【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
今回の話、随分ととっ散らかった気がする。
クリスマスダンスパーティーが終わり、新しい年を迎えて暫く。
白い棺の前でダンブルドアは考えていた。
「明かさねばならぬ……しかし、それを打ち明けたとしてあの子が耐えられるのか……」
これを明かして彼が何もしないとは考えづらい。むしろ行動を起こすだろうとダンブルドアは確信していた。
それに、自分がそれを打ち明けてもしも彼が死んでしまったら今度こそ己の心は限界を迎えるだろう。
ハリーという少年を予言に従ってヴォルデモートに対抗させるために危険な目に遭わせ、死地に向かわせているというのに。
いや、それこそ自分に相応しい罰だとでも言うのか。あの恐ろしい二ヶ月で家族を蔑ろにした結果、妹を帰らぬ者とした己への。
「ユスティア……お主の孫を苦しめることになる愚かなわしを許してくれ……」
だが伝えねばならない。そうしなければ魔法界に平和は訪れない。
最後に棺の中で眠る彼女へと視線を向け、ダンブルドアはその場を立ち去った。
◆ ◆ ◆
「リオン、少しいいかの」
一月も中旬に入ったある日の土曜日。廊下を歩いていた俺はダンブルドア先生に呼び止められた。
「ダンブルドア先生? どうしました?」
「今、時間は空いてるかの?」
「はい。特に予定もないですけど……」
さてどうしたのだろう。いつもの先生と比べるとどこか歯切れが悪い気がする。
俺の返答を聞いた先生は「付いてきなさい」とだけ言って歩いていく。慌ててその後を追った。
「座りなさい。リオン」
「はい……あの、先生。話というのは……」
校長室のソファに腰掛け、先生に質問する。
しかし先生は相変わらず歯切れが悪そうに口を開いては閉じてを繰り返していたが、少しして静かに吐き出した。
「この話をして、君を傷つけてしまうじゃろう……しかし、それでもわしは話さねばならぬ」
「俺が? 先生、その話は俺に関係することなんですか?」
「左様。君に深く関係することじゃ。あやつと君の祖父との間にある因縁──それ以外にも全てを明かさねばなるまい」
思わず腰を浮かせた。今、ダンブルドア先生が言ったことは俺にとっても気になっていることだったからだ。
「昔──五十年以上も昔のことじゃ。ホグワーツにある二人の生徒が入学してきた。エドワード・アーデルとトム・リドル。入学して早々に二人は友情を育んだ。ハッフルパフとスリザリンという寮の違いこそあったがそれでもあの時期には珍しく仲の良い生徒たちじゃった……」
ダンブルドア先生が語り始める。その声には懐かしさと、幾重にも重ねられた哀愁が漂っているように聞こえた。
「かつて“秘密の部屋”が開けられた時、トムはハグリッドに罪を擦り付けたがエドワードはトムが犯人だと思っていたそうじゃ」
「……トムを見逃したんですか?」
「そう思うじゃろう? エドワードはこう言っておったよ、『犯人がトムだと分かっていたのに、友情が壊れるのではないかと恐れて言えなかった』とね。───思えばそこからじゃ。そこからあの子はトムの悪行を止めようと躍起になった」
闇祓いとなり、同時にトムの居場所を探っていたのだという。随分と奴に対する敵意が感じられる。闇の魔法使いに対抗する組織に属し、尚且つその動向を探っていたなんて。
「そんな時じゃ。エドワードに子が出来たと風の便りに聞いた。わしは安堵した。長く罪の意識に苛まれていたあの子も幸せを得たのだと」
「父さんが───そういえば、俺の祖母はマグルだったんですか?ユスティアという名前は知ってるんですけど姓が明かされていないようで」
ふと、先生の目が陰る。何か不味いことを聞いてしまったかとヒヤリとしたが、先生はややあって喘ぐようにその名を口にした。
「……そうだろうとも。あの子は自分の姓を嫌っておった。故に痕跡を残そうとさえ思っておらなんだ──よく聞くのじゃリオン。ユスティアの姓は『グリンデルバルド』。あの“ゲラート・グリンデルバルド”の一人娘じゃ」
「───は」
言葉が続かなかった。つまり祖父は闇の魔法使いの娘と結婚したと言うのか。闇の魔術を嫌っておきながら?
