【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
目眩がする。
過労が原因だろうかと考え、ベッドから身を起こした。
「あら、起きたのレックス」
扉の方から声が聞こえる。顔を上げればそこには産まれたばかりの我が子を抱いたエレインの姿があった。
「………あぁ」
知らず、声が低くなる。灼熱が首をもたげそうになり──なんとか抑え込んだ。
この一年、あまりに多くのことが起きすぎていた。幼馴染と親友たちの死、親友夫妻が壊され、弟や妹のように思っていた夫妻が死に、その子供は生き残り闇の帝王は消え───その夫妻を売ったのは彼らの親友で妻の従兄弟であった。
それら全てに身を投じ、駆け抜けたが結局は何も救えなかったのだ。何が魔法騎士だ、何が闇祓いの英雄だ。何も救えなかったのに……。
「顔色が悪いわ、もう少し寝ていたら?」
「いや、起きていた頃よりはマシだ……リオンの子守で疲れただろう。代わるよ」
そう言って腕を伸ばせば少し逡巡した妻は眠る我が子を差し出してきた。
「ミルクは与えたからまだ暫くは眠っているはずよ」
「分かっているさ」
短く告げて赤子を───リオンをあやす。あぁ、両親もこうやって産まれたばかりの自分をあやしていたのだろうか。
ヴォルデモートに殺された両親、何よりも誇りに思っていた二人──両者とも死の呪文に貫かれていたが父の方は自ら命を絶ったのだという。
ふと頭に熱を感じてリオンに向けていた目線を上げる。エレインが自分の頭を撫でていた。どうしたのかと首を傾げると妻はクスクスと笑って自分と息子にそれぞれキスをすると微笑んだ。
「私は幸せよレックス。貴方がいてリオンがいて……私にとってはこれ以上ないくらい」
そう笑うエレインの顔に一抹の陰が過ぎ去ったのを見逃さなかった。やはり彼女とて堪えているのだろう。
「……戦いは終わったんだ。だからもう我慢する必要なんて無いんだ」
リオンを脇に抱え、空いた片腕で妻の華奢な身体を引き寄せる。すると彼女は声を押し殺して泣いた。
「な、んで……なんで……マーリンが、エドガーが、フランクとアリスが、ジェームズとリリーが……なぜなの、どうして……!」
誰にも見せまいとしてきたのだろう。震える声の中に己の内に眠るものと同じ灼熱が顔を見せていた。
───なぜ、私を置いて逝ったの……。
そんな声が聞こえてきそうなほどだ。レックスとて妻の慟哭と同じだ。全ては理不尽に奪われた。ヴォルデモートという、忌まわしい男に。両親も親友も弟分達も……その癖奴は赤子一人殺せずに消え失せた。
ふざけるな。
あれだけ破壊を振り撒き、屍と涙の山を築いておきながらたかが赤子一人に屈するのか軟弱者め。いや、ハリーには恐らくリリーが何らかの加護を宿したのだろう。その存在に気付くことなくあの愚か者は消え失せたのだ。
赦さない、と心の中に潜んでいた灼熱が叫ぶ。赦してなるものか殺せ殺せあの愚か者をあらゆる破壊と悲しみを生み出した愚か者を!!どうせ生きているのだろう死ぬことをせず醜く生き延びているのだろうクソ野郎め。
深く息を吸い、吐き出す。ここは違う。ここは戦場ではなく我が家だ。今いるのは深い悲しみに襲われている最愛と無垢な息子のみ。
そしてそんな両親の心を感じ取ったのかリオンが泣き出す。それに気付いたレックスとエレインはなんとかして泣き止まそうとするが中々上手くいかない。
「ああ泣かないでリオン私たちの子!」
「大丈夫かお腹すいたのか!?」
大変だどうしようと言い合う夫婦の間には自然と笑みが浮かび、それを見たリオンがキャッキャッと無邪気に笑う。まるで両親の不安を見抜いたかのように。
そんなリオンを見てレックスとエレインは笑い合う。いつの間にか心の中から灼熱は鎮まっていた。
「………この子には、平和に生きてほしいわね。私達が経験したような事なんて知らずに」
「そうだな」
我が子の頬をつつく。純粋無垢でモチモチの柔らかい肌。抱き上げれば伝わってくる仄かな熱にこの子が生きているのだと実感させられる。
そんな我が子を抱き上げながら二人は願う。
リオン、私たちの子。泣いたって良い、逃げても良い……それでも誰かを守れる子になって。それまでは自分たちがお前を守るから。
好きに生きて、好きなものになりなさい。