【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
「やれやれ。雪が積もるいい日だよまったく」
「そうねぇ。でも貴方がいるからより良い日よ」
「お前強くないか?」
隣を歩くダフネが臆面もなく発した言葉に俺は何度目とも分からない驚愕を露にする。
いや、この場合俺が臆病なだけなのだろうがそれを抜きにしてもここまであけすけに言えるダフネに尊敬さえ覚えた。
暦は十月。休日のホグズミード休暇の今日、恒例となっているデートに訪れた俺達はブラブラと辺りを歩いていた。
(何だかなぁ……)
指を絡ませ、幸せそうに笑むダフネを盗み見見る。以前ダンブルドアが俺に告げた予言―――俺は死ななければならないという未来。それを知ってしまった今、彼女を無理やり俺に縛り付けるのもどうかと思うのだ。
死んで、ダフネを独りにしてしまうよりも俺と別れて別の男と添い遂げたほうが彼女の為になると思うのだ。
(そんなこと言って浅ましく嫉妬してるのはどこの誰なんだか……)
自問自答し、自嘲する。馬鹿馬鹿しい、ダフネの幸せを願っておきながらいざダフネが別の男と一緒になるのを想像したら嫉妬するなど。これではアーデル家のお歴々に笑われるだろう。
「三本の箒に行きましょう」
手を引かれ、引っ張られる形で三本の箒に入店した。雪によって冷えた体にバタービールの温かさが染み渡る。その後も人が続々とやって来てバタービールを飲み終えてから早々に店から立ち去った。
「そろそろ帰るか?」
「そうね。これ以上長居しても体が冷えるだけだし――」
そこまで言って俺達は口をつぐんだ。怒鳴り声が耳に届いたからだ。女の叫び。痴話喧嘩かはたまた別の何かか。どちらにせよ穏やかでは無いらしい。
穏やかでない空気が流れたことにそっと溜め息を吐いてから、別の道を通った方が良さそうだとダフネを促そうとして――
「放っておいてよリーアン!」
「ダメよケイティ!」
「……クソッタレめ」
その声を聞いた瞬間、俺は声のする方へ走り出していた。何故なら聞こえてきたのは喧嘩などの声ではない。狂乱した女の叫び、命の危機に瀕した人間が発する声だったからだ。ならば見過ごすわけにもいかない。
駆け抜け、声のした場所に到着すると、一学年上のケイティ・ベルが宙に浮いた。それも両手を広げ、恐ろしい叫び声を上げながら。
後を追ってきたらしいダフネもそのあまりの異様な光景に目を見開いている。
宙に浮いたケイティをハリー、ロン、ハーマイオニーとリーアンが足を引っ掴んで地面に降ろそうとしている。俺も杖を振って降下呪文を行使して彼らを手助けするがそれでもケイティは絶叫を上げる。ダフネも杖を振り、なんとかケイティを地面に降ろすことが出来た。
「何があった?」
「わからない。僕ら、ケイティ達が喧嘩してる所に遭遇しただけで……」
仰向けに倒れて尚苦悶の声を上げるケイティの側に寄り、癒やしの呪文をいくつか唱えながらハリーたちに問う。しかし返ってきたのはハリーたちも分からないということだけでハーマイオニーとダフネに慰められているリーアンを見た。
「彼女に聞いたほうが早いか……いや、今はそれより人を呼ぶべきだな」
「なら、僕が呼んで――」
「いや。守護霊を飛ばすほうが早いだろう」
立ち上がったハリーを制止し、杖を振って八咫烏の守護霊を作り出す。
「ホグズミードで呪いに掛けられた生徒を発見しました。至急連絡をお願いします」
守護霊に言葉を乗せて、ホグワーツに向けて飛ばす。これで後は連絡を待つのみ。さてどうしたものかともう一度ケイティを見ると、倒れた彼女の側に一つのネックレスが落ちているのが見えた。
「……オパールのネックレス」
ハリーが思わずと言ったように呟いた瞬間、俺の勘がこれは危険なものだと告げた。同時にリーアンを慰めながら俺達の様子を見ていたらしいダフネが呪いを弾く魔法陣が刺繍されたハンカチを投げて寄越してくる。
それを受け取り、素早くオパールを包むとホグワーツから銀の猫の守護霊が駆けつけてきた。
「それで? 何があったのですか」
暖炉の傍で冷えた体を温めている俺を横目にマクゴナガル先生が未だ嗚咽を漏らすリーアンに問う。ショックが大きいのか何度も言葉を切りながら、リーアンは事の経緯を話した。
