[NEUE クロノゲート ケストレル級航宙機母艦Ⅰ型"アルタイルⅣ"民間人控室]
[現地時間 PM11:03]
まもなく遭難5日目。
夕食は済んだ。シャワーも浴び、一通り眠った。あとは
今朝ホテルで見たニュースによると、NEUEのクロノゲートにはバクテリアン軍が張り付いていて、
経過時間から考えて、もうバクテリアン軍の排除は一応済んでいるだろう。しかし最初のNEUE侵攻から今日まで約1ヶ月あって、その間に軍備の再構築が完了している見立てなら、クロノゲートの制圧を再開してもおかしくない。
だからだろうか、モニターを見ると艦外にはグラディウス軍とおぼしき軍艦と艦載機のビックバイパーが、艦列の先頭を進んでいる。
(…まだ警戒態勢は解かれてないんだな…)
「ママ、やっぱり怖いよ…」
「そうね…あれから1週間経ったけど、いつになったら帰れるのかしら…」
流石に民間人の控室にフィオナは来ない。航宙機に乗って戦列に加わったと聞いたが、セルダール到着後から連戦で疲弊していると考えるのが自然だろう。それでなお問題なく飛んでいるのなら、恐るべき
控室には自分の他にも、
「少年、無事か?」
「あ、呉さん。そちらこそご無事だったようですね」
「ありがたいことにな」
「良かった、あれからどうなったのか情報がなかったので…」
「そうか、だが私は君の活躍を聞いている。素人の割には大手柄だったようだな」
「いえ、あれは運に恵まれただけです」
「どうかな、運を引き寄せるのも実力と言えるだろう」
呉林…封建王朝国からの亡命者は、一足早く乗り込んでいたようだ。移動中は休みながら、艦内で受け取った語学書を読んでいたらしい。
やはり遭難早々、言語の壁に悩まされたのが相当効いたのか。封建王朝国は公用語の一部が銀河連邦と重なっていることから、オーシア語を習得する方法は無いわけではない。しかしオーシア語を覚えようとするあたり、本格的に銀河連邦に溶け込む気は満々のようだ。
「とりあえず船はこのまま、他の民間人と一緒に銀河連邦の領星へ向かうようだ」
「その後にどうするかは考えているのですか?」
「とりあえず亡命自体は成功した。後は身の振り方を決めねばならないが、一応考えはある」
「おぉ、プランはあるのですね。どうするんですか?」
「とりあえず…
「経験?あなた、確か戦闘員だったんじゃ…」
「それは罪人に仕立てられたからそうしただけだ。本職は督戦艦の艦長だ」
「督戦艦…名前を聞くと
「母国の経験が活きるなら、悪くない食い扶持だ。やってみようと思う」
「良いですね、応援しますよ!」
呉は既に軍艦の艦長として打診を受けていた。
ガブリエルは詳しく知らないが、艦長職は専門のアカデミーがUGSF内にあるはずだ。異国の督戦艦の艦長経験者が、UGSFでどれだけの期間を教育に充てられるのかは分からないが、少なくとも正攻法で艦長職に就くよりは劇的に短い期間で済むと考えるべきだろう。
UGSFとしても、彼の司令官としての経験と能力を買ったのだろうか。一応は戦争中なのだから、異国の戦略を知る軍籍経験者は少しでも欲しいというのが本音のはずだ。それは素直に応援したい。
《艦内の全員に通達、これより本艦隊は戦闘態勢に移行する。各クルーは所定の配置に就け》
「皆さん、このあとは作戦終了まで部屋の外には出られません!散らかりやすいものは全てしまい、壁側の椅子に座って衝撃に備えてください!」
