シャロン准将は金でしか動かない――地球防衛軍は地球を守らない 作:むーんしゃいん
《誘拐事件当日。地球圏防衛統合省。軍務補佐官室》
シャロン准将は、カタカタとキーボードを叩きながら、ぼーっとマニュアルを切りのいいところまで作成している。
これだけの人が行き交っているのに、マニュアルは皆無だった。
公務員はノウハウだからとはいえ、無くて良いというわけでもない。
イケメン中尉が鼻歌を歌いながら、稟議書を作っている。
広い室内に二人っきり。まあ、上手いし、小声だし黙認することにした。
「あ…っ」
イケメン中尉が、保存し忘れ閉じた。嗚咽を漏らす。
「作り直しか…」
イチから稟議書作り直しているイケメン少尉のもとに行くと、シャロン准将はノートパソコンの設定を確認すると、自動保存されていたバックアップを読み返した。
「…ぁぁ。よかった。ありがとう」
「いいえ~」
暇だけど、暇じゃない業務だった。
そんなスキマ時間に出来ることは、お金儲けと陰謀を明かすことだけである。
一段落付いたのは、時刻は夜6時30だった。
「中尉。最後になにか手伝えることある?」
「とくにないですけど。あ、この書類の確認願えますか?」
「わかった」
シャロン准将が、手渡されたファイルを持ち、自分のデスクに戻る。
「おっけー終わったよ」
「ありがとうございます」
シャロン准将は書類の確認署名にサインをした。
ほーい。と大統領提出書類フォルダーに入れる。
そして、コート掛けからシャロン准将は自分のチェスターコートを羽織った。
「では、お疲れ様でした」
定時に帰ったメガネ大尉。イケメン中尉はパソコンと書類を交互に見渡していた。
「ありがとうございました」
守衛に「お疲れ様でした」と告げながら、シャロン准将はその足の裏門から出る。
シャロン准将は首に掛けたネームプレートを慣れた手付きでカバンに仕舞った。
職場は官公庁の並ぶビジネス街だった。街路樹の花が咲いている。花見の時期である。ここからでも、花の香がわかる。
ここから宿舎まで電車2時間徒歩20分だ。
歩きながらスマホに既読を付けていく。高校生の姪っ子が実家の小猫の画像を送ってきた。
バニラからの帰路で3年後には、いつの間にか15人目の従兄弟や姪っ子になっている。
宿舎に帰れる安堵のシャロン准将は、頭が悪そうな姉ちゃんカラーのワンボックスカーを見つけてしまった。
車の外から花吹雪をまとったルルが、こちらの様子をじーっと見ている。
「閣下。こっちです」
OLに対して閣下って何事だよ。OL姿のシャロン准将は苦笑する。
「ふつーに名前で呼んでくれたらいいよ? ルルさん」
「シャロン。車で送る」
乗れ。と言いたそうなルルにシャロン准将は素直に答えた。
「…ありがとう。また今度お願いする」
都心東西線の地下鉄改札をくぐる。
いつも通りの出入り口付近の背もたれに体重を預けた。シャロン准将も痴女に間違われても困るので、いつもこの席である。
一緒に行き帰りする筋肉質のスーツ男性が現れた。
シャロン准将もその男性も、お互い官公庁の誰かだとは感じていて、シャロン准将をガードするように立っている。
この男性は痴漢から守ってくれている。
この光景を周りからすれば、男性は暇つぶしかもしれないし、お付き合いしたいのかもしれない。左手薬指のこの人は既婚者でお姫様ごっこの延長線上でこんな事をしている。とシャロン准将は察していた。
シャロン准将はいつもの男性に微笑し会釈をした。
そして、じーっと、タブレットの課金した経済雑誌に視線を落とす。
この電車は1時間、あと都心外線へと1時間は乗り換えだった。
シャロン准将の目には、地下鉄は真っ暗で何も見えない車外で、ゴーッという高鳴りを聞いていた。ふと気が付くと降車駅まであと1駅。守っていた男性は黙って降りていった。
エレベーターなし4階建て築50年のEDF宿舎に帰ってきた。
シャロン准将は4階までカンカンと上がっていく。EDFの宿舎は当たり外れが大きい。
