【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
マッドアイの授業を待ちわびている同級生は思いの外多いらしいと、リオンは防衛術の教室を見渡しながら考える。
既にマッドアイの授業を経験した上級生に下級生から「今回の防衛術の授業は今までより実践向きだ」と言われているのも原因かもしれない。
「そりゃあ、伝説的な闇祓いだったんだから期待するんだろうけど……」
どうにも胸騒ぎがする。同じ闇祓いで二年生の頃に防衛術を担当したレックスの授業内容と言えば実技と座学をバランスよく教えていたが、どうもマッドアイの授業は実技を洗練させるようだ。
やがて教室にマッドアイが入ってくる。マッドアイは生徒達をぐるりと見回した後、「教科書なんぞ要らん。そんなものは仕舞ってしまえ」とバッサリ切り捨てた。
全員が教科書を仕舞い、出席確認を終えると一呼吸置いてマッドアイが話し始めた。
「このクラスについては、ルーピン先生から手紙を貰っている。闇の怪物と対決するための基本をかなり満遍なく学んだようだ――そうだな?しかしお前たちは、遅れている。非常に遅れている。呪いの扱い方についてだ。そこで、わしの役目は魔法使い同士が互いにどこまで呪い合えるものなのか、お前たちをその最低限まで引き上げることにある。わしの持ち時間は一年だ。その間にお前たちに、どうすれば闇の――」
「え?ずっといるんじゃないの?」
最前列にいたロンが思わずと言ったように口を挟むとマッドアイは言葉を切って、その傷だらけの顔に笑みを浮かべた。
「お前はアーサー・ウィーズリーの息子だな?お前の父親のお陰で数日前に窮地を脱した……その通り。一年だけだ。ダンブルドアの為に特別にな……その後は静かな隠遁生活に戻る。故にわしは、この一年でお前達を最低限、強力な呪いに対抗できるところにまで引き上げる」
マッドアイが鼻を鳴らし、話を続ける。
「では、すぐ取り掛かる。呪いだ。呪いは力も形も様々だ。さて、魔法省によれば、わしが教えるべきは反対呪文であり、そこまでで終わりだ。違法とされる闇の呪文がどんなものか、六年生になるまでは生徒に見せてはいかんことになっている。お前たちは幼すぎ、呪文を見ることさえ耐えられぬ、というわけだ。
しかしダンブルドア校長は、お前たちの根性をもっと高く評価しておられる。校長はお前らが耐えられるとお考えだし、わしに言わせれば、戦うべき相手は早く知れば知るほどよい。見たこともないものから、どうやって身を護るというのだ?
今にも違法な呪いを掛けようとする魔法使いが、これからこういう呪文をかけますなどと教えてはくれまい。面と向かって、優しく礼儀正しく闇の呪文を掛けてくれたりはせん。お前たちの方に備えがなければならん。緊張し、警戒していなければならんのだ───いいか、ミス・ブラウン。わしが話しているときは、そんな物はしまっておかねばならんのだ」
注意された少女──ラベンダー・ブラウンはビクッ!と肩を跳ねさせるといそいそと何かを机の下に仕舞った。
「……魔法の目は便利だねぇ……」
リオンは先程のラベンダーの隠しものを見抜いたのが魔法の目によるものだと理解し、小さく笑みを浮かべる。あれがあれば目眩まし呪文や透明マントも意味を為さないだろうなとそんなことを考えている内に授業は次の段階に移っていた。
「さて……魔法法律で最も厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者は?」
何人かが手を挙げる中でマッドアイはロンを指名した。
「えっと……パパが一つ話してくれたんだけど……『服従の呪文』」
「その通り。お前の父親ならこれの脅威はよく知っているだろう。一時期、魔法省を大いに手こずらせた……『服従の呪文』だ」
マッドアイが机に蜘蛛が三匹入った瓶を置き、その内の一体を瓶から取り出して掌に乗せると蜘蛛嫌いのロンが引きつった声を上げた。
「
マッドアイが呪文を唱え、杖先から閃光が溢れた瞬間に蜘蛛はマッドアイの手から離れて奇っ怪なダンスを踊り始め、それにより生徒の大多数から笑い声が響いた。が、マッドアイはそんな生徒に厳しい視線を向ける。
「面白いと思うのか?わしがお前たちに同じことをして、喜んでいられるか?」
その言葉に、一瞬にして笑い声が止んだ。
