ドラえもんとのび太が嬉々として自宅へ向かう一方、スネ夫宅では重い空気が漂っていた。そんな中、出来杉だけが涼しい顔をしている。その表情が余計にジャイアンの苛立ちを助長させた。
「出来杉! てめえ、結局デカい口叩いて起きながらドラえもんに負けてんじゃねえかよ」
「それは誤解だ。敗戦はキミ達の責任さ」
「なんでだよ?」
「キミ達はドラえもん君について、山読みや手読みなどの報告しかしなかっただろ。実際、ドラえもん君の22世紀の未来麻雀は完全に封じた。でもまさかドラえもん君が裏芸(イカサマ)にここまで精通しているとは誤算だったよ。完全に想定の範囲外さ」
「想定の範囲外さ、じゃねえよ! これでオレ達の出費は相当なものになっちまったんだぞ!」
「ん、ああ、そう言えばまだ清算が済んでなかったね。僕の勝ち分をもらおうかな。59万両、きっちり払ってもらおうか」
すると、ジャイアンは呆れた顔をする。
「馬鹿言ってんじゃねえ! オレ達は3人で共闘してたハズだろ。懐は全員共通だろうが! むしろドラえもんに払った70万円の3分の1、てめえも払ってもらうぜ!」
「何を言っているんだいジャイアン君。そもそもボクはドラえもん君との勝負にお金を賭ける気はなかったんだ。状況が有利と見て、勝手に無茶なレートを吹っ掛けたのはキミの独断じゃないか。どちらかと言えばボクも被害者さ。それに、キミ達への積み込みの指導料としては、決して高くない金額だと思うよ」
「てめえ!」
ジャイアンは今にも出来杉に殴りかかりそうな勢いで睨みつける。
「なんだい? ボクとやるつもりかい?」
「ああ、てめえはぶっ飛ばす!」
「フフフ、止めといた方がいいよ。ボクははじめの一歩の愛読者だからね」
「はあ!?」
「知らないのかい、はじめの一歩?」
「知ってるよ、ボクシング漫画だろ!」
「そうさ、ボクははじめの一歩を読みながらいつも頭の中で一歩のスタイルを何度も何度も繰り返し想定してきた」
「だからどうだってんだよ!」
「君は本当に無知なんだなあ。いいかい、脳科学的にはイメージトレーニングで脳が活性化する部分と、実戦によって活性化する部分は同じなんだよ。つまり、イメトレと実戦は等価値なのさ。ボクは一歩と同じ数だけ、いや、繰り返し読んでいる分、一歩以上に実戦経験が豊富なのさ」
「バッキャロー、妄想で一歩の肉体と精神力が身に付く訳がねえだろ! ボクシングをナメんじゃねえ!」
「まあ、
ジャイアンは雄たけびを上げながら出来杉に殴りかかっていく。すると、出来杉はやれやれと言った表情を見せる。そして、小さくファイティングポーズをとり、上半身を左右に∞の字のように揺すりだした。それを見てスネ夫は驚きの声を上げる。
「あっ、ジャイアンこれ見た事あるよ! 一歩の
「な、なんだと!?」
すると出来杉は体を左右に揺らしながら、その体重が乗った拳を左右から打ち分ける。ジャイアンも初めは防御していたが、次第にガードがこじ開けられ、出来杉のパンチの雨を浴びてしまう。しかも、遠心力が乗ったパンチはとても重く、ついには後方へ倒れこんでしまう。
「ぐ、ぐうぅ…」
ジャイアンは腹部に強い痛みを覚え、完全に動けなくなってしまう。
出木杉は倒れたジャイアンを見下ろしながら言った。
「ところでジャイアン君はドラゴンボールを読んだことはあるかい?」
「あるに決まってんだろ。少年にとってはバイブルだからな」
「フフフ、ならば話が早い。ドラゴンボールを読んだ少年は誰もが悟空に憧れ、かめはめ波の練習をする。ボクもご多分に漏れず、かめはめ波の練習をしたんだ」
「まさか、デンプシーロールだけじゃなく、かめはめ波まで撃てるってのかよ!?」
「いいや、残念ながらかめはめ波は撃てなかった。でもね、かめはめ波の練習の過程でボクは体内の生命エネルギー、すなわち気の流れを操作する
そう言うと出木杉はしゃがみ込み、ジャイアンの腹部に手を当てる。
「確かにかめはめ波は撃てなかった。でも、気の力を破壊エネルギーに転化させて相手の身体に直接流し込む事ができれば、これって疑似的なかめはめ波と言えないかな?」
「ま、まさか、お前、や、止めろ…」
「フフフ、か・め・は・め・波!」
「う、うわああああ・・」
ジャイアンは恐怖のあまり、全力で目を閉じていると、次第に腹部の痛みが和らいできた。
「あれ、腹の痛みが?」
「まあ、気は生命エネルギーだからね。普通に使えば身体のダメージの治癒効果を飛躍的に高める事ができるんだ」
