【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
黒い館
目を開いて最初に飛び込んできた光景に回らぬ頭のまま首を傾げた。さてここはどこだろうと考えて、かのブラック邸だと思い出した。
ブラック邸。住まうものの居ない館。黒き王族が住んでいた城。
ヴォルデモート復活に伴い、身の安全を確保するためにアーデル邸を出てブラック邸に身を移したのだ。
部屋を出て長い廊下を渡る。数人の人間がいるにも関わらず、屋敷はどこか暗い雰囲気を醸し出していた。
「おはようリオン、起きたのね」
「おはようモリーおばさん」
リビングに行けば、丁度朝食を作っている最中だったらしいモリーおばさんが朗らかに挨拶してくる。
俺も笑顔で返し、自分とおばさん以外誰も居ないリビングを見渡した。
「ロンとハーマイオニーはまだ寝てるとして───他の皆は?」
「シリウスとリーマスは用事で出掛けていて、レックスは魔法省に行ったわ。エレインなら他の部屋の掃除をしている頃だと思うけど……あら、噂をすればね」
その言葉に振り返れば、杖を握った母さんがリビングに入ってきたところだった。
「あらリオン、ゆっくり眠れたかしら?」
「まぁ、それなりにね」
しもべの首が飾られてるのは悪趣味だけど、と溢せば苦笑いされた。
「リオン。朝食が出来たからロンとハーマイオニーを呼んできてくれるかしら?」
「分かった」
その後、それぞれの部屋に赴いて起こしたロンとハーマイオニーを連れてリビングに向かうと用事から戻ってきていたリーマスとシリウスが座っていた。
そうして全員が席に着き、朝食を胃に納めていると暖炉に緑の炎が立ち上り、そこから父さんが姿を現した。
「あらレックス。お帰りなさい、早かったのね」
「あぁ、まぁね───皆もおはよう」
パタパタと駆け寄る母さんに微笑み、俺達に挨拶を送る父さんの顔は、どこか疲れたような雰囲気を纏っていた。
「まったく……あのマンダンガスのクソ野郎……」
「マンダンガス……? 何かあったのかい?」
席に着いた父さんが溢した言葉にリーマスが反応する。無意識に溢れた言葉だったのか父さんは気まずそうな表情を浮かべた後、「実は──」と語り出した。
───ハリーの下にディメンターが送り込まれたらしい。
その後、誰も居ない部屋で一人、レックスは煙草に火を付けて煙を肺に満たした。
「煙草を吸うようになったとは意外だな」
レックス以外に居ないはずの部屋に新たな声が響く。扉を開けて隣に座った影に目をやり、レックスは煙草を灰皿に押し付けた。
「構わず吸っていいんだぞ?」
「まだ十五の息子の体に悪影響が出たら悪いだろう」
「それもそうか」
クスクスと楽しげに笑う姿にレックスは溜め息を吐く。そして、改めてその姿を見下ろした。
「それで? わざわざ出てきて何の用だ父さん」
レックスはリオンの体を使って表に出てきたエドワードに顔を寄せる。近い近いとその顔を押し返し、エドワードはコホンと咳払いする。
「何、可愛い可愛い一人息子の成長した姿を直に見ておきたくてね」
「それだけならわざわざ出てこないでくれよ……リオンに何かあったらどうすんだ」
「これくらいならまったく問題は無いし、リオンに許可は取った」
「根回しは十分か……」
こういう人だったなとレックスは頭を抱えた。誤って洗濯機を壊しては怒られ、ユスティアに内緒で二人で高いご飯を食べに行ったり、ユスティアをからかったかと思えば愛を囁く。不思議と掴み所のない人だった。
「久しぶりだから父さんがこんなだって忘れてたよ」
「おいおい実の父親だぞ? 忘れてもらっちゃ困る」
「年月は人を変えるんだよ父さん」
「よく言う」
互いに穏やかに微笑む。もう二度と話すことは出来ないだろうと思っていたが、こんなことが起きるとは。
「……父さんは」
「ん?」
「父さんはまだ、ヴォルデモートの事を友達と言えるか?」
「────」
不意に放たれた言葉にエドワードが硬直する。その言葉を汲み取る前に、レックスが続けた。
「奴は父さんと母さんを殺した。自ら誤った道を進んで、なのにリオンに父さんの影を見てる」
