【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
「随分と辟易してるな。ハーマイオニーの圧が凄いか?」
「そりゃね。君だって味わってみればいいさ。何か言われる訳じゃないけど無言の圧が凄いんだもの」
土曜日の夜。連れ立って歩くハリーが肩を落とす。以前の魔法薬学の初授業以来、彼は何かとハーマイオニーから厳しい目を向けられているらしい。
「“半純血のプリンス”ねぇ……その人の教科書を手に入れてからお前の薬学の成績はトップ……事情を知らないハーマイオニーからすれば不思議に思うだろうさ」
「う……でも、だからってあんなに見つめられてちゃ気が滅入るよ」
「良いじゃないか。女子から見つめられるなんて大抵の男子からすれば役得だぞ。ロンの奴は嫉妬で狂いそうだが」
「? なんでそこでロンが出てくるのさ?」
「……あーはいはい。まだハリー坊っちゃんには早うございましたね」
コイツ、長いこと一緒にいて二人の関係に気付きもしないとは……いや、ロンとハーマイオニーもなんか微妙な関係だし気付かなくてもしょうがないのか?
俺の態度にハリーがムッとしたような顔で「僕だって君と同い年だよ」と言った。
「恋愛経験があるか否かだろ。俺は彼女がいるがお前はいなかったろ?」
「ぐっ……で、でも告白したのグリーングラスからだって聞いたよ!」
「おいどこの誰だその事バラした奴」
ハリーの肩を掴みガクガクと揺さぶる。よりにもよってその情報がバレてるなんて考えもしなかった。どこのどいつだバラした馬鹿は。
とりあえずハリーを解放すると大きく揺さぶられていたハリーは『ゼェ……ゼェ……』と肩で息をしていた。
「ぼ、僕に教えてくれたのはマークだよ……」
「よーしアイツ殺そ」
告げられた名前に全力で殺意を口にした。そんなことを話し合っていると、ガーゴイル像の前に着いた。合言葉を告げると像がピョンと横に飛び退き、校長室への道を拓く。
階段を上り、校長室へとハリーと揃って足を踏み入れた。
「こんな夜更けに呼び出してすまんのう二人とも」
「こんばんは先生。良い夜ですね」
俺たちを呼び出した人物、アルバス・ダンブルドア校長先生はにこやかな笑みを浮かべてやって来た俺達を迎えた。
椅子から立ち上がったダンブルドアは机を越えて俺とハリーの前にやって来た。するとダンブルドアの横に銀色の水盆──『憂いの篩』が現れた。
「先生。どうして僕たちを呼んだんですか?」
「ただ深夜の話し合いをしにきた……なんて事でもないんでしょう?」
「おぉ、君達とそんな風に過ごすのも一興じゃのう。しかし、今夜はとある人物の記憶を見てもらう為に呼んだのじゃ」
先生が俺たちに小瓶をちらつかせる。小瓶の中には誰かの記憶なのだろう銀色の靄が詰められていた。
「いわば過去を識る授業じゃよ。これはボブ・オグデンという魔法使いの記憶じゃ。先日亡くなったが、どうにか記憶の提供に頷いてもらえての」
「先生。その人がどうか? 『授業』に関係あるのですか?」
「大いにあるとも。我々は過去を識り、真実への手がかりとせねばならん」
小瓶を振りながらそう語るダンブルドアの手から小瓶を奪い取る。黒く萎び、明らかに何らかの呪詛を受けている手で小瓶を持つなど無理をさせる訳にも行くまい。
加えてダンブルドアの萎びた手に治癒呪文をいくつか行使する。誰かが呪いの進行を食い止めているようだが、それでも徐々に呪詛は身体を蝕んでいる。僅かばかりだが無いよりマシだろう。
「老い先短い老人じゃよリオン」
「先生はこの魔法界に必要です。今の貴方を欠けば、闇の勢力は力を増幅させるでしょう」
「わし一人居なくなったところでまだ多くの頼れる魔法使いがおろうに」
「その中にヴォルデモートに対抗できるだけの力を持つ魔法使いがどれだけいますか? よしんば対抗できたとしても打ち破れなければ解決にならない」
平和を勝ち取る為には、この人を欠くわけにいかない。ダンブルドアの死はそれだけで魔法界に良い意味でも悪い意味でも影響をもたらすのだ。
その意味が分からない貴方では無いだろうに。一睨みすれば、「仕方無いのう」と言ってダンブルドアは肩を竦めた。分かればいいのだ。
小瓶の蓋を開け、篩に記憶の糸を垂らす。そしてハリーと共に顔を近づけ記憶の世界へと旅立った。
◆ ◆ ◆
ゆっくりと目を開ければ、空は澄み渡る青色で、柔らかな草の匂いが鼻をくすぐった。どうやらどこかの片田舎のようだ。
隣にはハリーとダンブルドアも居て、そして前方に一人の小男の姿を認めた。
「あれがボブ・オグデンですか?」
