【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
「……で。いい加減飽きましたか先輩方?」
ホグワーツの空き教室。そこでスリザリン生が三人床に伸びていた。三人ともが六年生であり、謂わば物事の分別を理解するべき年頃であった。
そしてそんな三人を冷ややかに見下ろす少年──リオン・アーデルは呆れたように溜め息を吐いて三人の内の一人の顔面の横にドラゴン革で出来た靴を差し出すと勢い良く床に打ち付けた。
その衝撃で床に罅が入り、三人が短く悲鳴を挙げる。
「俺が何で怒ってるのかは良くお分かりでしょう? こちらの常識を良く知らないマグル生まれの一年生の子に“穢れた血”などと……スリザリンは陰湿だなんだと良く言われていますが誇り高くあるべきだと俺は思っています。野心も狡猾さも、スリザリン生にとって大きな武器だ。
しかし、誇り高くあるべきスリザリン生が侮蔑の言葉を吐くなど下衆にも劣る行いだ。あなた方の愚かで浅はかな行いのせいでスリザリンの悪評が広まるんですよ」
「……こ、この……お前こそスリザリンに相応しくないくせに……!」
僅かに身じろいだ一人がリオンを罵るが、それを聞いた本人は鼻を鳴らすと嘲笑を浮かべて眼下の三人を見た。
「そういえば先輩方は俺のことも気に入らないから力の差を分からせようと
普段の彼からは想像もつかないほどに馬鹿にした声で三人を嘲笑ったリオンは、空き教室の扉が開く音で視線をそちらに向けた。
「一年生の子達に懇願されて来てみたけど……これはどういう状況だ?」
「あぁ、サロウ先生。こんにちは」
教室にやって来たは良いものの、当の一年生達に暴言を吐いたという三人が床に倒れているのを見て困惑の表情を浮かべたアレフ・サロウにリオンが笑みを浮かべて挨拶する。
「アーデル? ……なるほど。そういうことか」
思わぬ人物がこの場に居たことにアレフは目を丸くしたもののすぐに状況を理解した。
「一年生達に話を聞いたが彼らは“穢れた血”と言ったんだな?」
「はい。それを見て止めに入ったんですけど、どうやら俺のことも気に食わなかったらしくてここに連れ込まれたんですよ。それで呪文を撃ってきたんで応戦したんですけどこれは正当防衛ですよね?」
「少々やり過ぎな気もするが……まぁ六年生が三人がかりで五年生を襲ったなら正当防衛としては通るだろ。鎮圧しなければ襲われる可能性があったとか言っておけば納得するんじゃないかな」
有無を言わせぬ口調で語るリオンにアレフは軽く咎めながらもそれ以上追及してくることはなかった。
アレフにしても、いくらマグル生まれが気に入らないからといって“穢れた血”と呼ぶことは良い感情を抱けなかった。
「とりあえずこの三人はスネイプのところに送って判断を任せよう。アーデルは一年生の子達のところに行ってあげてくれ。君をかなり心配していたからな」
「分かりました」
杖から紐を引っ張り出して三人を縛り上げるアレフに頭を下げてからリオンは教室を出た。
「「先輩!!」」
教室を出てすぐ、リオンを呼び止める声が聞こえる。振り向けばグリフィンドール生の男の子とハッフルパフ生の女の子が走り寄ってきた。
この二人こそ馬鹿な六年生に傷つけられた一年生だった。
「あぁ。二人とも大丈夫か? ごめんな早く気付けなくて……」
「ぼ、僕達は大丈夫です! でも、先輩は大丈夫ですか? 僕らのせいで怪我とか……」
しゃがみ込んで二人に目線を合わせて問い掛けるリオンに二人は首を横に振り、逆にリオンを心配してくる。
一瞬呆気に取られたリオンだったが、小さく笑うと二人の頭をワシャワシャと少し乱暴に撫でた。