ケイティが三本の箒のトイレに入り、どこの店の物か分からない包みを持って戻ってきたこと、戻ってきたケイティの様子が変だったこと、よく分からないものを届けると約束することが適切かどうかで言い合いになり、包みの奪い合いになったこと。そこまで話すと、リーアンはいよいよ一言も喋れない状態になってしまった。
そんなリーアンにマクゴナガルが優しく声を掛け、医務室に行くよう促すとリーアンはそれに従って部屋を出た。
そしてマクゴナガル先生の目がハリーたちに向く。
「ケイティがネックレスに触れたとき、何が起きたのですか?」
「宙に浮きました。それから悲鳴を上げて地面に落下したんです」
ハリーが語った内容は俺に話したものと遜色ないものだ。そうして話を聞き終えて難しい顔をするマクゴナガルに、ハリーが言いにくそうにしながらも口を開いた。
「先生。僕はドラコ・マルフォイがケイティにネックレスを渡したのだと思います」
隣のダフネが息を呑む。かくいう俺も少し眉を顰めた。
「それは由々しき告発ですよポッター」
マクゴナガル先生が驚いた表情でハリーを見る。その後もハリーとマクゴナガル先生の議論は続いた。
どうにもあのボージンの一件以降、ハリーのドラコに対する疑いは余計強まったようだ。かなり付き合いのあるダフネはドラコが疑われる事に顔を強張らせつつも何か言うことはなかった。
「ポッター、ミスターマルフォイはホグズミードに行っていません」
「なんですって?」
その言葉にハリーが目を丸くする。そんなハリーに言い聞かせるようにマクゴナガル先生が続けた。
「私が罰則を与えたからです。二度も続けて変身術の宿題をやってこなかったのですから。そういう訳ですからポッター、貴方が疑念を話してくれたことは喜ばしいことです」
マクゴナガル先生は三人の前を通り過ぎて扉を開ける。
「しかし私はケイティ・ベルの様子を見に行かなければなりません。三人とも、早くお帰りなさい」
「リオンたちは?」
「体が思った以上に冷えるんでね」
そう言えば、ハリーたちは肩を竦めて部屋から立ち去っていった。先生が扉を閉め、俺達に視線を向ける。
「さて。何か言いたいことがあるなら言いなさいアーデル」
「……どうして『服従の呪文』の応用について話さなかったんですか?」
先生が眉をピクリとさせる。ダフネは何のことか分からないのか訝しげに俺を見た。
「貴方が知っているとは驚きです」
「父から聞いたことがあるんですよ。たとえ犯人がその場に居なくとも、別の誰かに『服従の呪文』を掛けて、その人物がまた別の誰かに『服従の呪文』を掛ける事も出来る――そんなやり方がかつての戦争であったと」
先生は溜め息を吐いて俺を見ると、ストンとソファに体を預けた。
「そうですね。その方法であればマルフォイが『服従の呪文』を掛けたと言えるでしょう。ですが本当にそうなのだと断定できません」
「分かってますよ。俺だって出来れば同じ寮の人間を疑いたくない」
むしろアイツを救いたいとさえ考えている――これは言葉にせず胸の内に留める。こんなことを言ったところで余計に混乱させるだけだ。
「まかり間違っても探ろうなどと考えない事です。この一年大人しくしているように、良いですね?」
「分かりました先生――ダフネ、行こう」
頷き、ダフネを伴って部屋から出ていく。そんな俺達を見たマクゴナガル先生の顔が緩んだような気がしたが、きっと気の所為だろう。
だって、俺は今もダフネに嘘をつき続けているのだから。
◆ ◆ ◆
「……いくらなんでも思い切りが良過ぎよグレンジャー」
ホグワーツの空き教室の一部屋。そっと溜め息を吐いたダフネは目の前のグリフィンドールの才女を見た。そんな彼女――ハーマイオニー・グレンジャーはなぜそんな反応なのかと首を傾げた。
そんな二人の反応を見て、ハーマイオニーの隣に座っている赤毛の少女――ジニー・ウィーズリーは不安げに瞳を揺らし、ダフネの隣に座るアストリアとトレーシー・デイビスは苦く笑った。
「ポッターと付き合うために経験を積ませる……考えとしては分かるけど実行しようなんて思えないわ」
「あらどうして? ジニーはハリーと話すと上がっちゃうから慣れさせようと思ったのだけど……」
「うーん、いい考えかもしれないけど……ウィーズリーちゃんはそれで良いの?」
