【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
「リオン、今度のクリスマスなんだけど家に来ないかい?」
その日の授業も終わり、教科書を持って廊下を歩く俺を呼び止めたのはマークのそんな一言だった。いつの間にやら隣に来ていた友人にチラリと目線を向け、彼の提案に頷く。
「俺も特に予定は無いからな。誘ってくれるってんならありがたく参加させてもらうぜ」
「決まりだね。あ、そうそう。ランスも誘ってるから」
取り留めもない短い会話を終え、それじゃあ僕こっちだからと手を振って去っていくマークを見送ってから俺も寮に向けて歩き出した。
「いらっしゃいリオンくん。待ってたわ」
「お久しぶりですサラさん。お世話になります」
そしてクリスマス休暇の今日。穢れない白で作られたカリアン邸にやって来たリオンは正門を開いて玄関をノックする。
しばらくして扉が開き、顔を覗かせた女性───マークの母であるサラ・カリアンは訪れたリオンを温かく迎え入れた。
「お部屋は以前使った場所と同じよ。覚えてるかしら」
「大丈夫です。荷物置いてきますね」
サラに頭を下げてからホールにある螺旋階段を登ると、奥にある一つの扉を開いた。
「お、来たなリオン!」
「やぁこんにちは。今回は君が最後だったね」
「みたいだな。こんにちは二人とも」
部屋の中では既にマークとランスの二人が机の上でチェスをしていたところだった。いや、正確には決着が付くところだったと言うべきなのだろう。
マークの一手がランスの王の駒を追い詰め、チェックメイトと相成った。
「ちょうど終わったところだったか」
「リオンが来るまで暇つぶしにってね。さ、早く降りよう。母さん達が料理を作って待ってる筈さ」
マークが杖を一振りし、サッとチェスを片付ける。そういえば三人とも十七歳になったからホグワーツの外でも魔法が使える訳かとリオンはどこか他人事のように思い浮かべた。
三人がサラの元に向かうと、そこには既に食事が屋敷しもべ妖精達によって大量に並べられていた。既にテーブルにはバルツとサラが座っており三人も急いでテーブルの前に腰掛けた。
並べられた料理に舌鼓を打ちながら和やかに会話を交わす。世間では様々な不安事が溢れていても、この時間はそんな外から切り離されたように穏やかだった。
「そういえば」
「どうしたリオン?」
「バルツさん……その、あれからシリウスの様子はどうです?」
チキンなどの料理を粗方食べ終えたリオンが今も聖マンゴで眠っているだろう親戚の事を口にする。それを聞いたバルツは少し難しい顔をして「特に変わったところはないな」とだけ返した。
「心臓は止まっていないし外面だけ見れば健康そのものだ。だが、まるで中身が空っぽな人形のようになってしまっている。恐らく神秘部にあったベールに触れた影響なのだろうけど……」
「バルツ、子供たちの前よ」
「……すまないね。少し軽率すぎた」
「え、僕らは構わないけど」
「マーク!!」
むしろもっと聞かせてくれと目線で語るマークをサラが強い口調で咎める。とはいえマークの考えにリオンとランスは賛成だった。
「気になるなら後で一緒にシリウスのお見舞いに行こうか。きっとアイツも喜ぶだろう」
「いいんですか? その、襲撃の心配とかは?」
「ダンブルドアが強力な保護結界で守ってくれているし、万が一に備えて魔法省の役人を数名警護に当てている。早々大事にはならない筈だよ」
「……お見舞いが終わったらすぐ帰ってきてちょうだい。この時期に迂闊に外に出るのは危険だわ」
「母さん心配しすぎじゃないかな? 僕らだって少しは戦えるよ?」
「相手は死喰い人よ。いくら貴方達が戦えると言っても限度があります!」
有無を言わせぬ口調で言い切ったサラにマークは頷く他に無かった。不満げな顔をするマークの肩をリオンとランスが叩く。
「まぁ時期が時期だ。仕方ないさ」
「てか、お前って案外血の気多かったんだな。六年目にして初めて知ったぜ」