(艦外モニターは消さないのか。外を見せて、ある程度の不安軽減に役立てようとしてるのかな)
「何だって?」
「外では戦闘が始まるようです。大人しく着席するよう指示されました」
「では言われた通りにするか。無事にやり過ごせたら良いんだが…」
艦隊が戦闘態勢に入ったことは、艦内アラートで民間人にも知らされる。ガブリエルにとっては初めて聞く音だが、電子制御で流れる警告音は呉林にとっては尚更困惑するものらしい。封建王朝国には、そういった文化が無いからか。
他の民間人は度重なる戦闘態勢に慣れたのか、割とすんなりクルーの指示に従っている。ガブリエルも呉もその指示に従い、荷物を抱えて椅子に座った。
こんなときに接触してくる敵がいるとしたら、クロノゲートの制圧を目指すバクテリアン軍だろう。今回は自分は出撃しないので、ただ無事を祈るだけの側だが…。
「あ、キール君だね?」
「え、はい?何でしょう?」
「この艦の航宙機隊から、作戦中は君に無線を渡すように頼まれてるんだ。はい、これ」
「…どういうことです?戦闘中の無線を聴けってことですか?」
「君、地上で異世界軍と一緒に飛んだんだろう?その時の友軍が、君の無事を直接確かめたいんだってさ」
「はぁ…分かりました」
「話しかける必要はないけど、呼ばれたら応答するくらいで良いんじゃないかな」
「覚えておきます」
室内のクルーはガブリエルに歩いてくると、無線機を渡してきた。通信内容を聞いてみると、既に航宙機部隊は交戦状態にあるらしい。
しかし、いきなり無線を渡されるとは妙だ。セルダールで
どうも
ひとまずガブリエルは無線を受け取り、内容に耳を傾ける。市民の不安を視覚的に軽減する為か、外の様子は室内のモニターに映し出されている。
《敵は既にこちらのルートを掌握しているみたいだな》
《コア級戦艦は基本的にバリアではなく装甲で攻撃を防ぐ。艦砲射撃の応酬に持ち込まれると少し厄介だぞ》
《ではまず戦闘機の排除から開始せよ。護衛艦はバクテリアン艦隊の側面に回り込め》
「今回の敵はバクテリアンと言ったか。触手を持つ軍艦は初めて見るが…」
「バリアはありませんが装甲が物凄く硬くて、コア部分に集中砲火を浴びせないと自壊しないんです」
「そうか、少年は直接戦ったんだな。どうだった?」
「僕が戦ったときは、味方機がコアの側面から追撃していました。それでも反撃が激しくて、なかなかまとまった攻撃ができなかったようです」
「対空砲を持つ軍艦としては、自然な防御だな。王朝禁軍でも、そういう守り方はしていた」
「王朝禁軍…国軍のことですね」
「弱点の位置が敵に知られていれば、むしろそれをオトリにして敵をおびき出すこともできる。あれは意図した設計だろうな」
バクテリアンの艦隊はセルダールで戦った時と比べると、それぞれの船体も大きく数も膨大なこともあって、かなり広く布陣しているように見える。
今回はこれを正面突破しなければならないが、先の話を考えるとグラディウス軍は押し負けるかもしれない。同時に戦っているUPWやダライアス連合軍、UGSFもどうなることか。
いくら先陣を切っているケヴィンの手腕が優れていて、それに続く味方が心強いと言っても…だ。
《ルーンエンジェル隊は、味方艦隊の反対側から攻撃だ。紋章機の力、見せてやろう!》
《はいっ、カズヤさん!クロスキャリバー、行きます!》
「…あれがルーンエンジェル隊?UPWのトップガン部隊…」