「そうじゃ。魔法法執行部に所属していた人物じゃよ」
前方を歩く男──オグデンはマグルに溶け込めるような服装をしているつもりなのだろうが、それが逆に不自然さを全開にし、ただの不審者に成り下がっていた。
仮にも法執行部という花形に所属しておきながら“これ”とは魔法族と非魔法族の隔たりを改めて感じさせる。
俺たちは歩いていくオグデンの後を追う。小道を歩いていたオグデンは左に進路を変え、急な坂を上っていく。両脇にある石垣がまるで囲い込むようにして俺達を挟み、どこか息苦しさを感じた。
やがて坂を上りきったところで打ち付けられた看板に目を通す。
『リトル・ハングルトン一マイル』
なるほど。この片田舎の名前らしいと悟った。そして眼下に広がる景色を視界に収める。村には活気が無く、どこか陰鬱とした空気が満ちていた。
小高い丘の上に一際大きな家がある──村長の屋敷だろう。村はその家に睨まれ、縮こまっているようにも見えた。
オグデンは差し込む日差しによって流れた汗を拭い、坂を下って急に森の方へと進んでいった。
慌ててその背中を追い、俺達も森に足を踏み入れた。
石垣が途切れ、やがて曲がりくねった樹々に囲まれる場所に出た。いくら森の中とはいえ、俺ならこんな湿気た場所に居は構えないが、驚くことにそこには家があった。
もはや家と呼んでいいのかすら分からない、かろうじて雨風を凌げるだろうそこにオグデンは何の用だろうか。少なくとも魔法省勤務のオグデンが出張っている時点で住んでいるのは魔法族なのだろうが。
かつては綺麗に整えられていたのだろう石壁は苔に覆われ、草木が均等に生えていたのだろう庭は雑草が生い茂っていた。屋根瓦は無惨に剥がれ落ち、窓は何枚かが割れ、戸口には白蛇の死骸が掛けられていた。
すると、シューシューという音が耳に届く。蛇の声──つまりは蛇語だ。ハリーに目を向けると頷いた。
「なんて言ってるか分かるか?」
「うん───可愛い蛇よモーフィン様の機嫌とれ……戸口に釘付けされぬよう……って」
「蛇語……だがここまで寂れた家に住む魔法使いの一族がいるのか……」
もう少し家に近付く。すると人の声が微かに聞こえた。我らの歴史がどうだの、ぺベレルの遺産だの父祖の遺産がどうだのと。
そしてそんな家にやって来たオグデンが声を張り上げる。
「ゴーントさん。モーフィンさん! 魔法省から参りましたボブ・オグデンです!」
思わず眉を上げた。ゴーント、ゴーントと言ったのか?この家に住むのがスリザリンの直系だと?
やがてオグデンの声を聞いたからか二人の男が家から出てくる。二人とも灰色の髪で目は紅玉の色。顔は猿のようだった。そんな片方の男に引き摺られるようにして二人と似た雰囲気の女が一緒に出てきた。
「これを見ろ!」
男──モーフィンが引き摺っていた女を引き倒してとあるロケットを掲げる。『S』の文字が掘られ、金色に縁取られたそれはとても古く価値あるものだと理解出来た。
「サラザール・スリザリンのロケットだ!」
高らかに告げるモーフィンを無視し、俺は倒れた女に駆け寄った。俺の勘が女の顔を見ろと告げていた。
倒れ、起き上がる女の顔を覗き込んで──息がつまった。
目は深紅。しかし二人と違って血のような色。それはまるで──
「……ヴォルデモート……」
「……気分の良いものじゃありませんね」
オグデンの記憶を見終え、ソファに座り込んだ俺はなんとか声を絞り出した。誰が予想できるだろうか、あれほど栄華を誇ったゴーントがあれだけ落ちぶれたなど。
もしもあれらをリイン様が見たならあまりの変わりように嘆かれたことだろう。
いや、それ以上に俺の心に突き刺さった事実がある。
「……先生。つまり彼女が──あの女性が母親だと?」
「その通り。ヴォルデモート……トムの母親じゃよ」
ハリーの問いにダンブルドアは頷く。最初からこれを告げるために俺達を呼んだのだと納得した。
同時に彼の青い目が自分を見る。それはどこか憂いを帯びていた。
「メローピーは虐げられておった」
「だから罪もない、許せとおっしゃるおつもりで?」
「そうは言っておらぬ。確かに『愛の妙薬』でトム・リドルシニアの心を奪ったのは過ちと言える。しかし彼女は実の家族から虐げられ、愛に餓えておった」
「そうして愛を求めた結果が『愛の妙薬』だったのなら心底哀れですね」
ダンブルドアの言を切り捨て、侮蔑を声に出す。なるほど。確かに家族から虐げられるのは辛いだろう、己の恋に逃げたくもなるだろう。だが、それが『愛の妙薬』を使った偽りであるのなら、心底愚かだとしか言えない。