衣食住の住は、バタフライ効果な世界と辞令次第である。
それでも宇宙どこでも、全てコミコミ一律月3百ドル代の家賃は安い。
「あれ。鍵どこだっけ…」
なんとかカギを探してシャロン准将は3LDKの我が家に帰った。
外勤に備え、家具は少ない。ローテーブルにテレビ。カーペットの上にコタツだけがある。
しかし、デカい書類棚には、経済誌やらコーデの雑誌など。多種多様の雑誌が収められていた。
「はー。おふろ、おふろー」
シャロンは、帰ってきてすぐに賑やかしのテレビとエアコンを入れ、キッチンで、今朝、鍋に着けおきしておいた昆布を確認する。後はほっといて、とりあえずはシャワーを浴びる。
化粧水と付けながらダバっと着れるワイドパーカーとエプロンに着替える。
この家はまじで寒すぎる。そういえば、銭湯近くにあったような気がする。
今度行ってみるか。シャロンは乾燥機の洗濯物を畳んだり、洗濯機を回したりしていた。
シャロンはシャツにアイロンをかけている。
充電器が差された3Dアウラはじーっとテレビを見ていた。
「面白い? チャンネル変えようか?」
『このままがいいです』
「ふーん。アウラはバラエティ番組が好きなんだね」
『クイズが面白いです』
「そっかー。じゃあ、30分ほど。クロスワードでも一緒にやろうか」
シャロンの声に、アウラは白いジト目を輝かせて返す。
『本当ですか。嬉しいです』
「そんなにやりたかったなら、クロスワードしてる時に言ってくれればいいのに」
シャロンはキッチンで鍋に昆布を漬け置きしおいた。
シャロンは、キチッとしたシャツをハンガーに掛けて衣装棚にかける。本棚から、クロスワードの雑誌を取るとアウラに見せながらやっていた。
「これ~わからーん」
『夏季休暇の夏季ではないでしょうか?』
「なるほど、さすがじゃんー」
『じゃあ、アウラ。ここはわかるかね?』
「わかりません」
『その問はクエスチョンマークだと文字数が少ないです』
「フッフッフ。インテロゲーションマークだよ」
『そんな
「回線は使ってないんだね」
『使用したら面白くないです』
「アウラは、紳士だね。いや淑女か」
玄関からピンポンが聞こえた。
「アウラ、ちょっとまって。なにか頼んだかな…」
シャロンが玄関を開けると。
先程、ネコの写真を送ってきた
「あのかぐや姫。泊めてくれませんか?」
甥っ子モニカが深々と頭を下げる。
親戚に酒を無理やり飲まされ悪酔いしたシャロンが。かぐや姫って呼べ。子供たちに言ったことがある。それ以来、小馬鹿にして、親戚全員かぐや姫と呼ぶようになった。
まったく、ノリのいい親戚たちである。
姪っ子モニカの年齢は15歳である。シャロンは20歳の容姿だ。
不死化細胞を選んだ家族は絶対こうなる。だから、シャロンは結婚しないのだ。
「そっかー。寒いから入ってー」
「家族には話したの?」
「うん。お母さんに話してきた」
「いつも通りだね」
「家だと弟がウルサイ」
騒がしいのは血筋だなぁ。姪っ子モニカも再従姉妹アリエルも物静かな方だった。
「かぐや姫のほうが勉強教えるの上手だし」
「問題集はもってきたんだね。じゃあ、いつもと同じように採点しようか」
モニカが問題集の用紙を解き始めた。向学心があるのは良いことだ。シャロンは黙ってテレビを消す。
「ご飯食べたの?」
その前にご飯を作らないと。シャロンはキッチンで湯豆腐を作り始めた。
「食べてきたー」
「食べてないから採点はまってね」
さっさと作りかけの湯豆腐を作り始めた。モニカが台所を覗いて来る。
「湯豆腐、美味しそう…」
「食べたいなら食べる?」
「うん」
二人前の豆腐は出来たシャロンは、薬味を切ったり擦ったりしている。
「育ち盛りだね。まあ、大豆だから健康にはいいよ」
モニカは複雑そうな顔を、クスクス笑うシャロンに向けた。
「かぐや姫、からかわないでよっ」
「はいはい」
湯豆腐を食卓に置くとご飯をよそう。
