【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
『何やらお楽しみだったらしいな?』
アーデルの部屋を訪れたリオンを出迎えたのはニヤニヤと笑みを浮かべながらからかってくるレオダンデの声だった。
「情報通ですね」
『意外と耳に入るのでな』
鷹の装飾が施され、背もたれにアーデル家の家紋が彫られた椅子に腰掛けたリオンはため息を吐きながらレオダンデを睨む。
椅子の肘掛けには何やら古代語で文字が彫られており、解読してみれば『シャルディーンが、我が妻ナハト・レイブンクローに贈る』と記されていた。どうやらこの椅子は二代目当主が妻に贈った品らしい。
「けど十つ子を拵えたレオダンデ様にだけは言われたくないです」
『言っておくが昔は今と違って子の出生率が──』
「それでも十人は多いですよ」
レオダンデとその妻の間に産まれた十人の子は最初の子を本家当主に、それ以外の子が分家を興すことで正式なアーデル家の始まりになったと伝えられている。
そしてその最初の子──シャルディーン・アーデルはロウェナ・レイブンクローの孫娘にしてヘレナ・レイブンクローの一人娘と結び付き、やがてその血が廻り廻ってリオンに行き着いた。
『──ヴォルデモートは魂を裂いたのだな?』
「計六つ作り上げたようで」
『愚か者が』
侮蔑の色を顕にレオダンデが吐き捨てる。リオンも心の底から同意した。だが、そんな荒唐無稽な事を起こしておいて正気を保っていられるあたり相当な化け物だと改めて認識させられてもいる。
『お前は予言のこともある、悩める時期だろう。逃げたいのなら逃げても構わん』
「それが出来ない立場だって知っているでしょうに」
『立場など投げ捨てて女と二人、どこか遠くへ逃げても良いのだぞ?』
「それが出来たら楽なんですけどね……どうにも俺は立場に縛られるのが好きな質だったようで」
『……そうか』
どうにも我が血族は騎士の立場に拘るらしいとレオダンデは静かにため息を吐く。
『ならば、お前の為すことは定まっていよう?』
「はい。アーデルの名に賭け、悪なるものに断罪の刃を。人々を傷付け、苦しめるのなら───死あるのみ」
リオンは椅子から立ち上がるとレオダンデの肖像画の前に跪き、魔法騎士の礼をする。
ここに彼の為すべきことは定まった。
「おお、そうじゃリオン。君にこれを渡しておかねば」
ダンブルドアから知らせが届き、ハリーと二人して玄関ホールに待ち合わせれば姿を隠すようにと言われ、そそくさとホグズミードへ赴く。そうしてようやく姿を見せたダンブルドアは懐からある物を取り出してリオンに差し出す。
「ゴーント邸で回収した本じゃないですか」
「そうじゃ。わしが持っているより君が持っていたほうが良い代物じゃろう」
手渡されたのは旧ゴーント邸でダンブルドアが探していたという本だった。何故今になって、とも考えるが特に思いつくこともなかったので素直に受け取って懐にしまい込んだ。
「皆はわしがホッグズ・ヘッドに呑みに行ったとでも考えるじゃろう……さてハリー。わしの腕を掴みなさい──そうじゃ。リオンは姿くらましは使えたかね?」
「習得済みです」
「素晴らしい」
目的地は事前に聞いている。なら問題はないだろうとリオンはダンブルドアに笑みを見せ、ダンブルドアも満足そうに頷くと三人の体が回転した。
リオンは自分の体がぐるりと回転する感覚と共に景色が移り変わっていることに気付く。
そんな一瞬の思考の後、トンと地面に足が着き、三人は冷たい暗闇の中に立っていた。
「孤児院の子供たちとここに?」
ハリーが辺りを見回しながら呟く。辺りにはのどかな草木も、柔らかな砂浜も見えない。あるのは激しく打ち付ける波の音と潮の香り、そして剥き出しになった岩肌だけだった。
「いや、正確にはここではない。ここから少し行ったところに村らしき場所があり、子供たちはそこにある海でピクニックをしていたそうじゃ。この場所を知るのはトムと幼い犠牲者達だけじゃろう」
そう言うとダンブルドアはそそくさと歩き出す。二人は慌てて『透明マント』を脱ぐとその背中を追った。
「少し濡れてもらうことになる」
有無を言わせぬ物言いだった。ダンブルドアの視線を追い、リオンも崖の割れ目に目を通す。「うげっ」と嫌そうな顔をした。
背に腹は代えられないとダンブルドアに続いて湖を泳ぐ。湖は氷のような冷たさで真夏なら喜んで飛び込んだだろうなとそんな事を考えながらもリオンは無事に泳ぎ切り、陸に上がると直ぐに杖を振って濡れた服を乾かしながら同時に冷えた体を暖めるとハリーにも同じものを施した。
「ありがとう」
「あぁ」
