【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者   作:シャケナベイベー

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記憶の混濁

 休暇が終わり、久しぶりに帰ってきたスリザリン寮は変わらずどこかジメジメとしていた。

 

 スリザリン内で仲良くしてくれた友人達にクリスマスプレゼントを渡し終えてからリオンは何の気なしに談話室のソファに腰掛けていた。

 

 

「それにしても、この指輪はどんな風に使えば良いんだか」

 

 

 先日の継承の儀で授かり、今は右手の人差し指に嵌めた『愛護の指輪』を軽く撫でる。一族の至宝たるこの指輪を受け継いだはいいが、肝心の使い道がリオンにはてんで想像できなかった。

 

 そして分からないと言えば己の三本目の杖もそうだと思い至る。

 イルヴァーモーニーに根差すスネークウッドを素材にセストラルの尾毛を芯材とした純白の杖は、以前訪れた旧ゴーント邸を出てからまるで蛇が巻き付いたかのような模様が浮かんでいた。

 

 

「スリザリンの杖を素としたスネークウッドを使った事、かつスリザリンの血族の館を訪れた事が影響しているのか……なんとまぁあのハゲ頭が訊いたら羨ましがりそうな事だ」

 

 

 スリザリンの直系であるあのヴォルデモートからすれば、まさしくこの杖の存在は欲しがりそうだなと薄く笑みを溢す。

 

 そんな中で見知った二つの気配が談話室にやって来るのを察知し、そちらに顔を向けた。

 

 

「ようセオドールにブレーズ。二人とも元気だったか?」

「元気だと思うか? 父上がアズカバン行きになったから僕の方にその皺寄せが来たんだぞ」

「親父さんの尻拭いで色々立て込んで碌に休めなかったんだとよ」

 

 

 片手を上げて微笑んだリオンにノットが仏頂面で返し、そんな友人にニヤニヤと笑いながらザビニが付け加える。

 

 二人はドカッと貴族らしくなく音を立ててリオンの対面のソファに座る。リオンが杖を振って紅茶の注がれたカップを二つ出現させて二人の前に置くと、二人はそれを一気に飲み干した。

 

 

「……悪いな。お前の父親が捕まったのは俺が原因だ。殴ってくれていい」

「殴るわけ無いだろう。お前にとって父上は敵で、少なくともアズカバン行きになるような事はしていたんだ。当然の結果だ」

「まぁマルフォイんとこは相当お怒りだったみたいだけどな」

「……ドラコ、か」

 

 

 ザビニが出した名前にリオンは難しい顔をする。思い出すのは六年生になる時のホグワーツ特急での出来事だ。

 

 あの、追い詰められたような切羽詰まった顔をしていた同級生はもしかしたら親の失敗のツケを支払わせられようとしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は二つの記憶を見てもらう」

 

 

 深夜。誰もが寝静まった時間の校長室にダンブルドアの声が響く。そしてそんなダンブルドアの視線の先にはハリーと何故か肩にフォークスを乗せたリオンがいる。

 

 

「そういえばハリー。クリスマスにルーファスと会ったそうじゃの?」

「はい。注意を促すためにと仰っていました」

 

 

 突如として振られた話題に困惑しながらもハリーはその時の状況を細かく伝える。

 

 隠れ穴にルーファス・スクリムジョールがやってきたこと。死喰い人の動きが活発になっているから気を付けてほしいと言いに来て、そして今の魔法省をあまり信用するなと告げた事も。

 

 

「魔法大臣がお前にそう言ったのか?」

「うん。僕が死喰い人達にとって危険な存在だから無闇矢鱈に動かないようにって」

「そりゃお前を喪えば奴らは勢い付くだろうさ」

「でも魔法省を信用するななんてどうしてそんな事を言ったんだろう? そりゃあシリウスやアンブリッジの事もあるから完全に信用してる訳じゃないけど、それでも僕みたいな学生の言い分を真剣に聞いてくれたりしてたのに……」

「もしかするとじゃが、今の魔法省にあやつの手の者が潜り込んでいる可能性もあるかもしれん」

 

 