「ガチでおいしそー」
二人は、テレビを見ながらパクパクと食べる。
「かぐや姫はお酒飲まないの?」
モニカは、お酒を飲まないシャロンを不思議に見ていた。
「付き合い以外では飲まないね」
「うちのお父さんもお母さんも一緒に飲むよ」
「お母さんも飲むんだ。意外だね」
モニカの母親は和服美人で大人しく。父親は厳格な人というイメージである。
モニカの母親とはシャロンも一緒にお酒を飲んだ覚えがない。
「二人とも結構飲むよ」
「そっか。お祖父ちゃんの酒豪の遺伝子を受け継いでるかもね」
アウラがスマホから出てきてクイズ番組を見ている
「なに、このアプリ。めっちゃカワイイー」
アウラはシャロンと姪っ子モニカに仰々しく一礼した。モニカもペコリと頭を下げる。
「この子はアウラって言うの。非売品だね~」
「えー、ほしいなー」
アウラは、ぼーっとジト目でモニカを見ていた。
『准将閣下。私はコピーを出せます』
モニカからシャロンを見つけ直す。
「え、ホント。アウラちゃん。うちのスマホにコピー出来るの?」
アウラの乗り気にモニカもおねだりする。
「ダメだ。それは出来ない」
シャロンは真面目に感情を込めず言った。
しまった。シャロンは業務的に喋ったことを反省する。
『勝手な提案を申し訳ありません』
アウラはシャロンに仰々しく謝罪した。
「ごめんなさい。調子にノリました!」
モニカもシャロンに頭を下げる。
「どんどん食べなー。それ以外、ならなんとかしてあげれるかもね」
「なら、あたし大学に行きたい。一人暮らしもしたいから保証人になってもらえませんか」
「ああ、保証人か」
「一度、あなたのお父さんと話してみるよ」
モニカの家庭環境は複雑である。
『失礼します。准将閣下。サンタオロ州で竜巻が発生しました』
「警報出てたしね、ああ、規模はF3?」
『F4です』
招集が掛かる前に動くのがこの業界である。時刻は9時。明日の夜まで帰ってこれない事は確定だった。
「わかった。ありがとうアウラ。モニカごめん。おばちゃん仕事に行くよ」
シャロンはモニカに頭を下げて、洗面所で薄く化粧をした。
そして、衣装棚にかかったスーツに着替え始めた。
「えっと、かぐや姫。私どうすればいい?」
「おばちゃんがモニカを家まで送るよ。来てくれたのにごめんね」
モニカが帰り支度を始める。
「かぐや姫って何のお仕事してるの?」
EDFの軍人なんて言えないし。公務員というのも仰々しくて嫌だった。
シャロンは着込んだタイトスカートとジャケットの姿見で確認する。
「今は事務の仕事してるよ」
シャロンにモニカがホットコーヒーを淹れてきた。
「モニカ、ありがとう。よく出来た子だね」
「もう高校生だよ?当然」
「確かにそうだ。それは失礼致しました」
「スーツ姿かっこいい。かぐや姫の雰囲気変わるー」
シャロンは正座で、ススーっと静かにコーヒーを啜りながら、脳内は会社モードに移行する。
「まあ、社会人がカッコよく見える歳だよね」
「あーあー、かぐや姫だったら、モテまくりなんだろうけどなぁー」
「色男金と力はなかりけり」
シャロンは自嘲しながら、ポツリと言った。
シャロンはコーヒーを飲み切るとトレンチコートを着る。
「どういうこと?」
「面倒見の良いやつにろくなヤツはいない」
天気予報アプリを見ると明日は雨だった。とりあえず、折りたたみ傘を用意する。
「じゃあ行こうか」
「うん」
いつもキレイなシャロンにモニカは、私も絶対かぐや姫みたいな社会人になりたい。モニカはシャロンに憧れていた。
長女シャロンは自分の実家でもある四女宅へと姪っ子モニカを送って電車に乗る。
シャロン准将は電車の中で座り込みウトウトと寝始めた。
1ドル=100円
バタフライ効果 力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象。今回は、些細な世論ですべてが変わってしまうという意。