「……そうだな。もうその時期は終わってしまった。けど、アイツを止められなかった俺にも友と呼ぶ資格は無いだろう」
「……止められていたら友と呼んだと?」
「さぁな」
おどけたような顔ではぐらかす父にレックスは眉を寄せる。それを見たエドワードはカラカラと笑い、レックスの頭に手を乗せた。
「……もう四十近いぞ私は」
「俺からすればまだ十六の子供で止まってるよ」
「答えに困る事を言う……」
レックスは溜め息を吐きつつも、頭を撫でられるその顔は綻んでいた。
それを見たエドワードも優しい笑みを向けて我が子を見る。
「とにかく! あんまりリオンの体を酷使しすぎないでくれよ」
「分かってるとも」
いい加減恥ずかしくなったのかエドワードの手を払ったレックスが詰め寄り、エドワードも静かに頷いた。
◆ ◆ ◆
「……それで、君達は僕がダーズリー家に閉じ込められてる間にのうのうと過ごしてたんだ?」
破裂寸前の水風船の如く怒りを抑え込もうとして失敗しているハリーは冷ややかな視線を三人に向ける。
ロンとハーマイオニーにひしと抱き着かれたリオンは鬱陶しそうな顔をしつつも、ハリーを見つめ返す。
よほどストレスが溜まっているのだろう、いつも以上にグシャグシャな髪に立ち振舞いからも苛立ちが見て取れる。
「大嫌いな叔父叔母の家に缶詰めだった状況は理解するが、今の魔法界がどれ程危ないかなんて分かってるだろう」
「誰がヴォルデモートの復活を見た? 誰が賢者の石を守った、誰がバジリスクを───」
こりゃ駄目だとリオンは静かに息を吐く。よほど堪えたのかいつもの何倍にも荒っぽい友人に対応するため、未だに引っ付いているロンとハーマイオニーを引き剥がす。
「苦渋の決断だ。ヴォルデモートの狙いはお前で、そんなお前を無暗に外に出したらどんな被害が起きるか……」
「だったら今回みたいに僕を護衛してくれれば良かったじゃないか!!」
「その案は確かに出ていたがリスクが大きかった。お前を安全に護衛しきるだけの人員を揃えるのだって難しかったのに病み上がりのマッドアイが名乗りを挙げてくれたんだ───いい加減大人になれよ。我欲を押し通して喚くだけの子供じゃないだろうが」
ハリーがドサリとベッドに腰掛け、頭を掻き毟る。その姿を見下ろしてリオンは告げた。
「ダンブルドアも、皆もお前を守るために骨を折ったんだ。好き勝手に喚くだけ喚いて迷惑かけてんじゃねぇ」
それだけ言うとリオンは大きく息を吐いて「悪い。冷静じゃなかった」と謝罪した。
「……僕の方こそごめん。ロンとハーマイオニーも」
沈んだ様子で謝るハリーに二人が寄り添う。リオンは「水でも持ってこよう」とだけ言って部屋を出ていった。
「……穢れた血と関わるなど、嘆かわしい……」
廊下を歩くリオンの耳にそんな声が届く。目を向ければ、汚れて年老いたしもべ妖精がリオンを見つめていた。
「何度も言うけど、その“穢れた血”を俺の前で言うなよクリーチャー」
しもべ──ブラック家に仕えるクリーチャーにリオンは釘を刺す。このしもべは純血思想の持ち主でハーマイオニーの事を穢れた血と蔑み、半純血のハリーのことさえ嫌っているのだ。
「坊っちゃんの為にクリーチャーは申しておるのです」
「ありがた迷惑だ。それに俺はブラック家じゃないぞ」
「坊っちゃんはルクレティア様の血を継いでおられます」
「それなら祖母にブラック家がいるロンだって“坊っちゃん”の対象だろう」
そう言えばクリーチャーは顔を逸らした。一般的なしもべと違って随分と陰気な奴だなとリオンはこの数日で理解していた。
『一杯食わされたなクリーチャー。下がっていろ』
そんな時に肖像画から声が聞こえる。クリーチャーが肖像画に礼をして姿を消すと、リオンもその肖像画を見た。
『アレは愚息の件もあって気が立っているのさ』
「なら抑えておいてくれると助かるのですがねオリオン様」
肖像画の人物───シリウスの父親でブラック家当主でもあったオリオン・ブラックにリオンは吐き捨てる。
それを聞いたオリオンは愉快げに笑うと、その何もかもを見透かさんばかりの灰色の目でリオンを眺める。
『なるほどなるほど……見れば見るほどアーデル先輩にソックリだ』
「……そう言えば祖父の直接の後輩に当たるんでしたっけ」