お礼を言うハリーに素っ気なく返す。どうにもリオンの中でハリーに対するぎこちなさが取れていないようだった。
「なるほど。肉体の損傷を嫌うあやつらしい幼稚な考えじゃ」
二分ほど岩壁を見つめていたダンブルドアは吐き捨てるように口にすると懐から銀色の小刀を取り出して自分の腕を切りつける。
「先生、何を──?」
「どうやらここを通るには通行料がいるらしい」
「血か」
納得したようにリオンが呟けばダンブルドアは静かに頷き、岩肌を見る。切りつけられ、岩肌に飛び散り付着したダンブルドアの血によって道が拓き、三人はそこからさらに奥へと進んでいく。
「さて、あの小島に『分霊箱』があるはずじゃ」
やがて三人は開けた場所へと出た。湖は黒く、中心にポツンと佇む小島から神秘的な緑の光が昇っていた。
「『呼び寄せ呪文』を使っても?」
「構わぬが効果は望めんじゃろう……一度使ってみると良い」
許可を得たハリーが咳払いし、大声で「アクシオ、ホークラックス!」と唱える。
すると爆発音と共に大きくて青白い何かが五、六メートル先の暗い水の中から噴き出した。それは恐ろしい水音を上げ、水面に大きな波紋を残して再び水底へと消えた。
「あれは何だったのですか?」
「恐らく『分霊箱』を奪おうとする者を妨害するための仕掛けじゃろう」
驚きのあまり岩肌にぶつかったハリーにダンブルドアが淡々と返す。それを見ていたリオンは、自身の右手が熱を発していることに気付いた。右手を掲げればその原因が『愛護の指輪』だと分かった。
リオンはそのまま指輪の嵌った右手を湖へと翳し、あちこちに動かす。するとその中でも指輪の熱は湖と中心の小島に翳したときに一層強まった。
「かなり悪辣な仕掛けですね」
「直接手を下さず、自身の宝物に手出しする者を処分できる手っ取り早い手段とでも考えたのだろう。実に愚かしいが」
ダンブルドアとリオンはここにいないヴォルデモートへ向けて嫌悪の感情を飛ばす。
リオンがもう一度辺りを見回していると、眼に熱が集まり一瞬だけ世界が白く塗りつぶされるような感覚に陥る。
『よし、この小舟ならあそこまで行ける……!』
『───様、あまりご無理は……』
黒髪の少年が湖に小舟を浮かべている。傍には屋敷しもべが控えていてその人物の名前を呼んだようだがリオンには聞き取れなかった。
しかしその少年の黒髪と顔立ちにリオンはどうしようもない既視感を覚えた。
「リオン?」
「あそこに小舟が」
ダンブルドアとハリーがリオンの指差す先を見る。ダンブルドアが杖を振れば、リオンが視た通りの小舟がそこにあった。
「君の時を視る異能に感謝せねばのう」
ダンブルドアが微笑み、小舟へ向かって歩いていく。二人もそれを追って横に並んだ。
「三人で乗れるでしょうか?」
「恐らくじゃが重要なのは魔力の強さじゃろう。あやつはよもや未成年がこれまでの守りを突破してここに来ているなど思うてはおらぬじゃろう」
「俺は成人ですが…」
「じゃが学生であることに変わりはない。あやつはそれこそ闇祓いのような熟練の魔法使いを警戒して罠を仕組んでいるはずじゃ」
それならばとダンブルドアより先に二人が小舟に乗り、ダンブルドアも後に続く。三人も乗ればもはやまともに座ることはできなかった。
小舟はさざ波を立ててゆっくりと進んでいく。しばらくしてハリーが息を呑むのが分かった。
「……手ずから調達したのか、元からここにいたのか……」
恐らく両方だろうとリオンは水底に沈む亡者を見て結論を下す。暗い洞窟に湖など亡者にとってのリゾートだ。保存しておくには最適だろう。
やがて小島に辿り着くと、三人は舟から降りて緑色の光を発している水盆に近付いた。
早速リオンが指輪を翳し、呪いの強弱を確かめる。
「とても強力な呪いです。死ぬことはないでしょうが……俺が飲みます」
「死ぬことはない。君が飲まずともわしが飲もう」
「先生、それなら僕が───」
「いや。やはりわしが飲むべきじゃ。わしは君たちに比べて年寄りで、より賢く、ずっと価値がない」
ダンブルドアは引き下がらない。リオンもハリーも控えめに食い下がるが、頑として譲らなかった。
「良いか。わしが嫌だと言ってもこの水を飲ませ続けるのじゃ。空になるまで」
◆
『僕は飲まなければ……』
『坊ちゃま、後もう少しですから……』
黒髪の少年が水盆の水を飲み干そうとしている。傍らのしもべ妖精は涙を流しながらその様子を見守っていた。
一体誰なのだろう。とても見覚えがあるのに思い出せない。というか俺が受け継いだのは未来視の筈なのになぜ過去であろう光景まで視えるのかとリオンは悪態をつきたくなった。
───リオン! しっかりしろ!