「なぁに、安心しろ。俺は強いからな。そんじょそこらの奴には負けないさ……それにしてもグリフィンドールの君は彼女の為にアイツらに立ち向かったんだろ? 六年生相手に怖かっただろうに……その勇敢さを見ればゴドリック・グリフィンドールも君を称えただろう。
それにハッフルパフの君も。アイツらになにか言われても耐えて、この子が危なくなったら庇おうとしただろ? その忍耐と優しさこそヘルガ・ハッフルパフが自身の生徒に求めたことだ。決してその優しさを失くしちゃいけないぞ」
褒められたことが嬉しかったのか二人の一年生は笑い合うとリオンにキラキラとした瞳を向ける。
「え、えっと……? どうしたんだ……?」
「あ、あの! 僕、先輩みたいな格好いい大人になりたいです!!」
「……へ?」
あまりの純粋な眼差しに困惑しながらリオンが訊ねると、グリフィンドールの一年生が必死にそう伝えてくる。
これにはリオンも驚いた。何故って自分はスリザリンだ。この子達を“穢れた血”などと呼んだ愚か者達と同じ寮なのだ。なのに何故尊敬されるのかが今一つリオンには分からなかった。
「あーっと……憧れてくれるのは嬉しいけど、俺はスリザリンだぞ? こういうのもなんだが他の三寮とは距離を置いてるし、悲しいけどさっきみたいな奴らが多いのがスリザリンだ。特にグリフィンドールとは険悪だし俺と関わると君達にも被害が行くかもしれない。それにグリフィンドールならハリーがいるから憧れるならそっちにしておきな。だから───」
「そんなこと関係無いです!!!」
少年の叫びがリオンの鼓膜を貫く。そのあまりに真摯な言葉に“あぁ、グリフィンドールに選ばれる訳だ”と深く納得した。
「僕──先輩が守ってくれそうだからとか、強いからとかで先輩に憧れてる訳じゃありません!! ……いや、強いからっていうのはちょっと思いましたけど……でも、僕は先輩だから憧れたんです!!」
「……参ったな……」
頬を掻く。ここまで言われて止めておけと言えるほど、リオンは人でなしになれなかった。
「はぁ……そこまで言うなら良いよ。でも、今は危ない時期だからさっきみたいな奴らとは極力関わらないこと。いいか?」
「はい!」
「よし、良い返事だ」
目一杯笑顔を浮かべる少年の頭をリオンの手が優しく蹂躙する。それが嬉しいのかさらに笑みを深めた少年を、横にいた少女が優しく眺めていた。
「……あ。そうだ、まだ二人の名前を聞いてなかったな。俺はリオン。リオン・アーデルだ。好きなように呼んでくれて構わない」
「ぼ、僕エリオット・ラフォードって言います! よろしくお願いしますリオン先輩!」
「私はイリス・ローレライです。よろしくお願いしますねリオン先輩! ちなみに、エリオ君とは幼馴染みなんですよ」
「幼馴染みか。仲が良くて良いことだ。よろしくな。エリオ、イリス」
二人の少年少女と握手を交わし、リオンは淡く微笑んだ。
(……まぁ、こんな可愛げのある後輩が居たっていいよな)
案外自分も二人に慕われることに乗り気なのだと心の中で気付き、スリザリン寮に戻った後「なんかリオンがご機嫌だ」と知人の間で噂になるのだが、この時の本人はそんなことを知る由も無かった。
◆ ◆ ◆
もう季節も深まり、十月を迎えた。その間もアンブリッジによる授業の審査は行われ、その度に生徒達のアンブリッジに対するヘイトは深まっていった。
何が凄いってあの横に太い図体の癖して俊敏に動くのだ。ピンク色の大玉転がしのようなその様は実に愉快だった。
もしもネットが使えたなら拡散してやりたいくらいには俺もあのガマガエルには苛ついているのだ。
「酷いもんだよ」
ホグワーツのある一室で俺は様々な治癒効果のある薬品を混ぜ込んだ大鍋にハリーの腕を浸しながら、嫌悪感を滲ませてそう吐き捨てた。
ダンブルドアからハリーとの接触は最低限にするようにと言われていたが、“これ”を見てしまっては放っておく気にもなれなかった。