「現地の特務隊だそうだな。強いのか?」
「報道では、少し前にあったバクテリアン軍の侵攻を1部隊で退けたとか」
「ふむ。敵の規模が分からないから何とも言えぬが、腕利きなのは間違いなさそうだ」
《サイトウ中尉、敵はバリアの類を持っていない。対艦攻撃においては、速度を落とさなくても問題ないはずだ。機動力を活かし、指定した優先目標から足止めしてやれ》
《了解だマイヤー。オメガ1より各機、指定のある敵艦からやるぞ!》
《オメガ2、了解!》
《オメガ3、了解!》
《アルカディア・ハルシオン両隊は正面敵艦を沈めるよ!グラディウス軍に楽をさせよう!》
《バウス了解!》
「…アジャーンさんとマリンさん、居ますね。ダライアス連合軍のパイロットです」
「アジャーンと言うと、私が引っ掛かった
(…一緒に飛んでるのがオメガ隊、マイヤー司令が直接指揮する航宙機隊か。地球を解放したトップガンチーム…)
戦力の詳細は詳しくないが、いずれも各陣営が抱える最高の部隊。ド素人の目で見ても、バクテリアンに対しては非常に強いように感じる。
戦場が宇宙…空とは勝手が違うこともあって、具体的に何がどう強いのかは分からない。しかし強力なレーザーが飛び交うのは見えており、中型の戦闘艇クラスなら簡単に撃破してしまっているようだ。
目標はクロノゲートからバクテリアンを追い出すこと、そしてバクテリアンの異世界への拡散を防ぎ殲滅すること。可能であれば、ベルサーやギャラガが到達する前に決着させたいのがUPW軍の意図だろう。
ところが…
[並行世界の住民よ、我が軍門に下るがよい]
《何だ?誰の声?》
「おい少年、聞こえたか?」
「何語で聞こえましたか?」
「私の国の言葉だ。君は?」
「
「こんな時に、一体誰なんだ?」
《その声、まさかヴェノム博士か!?》
[左様、私こそが真なるヴェノムだ。ジェイムズの末裔よ、大きくなったものだな]
ケヴィンが反応したということは、グラディウス軍はバクテリアン軍とヴェノム博士の関係性を少なからず認識している。パイロット個々ではその内情を細かく知らないとしても、だ。
[ジェイムズ・バートンの末裔よ、お前はリーク人の尊厳をグラディウス人に踏みにじられて悔しくないのか?]
《何だと?》
[良い機会だ、居合わせた他の陣営もよく聞くが良い。我が名はヴェノム、グラディウス人に迫害されてきたリーク人の一人だ]
《お前もリーク人?》
[そしてお前がバクテリアンと呼んでいるものは、グラディウスの圧政から全ての民族を救う解放者なのだ]
「…バクテリアンが解放者?しかもリーク人は迫害されてきた?」
「近代戦争ではよく使われる大義名分だな」
「でも、それだけで3300年以上もバクテリアンがグラディウスと張り合えるのでしょうか…それだけ経っていたら、もう当事者は誰も存命してないはずですよ」
[その通りだ、ガブリエル。私も今のグラディウス人が、私の憎むグラディウス人と同一でないことは知っている]
「!?」
《まさか、キール君が何か言ったの?》
《サイファーからガーベラ、まさか君も聞いているのか?》
「そんな、どうして…」
「少年、返事をしてやれ」
「は、はい…パトリオット1、聞こえます。間違いなくヴェノム博士は自分に言い返しました」
ヴェノム博士が自分に話しかける?
同じリーク人のケヴィンに話すのなら、歴史と世界を共有する者同士として理解はできる。その彼を差し置いて、いきなりガブリエルに?
