【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
グリーングラス家での昼食を終え、専用に用意された部屋にやって来たリオンは自身の運び込まれた荷物の他に、スーツが一着用意されているのに気付いた。
「母さんが……いつの間に……」
同封されていた手紙を読んでこれを送ってきたのが母だと気付いたリオンは、一体どのようにしてここに服を運んだのかと疑問に感じた。
とりあえずスーツは立て掛けておき、リオンはパーティー開始の時間となるまでゆっくりすることに決めた。
フカフカのベッドにゴロンと転がり、その心地よさから来る眠気に身を委ねた。
そしてあっという間に空が暗くなり、パーティーが始まるまであと僅かといったところになった。
手早くスーツに着替え、胸に杖を押し当てて剣と杖が交差したアーデル家の家紋を刺繍する。
そして身だしなみに問題が無いことを確認していると部屋の扉がノックされた。
「リオン様。もう間もなくパーティーの開始時刻となります。ご準備は出来ておられますか?」
「はい、出来てます」
「分かりました。それでは階段を降りてエントランスにお越しください」
扉の向こうからリオンに声を掛けてきたアンテリアの気配が遠のき、しばらくして階段を降りていく音が聞こえる。リオンはさっさと確認を済ませて後に続くように階段を降りてエントランスへと向かった。
「あぁ。来たわねリオン」
「遅れたか?」
「いや、ピッタリだとも」
エントランスに降りたリオンに気付いたダフネが声を掛け、他の三人もリオンに視線を向ける。
そして合流したリオンを伴い、アンテリアも含めた六人はグリーングラス邸のエントランスにある大きな暖炉に近付くと、ルデアがフルーパウダーを投げ込む。
「では私とルナマリアが先に。皆は後に続いてくれ」
「えぇ」
「分かりました」
ルデアとルナマリアが暖炉に踏み入れ、エメラルドの炎に包まれる。その後に続いてアンテリアとアストリアが、最後にリオンとダフネが煙突飛行を使用した。
◆ ◆ ◆
「大勢だな……」
「グリーングラスの者以外にも招待した客がいるもの」
煙突飛行を使ってグリーングラスが所有する別邸へとやって来たリオンはパーティー会場にいる人の多さに目を丸くした。
豪華な内装に丸テーブルの上にはこれまた豪勢な食事の数々。そして辺りにはスーツやドレスに身を包んだ紳士淑女の方々。
あまりにも自分は場違いではないかとリオンは心の中で苦笑した。
「どうせまた益体もないことで落ち込んでいるのでしょう?」
「……分かりやすいか?」
「えぇ。とっても」
そこが可愛いのだけど。クスクスと笑って、ダフネはリオンの手を取るとスタスタと歩いていく。
手頃なドリンクを手に取った二人は壇上にルデアが上がったのを見てそちらに視線を向けた。
「皆様。本日は我がグリーングラス主催のパーティーにお越しいただき誠にありがとうございます───」
ルデアが良く通る声で演説するのを聞きながら、リオンはふと辺りを見回した。
「……どうしたの?」
「いや、何だか見られているような感じが……」
「私と一緒にいる見知らぬ男性の事が気になってるんじゃないかしら。主催者の娘が男を連れてきたなんて注目の的になるもの」
そういうもんだろうか。リオンは些か疑問に感じたものの、それ以上深く考えることはせずに頭の中から追い出した。
丁度演説も終わったようで、皆が思い思いに料理に手をつけたりルデアとルナマリアに話し掛けたりと自由に動き出した。
「ダフネ。俺達も「あぁやはり。君の横に男子がいるのは見間違いではなかったか」……ん?」
ダフネと共に料理でも食べようと思っていたリオンの耳に声が聞こえる。声のした方に目線を合わせれば、そこにはスーツを着た初老の男性とまだ幼い少女が笑顔で近付いてくるところだった。
「久しぶりだなダフネ。元気そうで何よりだよ」
「ギャレスおじ様もお変わりないようで何よりですわ。セレウスも、久しぶりね」
「ダフネお姉さま、お久しぶりです!」
「……知り合いか?」
二人と仲良さげに話すダフネを見て、何かしら近しい人物かと考えたリオン。そんなリオンの考えを読み取ったのか、ダフネがやって来た二人を紹介する。