「赦せとは言わぬよ。どんな理由であれ、メローピーは愚かな行いをしたのだから」
「それに、モーフィンでしたか……あの二人いた内の若い方。年老いた方は……」
「マールヴォロ。モーフィンとメローピーの父親じゃ」
「ではトムのミドルネームはそこから取ったものですか」
「その通り」
なんとも、なんとも複雑な話だ。家族から虐げられた女は子に己の恐怖たる父の名を与えたのだから。
「オグデンとの会話の時もそうでしたが、“あれら”は平然とマグルに磔の呪文を行使したのですね」
「ゴーント家は近親婚を繰り返し、精神に異常をきたしておった。そのような蛮行を繰り返すのもそれが主な原因じゃろうて」
「畜生の集まりですか」
本当に落ちぶれたのだゴーント家は。父祖の信念も忘れ、ただ遺された遺物と歪められた過去にすがり付く哀れな者達。サラザール・スリザリンも、リイン様も決してそのために生きてきた訳ではないというのに。
しかしなるほど。レオダンデ様がヴォルデモートの事を異常に嫌悪している理由も理解できるというものだ。在りし日のスリザリン親子を知る彼なら、そんなもの知らぬとばかりに破壊を振り撒き、逆らうものはたとえ同じ魔法族であろうと殺し回る奴の事などスリザリンの血統と認めたくないのだろう。
「先生。その後メローピーはどうなったんですか?」
「君達も見たじゃろう。ゴーント家の前を馬で通り過ぎた若い男──トム・リドルシニアを『愛の妙薬』を使って惚れさせ、彼との間に子を成した。それが後のヴォルデモートじゃ」
「偽りの愛で成した子供が愛を知らない……実に理に叶ってますね」
変わらずメローピーをなじる俺を見たハリーとダンブルドアの目が俺に向く。ハリーの目は俺を責めるように、ダンブルドアの目は労るように俺を見つめていた。
「それで? メローピーはリドルシニアをどうしたんですか?」
「……メローピーは愚かにもトムを妊娠した時に『愛の妙薬』を使うことを止めた。子供を妊娠したから、もう薬に頼らなくとも愛を育んでいけると思ったのじゃろう。結果として正気に戻ったリドルはメローピーと生まれる前の我が子を捨てた」
「でしょうね」
そうなる方が自然だろう。寧ろなぜメローピーは本当の愛が伝わっているなどと考えたのだろうか。
その後、ダンブルドアは誰にもこの話を他言しないよう言い含め、俺達を解放した。
「なぁダフネ。愛するって難しいよな」
「……どうしたの突然?」
目の前で魔法薬学関連の本を読んでいたダフネは本をバタンと閉じて俺に向き直る。その顔には驚きやら困惑やらが広がっていた。
「ちょっと色々あってさ……ほら。『愛の妙薬』あるだろ? あれを使って愛を育んで、その服用を止めさせたら捨てられて。そんな話なんてありふれてるんだ。なのに何でかなぁ──妙に心に残るというか、モヤモヤするというか……」
「……それは貴方が本当の愛を知っているからよ。薬を使って得た愛なんて私は欲しくないし、与えたいとも思わないわ」
ダフネがぴしゃりと言い放つ。しかし本当の愛と来たか……。親愛やら友愛やら色々な愛があるが、そのどれも与えられなかった人はどう愛を与えればいいのだろう?
「また何か隠しているのでしょう? とりあえず追求はしないけど無理はしないことね」
「重々承知しているさ」
「そう言って毎回大怪我をするのはどこの誰かしらね?」
「ごもっともで」
うーん反論出来ない。痛いとこを突かれたと苦笑する俺に溜め息を溢したダフネは何かを考える素振りをした後、徐に杖を取り出す。
そしてキョロキョロと辺りに人が居ないかを確認してから杖を振った。
「エクスペクト・パトローナム」
その言葉と共にダフネの杖から銀色の光が飛び出し、やがてその光は一体の守護霊となって部屋を駆け回った。
銀色の美しい毛並みを持つ狼がひとしきり走り回ってその姿を消すと俺は拍手を送った。
「ダフネ、有体の守護霊を出せるようになったんだな。おめでとう」
「大変だったけどね。えぇ、でもこれで終わりじゃないの」
そう言うとダフネはもう一度「エクスペクト・パトローナム」と唱える。先程と同じように狼が現れ、部屋を駆ける。
何をしたいのか分からず、首を傾げていると狼の姿が徐々に崩れていき、やがて別の姿になった。それは──
「これは───八咫烏?」
そう。その姿は俺の守護霊でもある八咫烏そのものだった。驚きで愕然とする俺を見て、少し恥ずかしそうにダフネが笑って答えた。
「“守護霊の呪文は強い思いを抱いている相手がいる場合、稀にその人と同じ守護霊になることがある”……えぇ。これが私の思い、私の愛よ」
それはとても大きく、それでいて優しい愛の形だった。