「“私は嘘をついてはいけない”……ハッ! 妄言甚だしい。そもそもセルウィンの血筋と詐称しているガマガエルの女王がこんなことを刻み付けられる立場だと思っているとはな」
薬品に浸されたハリーの腕には“私は嘘をついてはいけない”という文字が、まるで刺繍のような形で血の跡を残して刻まれていた。
「僕は負けないぞ」
「意地を張るなよ。あんな奴に対抗したって虚しくなるだけだ……それに、お前の腕をこんな風にした羽根ペンは多分闇の魔法具の類いだろうな。あの気色悪い少女趣味のクソババアが……」
変なところで負けず嫌いを発症して躍起になっているハリーを宥め、今頃ウスノロな図体を俊敏に動かして校内を歩いているのだろうガマガエルに呪詛を吐く。
あんな奴が校内を彷徨くなど視界に入れた瞬間に頭の中をオブリビエイトしたいくらいに不愉快な事だ。
「……二人とも良いかしら?」
と、そんな俺達の成り行きを見守っていたハーマイオニーが恐る恐ると言った様子で話し掛けてくる。
なんだと顔を向ければ、彼女はやや躊躇いがちに口を開いた。
「その……アンブリッジのせいでマトモに授業を受けられていないでしょう? 私達は『ふくろう』も近いのに、いつも端でペンを走らせる音がしてるんじゃ気が散ってしょうがないわ!!」
「マジで分かる」
後半は思い出したのか熱が入ったように語るハーマイオニーに俺は心の底から同意した。
あのガマガエルと来たら何かにつけて授業の時に先生方の審査と言っては羽根ペンを走らせるので授業に集中出来ないのだ。こちとらO.W.L.試験が近いというのに、これでは科目を落とす生徒が増えるかもしれない。
「だから必要なのよ。私達には真面な先生が」
「……防衛術はサロウ先生がいるじゃないか」
そう締めくくったハーマイオニーに水を差すようにハリーが呟く。
そんなハリーをロンとハーマイオニーは訝しげな顔で見つめる。かくいう俺もハリーの態度に眉をひそめた。
(……随分と気が短くなってるな……)
ハリーも十五歳だ。思春期という事もあるかもしれないが、俺としてはもう一つの可能性も考慮していた。
即ち、ハリーとヴォルデモートとの間にある“繋がり”がハリーに影響を及ぼしているのではないかということだ。
確証はない。だが、魂だけで存在し続けたヴォルデモートの事だ。ハリーの血を介して既に何かしらの干渉をしてきても可笑しくはない筈。
もしこれが当たっているならダンブルドアの懸念が正しいということになる。ヴォルデモートが干渉してきたとして、それを防げなければハリーの精神に悪影響が生じるのは明白だった。
「だからね、先生を頼みたいのよ。ハリーとリオンに」
ハーマイオニーから飛び出た言葉に、思考を中断してそちらの方を向いた。ハリーも驚きで目を丸くしている。
「私達の中で最も実戦経験が豊富で、かつ他の生徒に教えられる人と言ったら貴方達しかいないのよ」
「いいんじゃないハーマイオニー」
ハーマイオニーとロンの意見が揃うとは珍しい事もあるもんだと薄く笑う。
しかし、ハリーはそんな二人に頭を被ってついさっきも口にしたことを告げた。
「防衛術はサロウ先生かいるだろ」
「いーえ。防衛術だけじゃないわ。その他の魔法についても学ぶべきよ。『例のあの人』が戻ってきて、私達の身が危険に晒されるかもしれないなら尚更ね」
「……抵抗するつもりか? 死喰い人に」
「そりゃそうさ。誰だって死にたくないよ」
俺の言葉にロンがあっけらかんと返す。ハーマイオニーも同様に目に強い光を宿していた。
「……何も自ら死地に向かうこともないだろう」
「私達はずっとハリーと居たわ。なら死喰い人が私達を狙わないとも限らない。それにホグワーツだって襲われるかもしれないわ」