「紹介するわねリオン。この人達はグリーングラスの分家当主のギャレス・グリーングラス様とその一人娘のセレウス。二人とも、彼はリオン・アーデルと言って私の好い人なんです」
「ほう。君が噂の……初めまして。ギャレス・グリーングラスだ。話はルデアから聞いているよ」
「(噂……?)えっと、初めましてギャレスさん。リオン・アーデルと言います」
リオンはギャレスの言う噂とやらが気になったものの、口には出さずそのまま握手を交わす。
そのままの流れでセレウスにも挨拶しようとしたのだが、何故かセレウスはギャレスの後ろに隠れてしまった。
「こらセレウス。挨拶しないか」
「セレウス大丈夫よ? 彼は優しい人だから」
「……むー……」
ギャレスとダフネが説得してみてもセレウスはリオンを睨むばかり。これにはリオンも困り顔。
どうしたものかと考えていると、リオンから目線を逸らしたセレウスがダフネのドレスの裾を掴んで話し掛けた。
「お姉さま。どうしてドラコ様じゃないの?」
「……え?」
「私、お姉さまの恋人になるならドラコ様だと思ってたのに……」
「セレウス!」
セレウスの発言にダフネが固まる。思ってもなかった言葉を掛けられたからかその目は大きく見開かれていた。
そしてギャレスがそんなセレウスを一喝するが、当の本人はリオンを睨み付けた後、プイッと顔を背けてしまった。
「リオン君、娘がすまないね。後で良く言い聞かせておくから……」
「大丈夫です。俺は気にしてませんよ。それより──」
言葉を切ったリオンはチラリとダフネに目をやると、屈んでセレウスと目線の高さを合わせる。
「セレウスは俺の事が嫌いかい?」
「……ッ! 嫌いよ! なんでアンタみたいなのがお姉さまの……!」
リオンを睨み付け、目に涙の膜を張ったセレウスは言葉に詰まり、ギャレスに顔を埋めてしまった。
「お姉さまは、お姉さまは嫌じゃないんですか…? ドラコ様ならダフネお姉さまを幸せに……」
「いいえセレウス。私はたとえドラコと一緒になったとしても長くは続かなかったでしょうね」
震える声でダフネに聞くセレウスにダフネは目線を合わせて答える。その顔には「しょうがないなぁ」とでも言いたそうに笑みが浮かんでいた。
「確かにドラコとは付き合いが長いけど、でもそれだけなの。もし彼と一緒になるのなら私じゃなくてアストリアの方が可能性は高いわ」
「で、でもダフネお姉さまはドラコ様から告白されたって……」
「……え、待って誰が言ったのそれ? あ……と、とにかく! それはドラコの両親が奨めてきた縁談だけどしっかり断ったの。だからリオン、そんな不機嫌そうな顔をしないで?」
「してないが? 嫉妬とかこれっぽっちも無いが?」
途中セレウスが言った内容に驚いたダフネだが、なんとか話を逸らす。そしてドラコとの話を聞いて不機嫌そうな顔になったリオンに慈愛の目を向けた。
「だからね? セレウス。良ければリオンと仲良くしてあげて。この人は優しいし可愛い人だから、貴方を嫌うことなんてないわ」
「うっ……」
「なぁ、可愛いは余計じゃないか?」
ダフネの発言に思わず突っ込むリオンだが、そんな発言はさらりと無視された。
そしてダフネの言葉を受けたセレウスは顔を歪ませつつも、先程よりは柔らかげな雰囲気でリオンの下にやって来ると右手を差し出した。
「……セレウス・グリーングラスよ。言っとくけど、仲良くするのはダフネお姉さまとお父様に言われて仕方無くだから! 勘違いしないでよね!」
「それでも嬉しいよ。宜しくな」
「……フンッ!」
手を握り返して柔らかく笑むリオンにやはり不機嫌そうにそっぽを向いたセレウスだったが、口元にはしっかり笑みが浮かんでいた。
「じゃ、じゃあお姉さま。私達アストリアのところに行きますね! 行きましょうお父様!」
「分かった。それでは二人とも、パーティーを楽しんでくれ」
「えぇ。それじゃあね二人とも」
「またお会いしましょう」
ギャレスとセレウスがアストリアの下に歩いていくのを見送る。なんだか面白い二人だったなぁとリオンが考えていると、ギャレス達と入れ違うように一人の男性がこちらに歩いてくるのが見えた。
(話が終わるのを待ってたのか。律儀な人だなぁ)
やってくる男性を見たリオンはわざわざ二人が立ち去ったタイミングに合わせて会いに来たことに好感を抱く。