「出木杉、なんでオレを助ける?」
「別に。ボクは暴力は嫌いだからね。ただ、キミ達にボクの力を思い知らせられればそれでいいのさ。もしまだボクに歯向かう気なら、次はどうなっても知らないけど」
「クソッ、オレの負けだ。スネ夫、出来杉に払ってやれよ…」
ジャイアンはよろよろと立ち上がりながら言った。
「う、うん…」
スネ夫はビクビクと怯えながら金庫から札束を取り出し、出来杉に59万円を渡した。それを受け取り、出来杉は満足そうに笑みを浮かべる。
「フフフ、良い授業料になっただろ」
「それにしても出木杉、もうドラえもんとはやらねえのかよ。次にやったら十分に勝機はあると思うぜ」
「そもそもボクらの手の内も知られてるんだ、そんな中でドラえもん君がボク達の卓に着くと思うかい?」
「抵抗したら力づくで卓に着かせりゃいいじゃんかよ」
「そんな風に勝った所で麻雀で勝った事にはならないだろ。バイニン(※1)同士の勝負付けはもう済んでしまったんだよ。次の勝負なんか、もはや何の価値もないし全く興味もない」
「でもよ、負け分を取り返さないと悔しいじゃねえか。せめて負け分だけは取り返そうぜ」
「やれやれ、だからキミ達は三流のドサンピンなんだ。いいかい、ドラえもん君は手積み麻雀全盛期の20世紀で、しのぎを削っていたバイニンの技をそっくりそのままコピーしている。しかも最大100倍速で再現可能なんだ。つまり、ドラえもん君が本気を出せば、もしかしたら僕たちが積んだ山からもすり替えができるかも知れない。仮にそうなら同じ条件で勝負を挑んでも、次に僕たちが勝てる保証は全くないのさ」
「でもよ・・」
「仮にドラえもん君から金を取り戻したところで200円の物が100円で買える訳じゃないんだよ。金は誰から取っても同じ価値しかない。いいかい、ドラえもん君はただの天災だ。誰も天変地異に復讐しようとする者はいないだろ? いつまでも復讐などにこだわらず、日銭を稼いで楽しく暮らせばそれでいいじゃないか。それよりもさ、キミ達ももっと自分を誇りに思ったらどうだい?」
「自分に誇りを持つだと?」
「そうさ。むしろ本当は、ボクは、君たちがうらやましかったんだ」
「オレ達が、うらやましかっただと?」
「ああ。ボクは成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能、辛口一献、タンピン三色…。なのに、いつもボクはみんなから注目される事はなかった。いつも影の薄い存在さ。一方で君たちはどうだ? 何の取り柄も無く、ただ力任せに暴れるだけ。なのにいつも君たちは良きにしろ悪きにしろ、常にみんなから注目されている。みんながボクの周りに来るときは、いつも困った時だけさ。君たちだって、今までボクを遊びに誘ってくれた事があったかい? 今回もドラえもん君を倒したいから知恵を貸してくれって来ただけだろ」
「うっ…」
「ところで、ボクが今までの人生で一番注目された出来事は何だか知ってるかい?」
「さあ、知らねえよ…」
「先日行われた、校内の物真似大会さ」
「ああ、そう言えばあったなあ、そんなのが」
「そこでボクはサザエさんに出てくる中島君の物真似をしたら、それが大ウケ。あの時の注目のされようったら、何という快感。あの時感じた高揚感は、今までの人生の中で味わった事のないものだった。それが、君たちは物真似大会に限らずいつも注目を集めている。本当にうらやましいよ、キミ達が」
「そ、そうか? 別にそんな大した事じゃねえと思うけどな」
「フン、君たちにとってはその程度の事かも知れないけど、ボクにはとても大きい事なのさ。だから、君たちももっと自分に誇りを持ったらいい。そうすれば今よりはマシな生き方が出来るかも知れないよ」
「そ、そうか…」
「それじゃ、ボクはこの辺で失礼するよ」
そう言い残し、出来杉はあっさりと部屋を出て行った。そして、ジャイアンとスネ夫は数瞬その場に立ち尽くした後、ドッと力が抜けたかのようにその場に座り込んだ。
そうしてドラえもんと出来杉の戦いは幕を閉じた。
その後、ジャイアンとスネ夫は出来杉から仕込まれた積み込み技で、近所の子供たちからしこたま大金を巻き上げているという。そして、今日もまたジャイアンの地獄の麻雀リサイタルがどこかで開かれているのだった。
※1 バイニン(玄人)
麻雀の裏プロ。主に麻雀の収入で生計を立てている人たちの総称。
高い雀力とイカサマ技を使いこなす。