「……これでも中立派筆頭のカリアン家だ。僕だって心構えくらいは大事だと思ってるよ」
「勇気と無謀は別だって知ってるだろ? 今回は見舞いに行くだけだ。そんなに熱くなる必要はないって」
友人に掛けた慰めの言葉はしかし、あまり届いてはいないようだった。なぜマークがこうも血の気が多くなったのかと言えばそれはきっと神秘部での戦いが原因だろうとリオンは予測を立てた。
あの戦いでマークとランスの二人は深手を負うこともなく生還し、幾人かの死喰い人を蹴散らしていたとハリー達から聞いた。だが、その際に不意を突かれて傷を負ったことで力不足を実感したらしい。だが、それにしたってちょいと急ぎ過ぎではないかと思うのだ。
(決めるのは本人次第……か)
結局、こればかりは他人がどうこう言ってどうにかなる問題でもないのだと、リオンは静かに息を吐いた。
◆ ◆ ◆
聖マンゴの病院内は相も変わらずな賑やかさであった。リオン達三人はシリウスの見舞いに行くためにバルツと別れ、職員に教えられた病室へと向かう。
「初めて聖マンゴに来たけどさ、とんでもねぇところだな」
「まぁ、マグル世界の病院と違って聖マンゴは魔法による事故での治療が目的だからすごい格好になった人達もやってくるんだよ」
歩きながら話し合うマークとランスの先頭を歩きながら、リオンは角を曲がる。この曲がった先の一番奥にある病室こそシリウスが眠っている部屋だ。角を曲がり切った三人は病室の扉の前に二人の男性が居るのを見た。
と言っても、そのどちらもが三人の知る顔であった為、大して驚くこともなかったが。
「父さん、セドリック!」
リオンは扉の前に立つ二人──父親であるレックスと前学期で卒業したセドリック・ディゴリーの姿を見て声を掛ける。
二人はやってくる三人に気付き片手を上げた。
「リオンか。それにマークとランスも一緒とは。シリウスのお見舞いか?」
「そうそう、久しぶりに顔を見ておこうってさ。セドリックも久しぶりだな。元気にしてたか?」
「勿論元気さ。三人も変わらず元気そうで何よりだ」
卒業以来こうして顔を合わせるのは久しぶりだとリオンはセドリックと握手を交わす。
今のセドリックは魔法省の紋章が刺繍された制服に袖を通しており、彼も役人になったのかと納得した。
「セドリックは魔法省に?」
「あぁ、魔法法執行部にね。今の時期は大変だけどやりがいのある仕事さ」
魔法省のバッジに手を当て、恥ずかしげにセドリックが笑うのをリオンは優しい目で見つめた。
本来であればセドリック・ディゴリーの命はあの墓場で終わっていた筈なのだ。それを否と断じたリオンの努力によって未来は変化し無事にセドリックは今もこうして生きている。こうして笑い合えている事自体が奇跡なのだと知る者は少ない。
「中に入ってもいいか?」
「あぁ。今ちょうどハリーたちも来ているから会ってくと良い」
「ハリーたちも? 分かった」
レックスのハリーたちもいるという言葉に驚きながらも三人は病室の扉を開く。中にはレックスの言う通りハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がシリウスのベッドの側に立っていた。
ハリー達は入ってきたリオン達に目を丸くしながらも彼らに寄った。
「リオン。それにマークとランスも。どうしてここに?」
「三人こそ。シリウスの見舞いに来たらお前達がいるって聞いて驚いたぞ」
「私達、今まで『隠れ穴』にいたの。そうしたらハリーがシリウスのお見舞いに行きたいって言ったから」
「でも、シリウスの奴まったく変わんないんだ……僕らが声を掛けてもうんともすんとも言わないしさ」
「そうか……」
リオン達もベッドの近くに寄って眠るシリウスの顔を覗き込むが、まるで普通に寝ているだけのように穏やかだった。声をかければ目を覚ますのではないかと思うほどに。
「バルツさんが言ってたけど目が覚めないのはあのベールに触れたからなんだとさ……あぁクソッ、もう少し早く動いてれば……!」
「それなんだけど……リオン。君はなんであの時シリウスが危ないって気付いたの?」