「お願いだ……その者たちを傷付けないでくれ……代わりにわしを……アリアナ……」
「先生……これで最後ですから……」
内側から響くエドワードの声とダンブルドアとハリーの声でリオンの意識が急浮上する。
声のした方に目を向ければ杯が転がっていて、弱ったダンブルドアと『分霊箱』をしっかりと握ったハリーの姿があった。
なんとか『分霊箱』を取り出せたかとホッとしたのも束の間、湖の方から亡者たちが這い出てくるのが見えた。生命力の弱ったダンブルドアに目を付けたか。
───亡者の弱点は炎だ。分かっているな?
「勿論だ──インセンディオ!」
杖から噴出した炎が亡者たちをたちまちに焼き払っていく。だが無限に湧いて出る亡者には意味が無い。
徐々に焦りが募る中、『愛護の指輪』が柔らかな熱を灯して光り輝く。そしてとある単語がリオンの頭に浮かんだ。
「“貴方を包む炎が暖かなものでありますように”」
すると指輪が輝きを増し、そこから溢れた黄金の炎が亡者たちを一人残らず覆い尽くしていく。しかしそこに苦しみは無く、彼らはただ穏やかな顔をして眠りにつくように一人、また一人と消えていく。
『貴方を包む炎が暖かなものでありますように』。これは古く、太古の昔に魔法族の間で使われたという言葉だ。死者の安息を願い、彼らを焼く炎が安らぎを齎すようにと。
やがてその言葉自体が魔法となり、アーデル家によって古代魔法として成立した。亡者やゴーストといった死して尚苦しむ者たちの為に編み出されたという。
「……良くやったの二人とも」
「酷く弱りきってる貴方のほうが心配ですよ俺は」
ハリーと二人でダンブルドアに肩を貸しながら早急に洞窟を出た。そこでリオンとハリーはダンブルドアから労いの言葉をもらうが弱りきっている彼のほうがよほど辛そうだった。
「それでは戻るとしようかの。ホグワーツへ」
◆
(全部上手く行くはずだったのに……)
なんでこうなるかね。飛んできた呪文を捌き、逆に飛び込んできた二人を失神させる。
何故こうなったのか。洞窟から『姿くらまし』でホグズミードに戻ればマダム・ロスメルタからホグワーツに闇の印が打ち上げられたと告げられ、箒で向かうハリーとダンブルドアより先に『姿あらわし』でホグワーツの境界線ギリギリのところに着くと急いで敷地内に足を踏み入れれば早速死喰い人に襲われたのだ。
「とにかく状況を確認しないと「リオン!!」ん?」
失神させた死喰い人二人を縛り上げ、兎にも角にも歩き出そうとしたリオンを呼び止める声がする。振り返りその顔を確認すれば親友のレイブンクロー生、マークとランスが杖を構えながら走ってきた。
「マークとランスか! ちょうど良かった、一体何がどうなってる?」
「ドラコの馬鹿が死喰い人達を招き入れたんだ」
「───なに?」
マークから飛び出した思わぬ名前に目を見開く。二人は移動しながらリオンに事の経緯を話した。
ドラコがボージン・アンド・バークスで依頼していたのは『姿をくらますキャビネット棚』の修復であり、度々必要の部屋に行っていたのもそれを直すためで、それを使って死喰い人を招き入れた。
しかし事前に駆けつけていたルーピン、トンクス、ビルが死喰い人と交戦し、やがてネビルを筆頭にロン、ハーマイオニー、ジニー、ルーナ、マークとランスも死喰い人と交戦していた中で二人がリオンを見つけたと言うことらしかった。
「今はダンブルドアがいないからマクゴナガル先生が臨時で指揮を執ってる。ハリーも見当たらないし……」
「二人ならもう少しで来る。それまでになんとか持ちこたえよう。可能なら奴らを捕らえるか追い出すかするべきだ」
「おうさ!」
そして三人も戦場に飛び込む。襲ってくる呪文を防ぎ、躱し、撃退していく。
そんな事を何度か繰り返していると、リオンの前に一人の死喰い人が躍り出る。
黒の衣服にこれまた黒の長髪と灰の目。顔立ちは美人だがリオンからすればノーサンキューな女。
「ベラトリックス……!!」
「ハァイ、アーデルのお坊ちゃん。お母さん元気?」
ニヤニヤと愉しげな笑みを浮かべながらベラトリックスが杖を振るう。
それを防ぎ、リオンも反撃する。リオンの放った閃光のいくつかがベラトリックスを掠め、血飛沫を上げさせる。しかしベラトリックスはケラケラと笑うばかりでまるで堪えていない。