ヴェノム博士の意図は、恐らく異世界人に興味を持ったというだけではないはずだ。しかし関心がこちらに向いているのであれば、ガブリエルの返答いかんではこの場を丸く収められる可能性がある。
背筋が凍り、肝が冷え、手が震え…しかしこのエメリア人は、ありったけの勇気を振り絞ってヴェノム博士との対峙を決めた。
なんとしても
[此度の並行世界動乱、きっかけはお前だったそうだな。何かの運命だ、お前にも特に教えよう]
「…分かりました。ただし、せめて話を聞いたあとは、バクテリアンの撤退を要求します。我々は遭難者、ただ元の世界に帰りたいだけなんです」
[良かろう、そこでお前達を撃つほど私も鬼ではない。ひとまず攻撃は中止する]
《全軍、聞こえたな?攻撃中止だ》
ヴェノム博士が素直にこちらの要求に従い侵攻を止めた。それを見てUPW軍もUGSFも、グラディウス軍とダライアス軍も攻撃を止める。
バクテリアン軍とて今は遭難者。既に敵対関係にあるグラディウス軍を除けば、不必要に敵を増やしたくないのだろう。ベルサーと艦隊戦をやった後なら尚更だ。そしてヴェノム博士も、異世界NEUEに飛ばされた部隊といつまで交信できるか分からない。戦力の温存が得策と考えるのは自然だ。
恐らくヴェノム博士は、こちらで味方を増やしたい意図がある。あるいはグラディウス軍にヘイトが向くように画策しているのか。でなければ、戦闘中にわざわざ民間人へ話を振るとは考えにくい。
[我々リーク人は、惑星グラディウスに長らく住んでいた先住民族だ。リーク人とグラディウス人の違いは、せいぜい
「…つまりかなり昔から、両者は共生関係にあったと…」
[しかし人口比で言えば、グラディウス人の方が遥かに多かった。そして彼らは、超能力を持つ我々に対して、バクテリアンと戦うことを強いたのだ]
「強いた?元々リーク人はバクテリアンと敵対していた?」
《つまり俺達リーク人は、グラディウス人に利用されていると言うのか?》
「左様。もっとも、お前は大した説明をされていなかったかもしれないがな]
「何故グラディウス人がそんなことを?」
[無論、最初はグラディウス人が自らバクテリアンと戦った。しかしバクテリアンに対して有効打を与えられるのは、リーク人の力を前提とした兵器だけだと判明したのだよ]
《…まさか、ビックバイパーのことか?》
[元々バクテリアンとは、宇宙全体に統一文明を築くことを目的として侵略していた。グラディウス文明はただの踏み台に過ぎなかったが、リーク人ジェイムズ・バートンとビックバイパーの挙げた戦火が全てを変えたのだ]
「そうしてグラディウス人は、バクテリアンとの戦いをリーク人に押し付けたと?」
[察しが良いな。同時にこれは、バクテリアンがグラディウスと長らく敵対する要因にもなった。つまり、グラディウス人がリーク人を兵器化せざるを得ない状況を生んだのだよ]
「そんなことが…」
そうか、リーク人のヴェノム博士がグラディウス政府を「圧政を敷くもの」と表現するのは、バクテリアンと戦うためにリーク人の力が不可欠だからか。
そしてヴェノム博士はグラディウス政府に不信感を抱き、抗議を目的としてバクテリアンに与した。共生関係となった両者は、当事者が全て死去した今でもグラディウス軍との交戦を続けている。
となると、やはりヴェノム博士の目的はグラディウス軍に他者のヘイトを向けさせることか。話としては理解したが、だからといって直前までの連合軍との交戦が正当化される訳では無い。どう反応を返したら良いものか…。
[どうだガブリエル、グラディウス政府には納得行くまい?]
「…僕は…」
[うろたえるな、異界の青年!]
「誰!?」
《また聞こえたぞ!》
《ヴェノム博士とは違うようだね》
《誰なんだ?》
[自らの不遇を、他世界の他人にまで押し付けるつもりか?]
[その声…まさか、ビッグボスの亡霊か!?]
《ビッグボスの亡霊?ということは…ヴェノム・スネーク!?》
[そうだ、俺もまたビッグボスの一人だ]
《サイファー、ヴェノム・スネークって何者だ?》
《我々の世界で知らない者は居ない、伝説の陸軍傭兵だ。ビッグボスと呼ばれる伝説の兵士は数人居たが、その一人だな》
返答に困ったタイミングで助け舟を出したのは、ヴェノム・スネークと呼ばれた男。聞こえた範囲を鑑みるに、ヴェノム・スネークもまた死者が交信する形で話しているのだろう。
声色や話の流れを聞く限り、ヴェノム博士とは敵対しているようだ。わざわざこのタイミングで割り込んでくる理由は不明だが、少なくともバクテリアンが他勢力に与するのは不都合らしい。
[ヴェノム博士、お前にとって他の世界を引っ掻き回すことは正義なのか?]