その男性は金髪を綺麗に撫で上げ、紺色のスーツがビシッと決まった美青年と言える容姿に空色の瞳が良く映えていた。
リオンは、その青年にどこか既視感を覚えた。
「やぁダフネ。久しぶりだね」
「……お久しぶりですリアムさん」
笑顔のリアムと呼ばれた青年と対照的に、ダフネは心底嫌そうな顔を隠すことなく形だけの挨拶で応答した。
それに驚いたのはリオンだ。えのダフネがここまで嫌そうな顔をするとは思ってもいなかったからだ。
しかしリアムはそれに気付いていないのか、笑顔を崩すことなく話を続けた。
「一年ぶりくらいかな? 今日のドレスもとても綺麗だ」
「ありがとうございます。お話はそれだけでしょうか」
「連れないな、久しぶりの再会なんだ。話題に花を咲かせようじゃないか」
「貴方と話すことなどありません。それに今日は“私の”パートナーも一緒なので尚更です」
その言葉にようやくリアムの目がリオンを向いた。その目には隠し切れない憎悪が浮かんでおり、当のリオンは『はて、この人に何かしたかな』と困惑していた。
「……リオン、貴方覚えてないの?」
「え、俺の知ってる人なのか?」
リオンが純粋な疑問を吐き出すとダフネがリアムに冷たい笑みを見せ、リアムは持っていたワイングラスをさらに強く握った。
「本当に覚えてないのね……まぁこんな人のことを覚えていても意味無いもの。ほら、去年のクリスマスダンスパーティーの時に私に言い寄ってきた人。この人よ」
「───あぁ! そういえば居たなそんな人」
合点がいったのかスッキリした表情になったリオンは改めてリアムに向き直る。リアムを見る目に、一瞬にして剣呑な色が宿る。
「あの時手酷くフラれた貴方が何の用ですか? 『次はないぞ』と言っておいた筈ですが?」
「あぁ言っていたねそんな事。でも君はまだホグワーツ以外で魔法を使えないだろ? そんな君が僕をどうこうしようなんて笑えるね」
嘲笑するリアムに二人は変わらず冷たい目を向ける。そして軽く息を吐いたリオンが一歩踏み出して言い放った。
「もう一度言うぞ───俺の女だ。とっとと失せろ」
「……ッ!! 君ごときがダフネに相応しいわけないだろう!!」
地の底から響くような声で言い放ったリオンに、一歩後退したリアムだが負けじと言い返す。その顔はファイアウィスキーもビックリの赤色に染まっていた。
とまぁ、長くなったがこれが冒頭に至るまでの経緯だ。
「それに、君はアーデル家の出身の癖にスリザリンだそうだね? 没落した家の出であると共に家風にすら背くなんて実に愚かだ。それに引き換え僕は聖二十八一族たる“フォーリー家”の出だ。君のような奴とは生まれが違うのさ」
一通りリオンを嘲ったリアムはその手に持っていたワイングラスの中身をリオン目掛けてぶちまける。
リオンは避けることなくそれを受け、それを見たダフネが声を上げてリオンを引き寄せる。そしてそんな彼らの様子を見ていた人達の内の何人かが目に怒りを宿して三人の下に向かおうとしたが、それより早く一人の男がリアムの眼前に立ち塞がった。
「お前はいい加減黙れ」
男性が杖を振ってリアムに沈黙呪文と石化呪文を掛ける。
石化して床に音を立てて倒れたリアムには目もくれず、男性は二度杖を振ってリオンに付いたワインを拭き取り、服を乾かした。
「大丈夫だったかい? 弟がすまないね」
「いえ。俺は全然……それよりダフネは大丈夫か? 嫌な思いとかしてないか?」
「私より貴方でしょう!」
拭き取ってもらったことに頭を下げたリオンは、隣にいたダフネを心配したが凄まじい剣幕でダフネが怒ったことで口を閉ざした。
「貴方はいつもいつもいつも!! 自分の事なんて二の次で他人の心配をする! いい加減に自分の事にも関心を持ちなさい!!」
「え、えっと……はい……」
「うんうん。仲が良いね」
ダフネの剣幕にタジタジになるリオンを見て男性が笑みを浮かべる。
そんな男性にダフネが改めて頭を下げた。
「デイビッドさん。ありがとうございました」
「いやいや。身内が馬鹿なことをやらかしたから止めたまでさ。それにしてもダフネ嬢は素晴らしい人に巡り会えたね」
「えぇ。自慢の人です」
和やかに話す二人を見て『この人は大丈夫そうだ』とリオンは肩の力を抜いた。
そんなリオンにデイビッドと呼ばれた男性が向き直った。