 訝しげな顔をするハリーにダンブルドアは手元の『憂いの篩』を一撫でしてから机を行ったり来たりする。

 

 

「魔法省は魔法界の砦に等しい。故にそこが落とされれば一気に戦況が傾く。そしてそんな魔法省を信用し、下手に情報を渡しすぎては万が一魔法省が陥落したときに動きを封じられる事もあり得る」

「なるほど。だから“信用するな”と言うことですか」

「無論わしの憶測じゃがの」

「ですがあながち間違いとも言い切れませんよ───まったく、ファッジ大臣といいスクリムジョール大臣といい、有能な指導者に恵まれたものですね」

「それについては同感じゃ」

 

 

 二人はクスクスと笑い、ポカンとするハリーを見て笑いを引っ込めた。

 

 

「さて、最初に話した通り今夜は二つ記憶を見てもらう」

「前回のように吐き気のするものじゃないでしょうね?」

「どう感じるかは君達次第じゃ──しかし、これを知らぬことにはどうにもならぬ」

 

 

 リオンは前回の記憶を思い返して胃がムカムカした。無知なメローピー、傲慢で愚かなトム・リドル。あぁ厭だ。

 

 

「さて。前回見たのはトム・リドルがホグワーツで日常を過ごす入り口までじゃ。自分が魔法使いだと明かされたトムは興奮しておった。自分が特別だと感じていたあやつにとっては、魔法というのはこれ以上ない特別な物だったからの」

「古着を着た大人しい少年は他の新入生と同じように組分けに臨み、帽子が頭に触れるか否かのところでスリザリンと告げられた」

 

 

 忙しなく動き回っていたダンブルドアの黒く萎びた手が頭上の棚を指差す。そこには千年前に造られ、創始者の意志を吹き込まれた組分け帽子がじっと動かず佇んでいた。

 

 

「そうしてホグワーツで過ごす彼は瞬く間に生徒や教師たちの人気者となった。あやつが本来持つ攻撃性や残忍性は巧く隠され、上辺は人当たりが良く、優等生なトム・リドルが出来上がったというわけじゃ」

 

 

 そこで言葉を切ったダンブルドアは机に置かれた杯を手に取って喉を潤わせると、再び話を続けた。

 

 

「しかしあれは優等生を演じる裏で暗躍し───巧く立ち回った。『秘密の部屋』事件でも他者に濡れ衣を着せ、本人は真実を解き明かした人物として称えられた。

 そして彼はホグワーツで過ごす内に己の出生が気になったらしい。リドルの学生時代を良く知るものに話を聞き、その誰もが『トム・リドルは自分の出生を知りたがっていた』と証言しておった」

「父親の痕跡を探し求め、文献を漁り、トロフィー室にも足を踏み入れ、名家の情報をも集めたが結局リドル家などという名前はどこにも見当たらず、遂にトムは自身のミドルネームである『マールヴォロ』に着目し、そしてゴーント家に行き着いたのじゃ」

 

 

 ダンブルドアが瓶から銀色の液体を『憂いの篩』に向かって垂らし、数回揺する。リオンは自分の髪の毛を毛繕いするフォークスを退かし、過去に跳んだ。

 

 

 

 

 

 

「あんな伯父なんて俺なら御免被るね」

 

 

 過去の記憶を見終えたリオンが顔を上げながらそう吐き捨てる。実に胸糞悪い光景だったことは確かだ。

 

 

「モーフィンがどのようなものであれあのような死に方は───濡れ衣を着せられるのは」

「客観的に見れば酷でしょうね。ですが俺から言わせてもらえばモーフィン・ゴーントはあの野郎に濡れ衣を着せられずともいずれ似たような事をしたと思いますがね」

 

 

 心底不愉快ですと言わんばかりの顔で『憂いの篩』を睨むリオンとは対照的にハリーは記憶の中のモーフィンにいくらか同情的だった。

 

「モーフィンは無実だったのでしょう? 魔法省はいい加減すぎる!」

 

