を与えられるような武装があるのか?≫
≪
≪何だと?それじゃ援護できないぞ…≫
そうこうするうちに、シルバーホークは少しずつ撃墜され始める。
証言の通りであれば、このままではハルシオン隊が全滅してしまう。何か出来ないだろうか…。
その時…
≪洋上の航空隊、聞こえるか?航空隊、応答せよ!≫
≪何だ?誰の声だ?≫
≪こちらダライアス連合軍ハルシオン隊。そちらの所属を明かせ≫
≪こちらはグラディウス・ラティス連合軍第4特務飛行隊だ。これよりフィールド内へ突入、援護に入る≫
≪了解した、感謝する!≫
≪待避中の部隊で戦える者が居れば、共に援護に入って欲しい≫
聞き慣れない声での通信が、新たに入ってきた。これまでのトランスバール語やダライアス語と同じく、オーシア語が聞こえている。またしても異星人か異世界人だろうが、こうも言語が一致するとますます不気味さが増してくる。
グラディウス軍のパイロットは援護を申し出たが、一方のUPW軍はこのまま待機して良いのだろうか?
≪
≪この状況では仕方ない、ダライアス軍の援護に入れ。各組織には後で応対する≫
≪了解した。ハルシオン隊、これよりUPW軍第17紋章機隊は援護に入る!≫
≪大丈夫か?列機には試験飛行中のパイロットも居るんだろう?なぁバウス?≫
≪心配ないさ、ハルシオン。艦載機を落とすなら問題ないだろう。クラフティ、前に出てくれ≫
≪ならやってみよう。全機、突入だ!まず小型機から落とせ!≫
≪
しかし、そんな心配をよそに紋章機隊は戦列に参加していく。ダライアス軍が紋章機隊を待避させたのは、自分達が居るせいだったようだ。
それを無視してでも援護が欲しいと言うことは、ガブリエルも何もしない訳にはいかない。どうしたものかと悩んでいると、ギルバートから指示が飛んできた
≪バウス、サンドラを頼めないか?こっちには普段からの列機がいる≫
≪ではサンドラ、積極的には撃たずにとにかく全速力で逃げ回れ。背後は俺に任せて、できるだけベルサーの小型機を引き回すんだ≫
「僕がですか?」
≪君は民間人だ、特に死なせたくない。どうせ逃げるしかないなら、追い詰められる前に他の味方の前に奴らを引っ張り出すのが得策だぜ!≫
「やってみます。サンドラ、
なるほど、囮になれと言うのか。だが今は外に出来そうなことは無い。ホーリーブラッドに慣れていない以上、敵機の撃墜も望むべきではないだろう。
そうなれば、やるべきことはシンプルだ。ガブリエルはペダルを踏み込み、一気に加速を始めた。今度はテンションが上がっているせいか、速度の乗り方も鋭い。
そしてアイアンフォスルの脇をかすめていくと、即座に大量の小型機がガブリエルの後を追い始めた。
≪
「後方のベルサー軍が炎上してます!」
≪良いぞ、俺達もバウスに遅れを取るな!≫
≪第4特務飛行隊は敵艦のヒレとウロコから剥がしていけ。それだけでも戦力を削げるはずだ≫
≪コピー≫
≪了解≫
味方の数が一気に増えたせいか、どれが誰の声なのか判別できない。混乱してきたが、それでもガブリエルは一心不乱に逃げ続けた。
後方で何度も響く爆発音に、恐怖が無い訳ではない。落下してくる残骸に、何度も衝突しそうになった。だが少しでも減速したら、アイアンフォスルに喰われかねない…そう思うと、迷っている余裕も周囲を見る時間も全く無かった。
≪攻撃効果を確認、敵艦は自壊を開始!≫
≪アイアンフォスルが崩れ始めたぞ!≫
≪効いてきたぞ、どんどん粉々に砕いてやれ!≫
≪もう少しだサンドラ、後追いの奴らが全部墜ちるまで粘れ!≫
「はいっ!」
やがて無線は歓声に湧き始める。ふと空を見ると、アイアンフォスルは粉々に崩れながら海中に落ちていき、空を覆っていた雲も消えていった。
そして他の紋章機の隊列に加わると…その両脇には黄色いシルバーホークと、これまた見慣れない戦闘機が隊列を組んでいた。
オレンジのキャノピーを載せた胴体が、その2倍の全長はあろうかという巨大な翼に挟まれている。そして識別信号を見ると、「VIC VIPER」という表示があった。これが先程まで共闘したグラディウス軍の戦闘機か?
「"ビックバイパー"…?」
≪我々グラディウス軍の主力機だ。役に立てたなら幸いだ≫
≪その様子だと、君は軍人ではないな。さっきまで何と名乗ってた?≫
「あ…サンドラです」
≪サンドラか、覚えておこう。よく生き抜けたな≫
≪グラディウス軍機、こちらはUPW軍基地だ。現在、世界の構成が揺らぐ非常事態に直面している。事情聴取にご協力願いたい≫
≪ではそちらに着陸すれば良いのか?≫
≪着陸はもちろん、可能であれば母艦の受け入れも行う≫
≪こちらグラディウス軍艦隊、了解した。本件で交戦した部隊の母艦を、協力の為に派遣する。ビックバイパー各隊は母艦へ帰還し、そのまま入港せよ≫
≪協力に感謝します≫
「…新しく事情を聞く相手が増えましたね」
≪その様だな。タワー、紋章機隊は帰還する≫
≪了解、着陸を許可する。まずはクラフティから着陸せよ…≫
あまりにもバタバタしていたせいで、ほとんど事態を考えることができなかったが、ガブリエルはここで気がついた。
もしや、今回の一件でグラディウス軍も異世界転移に巻き込まれてしまったのではないか?既にUGSFもダライアス軍もベルサーも、異世界に渡ってしまったというのに…。
≪キール君、今は考えても仕方ないさ。とりあえず基地に帰ろうぜ≫
「…そうですね。きっと会談もまだ終わらないでしょうし…」
≪バウス、サンドラ、着陸を許可する。後は君達だけだ、ゆっくりで良いぞ≫
≪了解。さぁ…≫
「了解、着陸します」
これで遭難から3日連続で、セルダールに異世界勢力が漂着してしまった。何が起きているかも分からないまま、身柄の引き渡しまでじっとしていないといけないのだろうか。
いや、そもそも今回はUGSFが何も知らないまま、彼らの目の前で
着陸していくガブリエルの脳裏には、言い知れない不気味さが焼き付いてしまっていた。このままでは、きっと何か悪いことが…。