「リオン君……で良いのかな? 改めて弟がすまないね。このクズは僕が責任を持って処断しよう」
「ならお願いしていいですかデイビッドさん」
「うん───それじゃ。パーティーを邪魔してすまないね」
浮遊呪文でリアムを浮かせて去っていくデイビッドを見届けたリオンの耳に新たな声が届いた。
「いやいや。あの馬鹿が次男で良かったと思うよ」
声のした方に向き直り、その姿を見たリオンは驚きのあまり硬直した。
「ミ、ミ……ミリセント・バグノールド大臣!?!?」
「おやおや。アンタみたいな若い奴が私の事を覚えてるなんて以外だね。もう大臣じゃないってのに」
目を剥いたリオンに、イギリス前魔法大臣『ミリセント・バグノールド』はニッと笑みを浮かべた。
隣のダフネは分かっていたかのように平然としていた。そもそもこのパーティーの主催者はグリーングラスであるので当然といえば当然だが。
そして、ミリセント・バグノールドと言えば1980年からの十年に渡り、戦争が終わって混乱の只中にあったイギリス魔法界を纏め上げた女傑。ヴォルデモートが凋落したその日に、『パーティーを楽しむ権利を奪うことは許さん』と発した事でも有名な人物だ。
「それにしてもさっきの啖呵は良かったよ。アンタみたいなのが魔法省に来てくれれば安泰ってもんさ」
「……買いかぶり過ぎてますよ」
「そうかい? アタシはそうは思わないけどねリオン・アーデル?」
バグノールドの称賛に謙遜するリオンだったが、バグノールドに名前を当てられて固まった。
「ハリー・ポッターの陰に隠れているけどね、アンタだって十分有名なんだよ。色んな意味でね。隠れようったってそうはいかない──アンタは間違い無く魔法界を変えるよ。アタシが保証する」
「……未来でも見てます?」
「“ソレ”は
ま、後はパーティーを楽しみな。それだけ言ってバグノールドは二人の下を去っていった。
「……あっという間に去ってったな」
「さすが前魔法大臣と言うべきかなんと言うべきか……判断に迷うわね……」
そんな会話をしつつ二人も料理に手を付け、やがてパーティーも終わりを迎えた。
◆ ◆ ◆
「あれ、ルデアさん起きてたんですか?」
「ん? あぁ、リオン君か。君こそどうしたんだい?」
「なんだか眠れなくて起きてきたんですよ」
パーティーが終わり、時間も深夜を迎えた頃。グリーングラス本邸に戻って部屋で寝ていたリオンは中々眠れず、そのまま一階へと降りたところで一人晩酌をしていたルデアと鉢合わせた。
「ファイアウィスキー──ルデアさん飲んでたんですか?」
「パーティーの時はあまり飲めなかったからね。飲み直しているのさ。折角だ、リオン君も何か飲むかい?」
「いや、俺は───じゃあお言葉に甘えて。バタービールお願いします」
ルデアが杖を振るとカップに並々とボトルに入ったバタービールが注がれる。
テーブル椅子に腰掛け、バタービールに口を付ける。互いに無言でしばらく飲んでいたが、ルデアが絞り出すように切り出した。
「パーティーの時、ダフネを守ってくれてありがとう」
「え? あぁ、いえそんな……むしろ皆さんに悪印象を与えていないか心配してますよ」
「そんなことはない。むしろあの娘を守ってくれる人が恋人で良かったと思っているよ」
やはり酔いが回っているのだろう。饒舌なルデアを見てリオンは苦笑いを浮かべる。
「君には話しておくべきかもしれないな」
「え?」
「我々グリーングラスが抱える秘密についてさ」
その発言にリオンの背筋がピンと張る。一体何が来るのかと身構えていると、ついにルデアが口を開いた。
「遥か昔、当時グリーングラス家の当主であった女性の下に一人の魔法使いがやって来て彼女に求婚した。彼女は噂になるほどの美貌を持っていたからそれを聞いてやって来たのだろう。
しかし彼女はその求婚を断った。彼女には婚約者が居たし、なによりその魔法使いの悪評を知っていたからだ。そして求婚を断られた魔法使いは激昂し、彼女に呪いを掛けた。その魔法使いは捕まったが掛けられた呪いは解かれることなく彼女を蝕み、やがて彼女は若くして亡くなった。
そしてその呪いはグリーングラスの血に強く焼き付き、魔法使いの執着を現すようにして女系のグリーングラスにその呪いが稀に発現するようになった」