「完全な支配だ。わしはこいつを、思いのままに出来る。窓から飛び降りさせることも、水に溺れさせることも、なんだって。……何年も前になるが、多くの魔法使いたちがこの『服従の呪文』に支配された。
誰が無理に動かされているのか、誰が自らの意思で動いているのか、それを見分けるのが、魔法省にとってひと仕事だった……。『服従の呪文』と戦うことは出来る。これからそのやり方を教えていこう。しかし、これには個人の持つ真の力が必要で、誰にでも出来るわけではない。できれば呪文を掛けられぬようにする方がよい。油断大敵!」
マッドアイは蜘蛛を摘まんで瓶に戻すと改めて生徒たちを見回す。
「他の呪文を知っている者はいるか?」
改めて生徒が手を挙げるなか、マッドアイが指名したのは驚くことにネビルだった。
「その……は、『磔の呪文』……」
「お前はロングボトムだな?」
その問いにネビルが恐る恐る頷くと、マッドアイは再び先程の蜘蛛とは別の蜘蛛を瓶から取り出して机に置く。
「
マッドアイが杖を振るうと蜘蛛はその体を教科書ほどの大きさまでに肥大させた。
「
マッドアイが杖を向け、呪文を唱えると蜘蛛はその体をひっくり返してピクピクと痙攣させ、苦しげな声を上げる。
「やめて!」
それを見かねたハーマイオニーから悲鳴じみた制止がかかると、マッドアイは縮小呪文で蜘蛛を元の大きさに戻し、瓶の中に仕舞い込んだ。
「苦痛を与える呪文だ。これがあれば拷問に親指締めもナイフも必要ない。際限なく苦痛を与えることが出来るからだ……それこそ、相手が廃人になるまでな」
最後の一言を発した瞬間、マッドアイの目がネビルに向いたのをリオンは確かに見た。
「最後の一つだ……知っている者は?」
今度は手を挙げるものはいなかった。分からないのか、それとも単に言いたくないのか。
そんな状況の中、それぞれ男と女の声で『
「その通り……許されざる呪文の中で最も恐ろしく、最悪な魔法……『死の呪い』だ」
そんな二人の様子を気に留めることなく、マッドアイは蜘蛛を取り出して杖を向ける。
「
杖から緑の閃光が広がり視界を覆う。一瞬の閃光が収まると呪いを受けた蜘蛛は沈黙していた。
「気持ちのよいものではない。しかも、反対呪文は存在しない。防ぎようがない。これを受けて生き残った者は、ただ一人。……その者は、わしの目の前に座っている」
マッドアイが
「この死の呪いを扱う為には、強力な魔力が必要だ――─お前たちがこぞって杖を取り出し、わしに向けてこの呪文を唱えたところで、わしに鼻血さえ出させることが出来るものか。
さて、反対呪文がないなら、なぜお前たちに見せたりするのか?それは、お前たちが知っておかなければならないからだ。最悪の事態がどういうものか、お前たちは味わっておかなければならない。せいぜいそんなものと向き合うような目に遭わぬようにするんだな。油断大敵!
さて、この三つの呪文だがこれらは『許されざる呪文』と呼ばれる。同類であるヒトに対してこのうち一つの呪いをかけるだけで、一生アズカバンにぶち込まれる。お前たちが立ち向かうのは、そういうものだ。そういうものに対しての戦い方を、わしはお前たちに教えなければならない。備えが、武装が必要だ。しかし何よりもまず、常に絶えず、警戒することの訓練が必要だ。羽根ペンを出せ……これを書き取れ……」
マッドアイが許されざる呪文についての内容を書き出し、生徒達は黙々と羽根ペンでそれを書き写す。
授業が終わるまで誰も一言も発することは無かったが、授業が終わり、マッドアイが教室を出ると堰を切ったように生徒達は興奮した様子で先程の授業の内容について話し合っていた。
「……気分の良いもんじゃないな」
溜まった物を吐き出すように長く息を吐いたリオンが言う。
「だが、それらを良く知ることで何かしらの対策は打てるかもしれない……そう言いたかったんじゃないかムーディは」
「さっすがお父上が死喰い人なだけあって闇の魔術に関しては詳しいなセオドール?」
「喧嘩ならば喜んで買うぞザビニ」
重々しく呟いたセオドールを茶化すザビニ。二人の間で静かに火花が散った。
「止めろよ。同室の友人同士の喧嘩なんて御免だぜ俺は」
「だってよセオドール?」
「そっちが先に仕掛けてきたんだろう……」
そんな二人を見かねたリオンが宥めるとニヤリと笑みを浮かべたザビニが両手を上げてセオドールを見る。
一方のセオドールも溜め息を吐きながら教科書を纏めて立ち上がった。
◆ ◆ ◆