しかし先生はゆるゆると首を振って俺の考えを見越したかのように話す。
「勘違いしてはならぬよリオン。ユスティアはゲラートのように悪に溺れることは無かった。むしろ毅然として悪に立ち向かう子だった……生まれなど重要ではない。その子がどの道を歩くのかが大事なのじゃ」
「……そう、ですね。すみません、色々と混乱してしまいました」
先生の言葉に素直に頭を下げる。今思ったことは祖母への侮辱だ。あってはならない。
「話を戻そうかの……それからしばらくしてヴォルデモートが死喰い人というものを結成し、自身に従わぬ者達を殺して回った。長く息を潜めていた蛇が狩りを始めたのじゃ。無論、ホグワーツも厳戒体制を敷いた。
そして君のお父上がホグワーツにやって来てしばらくした頃、エドワードとユスティアがわしの下を訪ねてきた。話したいことがあるのだと。二人は言った『近い将来、自分達はトムに殺されるだろうから遺体はホグワーツに埋葬してほしい』と」
「二人がそう言ったんですか?」
先生の話に目を丸くする。二人の言葉は、まるで未来でも見たようにはっきりとしていたという。
「そうじゃ。そしてエドワードがこうも言っておった『トムを止めるために力を貸してほしい』と」
そこまで言って、ダンブルドア先生は奥の方へと歩いていき、そこから一つの水盆を引っ張り出した。
「それは?」
「『憂いの篩』。ここに記憶の糸を垂らすことでその者の記憶を見ることが出来るのじゃ」
先生が自分の頭に杖を押し当てると、そこから銀色の糸が伸びてきた。
先生はその糸を『憂いの篩』に満たされた水の中に垂らす。
「この中に顔を入れなさい」
先生が『憂いの篩』を指差し、それに従って顔を水に浸けた。
景色がまるで墨のような煙を吐き出し、それが晴れると俺はいつの間にか校長室の壁際に立っていた。
『命を投げ捨てるというのかね?』
驚きで唖然としていた俺の耳にダンブルドア先生の声が聞こえる。
見ると、先生の対面に二人の男女が座っていた。
一人は俺とよく似た壮年の男性。もう一人はプラチナブロンドの美しい女性だった。
多分この二人がエドワード爺ちゃんとユスティア婆ちゃんなのだろう。
『投げ捨てると言っても無駄にするわけではありません。後に続く者達の為にこの命を使うつもりです』
『……君達が犠牲になる必要は無かろう』
『俺としてもユスティアが犠牲になることは無いと言ったんですけど聞き入れられませんでしたね』
『貴方一人を犠牲にすることを私が望むと思うの?』
『……ごもっともで』
そんな二人の会話を先生は何とも言えない顔で見ている。そんな先生を見た婆ちゃんが笑みを浮かべて話しかけた。
『先生。先生には感謝しています。何処に行っても迫害されるだけだった私をホグワーツに導いてくれて、これ以上ないほどの幸せを与えてくれたこと、本当に感謝しているんです』
『……わしは君に何も出来ておらぬよ。ホグワーツに来てからも君は傷つけられていた』
『確かにそうです。それでも私を──グリンデルバルドの名を持つ私を受け入れてくれました。父は貴方や貴方の家族、多くの人を狂わせました。今はヌルメンガードにいるあの人が何を思っているかなんて私には分かりません。私に分かるのは、先生がこれ以上自分を責める必要なんてないということです』
その言葉に先生の目が大きく見開かれる。『なぜ……』と蚊の鳴くような声で呟いた先生に、婆ちゃんはクスリと微笑んで答えた。
『だって、先生は後悔しておられるでしょう?父に加担したことを。そうでなければ父を止めようなど思わなかった筈です』
『それは』
『それに、先生は私を受け入れてくれました。それがどのような思惑の下であったとしても、私に居場所を与えてくださいました』
先生が顔を俯かせる。その瞳には、うっすらと涙が光っていた。
『だからこそ、私はトムを止めたいのです。彼は私と同じように居場所が無かった。だから今一度話し合って彼の真意を確かめてみるつもりです』
