【本編完結】ハリー・ポッターと何も知らない転生者 作:シャケナベイベー
「………おいドラコ、お前もうちょっと丁寧に巻けないのか………」
「煩い! これでも精一杯やってるんだぞ!」
焼けるような痛みを伴う喉を振り絞って声を出せば耳元で騒がれた。こちとらつい先程まで地獄のような拷問を食らっていたというのにコイツときたらこっちの気も知らないでと言ってやりたくなるが、ドラコの手元が震えているのを感じ取り、口を開くことはしなかった。
「………お前は、お前はなんで逃げなかったんだ………」
「あの場にはヴォルデモート以外にもアイツのペットにお前の叔母までいたんだ。高々一介の学生でしかない俺にあの三人を相手取れってのは酷だろ」
ところどころ緩かったりキツかったりする包帯の感触に晒されながらもドラコの質問に答える。目の前で項垂れているコイツはどうやらヴォルデモートが恐ろしいだけで本心から死喰い人についているわけではないらしい。
「………そら。もう行けよ、そろそろお前の叔母が来る頃だぞ」
「…………っ、あぁ………」
ドラコが重い足取りのまま牢を去って行く。終始青い顔をしていたが、それも仕方のないことだろう。
なにせ床には剥がされたリオンの爪の残骸、軽く血の痕も残っている。
ヴォルデモートとベラトリックスときたら、人を苦しめることに関しては超一流だ。磔の呪文でいたぶり、気絶したら水をぶっ掛けて無理矢理意識を起こさせ、一枚一枚丁寧に俺の爪を他の死喰い人と交代しながら剥がしていったし、他の死喰い人に関しては吐瀉物まで吐き出していった。しかも片耳の鼓膜は破けた。
とはいえその肝心のヴォルデモート本人はここ最近牢に立ち寄っていない。何か忙しくしているのか、リオンにとっては大変好都合だが。
ヴォルデモートは拷問する際に自分をエドワードと誤認しているのだから始末に負えない。あまりにも気持ち悪い執着心だ。
『忌々しい闇祓い共め俺様の物にならぬ何故貴様もだ俺様を見ろ!! 屈しろエド!!』
そう言って磔の呪文を繰り出してきたのだからとんでもない。そうこうしていると牢の扉が開いて、一人の老婆が中に入ってきた。マルフォイ家の乳母でナルシッサの要請でリオンの世話──という名の介護に近い──を担当している人物だ。手には大きなお椀を抱えている。
「坊ちゃま、お薬のお時間ですよ」
「……その薬死ぬほど苦いから嫌なんだが」
「坊ちゃまは生きていられるのですから、死にはしませんよ」
冗談の通じない婆さんだ。傍に座り、並々と薬が注がれたお椀を差し出してくる老婆を見やる。
こんな狂ってるという言葉すら生温いような場所にいてよく平然と他人の世話ができるものだ、こんなときでなければ家に引き入れたのだが。
薬を全部死にそうな顔で飲み干したリオンを見て老婆は再び口を開いた。
「他に何か、してほしいことなどございますか?」
「………ここから、出してくれ………」
「申し訳ございません。それは出来ないのです」
知ってた。そもそも俺を縛っているこの鎖だって俺の魔力を阻害しているのかうんともすんとも言わない。
「それでは、ご入浴の時間になりましたらまた来ますね」
老婆が鉄格子の扉の向こうへと消えていく。鎖に繋がれたまま、リオンは冷たい床を眺めた。
「………会いたい………会いたい………」
今は叶わぬ望みだとしても、リオンは自分の恋人の顔を思い浮かべた。
◆
スルリと影が巨大な石造りの塔を煙のように登っていく。やがて月明かりが差し込む塔の最上階──ここにやってきた目的でもある人物がいる部屋へと滑り込んだ。
「やぁ、来たのかねトム」
薄暗い部屋の向こう、椅子に座るこの塔の主は招かれざる訪問者を出迎えた。少し白髪の混じった金髪に青と黒の双眸を持つ男──ゲラート・グリンデルバルドは自分の姿を見て僅かに驚いているらしいヴォルデモートを見て笑みを強めた。
「どうした? 私が意外にも若々しいのが驚きかね?」
「めっきり老け込んでいるものと思っていたのだがな……なるほど。例の『先輩』とやらが何かしたな?」
「御名答。さすがと言っておこうか」
ヴォルデモートの顔が不愉快そうに歪み、その手が杖に伸びるとグリンデルバルドに突き付けた。
「ほう?」
「御託は良い……杖の在処を言え。貴様なら知っているだろう」
「なるほどなるほど……お前の狙いは『ニワトコの杖』か」
得心がいったと言うように頷くグリンデルバルドをヴォルデモートはその紅い瞳で睨む。
「まぁそう結論を急ぐ必要もあるまい──紅茶は飲むか? それとも珈琲か? 茶葉も豆も一級品の物が例の『先輩』とやらから届いているのでね」
「必要無い。貴様は俺様が求めるものの場所だけを教えればよいのだ」
立ち上がろうとしたグリンデルバルドにさらに強く杖を突き付け、ヴォルデモートは強調するようにその言葉を吐き出した。それを聞き分けのない子供を見るような眼で見つめたグリンデルバルドが口にしたのはまたも闇の帝王が求める情報ではなかった。
「時にヴォルデモート……君は人間が何を一番恐れるのかを知っているか?」
「何を───」