『そうだね……ふふ、しかしまぁ、ヴォルデモートは悉くアーデルに嫌われているね』
心底可笑しくてたまらないとばかりに笑うオリオンをリオンは黙って見ていたが、やがて一つの疑問を口にした。
「ブラック家は純血主義の筈ですが……ヴォルデモートに賛同しなかったんですか?」
『我々を差し置いて帝王と名乗る者に従うとでも?』
「……理解しました」
聞けば、第一次魔法戦争時のブラック家はヴォルデモートを支持するか否かで割れたそうだ。
と言っても支持したのはごく一部の者だけで、否を唱えた者達も戦わず沈黙を通したそうだが。
『それに、ヴォルデモートは純血主義を唱えておきながら敵対した魔法使いを──それこそ純血名家であってもだが──殺して回った。純血主義の本当の意味を履き違えて捉えている愚か者でしかない』
「と言うと?」
『純血主義はマグルから身を隠し、魔法族の血を絶すことなく未来へと繋げるためにあるものだ。マグル生まれの魔法使いだからと言って排斥する理由にはならない』
マグル生まれにはマグル生まれなりの価値がある。
そう言ってオリオンは微笑む。その目にはマグル生まれを庇護する優しさは無かったが、根絶しようとする剣呑さも無かった。ただ魔法族の繁栄のために使うという意思があった。
「監督生になる気はないかの?」
「……本気で言ってます?」
夏休みも終盤。イギリス全土が猛暑のこの日にダンブルドアから「お茶でもしにおいで」と誘われて、ホグワーツの校長室を訪れた。
そして開口一番放たれたダンブルドアの提案に、膝上で甘えてくるフォークスを撫でながら目を丸くした。
「監督生になれば色々と自由に動けるかと思っての」
「……ハリーが裁判に掛けられるこの日に何の用かと思ってましたけど……」
心配する素振りくらい見せてやったらどうですか。
そう言えば目の前の老人は顎髭を撫でて微笑んだ。心配する必要はないのか、それとも単に興味が無いのか。
「魅力的な提案ですがお断りしますよ」
「良いのかの?」
「逆に監督生になると色々気を付けなきゃいけないじゃないですか。唯でさえハリーの方にも気を配らなきゃいけないのに監督生なんて任された日には過労で倒れますよ」
学年末にダンブルドアが告げたハリーとヴォルデモートの繋がり。それに気を付けなければならないのに監督生になって自寮の方も任されるとなれば動ける時に動けなくなる可能性が高いのだ。
「そういうわけですから諦めてくださいね」
「仕方無いのう……」
ダンブルドアはゆるく息を吐くとソファから立ち上がって一枚の写真を俺に見せてくる。
受け取り、その顔を見た瞬間にドン引きした。
「……これ誰ですか?」
「ドローレス・ジェーン・アンブリッジ。次の闇の魔術に対する防衛術の座学担当教授にして査問官じゃよ」
「大丈夫なんですか……?」
俺の反応は予想していたのかダンブルドアが当時の成績表を見せてくる。座学はまぁ優秀な方だが実践は下の上。実技は別の人物が担当するそうなので安心だが、もしこれがアンブリッジ一人だけだったらほぼ全ての防衛術の授業内容が座学に染まることは想像に難くなかった。
「魔法省はなんだってこんな奴を教師に?」
「理事会が押し通したようじゃよ。この決定に対して大臣は口を挟めんからのう」
「……じゃあ実技を担当してくれる先生に期待するしかないですね」
「おぉ。実技に関しては安心してくれて良いとも。とても優秀な人がやって来るからの」
ダンブルドアが朗らかに笑い、あのダンブルドアにそこまで言わせるのがどんな人物なのか気になった俺は思い切って聞いてみることにした。
「一体誰なんですかその人? そこまで言われたら気になるんですけど」
「彼はスリザリンの卒業生での。この前までアメリカに居ったのじゃがこの度の要請でこちらに戻ってくることになった……とても優秀での。スリザリンの首席だった子じゃ」
「スリザリンの……その人の名前は?」
ダンブルドアのライトブルーの目が輝く。そこまでお膳立てされて期待が無いというのは嘘だろう。
「アレフ・サロウと言っての。彼の曾祖父がわしがホグワーツに入学してきた時に良くしてくれた先輩の一人なんじゃよ」