「その程度かい! えぇ?」
「言ってろ阿婆擦れ」
リオンの顔から感情が消え、より一層攻撃が激しくなる。その過程でリオンも傷を負っていくが構うものかとばかりに杖を振るう。
そんな中でリオンは大きな違和感を感じた。ベラトリックスの動きが鈍いのだ。一年前に神秘部でシリウス等と戦っていた時よりも。
(実力的には互角……なら付け入る隙はある)
呪文を撃ち合いながらリオンは静かに思考を巡らせ、虎視眈々とその機会を狙う。
やがてベラトリックスが杖を大振りに振り、リオンを吹き飛ばそうとする。それに口元を三日月に歪めたリオンは隠し持っていた特注のナイフをベラトリックス目掛けて投擲する。
当然それに気づいたベラトリックスはナイフを打ち壊そうとするが、それよりも早くリオンの武装解除呪文がベラトリックスの手から杖を取り落とさせた。
「ああああああ!!!??!!?」
投擲されたナイフが左肩に深々と突き刺さり、ベラトリックスが甲高い悲鳴を上げる。そしてその箇所からジュウジュウと肉の焼けるような音と煙が立ち、あまりの痛みにベラトリックスは地面をのたうち回る。
それもその筈だ。このナイフにはリオンが以前回収したアラゴグの毒と幸運にも回収できた秘密の部屋のバジリスクの毒───死体になって四年は経ったのに未だに毒が残っていたのだ、怖い───を混ぜ合わせて作り上げた一品だ。そりゃ痛いだろう。
「この、クソガキ!!」
「喚くなよ。お前らが散々他者に与えてきた痛みだろうが」
ギャーギャーと喚くベラトリックスを冷ややかに見下ろし、リオンは杖を向ける。今ここで捕らえるのではなく首を刎ねれば死喰い人にとって大きな痛手だろう。
ヴォルデモート本人にはあまり意味を為さないだろうが、少なくともここで殺しておくことに越したことはない。
「じゃあなクソ女───」
そして杖を振り上げ───天文台の塔から一つの影が落ちていくのを見た。
「───は?」
その影がアルバス・ダンブルドアだと気付くのに時間は掛からなかった。呆然とするリオンを尻目に、左腕を切り落として毒の浸食を防いだらしいベラトリックスが心底愉快でたまらないとばかりにケラケラ嗤いながら杖を拾って走り去っていく。
それを追う気力は、彼には無かった。
◆
「貴方は、こんな風に死ぬ人じゃなかった……大勢の生徒に囲まれて、穏やかに死んでいくんだろうと思ってたのになぁ……」
白い墓標の前で座り込みながら、リオンは亡き老賢者に語り掛ける。偉大な人だ、それ故に苦労も多かっただろうし敵も多かっただろう。だけどあまりにもあんまりな最期だ。
ハリーの話によればダンブルドアはスネイプによって殺されたとか。特に信頼していた者に裏切られた事は、彼も予想していなかったのではないだろうか。
「……確かに未来で視たさ。貴方が死の呪文に貫かれるところを。けどまさか、スネイプなんて……やり切れないだろう」
リオンは未来視でダンブルドアが死の呪文に貫かれる所を視ていた。これはどうあっても変えられない未来であることも。
だがそれをやったのがよりによってスネイプとは。あまりに報われないではないか。
ふわり、と墓標の上に炎が踊り、一匹の不死鳥が姿を見せる。ダンブルドアの友人であるフォークスだ。嘆きの歌を歌い、ダンブルドアを惜しんでいる。
「……フォークス。お前は……」
ジッとフォークスの目がリオンを捉えた。それがどのような感情を宿しているのかリオンには分からなかったが、何故か心に火が灯された。
やり遂げなければと。
「……まだ終わりじゃない。そう言いたいのでしょう貴方は」
眠るダンブルドアに声を掛け、踵を返す。そんなリオンを激励するようにフォークスは勇気の歌を歌い、若き騎士を送り出した。
スネイプとドラコはホグワーツを去った。だがこれで全てが奴らの勝ちで終わったわけではない。
「まだ終わってないぞヴォルデモート。決して
これにて謎のプリンス編終了です。次回からついに最終章突入となります。
ちなまに原作の天文台の塔の戦いにおいてベラトリックスは参戦していませんが、まぁこの作品では参戦したということで一つ