「ピーター・ペティグリューが脱獄した」
魔法省にある闇祓い局に出勤して開口一番。レックスは上司のルーファス・スクリムジョールにそんなことを告げられた。
「はい?」
「ペティグリューが脱獄した。恐らく『動物もどき』の能力を使用して抜け出したのだろう」
「そういうことじゃなくてですね?え、アイツ脱獄したんですか?ディメンターから逃げ出したんですか?」
「そうだ」
矢継ぎ早に聞かれたレックスの質問にもルーファスは眉一つ動かさず答える。
「それに乗じて逃げ出した囚人は?」
「調査隊の報告によれば居ないようだ。念の為、ベラトリックス達の方にも赴いたが変わりなかったそうだ」
「そうですか」
ルーファスの返事を聞き、レックスは顎に手を当てて考え事を始める。
(なぜこのタイミングで脱獄を?ピーターは自分にとって有利な状況でない限り行動を起こすことは無かった……それはあの十二年が証明している。一体なんの理由で……)
「兎も角、一度ペティグリュー捜索のために人員を割かねばならん」
「妥当ですね。この件、ファッジ大臣は?」
「知っている。追って世間に公表する見込みだそうだ。ウィゼンガモットの一部の連中は「魔法省の信用を地に落とすことになる」と言って反対したそうだが「既にシリウス・ブラックを冤罪で十二年もアズカバンに閉じ込めた時点で信用も何もない」と言って切り捨てていたな」
機嫌が良さそうな顔でルーファスが語るのをレックスは珍しい物を見たような顔で見つめる。
「……とりあえずペティグリュー捜索の件はキングズリーに指揮を執らせる。レックス、お前は引き続きアルバニアへ調査に向かってくれ」
「了解しました」
イギリス魔法界にあるアーデル邸。魔法省から煙突飛行を利用して一度家に戻ってきたレックスは準備を済ませると壁を杖で二度叩く。すると壁の一部が開き、下に続く階段が現れた。
レックスはその階段から下に降りていく。階段を降りた先には広い空間が広がっていた。
年季の入った石造りの部屋は光源が無いにも関わらず、十分な明るさを保っていた。しかし広い場所だと言うのにソファの一つもない───あるのは一つの肖像画のみ。
レックスはその肖像画に近付き、胸に手を当てて片膝を突き、頭を下げた。
「ご報告があります。我らアーデルの祖よ」
重々しく厳格な口調でレックスが話しかけると肖像画に描かれている人物はレックスを見て微笑んだ。
『久しいね。私の子孫』
「長らく顔を見せずにいたことはご容赦を」
優しい声で話す人物──アーデル家の祖にレックスは顔を上げる。
「漠然とした予感ではありますが、あの男が戻る時は近いかもしれません」
『なるほど。となれば、再度魔法界に戦火がもたらされる訳だ』
「申し訳ありません……奴を殺しきれなかった我々の失態です……」
『仕方のないことさ。それほどまでにヴォルデモートとやらの力が強大だったというだけなのだから───まぁ、あれがスリザリンの末裔などサラザール先生が聞いたらどれだけ嘆かれることか……』
祖は嘆かわしいとばかりに溜め息を吐く。
『誇りを失い、力のみを求めるなど愚か者のすることだ。その点については彼女も理解していたが……』
「サラザール・スリザリンのご息女ですね?」
『あぁ。彼女は誇り高く、そして何より身内と認めたものに愛情深かった。それがしもべであれ、魔法生物であれね。……しかし何ともはや、スリザリンの血は長い年月の果てに落ちぶれたようだ』
力だけ強大になったところで意味はないというのに。
「これからアルバニアに向かいます。ヴォルデモートの痕跡を追わなければ」
『そうか。気を付けなさい───使命も大切かもしれないが愛する者達のことも忘れることのないように。特に妻をないがしろにしてはいけないよ。ホントに』
「き、気を付けます……」
嫌に実感の籠った言い方に苦笑したレックスだが、アルバニアに向かうために肖像画に背を向ける。
『あぁ、そうそう』
と、そんなレックスに祖が声をかける。
『近い内に君の息子と話をさせてほしい。あらゆる面でアーデルから逸脱している子を見極めたいのでね』
「……息子が闇の陣営に下るとお考えですか?」
『そういうわけではないよ───我らアーデル。特に私と、君の父はスリザリンの血と縁深い。その魂の一部を引き継いだ子がスリザリンに行くなど興味が湧いてね』
心底楽しげに笑う祖に訝しみながらもレックスは今度こそ地下から出ていった。