「えっと…えぇ。私としてもハーマイオニーの考えに賛成よ。少しだけど慣れてきた感じがあるもの」
トレーシーが聞くとジニーは頷く。どうやらハーマイオニーの言葉を信じているようだ。
「ねぇジニー? もしもハリーが他の女の子と付き合ってるのを見たらどう思う?」
「それは……嫌よ。胸が苦しくなるもの」
「そうだね。だからハリーの方も同じなんじゃないかな? 多分、多かれ少なかれこれでハリーはジニーの事を意識してるだろうし、嫉妬心が生まれてもおかしくないと思うよ」
アストリアがジニーに話しかけ、諭すように説き伏せる。その手腕にダフネは目一杯後で褒めてあげようと姉馬鹿を発揮した。
「ねぇグレンジャー。さっきも言ったけれど貴女の考えは理解できるわ。ロマンは無いけれど賢い考えだもの。でも、よく考えて。ウィーズリーが他の女とベッタリしてるところを見て貴女はどう思うの?」
「それは……」
ハーマイオニーが口を噤む。ダフネがなぜロンの話題を出したのか。それはリオンが二人を見てボヤいたのを聞いたことがあったからだ。
「あいつらもっと素直になれば良いのにさ。そうすれば良い方向に持っていけると思うんだけど……」
「けど、あの二人が素直になるなんてあるかしら?」
「まぁ余程の事がない限りは無理だろうなぁ……」
「……貴方って自分に向けられる好意には鈍感なのに他人の恋愛事情に関しては驚くほど鋭いわよね」
「おっと痛烈な皮肉」
とまぁそんな感じに。そんな事もあってか、ダフネはこの目の前の素直になれないグリフィンドールの友人の背を押してあげようと親切心が湧いたのだ。
「ちなみにリオンに他の女が寄ってきたらダフネはどうするの?」
「さっさと追い出すわ。私のなのに手を出そうとするなんて八つ裂きにしても良いくらいよ」
「わお、凄い独占欲」
「姉さんのこれは独占欲で片付けて良いんでしょうか……? もっと危ない何かじゃありません?」
トレーシーの発言に間髪入れずに答えるダフネ。その目は笑っておらず、思わずアストリアは身震いした。やだ、私の姉怖い。
「とにかく。ウィーズリー、ポッターの気を引きたいのなら自分でアピールするのも手よ。恥ずかしいなんて言っているようじゃ誰かに取られかねないわ」
「……分かったわ」
ダフネの言葉に不安そうな顔を隠さないジニー。そんなジニーを見たダフネは彼女の頭を優しく撫でる。
「確かにポッターは人気者だけど、決して人の想いを無碍にする人ではないはずよ、多分ね。だから気負わず行きなさい」
なんともまぁ慈愛に満ちた目をするものだとハーマイオニーは感嘆した。三年生のときの勉強会以降、こうして相談事をするくらいには仲良くなった彼女のこういう面を見るのは初めてだった。いや、リオンとアストリアのことを話すときはこんな目だったわねと思い直す。
「それじゃハーマイオニー。次は貴女よ」
「なんですって?」
「恋愛相談よ。貴女とロンの関係にやきもきしてる騎士様の為にも私が力になってあげなきゃ」
そう言ってダフネは一歩ずつハーマイオニーに近付いていく。その目は愉快愉悦に溢れ、この状況を面白がっていることは明白だった。
ハーマイオニーは助けを求めるように他の三人を見るが、トレーシーとジニーは全面で興味津々といった様子で、アストリアも態度にこそ出ていないものの興味があることは見て取れた。即ちハーマイオニーは詰んだのだ。
「ま、待ってダフネ。あの、トレーシーとアストリアはどうなの?」
「デイビスはザビニにお熱だし、アストリアに関しては私が篩に掛けるわ」
「とことん姉馬鹿ね貴女……」
実質アストリアの彼氏になるのならダフネのこの眼光に睨まれなければならないのである。いや、もしかするとリオンもだろうか? リオンが殊更アストリアのことを可愛がっているのは知っているし、もしかしたらアストリアの彼氏を潰しに行くかもしれない。普段のリオンならそんなことはないのだろうが、身内のこととなれば話は別である。将来の義妹のことに口を挟むのではないかとハーマイオニーは現実逃避気味に思案した。
そうこうしている内にダフネの手がいよいよハーマイオニーの肩を掴む。
「それじゃ、話してもらおうかしら」
そして、話し終わる頃には顔を真っ赤にし、羞恥で蹲るハーマイオニーが出来上がることとなる。