 魔法省の杜撰な捜査に腹を立てるハリーと違い、リオンはモーフィンの誤認逮捕に同情心などこれっぽっちも湧かなかった。マグル襲撃の前科がいくつもあり、尚且つ禁じられた呪文も平気で使うような奴だ、どのみちアズカバンに行っていただろうとリオンは結論付ける。

 

 きっとこういうところが自分が正義漢ではない証明だなと常々思う。

 

 

 ───そりゃ、アイツも消したいと思うだろうな。

 

 

 没落し、汚らわしい『純血』の末裔。近親婚を繰り返して精神に異常をきたし、祖の栄光に縋るしかなかったなど己の汚点でしかなかっただろう。

 

 だから消したのだ。憎むべきマグルの父とその家族、そして誇り高き血を汚したゴーントも。

 

 

「それでは二つ目の記憶といこうかの」

「また胸糞悪い記憶じゃないでしょうね?」

「大丈夫じゃ、今度はリドルの記憶ではないとも」

 

 

 ダンブルドアが再び銀色を『憂いの篩』に垂らすが、まるで瓶にへばりついているかのように落ちてこない。

 

「記憶の劣化なんてあるの?」

 

 ハリーの問いに「さぁ?」と答えるしかなかった。やがて途切れるように瓶から落ちた銀色を混ぜ合わせ、二人は再度過去に跳ぶ。そしてしばらくしない内に二人は現実に帰還したが、その顔には困惑と引きつり笑いがそれぞれ広がっていた。

 

 

「まさかこの記憶を本来のものにするように説得しろと仰せで?」

「そうじゃ」

「でも、先生なら開心術だってなんだって───」

 

 二人は目の前の偉大な校長先生に抗議するが当のダンブルドアはどこ吹く風だ。そしてそんな二人に老人は無理難題を言い渡す。

 

「力づくでは出来ん。だからこそ君達でホラスから引き出して欲しいのじゃ───真実の記憶を。それにもう夜も遅い。そろそろ暖かいベッドで眠る時間じゃよ」

 

 言いたいことだけ言って帰らせるのかと二人はさらに抗議したかったが、確かにもう夜も遅いのでそれぞれの寮に戻るために踵を返す。すると、リオンが目元を押さえてしばらく立ち止まった。

 

「リオン?」

「悪いハリー。先に行っててくれ、俺は少しここに残るよ」

 

 訝しげな顔を隠さず、何があったのか聞こうとするハリーを手で制し、リオンはダンブルドアに向き直る。

 そんな彼に言っても無駄だと悟ったのかハリーはそれ以上は聞かずに校長室を出ていった。

 

 

「どうしたのかねリオン?」

「貴方が……貴方が『死ぬ未来』が視えました」

 

 穏やかな笑みを浮かべるダンブルドアの顔がほんの刹那だけ強張る。それを知ってか知らずか、リオンは未だ混乱する思考のままに口を開いた。

 

「鮮明さからしてそう遠くない未来です……天文台の塔で、誰かの死の呪文を受けたように視えました」

「ふむ……」

「鮮明さ、そして濃さからしてこれは変えられない……どうするつもりですか? 以前にも話したように貴方を失えば今の魔法界であのクソ野郎に立ち向かうための手札が消えるも同然です」

 

 リオンの説明を聞いたダンブルドアは、しばし顎髭に手をやって考え込んでいたが自分を見つめるリオンの視線に気付くと机に深く腰掛けた。

 

「元よりわしの命が残り僅かなのは分かっておった」

 

 二人しかいない部屋にダンブルドアの声が嫌に響く。

 

「君も気づいておるようにわしの右腕は呪いに侵されておる。とても強力な呪いでなんとか侵食を食い止めていたが持って一年だと言われてのお」

「……そこまでの呪いなんですか?」

「即死せんかったのが奇跡じゃな」

 

 リオンは感嘆した。なんともこの老人は呑気なものだと。

 

「呪いの源はその指輪ですか……スラグホーン先生の記憶でリドルが嵌めていた指輪───マールヴォロの指輪ですか」

「嵌めたものを呪い殺す仕様だったのじゃろう。幸いにしてわしは生き残ったが」

「そもそもなんでそんな危険すぎる代物を嵌めようと思ったのか小一時間くらい問い詰めたいですね」

 