「答えるんだ。これに答えなければ私はお前が求める物を与えない。『磔の呪文』で口を割らせようとしても無駄だ」
ヴォルデモートが苛立ったように紅い目をギラつかせ、やがて当然のようにそれを口にした。
「死だ。どんな人間もそれが最も恐ろしいものだ──だが俺様は違う。俺様は死を超越するのだからな」
「……なるほど。いやはや哀れ──なんとも哀れだなトム・リドル。確かに死は恐ろしいが、それは決して訪れぬものではない。よく聞くがいい───人が最も恐怖するのは『愛』を喪うことだ。それは死ぬ事より恐ろしくとても深い喪失を齎す」
グリンデルバルドの思いもよらない一言に一瞬だけ呆気にとられたヴォルデモートだが、やがて片手で顔を押さえながら嘲笑を響かせた。
「クハハハハハ!!! 愛だと? まさか貴様もダンブルドアに絆されたかグリンデルバルド!? これがかつて最も恐れられた悪の魔法使いの姿とは可笑しな話よ!!」
心底愉快でたまらないとばかりに嗤うヴォルデモートをグリンデルバルドは片方の青い眼に不思議な光を宿らせながら見つめる。
「お前には理解できまいよ───それを与えてくれるはずの存在とお前は決別しているのだからな」
「面白い冗談だ。俺様に愛を教えると?」
「私ではない、お前自身がそれをよく理解しているはずだが」
ヴォルデモートが杖を振るい、置かれていたカップを粉砕する。それを無感動に眺めながらグリンデルバルドは口端を歪めた。
「心当たりがあるようだな」
「黙れ」
「化けの皮が剥がれてきているぞ──年季の違いというものだ若造」
「クルーシオ!!」
『磔の呪文』がグリンデルバルドの身を焼く。しかしグリンデルバルドは苦痛に苛まれながらもヴォルデモートを嗤った。
「躊躇するな、私を殺すがいいヴォルデモート。私は死を恐れず歓迎しよう……たとえお前の望む通りに事が進んだとしてもお前は勝てぬよ」
───我が曾孫がお前を逃がさぬさ。
やがてヴォルデモートの怒りが部屋を満たし、緑の閃光が辺りを覆った。
◆
「………なんだか上が騒がしいな」
乳母に薬を飲まされながらリオンは呟く。なにやら上の階で起こっているらしい。乳母を見るが彼女は微笑むばかり。
そして俺が薬を全ての見終わったのを見届けるとお椀を下げて俺に話しかけてくる。
「坊ちゃま、お望みは?」
「何度も言ってるだろ、ここから出してくれ───」
またこうして願いを聞いてくるのだから、もう何度目かになるか分からない望みを口にすると乳母が鎖に触れた。
そして鎖はパキン、という音を立てて一息で崩れた。
「は───」
「これで逃げられるでしょう」
唖然と自由になった両手を見つめると乳母が今までの動きは何だったのかと言わんばかりの俊敏さで立ち上がり、リオンの手を引いた。
というかこの鎖は一定の魔力を阻害する品だったはずだ。それを一息で破壊するなんて……。
「アンタ、一体誰だ?」
握られた手を緩めていつでも離れられるようにしながら警戒心を強めて目の前の乳母を見る。そして乳母が指を鳴らすとそのシワだらけの顔が、身体が崩れていき一人の若い女の姿になった。
長い銀髪に群青の眼。スタイルも良いその女をリオンは知っていた。
「………クロー、ド………?」
「久しぶりねリオン。ここから出たいという望み、叶えに来たわ」
クロード・リディス・アーデル……アメリカのアーデル分家当主の女は柔く微笑んだ。
やがて引きずられるようにして牢を出る。クロードから詳しい話を聞きたかったがどうもそうも言っていられない状況らしい。
「今上の階にハリーたちが居るわ」
「ハリーたちが……?」
「運悪く捕まってしまったそうよ。他に捕まっていた子達はドビーによって逃がされているから後は貴方とあの子達がここから脱出できれば一先ず解決になる」
階段を駆け上がり扉を蹴破る。飛び出た客室ではハリー、ロンがそれぞれベラトリックス、ナルシッサ、ルシウス、グレイバックを相手取っている。ドラコはそのへんの床で伸びているし、ハーマイオニーはベラトリックスに捕まり喉元にナイフを突き付けられている。
「っ!? アーデル!?」
「リオン!」
ベラトリックスが驚愕しハリーが嬉しそうに声を上げる。クロードは素早く杖を二回振ってグレイバックを失神させ、ベラトリックスの手からナイフを吹き飛ばすとリオンをハリーとロンの方へと放った。
「のわっ!?」
「ドビー! やって頂戴!」
クロードがそう声を張り上げた途端、ベラトリックス達の頭上にあったシャンデリアが落下してくる。ベラトリックス達は慌ててその場から離れ、ハーマイオニーを手放した。
クロードがハーマイオニーを回収してハリー達のもとにやってくるとベラトリックスがシャンデリアを落とした存在へと怒りを爆発させた。
「このチビ猿! よくもご主人様に逆らったな!!」
「ドビーにご主人様などいない! ドビーは自由な妖精だ!」
ドビーはキーキー声で反論し、指を鳴らして呪文を放とうとしていたナルシッサの手から杖を吹き飛ばす。そしてハリーたちがドビーに捕まり『姿くらまし』する。
視界が完全にブレる瞬間、リオンの目の端に銀色の光が走った。
そろそろ終わりが見えてきた