[望みではないな。だがグラディウス政府のやり口も、正義とは言えまい。お前の生まれ育ったアメリカと同じく、人類は少数者を捨て駒にすることでしか生き延びられないのだ]
[それを反省しながら進化を続けるのも人類だ。お前がやっているのは、お前が嫌ったグラディウス軍と同じじゃないのか?]
[なら、お前はそうした報復の連鎖から逸脱できたのか?お前が育てた軍事組織は、いずれも報復の歴史に飲み込まれたではないか]
[俺は神でもなんでもない。だからこそ、同じ一人間であるお前が神のように振る舞うことは止めなければならないんだ]
[あくまで報復の連鎖を自覚し、止めようというのか。いかにもビッグボスらしい高潔さだな]
「…これは…いったい…?」
ヴェノム・スネークとヴェノム博士の言い合いは、原理的にはミハイとウィルの言い合いと同じようだ。ヴェノム博士がヴェノム・スネークをすぐ死者と認識したところから察するに、グラディウス文明の歴史には伝説の傭兵ビッグボスが居るらしい。
ということは、ESP持ちの誰かが場に居ると、上位次元や死霊との交信が可能になるということか。わざわざ
これではUGSFも
《おいマイヤー、これは…》
《オメガ隊、動くな。これは我々にとっても前例のない事態と言えるぞ》
《カズヤさん、怖いです…》
《俺だって怖いさ…でも約束もあるし、今の俺達は迂闊に動けない…》
《バウス、撃たれてない?》
《こっちは大丈夫だけど…バクテリアンも大人しくしてるんだな…》
[急に言われても混乱するだろう、リーク人の末裔?]
《本当にあなたがビッグボスの一人なのか?》
[今はそれを証明する余裕がない。それより、お前もリーク人の歴史を知らない訳じゃないだろう?]
《さっきの話は本当なのか?》
[少なくとも俺が知る限り、ヴェノム博士は嘘を言っていない。だがそれを理由にして、わざわざリーク人がバクテリアンの横暴に加担することを正当化出来るわけでもないな]
[伝説の傭兵が随分とお優しいことだな。人類同士の殴り合いを肌身で感じてきたからか?]
[博士こそ、そこまで性根が腐っているとは思いもしなかったぞ。バクテリアンにかなり毒されたようだな]
《…俺は…》
居合わせた味方部隊はいずれも大混乱。特に混乱が激しいのは、リーク人であるケヴィン。
それもそうだろう。自分達が戦ってきた相手が、まさか同族であるとは思わない。ましてヴェノム博士がバクテリアンに与する理由も、誰より明瞭に理解できるはずだ。
対してバクテリアンを止めようとするヴェノム・スネークの言い分も、わからないことはない。いくら理由があると言っても、リーク人が暴君の側に回って良いことにはならない。その主張は、ヴェノム・スネークなりに何か思うことがあっての反論のようだが、これは彼らの歴史を知ってから考えるべきだろうか。
[…聞いたな、異界の青年?わざわざバクテリアンに好意的になる必要はないぞ]
[どうかな、ビッグボス?どちらが正しいか、彼に決めてもらおう]
《ガブリエル!》
《ガーベラ!》
「どうする気だ、少年?」
「…今回の件、この場では判断できません。そもそも異世界の民間人がいくら考え込んでも、答えの出ない話だと思います」
[ふむ、この期に及んで返答は先送りか。だが浅慮を避けたい意思は汲もう]
「ヴェノム博士、せめて今は戦わずに済ませませんか?今の我々には、明確に敵対する理由がありません」
[良かろう、一理ある。バクテリアンとて、話の出来る相手なら無意味に戦う必要は無いからな]
「じゃあ…!」
[お前はこの青年と、話の後に撤退すると約束していたな?]