『ダンブルドア先生。俺達を想ってくれてありがとうございました。俺達はアイツの友人として、アイツと戦います。たとえ死ぬとしても──それに、アイツに対する策は用意してあります』
「わぷっ…!」
弾かれるようにして水盆から顔を離す。ゆっくりと息を吐いて辺りを見回せば、そこにはダンブルドア先生しかおらず、元の校長室に戻っていた。
「……なぜこの記憶を?」
「口で説明するより早いかと思ってのぉ。それに、君には知っておいてほしかったのじゃ、あの二人の覚悟を」
「覚悟……」
あの二人は自分が死ぬことを恐れていなかった。寧ろ、自分達が死ぬとしても誰かが立ち上がると信じていた。
「……先生。こんな時になんですが、俺は───」
「“未来視”のことについて知りたいのじゃろう?」
「バレてましたか……」
「いくら“閉心術”を扱えるとはいえ、まだまだ練習不足じゃのう」
なるほど。先生は“開心術”を使って俺の考えを読み取ったようだ。
「何を見たのかね?」
「ハッフルパフのセドリック・ディゴリーが死ぬ場面です……他に俺とハリーがいて、俺は縛り付けられていて誰かが、セドリックに“死の呪い”を……」
「……そこまでで良い。よく話してくれたのう、ゆっくりと息を吐いて落ち着きなさい」
肩に手を置かれる。やっぱり、これを話すのはかなり堪えるな……。
「それを話すためには、君に関わりある秘密を話さねばならぬ」
「秘密……?」
「……エドワードが闇の帝王に対する策があると言っていたのを覚えておるかね?」
「はい」
「それこそ、君が“未来視”を使える理由じゃ」
「え……? い、いや、どういうことですか!?」
思わず先生に詰め寄る。俺に未来が見えることと、爺ちゃんの策に何の関連性があるのか。
「……簡潔に言えば、エドワードは生きておる」
「は───?」
「魂の欠片だけではあるがそのような存在となり、生き長らえておる───これまでに、何度か君の体を使って会話もしていたしのう」
「魂だけで……?いや、俺の体を使ってたってなんです!?」
あまりにも現実離れした内容に、先生に疑惑の目を向ける。それを見た先生は「信じられぬのも無理はあるまい」と、説明を始めた。
「魂のみで生き長らえるというのも荒唐無稽ではあるが、前例が無いわけではない。そして、魂だけとなったエドワードはある入れ物に眠っておる」
「入れ物、ですか? 箱みたいな?」
「そのペンダントじゃよ」
「は?」
先生が指で俺のペンダントを指す。まじまじと見つめ、それに祖父の魂が入っているものとは信じられなかった。
「いくらなんでもそれは無いでしょう。第一、これに魂が入っているのならなんで爺ちゃんはこのペンダントを俺に渡すよう手紙に残したんですか?」
「それこそがエドワードの考えた策じゃよ。エドワードは未来視で自分達が死ぬことを予知した後、ヴォルデモートの結末を辿ろうと未来視を使った。そこで見たのじゃ。君があやつと対峙する場面を」
「俺が……闇の帝王と?」
最早訳が分からない。しかし、とんでもないことが起きようとしていることは理解できた。
「そうじゃ。だからこそエドワードはそのペンダントを君に託そうと考えた。いつかの未来であやつと対峙するであろう君の助けとなるために。因縁を自分の手で今度こそ終わらせるために」
「どうして俺だったんですか? 父さんだって良かった筈じゃ……」
ぐちゃぐちゃの思考の中、絞り出すようにして口に出した問いに、先生は首をかしげた。
「さて。それを答えるのはわしではなく“彼”でなくてはならぬ」
「彼…?」
「行っておいでリオン。そこで見つけた答えをわしに聞かせておくれ」
先生の手に握られた杖がゆっくりと弧を描いてペンダントにその杖先を当てる。次の瞬間、凄まじい脱力感が全身を襲い、体がソファに沈み込む。
「自分の心を強く持つことじゃ。君が君である限り、希望の灯が消えることはない」
そんな声が耳に届いたと同時に俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
◆ ◆ ◆