「───まさか」
ルデアの話を聞いたリオンは顔を青くして目を見開く。その呪いに似た内容の呪いを本で読んだことがあるからだ。
「───そう。“血の呪い”と呼ばれるものだ」
「血の、呪い……グリーングラス家に?」
話し終えたルデアは長く息を吐き出し、リオンは顔を俯かせた。あまりにも衝撃的な事実に茫然とするしかなかった。
「女系に……それは、必ず発現するんですか?」
「いや。幸い、ここ数代発現した者は確認されていない」
「ならセレウスやアストリア……ダフネが発現するかは分からないんですね?」
「あぁ。もし、三十の歳になるまでに血の呪いの症状が現れなければ今後その女性に血の呪いが発現することはないらしい」
「三十歳……それが刻限」
もし三十歳になっても何もなければそれでいい。だが、もしそれまでに血の呪いが発現したなら──今の医療での治療は難しいだろう。
「……血の呪いには色々種類があると読んだことがあります。グリーングラス家の呪いはどのような……?」
「……徐々に体が衰弱し、やがて死に至る……治療法は、見つかっていない」
呻くような声で呟くルデアを前にして、リオンの決意は固まった。
「ルデアさん。もし……もしダフネに血の呪いが発現したとしても、俺は最期の時まで彼女と共に居ると誓います」
「……人並みの幸せを得られないとしてもかね?」
「はい」
それに、ルデアは肩の力を抜いて安堵の表情を浮かべた。それと同時に確信もした。
あぁ、娘が選んだ子は決して間違っていなかったのだと。
◆ ◆ ◆
オーストリア、山中にある巨大な石造りの城。
夜の闇に紛れ、何処か恐ろしげな雰囲気を漂わせる城に人の気配は無い。いや、そこに居るには居るのだが吹けば消えるような存在感であるからか幽霊と大差無いだろう。
その城の最上階に唯一の住人がいる。痩せ衰えた一人の老人がこの城───ヌルメンガード城の創設者であり住人だ。
「……うん?」
光さえ通さぬ牢獄の中で毛布にくるまっていた老人は、ふと気配を感じて首をかしげる。
今は(多分)真夜中。こんな時間にこんな、魔法使いでなければ見つけられないような場所に来る物好きが居るなど意外だ。
そもそも、魔法使いであってもこのヌルメンガードに近付こうなんて愚か者は早々居ない筈だ。何せ老人の罪が罪であるだけに。
やがて老人と外界とを隔てる扉が開かれ、そこを美しい炎が踊った。
「不死鳥だと?」
思わぬ来客に目を丸くする。魔法界で希少とされる魔法生物たる不死鳥───それが何故自分の前に姿を見せたのか。
その疑問は、やがてすぐに解消されることとなる。
「はー! 相変わらず陰気臭い所だねぇ! こんなところに居て可笑しくならないのかい?」
「このヌルメンガードに来てそんな感想を言えるのは貴様くらいだろうよ」
薄暗い場所に似合わない、快活とした声に老人は頭を抱えた。その、やって来た奇抜な眼鏡をした青年を見た瞬間に『そりゃコイツなら此処にも来るよな』と納得したからだ。
「……で。わざわざ何の用だ。此処には貴様の欲しがるものなど何も───ええい百味ビーンズを食べるな!!」
「んぐっ……もう、大きい声出さないでよ。喉に詰まり掛けたじゃないか」
「そのままくたばってくれるなら万々歳だ」
目の前の青年のペースに乗せられていることを自覚しつつ、老人は肩を激しく上下させる。こちとら後先無い短い命だと言うのにコイツと来たら……。
「本当に何の用だ。いよいよ私を殺そうとでも考えついたか?」
「酷いなぁ。僕はそこまで考え無しじゃないし、何より君を殺すのは僕じゃない。“視えて”るんだろ?」
「そこまで分かっているなら何が目的だ」
相変わらず鋭い奴だ。老人は舌打ちを溢し、目の前の青年を見る。百味ビーンズを不死鳥に与え、奇抜な眼鏡を取り外した青年が一歩ずつ老人に近付く。
「殺しはしないけど……けどある意味死ぬよりも酷い目に遭うかもね?」
「磔の呪文で拷問か? それとも一枚一枚体の皮を剥がすか?」
「だからそんなことしないってば……」
ついに、青年と老人の距離が鼻と鼻がくっつくまでに近付く。そして、口と目を愉快げに細めた青年は確かに老人にとって“死ぬよりも酷い目”に遭うであろう提案を突き付けた。
「君のひ孫に会ってみないかい? ゲラート・グリンデルバルド」