[そうだ。その約束通り、この場は退いてやろう。お前とはまたまみえるだろうからな。その折に、答えを聞けることを楽しみにしているぞ]
「…ありがとうございます」
「やったな、少年。お前のおかげで、無事に逃げられそうだ」
クロノゲートに集結していたバクテリアン軍は、一斉にその場から退却を始めた。流石は宇宙全体を手中に収める勢力というだけあり、小型機も艦船も移動はかなり素早い。
ひとまずの安全は確保したようだが、2人のヴェノムとの交信が切れた瞬間にガブリエルは脱力した。ある種の和平交渉を極限環境で、それも事前情報なしに突然やらされたのだ。無事バクテリアン軍を撤退させたことが奇跡と言って良いし、そのために擦り減らした神経も尋常ではない。
《ガーベラ、やったな!》
《ありがとう、これで無事に渡れそうだ》
《凄いですよ、ガブリエルさん!》
「…少年、顔が青いぞ?」
「は…はは…もう…無理だ…」
「終わったんだぞ、少年。あとは元の星に帰るだけじゃないのか」
「そ…そうですけど…ストレスが凄くて、頭が回りません…」
《無事か、ガーベラ?》
「ジェイソンさん、そちらも無事ですか?」
《とりあえずな。今回の件、グラディウス軍で預かる。これ以上君に負担をかけるのも忍びないし、俺個人としても調べなければならないことがあるからな》
「分かりました、お任せします」
今度こそ、自分が政治的な立場に引き出されることは無くなったはずだ。
シャワーを浴びてから全く動いていないのに、脚が震えて全身汗だらけ。自分でも分かるくらい、恐怖で全身から血の気が引き、微妙な吐き気もする。身体的にもかなり消耗したようだ。
流石にこれ以上は起きていられない。ガブリエルは呉に身体を預ける格好で、休息に就いた。
「…もう…ダメだ…」
「寄りかかれ、少年。今は休むと良い」
「…ヴェノム・スネークは…」
「まだ聞こえるか?」
「…もう居ないみたいですね」
「なら、この場は収まったんだろう。安心していいぞ」
周りに耳を傾けると、艦隊はいよいよクロノゲートへの突入を開始するようだ。先行するのはダライアス連合軍、その後にUGSFらしい。
突入を再開できたということは、安全を確保できた証拠だ。もう邪魔者は居ないのだろう。そうなれば、あとは
こう何回もプレッシャーがかかる環境に置かれて、心身共に何度も追い詰められて、そうしてようやく掴んだ家路だ。今度こそ、無事に帰れる…そのはずだ。
そこまでを確認してガブリエルはようやく目を閉じ、束の間の眠りに就こうとした。
《…ダライアス連合軍、突入完了。転移座標の切り替えを行います》
《UGSF艦隊、続けて突入ルートに侵入してください》
《座標切り替え完了、目標はストレンジリアル地球です》
《全艦載機の収容完了、突入態勢に入ります》
「…突入前も慌ただしいな」
「たった数人の遭難者の為に、大変な騒動でしたね」
「ありがたい話だ。遭難してそれっきり、とならずに済んだんだ」
「できればこんな騒動は、もう起きないで欲しいところですが…」
「それは分からないな。予想外とは予想を飛び越えるから予想外と言うのだ」
「それはそうですけど…」
「いつ来るかもしれない偶然を恐れるより、いざという時に取れる手を増やすほうが建設的ではないかと思うがね」
「…そういう考えができるあたり、本当に艦長職をやっていたんでしょうね」
「かもな。とりあえず休め、地上に降りるまでは気が抜けないんだろう?」
「ですね…」