唇を噛む。ハーマイオニーは本気だ。本気で死喰い人と戦おうとしている。その為にというわけではないかもしれないが、とりあえずアンブリッジの邪魔が入らないように魔法を学びたいのだ。
「来週の休日はホグズミード休暇だわ。そこで関心のある人を集めて、集会を開こうと思うの。だから二人とも是非参加してちょうだい」
「ハリーはともかく、俺はスリザリンだってこと忘れてないよな?」
「あら。そんなの気にしないわ。なんなら貴方が信頼するスリザリン生を何人か連れてきて良いわよ。貴方の人選なら信頼できるもの」
ハーマイオニーの言葉に溜め息を吐く。これは何を言っても無駄だろう。
だが、スリザリン生を何人か連れていったとしても他の生徒が黙っていない可能性もある。未だスリザリンと他の三寮の確執は根深い。それにスリザリンは基本的に身内には優しいがその他の人間に関しては無関心な奴らが大半だ。
会合について知らせるのは得策とは言えない……言えないのだが、このままアンブリッジの邪魔が入る中で成績が落ちかねない授業を受けるよりはマシなのではないかと考えているのも事実だった。
◆ ◆ ◆
そんな話し合いから三日が経ち、ハリー達が会合に向けて動いている頃、俺はとある目的のためにある人物を訪ねていた。
「こんにちはミスター・アーデル。さぁ、そこにお掛けなさいな」
「ありがとうございます」
甘ったるい声にほんの僅かに顔をしかめつつ、用意された椅子に腰掛ける。
会合も大事だが、俺にとってはこちらも大事な事だ。
壁には猫が描かれた小皿が所狭しと並べられ、テーブルと椅子は白、テーブルクロスにはフリルがあしらわれ、カーテンも床も天井も壁も至るところにピンクが施された少女趣味全開の部屋。
これがまだ年端も行かない少女なら微笑ましく、そして可愛らしいで済んだだろう。しかしこの部屋の主は既に三十を越え、立派な大人なのだ。いや、コイツが立派な大人かと言われたらそんなことは無いのだろうが。
「……それで、ミスター・アーデルが私に用とは一体何でしょうか?」
目の前の女───アンブリッジが見た目だけは華やかな、しかし実際は安物の茶器に紅茶を注いで俺の目の前に差し出す。
その時の品の無さと言ったらもう、母さんが見れば激怒しそうな駄目さだ。
「今回は貴重なお時間を“僕”の為に消費してくださり誠にありがとうございます」
「まぁまぁ。構いませんわ。貴方のような子供の相談に乗ることこそ教師の本懐なのだから」
その割には態度の落差が激しいけどな。
口に出しそうになって、寸前で飲み込む。危ない危ない、ここでボロを出すわけには行かないのだ。
「その、先生は僕の生まれについてご存知ですよね。アーデル家の息子の僕がスリザリンに組分けされたことが気に食わない人達が居て、それで暴行を受けたこともあるんですが……」
悲しそうに目を伏せ、溜め息を吐けば目の前のガマガエルは「まぁ可哀想に……」と目元をハンカチで拭う仕草をする。チョロい奴め。
「貴方のお母様はたしかプルウエット家とブラック家のご息女だったかしら。私もセルウィン家の女だから助けられたら良かったのだけど……」
「……それはそれは」
息を吐くように嘘を重ねる姿に腸が煮え繰り返そうになる。そもそもお前はセルウィンの血筋じゃないし、母さんだってお前みたいな奴に守られるほど弱くないぞ馬鹿が。
溢れそうになる激情を何とか抑え込み、アンブリッジを見つめる。
「それで一つ提案があるんですけど……」
「あら。何かしら」
気色悪い笑みを浮かべるアンブリッジに、俺はあたかも哀れな子供のように告げた。
「僕を先生の傍に置いてくれないでしょうか?」
覚悟しろよガマガエル。その本性を白日の下に晒して地獄に叩き落としてやる。
その為ならお前に取り入るくらいしてやるよ。