ハリーがリオンの顔を見ながら口にした疑問はここにいるリオン以外が考えていた事でもあった。
リオンは『そういえばこいつ等には話してなかったな』と今更ながら思い出し、別に彼らなら良いだろうと打ち明けることにした。
「……まぁ端的に言うとシリウスがあのベールの向こうに消えていく未来が見えたからそれを防ぐために動けただけだ」
「だけって……いや、そもそも未来が見えるって何?」
「そこからだよな……さてどこから話したもんか……俺達アーデル家の人間には稀に過去や未来を視ることが出来る異能を持って産まれる人間もいてな。俺もその一人ってだけさ」
別に大したことじゃないだろ?と、何でもないように話すリオンを見たハリーたちはあまりにも軽く明かされた真実に開いた口が塞がらなかった。
「ていうか、カリアン家は知ってるだろ?」
「いや、僕は聞かされてないな……多分父さんなら知ってる筈だけどね」
「あれ、そうなのか。まぁわざわざ聞かせる理由も無いだろうしそんなもんか」
カリアン家の人間なら知っているだろうとマークを見たリオンだったが、否定の言葉が返ってきたことに驚きつつも納得はした。
「おったまげー。じゃあアーデル先生とかも視えたりするのかい?」
「いや父さんは持ってないらしい。祖父と高祖母は持ってたみたいだけどな」
「お前ってやっぱすげぇよな……」
まぁ知りたくないことも視えたりするので羨めるかは半々だなとは言わないでおく。一々口にしていたらキリが無くなるからだ。そしてある程度話し終え、シリウスのお見舞いを終えた六人は共に病室を出ると、扉の前に居たレックスとセドリックにそれぞれ挨拶をしてから『隠れ穴』とカリアン邸への帰路に就いた。
「リオン、後で家に戻ってこい。済ませておきたいことがある」
帰る途中に聞いた父の言葉を頭の中で考えながら。
◆ ◆ ◆
「それで父さん? そろそろどこに連れてくのか訊いても良いよな?」
アーデル邸がある森の中を歩くリオンが隣を歩くレックスに訊けば、「もうすぐ分かる」という本日何度目かの答えが返ってきた。
「またそれかよ! 俺、ただただ目的地も分からないまま森の中を歩く変質者になってるんだけどなぁ!?」
「大丈夫だ。悪いようにはならない──と、見えてきたな。リオン、あそこが目的の場所だ」
レックスが指差す先──そこには古い聖堂がポツンと佇んでいた。
「なんだあれ……聖堂? にしては随分と古びてるけど」
「アーデル家に縁深い場所だ──杖を出しておけ。あの聖堂に入るには少し特殊な方法でなければ駄目だからな」
そう言われ、懐から杖を取り出す。そして聖堂の眼の前までやって来ると、レックスが扉に杖を押し当てた。
(扉に何か書かれてるな……古代文字か。“貴方を包む炎が暖かな物でありますように”……?)
古代文字などさっぱりなリオンからすれば、この文章がどのような意味を持つかなど理解できるはずも無い。しかし古代文字を今どき調べもせず読むことができるだけでも十分と言えることに本人は気付いていなかった。
そうこうしている内に重い音と共に扉が開き、レックスがその中に入っていくのを慌てて追う。
「ここが聖堂?」
「あぁ。代々我らの儀式の場所でもある」
「儀式?」
呟かれた『儀式』という単語に首を傾げる。すると前方から探るような視線を感じ、目をそちらに向ける。
壁にあるのは壁画だ。いや肖像画の方が合っているだろうか?描かれているのは黒髪に群青の瞳を持つ壮年の男性で、サファイアが埋め込まれた剣の柄に手を置いて勇ましい顔をしている。
そしてその男性の瞳が確かにリオンとレックスを捉えた。
『良く来た。我が血の後継よ』
「後継……? ということは貴方もアーデル家?」
「お前は知らなかったか。この方はシャルディーン・アーデル公と言って、アーデル家二代目当主に当たる人だ」
父から告げられた目の前の人物の詳細に目を丸くする。そんな彼らを見て、男は再び口を開く。
『───さて。お前達の来訪目的を訊くとしようか』