パチリと目が覚める。なにかくすぐったいものが触れている感覚がして慌てて体を起こした。
「……ここは……」
気が付けば、俺はいつの間にか黄金の草原の中に横たわっていたらしい。空はうっすらとオレンジ色に霞み、秋空という奴になっていた。
なぜこんな場所にいるのか、全くもって見当がつかなかったが、それでも進まなければならないという意識の下、黄金色に染まった草原の海を歩いていく。
しばらく歩いているとやがて開けた場所に出た。
そして、そこにあるベンチに一つの人影が座っているのが見えた。それが誰なのかさえ分からない筈なのに足は自然と彼の方に向かっていた。その人影に歩み寄り、声をかける。
「───少しいいですか?」
「あぁ、いいとも」
その人物はこちらを向くことなく俺の問いに頷いた。
その事に少し驚きつつも彼の隣に腰掛ける。
「此処に来たということは、彼から話を聞いたのだね?」
「はい。だけど、やっぱり分からないことが沢山あります」
「そうだろうとも。寧ろ、あの説明だけで理解できるのなら実に将来有望だ。魔法省執行部にでも行くことを勧めるね」
隣に座る人物に視線だけを向ける。黒に金の刺繍が施されたインバネスコートに身を包んだ青年──祖父エドワードは、その俺と同じ群青の瞳を向けてきた。
「何が聞きたい?」
「───なんで、俺だったんだ? 当時なら父さんだっていたはずだ。寧ろ、父さんを選んだ方がヴォルデモートを追い詰めることだって出来た筈じゃないのか?」
問われ、先生の話を聞いてからずっと考えていたことを口に出す。なぜ、俺だったのか。なぜ魂だけとなってまでヴォルデモートに牙を突き立てるのか。
「……“未来視”で視た光景の多くが覆すことが可能な事象だ。しかし、稀に何があろうと避けられない未来を視てしまう事もある。俺とユスティアの死がまさにそれだった。だからこそ、死ぬのなら何かしらアイツに一矢報いることが出来ないかと“未来視”を使用した結果、お前がアイツと対峙する未来が視えたというわけさ」
爺ちゃんは、さも当然のことのようにそう言った。未来を視たからこそ布石を用意したのだと。自分達の死すら利用して、ヴォルデモートの喉を喰い破るために。
「それから……本当にすまなかった。俺のエゴにお前を付き合わせてしまった。───お前に、背負わせる必要のない業を背負わせてしまった……」
先程と打って代わり、爺ちゃんの目に深い後悔が浮かぶ。頭を下げ、真摯に己の行いを悔いる姿に毒気を抜かれた気分になる。とにかく頭を上げるように伝えて、寿一の目を見つめ返す。
「爺ちゃん……俺は沢山の出会いに恵まれた。マーク、ランス、ブレーズ、セオドール、ハリー、ロン、ハーマイオニー、アストリア、ドラコ……そしてダフネ。皆と出会えたから、俺はここまでやってこれた。これは紛れもない俺の選択で、俺の掛け替えのない繋がりだ。そんな皆を守れるのなら、俺を使ってくれて構わない」
「……リオン……」
「……だからさ。もう、独りで背負わなくて良いんだ」
───もう、自分を責めなくたっていいだろう。
この選択を、もしかしたら後悔する日が来るのかもしれない。それでも俺は、皆を守れるのなら自分を犠牲にしてでも立ち向かおう。
こんな俺を支えてくれた人達に報いるために。
「……そうか」
ザワザワと草原が風に揺られる。爺ちゃんは淡く微笑んだあと、俺の頭を乱暴に撫でてきた。
「ぐえっ……!ちょ、何を…!」
「レックスにはあんまり構ってやれなかったからな」
ひとしきり撫で回して満足したらしい爺ちゃんが頭から手を離し、数歩後ろに下がる。
「そろそろ向こうに戻る頃合いだろう。だから、最後にこれだけは伝えておこう」
───お前はお前の思うままに生きなさい。幸せになってはいけないなんてことはないのだから。
◆ ◆ ◆
「お帰りリオン。話は終わったかの?」
「はい。先生──」
ゆっくりと息を吐き出し、真正面からダンブルドア先生の目を見ると俺の決意を口にした。
「俺は、俺の意志でヴォルデモートと戦います。俺を愛してくれた人達の為に」