 ジト目で睨めばダンブルドアは「怖いのお」と微笑むだけだった。呑気かよ。

 

「ともかく、君の見た未来が訪れないにせよ、わしは近い内に死ぬ定めだったわけじゃな」

「まだなんか釈然としないですけど……まぁ驚かない理由が分かりましたよ。俺としては貴方にはまだまだ生きていて欲しいんですけどね───だって貴方はあんな風に死ぬべき人じゃない」

「……いいや。わしのような愚か者には相応しい結末だと思うておるよ」

「……そうですか」

 

 リオンは重苦しくため息を吐く。目の前の老人の自罰さにため息の一つも出るというものだ。

 

「そういえばダンブルドア。俺、去年にとある人に連れられてヌルメンガードに行ったんですよ」

「───なんと?」

 

 そう言えば伝えることがあったなと、リオンが何気なく溢した言葉にダンブルドアは大きく目を見開く。

 

 想定していなかった訳では無いが、あまりにも早い段階でそれが彼の口から出たことに驚いたのだ。

 

「ダンブルドアの先輩───アルバート・クラウンさんに連れられてなんですけど」

「……あぁ、あの人ならそうするだろうとも。それで、彼には会えたのかね?」

「えぇ。それに、貴方宛の伝言も預かってます──今の今まで忘れてましたけど」

 

 ダンブルドアの脳裏に、かつての記憶が蘇る。破天荒でハチャメチャで、それでもとても優しかった先輩達の姿が。

 

「『アリアナは決してお前達のせいではない』───だそうです。どういう意味かはきっと知っているんじゃないかと思います」

「────」

 

 随分と、随分と久しぶりにその名前を聞いたように思う。忘れていたわけではない。忘れようなどと思っていた訳でもない。

 

 かつての自分の愚かさのために命を落とした可愛い妹のことを忘れるなどあるはずがないのだ。

 

「そう、か……そうか。ありがとうリオン。その言葉を伝えてくれてわしはとても嬉しく思うとも」

「そうですか? それなら何よりです」

 

 気持ち晴れやかな顔になったダンブルドアが立ち上がり、棚に置かれていた組分け帽子を掴むとリオンの頭に被せる。

 

「えっと……何の意味が?」

「君の悩みを解決するために必要かと思っての」

 

 別に悩みなんて無いのだが、確かに組分け帽子に訊きたい事があったので丁度いいかと、リオンは甘んじて受け入れた。

 

『私に訊きたい事があるのだねアーデルの子』

「貴方は今まで多くの人を組分けしてきたでしょう。その中に宿る創始者の人格と共に。だからこそ訊きたいのです」

『そうとも。私はゴドリックであり、ヘルガであり、ロウェナであり、サラザール。何を訊きたいのだね?』

 

 深く、しわがれた声が頭の中に直接届く。己の心の内すべてを覗いているのだろう帽子に、リオンは深く息を吸ってから問うた。

 

「スリザリンの血を引く者が───トム・リドルが悪逆を為しています。サラザール・スリザリンが掲げた純血主義は、マグル生まれを排斥するためにあるのですか?」

『そうだね。私は考える帽子、賢い帽子。サラザールが考えていた全てが手に取るように分かるわけではないが、きっと彼は大切にしていた物があったのだろう』

 

 良くお聞きアーデルの子。帽子の声が暖かく慈愛に満ちたものに変わる。

 

『確かにサラザールは過ちを犯した。そして長い年月の果てに真に悪なるものを産み落とすまでに至った。けれどね、ヘルガもロウェナも、そして直接戦ったゴドリックでさえも───彼を追い出しはしても、彼の作り上げたものを取り除きはしなかったのだから。

 始まりは同じなのさ、大切なものを守りたい、魔法族がこれ以上傷つけられない世界にしたい───そんな優しい願いが元なのさ』

 

 

 

 

『君の祖であるレオダンデも、そんなサラザールを知っているから彼の娘と共にあったのだよ』

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